祭りの後に残るのは。
すっかり忘れてた。ユッキとの日直。グランドの片づけは体育委員と先生たちと大人たちがやってくれる。
運動会当日、日直がやることと言ったら、大した汚れてもいない黒板の掃除とゴミ捨て位のもの。ところが、このゴミ捨てが落とし穴だった。一日中外にいたのだから、ゴミなんてないと思ったら大間違い。色紙やら模造紙やら障害物競走で使ったタコ糸やら、ごっそりたっぷりゴミ箱に詰まっている。
ユッキとじゃんけんしたらあっさり負けた。ユッキは
「悪いねー」
なんて言ってへらへらしてる。
「フンッ」
捨て台詞を吐くこともできずにごみ箱を持って外の焼却場に向かう。まったく、運動会気分が台無しだ。
* * * * *
焼却場は自転車置き場の横を抜けて、校舎の裏に回ったところ、中庭のようになったところにある。
角を曲がったところにお尻が見えた。ハーフパンツからすっくと伸びた褐色の足は遠慮がちで次の角の向こうを覗き込んでいる。
琴音ちゃんだ。琴音ちゃんて、こんな足なんだあ、と、ぼーっと考えつつ、どうしてこんなところにいるんだろう、こんなところで何をしているんだろうと疑問に思うのを忘れていた。
すたすたと近づいて、声をかけようとしたとき、曲がり角の向こうから声がした。
「超目立ってたね」
ハンニャちゃんの声だ。私の足が止まる。私の位置からは、体を少し傾けると、角の向こう側が見えた。
焼却場の前に、ハンニャちゃん、シズカちゃん、ユッピがこちらに背を向けて立っている。
その奥にもう一人。三人に囲まれるようにして立っているのはハマ君だ。
「三人抜きだもんね」
と、ユッピ。ハマ君は照れ笑いしながら、ああとか、いやとか相槌を打っている。
「これ」
真中に立っていたシズカちゃんが、突然、後ろ手に抱えていた包みをハマ君の方に突き出した。
「クッキーだって。昨日焼いたんだって」
何も言わないシズカちゃんの代わりにユッピが説明する。ハンニャちゃんが後を継いで言った。
「もらってあげなよ」
「ありがとう」
ハマ君が包みを受け取る。その間もハンニャちゃんはしゃべり続ける。
「シズカちゃん、ハマ君のために頑張ったんだよ。わかるでしょ。ハマ君だって、今日、リレーの後、シズカちゃんに向かってピースしたでしょ」
「へ?」
思わず小さな声が出てしまった。ハマ君がピースしてたのはシズカちゃんに?
その瞬間、琴音ちゃんが音もなく振り返った。私の眼と、琴音ちゃんの視線が重なる。バチッと音がしたみたいだ。
私の声に、四人は気づいていない。
次の瞬間、琴音ちゃんが、今まで見たことのあるどの琴音ちゃんよりも素早く動いた。私とすれ違ってそのまますごい速さで駆け去っていく。
とっさに追いかける。角を曲がるともうずっと遠くに琴音ちゃんの背中が見える。足は私の方が断然速い。すぐに追いつくはずなのに、全然追いつけない。
校門のところまで追いかけて、ゴミ箱を焼却炉のところに置いてきたことを思い出した。そう言えば、自分は日直の仕事の途中だったんだ。
上がった息のままふっふっふーとため息をついて、私は元来た道を引き返した。
戻ってみると、焼却場の前にはもう誰もいなかった。
* * * * *
教室に戻ると、ユッキが窓の桟に腰をおろしていた。私に気づいて振り向いた顔には黒板消しが押し付けられている。
「なにやってんの?」
思わず眉間に皺が寄る。
「黒板消し、掃除してた」
「それで?」
「黒板消しのにおいって、おれ、好きだなー」
鼻をふがふが言わせている。
「ねえ、いいにおいだと思わない?」
「どこがだよ」
口ではそう言ったけど、本当は気持がわからないわけでもない。
黒板消しのにおいって、いやじゃない。あんなほこりっぽくて、汚いものなのに、はっきり言って変なにおいなのに、なんだか好き。
ユッキが、顔中チョークの粉だらけにしてへらへら笑っている。
汚いけど、ユッキから嫌なにおいなんかまったくしない。
ふん、と鼻で息をつく。そうだった。私の鼻はあてにならないんだった。
わたしのため息にびくっとなって、ユッキが少し後じさった。
「ごめーん、臭かった?」
相変わらずへらへらしてるユッキ。
「あんた、自分が臭いと思うの?」
しかめっ面のまま私がそう尋ねると、ユッキはぽかんと口を開けてへらへら笑うのをやめた。
「へ?」
「自分で自分が臭いのかって聞いてんの」
「ああ」
質問の意味を理解したとたん、元のへらへら顔に戻る。
「いやー、自分ではわかんないけどさー、臭いんでしょ?」
照れたように頭をぼりぼり掻きながら、へらへら答える。
「あんた、臭いとか言われてなんでへらへらしてんの?」
「俺は別に臭くないから平気だしー、臭くてもこれがおれのにおいだしー」
「別に全然臭くないよ」
「へ?」
「全然臭くないって言ってんの。全然臭くないけど、いつもそんな汚いことしてるから、臭い感じするんじゃん」
ユッキが理解できないといった風に首をかしげる。そりゃそうだ。言ってる私だってよくわからない。
「臭くないけど、いいから早くその汚い顔洗ってきなさい」
「はい」
返事だけして、そそくさとユッキが教室を出て行った。
ユッキの持っていた黒板消しをクリーナーかける。やっぱり、いいにおいだ。
どうして変なにおいなのにいいにおいなんだろう。どうして汗はいやなにおいなんだろう。アスファルトのにおいもいいにおいなのに、カメムシはいやなにおいなんだろう。
どうして私たちは、いろいろなにおいを、汗のにおいだとか、黒板消しのにおいだとか感じるだけでなく、いいにおいだとかいやなにおいだとか感じ分けるんだろう。
ふと、ハマ君がピースサインをしていたときに、汗がキラキラしていたのを思い出した。あのキラキラはの汗は、いやなにおいなんだろうか。琴音ちゃんはあの汗を臭いと思うだろうか。 においを武器に生きるカメムシのカケルは、この謎の答えを全部知っているのかもしれない。