「MSc in Climate Change and Development」Institute of Development Studies (IDS), University of Sussex

(サセックス大学開発学研究所 「気候変動と開発 修士課程」)

梁瀬 達也(やなせ たつや)さん

執筆:2015年3月

1. 自己紹介

大学時代にバングラデシュの農村地域における井戸水のヒ素汚染について研究したことがきっかけで、開発に興味をもつようになりました。感染症対策のため国際的な援助により国内全土に井戸が設けられたのですが、その井戸水にヒ素が含まれていることがわかり、人々の健康リスクを脅かす新たな問題になりました。何度か現地を訪れましたが、そこでは有効な対処法がなく、多くの貧しい人々がヒ素のリスクを知りつつ汚染された水を使用せざるを得ない状況でした。根本的な解決になかなか至らない背景には、複雑で根深い貧困の社会構造があることを知り、より深く知りたいと思うようになりました。

その後環境省に就職し、廃棄物処理や水道事業などの部署で7年間勤務しましたが、気候変動への対応も重要な業務の一つです。近年はメディアでも気候変動が取り上げられる機会が増えていますが、中心的な話題は温室効果ガスの排出削減目標の設定や、それによる交渉の主導権を巡る駆け引き、低炭素技術の国外移転による国際協力などです。これらの話は、先進国や一部の新興国にとっては関心の高い話ですが、他方で、いわゆるLDCs (Least Development Countries) や島嶼国では気候変動による負のインパクトに対する「適応策」が喫緊の課題です。このような立場の違いによる気候変動への考え方のギャップを感じ、少し日本から離れた立場で気候変動の課題を眺め、開発の文脈から気候変動にどのようにアプローチできるのか研究したいという思いで、本コースを選びました。

2. 所属コースの概要

本コースは、Institute of Development Studies (IDS : サセックス大学開発学研究所) とSchool of Global Studies (GS: 国際研究学部) のジョイントコースになっていて、それぞれの機関から提供されるモジュールを受講していきます。IDSから提供される気候変動のモジュールは、気候変動と開発の関係を社会学的にとらえるものが中心で、他方、GSのモジュールは自然科学的な観点が強く、例えばエネルギー政策や適応策の立案手法、低炭素技術の移転と開発といったものがあります。秋学期では社会学、自然科学双方の観点から基礎を学び、春学期は自分の関心に応じてモジュールを選択します。そのほか、春学期には修士論文の執筆に必要なスキルを学ぶ「Research Methods and Professional Skills」を履修します。

自分が在籍しているコースでは、コースメートはアフリカから3名、南・東アジアから5名、ヨーロッパ2名の10名で、いわゆる先進国出身のコースメートの方が少ないです。彼らのバックグラウンドは多彩で、財務省、森林・気候変動省、大学教員、CDM(Clean Development Mechanism)や排出量取引などの実務経験があります。彼らは自らの経験を交えて議論を展開するので非常に説得力がありますし、自分にはなかった視点にハッさせられることもあります。

3. これまでに受けた授業の内容、感想

· Science of Climate Change (秋学期:必修、Global Studies)

IPCC (Intergovernmental Panel on Climate Change) の最新の評価報告書を主な教材として、気候変動の科学的なメカニズムを学びます。地球全体のエネルギー収支の中心となる放射強制力、二次的な放射強制力を引き起こすフィードバック現象、地球自身が本来持っている自然変動を踏まえて、人間活動による追加的なインパクト、将来予測の方法とその不確実性などを学びます。時にネイチャーの難解な論文を読むこともありますが、こういった科学的な知識が政策形成とどう結びついているのか、また、科学的な知識がない途上国の人たちとどう向き合っていくのか、ということを考えさせられます。評価は、年明けにある3時間の筆記試験一発で決まります。

· Ideas in Climate Change and Development (秋学期:必修、IDS)

このモジュールでは、気候変動を開発と結びつけて、適応策、災害リスクの削減、緩和策などの基本的な事項、そして地域特有の「文化」(宗教や風土、社会階級など)が気候変動対策政策やプロジェクトに与える影響、政治経済学、国際交渉のメカニズム、コミュニティレベルでの気候変動対応、ファイナンスなど、様々なトピックをカバーしていきます。内容的にはコース全体の導入という位置付けですが、春学期のモジュール選択や修士論文に向けて自分の興味を掘り下げるためのいいきっかけになると思います。セミナーでは、レクチャーのKey Readingに対するコメントを持ち回りで発表し、それについてディスカッションしながら講義の内容について理解を深めていきます。評価は、年明けに提出する5,000字のエッセイで決まります。

· Climate Resilient Development (春学期:選択、IDS)

このモジュールでは、"Resilience(回復力)"というコンセプトを軸にして、さらに深く気候変動と開発について学んでいきます。具体的には、CBA(Community Based Adaptation)とスケールアップ、都市部や農村部におけるDRR (Disaster Risk Reduction)、緩和と適応の政策上のリンク、科学的知見と開発政策の関係、気候変動と移民などの分野を取り上げ、Resilienceのコンセプトを当てはめていきます。“Resilience”は近年気候変動と開発の分野で注目されている概念で、今年(2015年)は国連防災世界会議が開かれることもあって目にする機会も多いように思います。気候変動のダメージからいかに立ち上がり、さらに成長していくかというコンセプトですが、貧困や適応に関する根本的な要因に踏み込むという意味で本当にPro-Poorなのか、という批判も交えながら授業が進みます。評価はタームの後半に行われる個人プレゼン(20%)と4,000字のエッセイ(80%)で決まります。

· Low Carbon Development (春学期:選択、Global Studies)

太陽光や風力などの低炭素技術とその途上国への技術移転に関するモジュールです。技術移転を単なるハードウェアへの投資としてとらえるのではなく、技術に関わる知見(Knowledge)を含めたTechnological Capacityをいかに途上国で形成していくか、さらに、いかに貧困層を巻き込んで社会的、技術的にマッチしたマーケットを形成していくかについて学んでいきます。講師陣はKenyaやTanzaniaで家庭用太陽光発電システムのマーケットを開拓して普及させてきた実績があり、具体的な経験を交えながら理論を学ぶことができます。日本としては、こうした低炭素技術で世界に貢献していくことを今後の重要戦略の一つとしていますが、このような理論をCDM(Clean Development Mechanism)やJCM(Joint Crediting Mechanism)に当てはめた時、そのアウトカムがパートナーである開発途上国の貧困層の人たちにとって本当に有益なのかを考える機会になりました。評価は5,000字のエッセイで決まります。

4. その他

モジュールのほかに、IDSやGlobal Studiesが積極的に外部から講師を呼んで、毎週Developmentに関する特別レクチャーを開催しています(IDS主催のレクチャーはFacebookに随時掲載されますので参考にしてださい)。自分が専攻していない開発分野のレクチャーもたくさんあるので、自分次第で開発の知識の幅を広げることができます。このほか、開発学における参加型アプローチで有名なロバート・チェンバースが通年で5回、Participatory Workshopを開催しており、Sussex大学の学生はもちろん、他大学の学生であっても無料で参加することができます(ロバートからは本当に暖かく歓迎されます)。ここでは、卒業後に開発分野で仕事をすることを見据え、いかに現地の人を巻き込みながら開発プロジェクトを進めていくかについて、参加者と一緒に議論しながら考えていきます。ロバートは高齢ですが情熱にあふれていますし、グループワークで統計地図やマトリックスを作ったり、寸劇をやってみたりと、アクティビティもたくさんあるので楽しく参加できました。もし2015年以降も開催されるようなら、参加することを強くお勧めします。

5. 最後に留学をめざしている人に一言

ブライトンの街の様子については他の方もレポートで述べられているので参考にしていただければと思いますが、リゾートタウンと評されるだけあって、開放的で自由な雰囲気のあふれる町です。天気のいい日は海辺を散歩するだけでも気分転換になります。ロンドンにも電車で1時間と比較的近いので、住みよい街だと思います。また、サセックスの開発学は、2015年のQS University World Rankingsで1位になったようですが、開発学といってもそれぞれの大学で特色があると思います。いろいろ情報を集めて比較し、ご自分のやりたいことがマッチする場所をうまく見つけられることを祈ります。 何かご質問があればわかる範囲でお答えさせていただきますので、まずはIDDPを通じてご連絡ください。