ユアははっきり言って、見た目ブス。鼻の穴とか丸見えだし、顔面特大サイズで、ジャガイモ?みたいな。体もぼてっとして足首はゾウって感じ。
でもめっちゃかわいい。笑った時に見えるガタガタの歯とか、いつもちょっと困ってるみたいな八の字眉毛とか、ほんとかわいい。
それにめっちゃいい子。たまにあんまりいい子すぎてむかつくときもあるけど、そんな時はぽてっとしたかわいいほっぺたをつねってやる。ユアが「いたいいたい」って情けない顔をすると、やっぱりすごくかわいくて、ムカっときたことなんて帳消しになる。
ミノはまあ、すっごいブスじゃないけど別に美人でもない。肌は確かにすべすべツヤツヤ。ってゆうか黒光りしてる。自分でもその肌が気に入ってて、冬でもバカみたいに足とか腕とかがむき出しの服を着てる。それと髪の毛が猫っけなのは、正直たまに羨ましい。さわり心地がひよこ並み。超気持ちいい。いろんな髪型試せないのはかわいそうだけど。
彼女はユアの気を引こうとしていつも躍起になってる。自分こそがユアの本物の親友だって証明しようと必死。たまに本気でうざい時とかある。でもそのぶん気が回る子だから、助かるってこともあるんだけど。
私はレネ。私は、自分についてはわからない。ユアみたいにブスではないと思うけど、いい子でもない。どうだろう。よくわからない。
ミノみたいに自意識過剰のつもりもない。よく、冷めてるって言われるけど、別に。嬉しい時だってあるしむかつくことだって沢山ある。だからって、ミノみたいにキーキーわめいたりしないけど。
どうして三人でいるようになったのかはよくわからない。別にどうしても一緒にいたいとかじゃないし。まあ、誰かに強制されて一緒にいるわけじゃないのも確かだけど。結局こうやって、放課後も大抵つるんでるわけだし。
街って、ホント、果てしない。右行っても左行っても、上行っても下行っても、迷い込もうと思えば、どこまでも。
けれど実際私達の行くところなんて限られてるわけで。学校帰りなら、公園通りのアイスクリーム屋前でだらだらして、駅裏の露天をぶらぶらして、雨の日なら駅ビルとか、地下の水広場前のアクセショップとか、雑貨屋とか。
「や、レース系は私、ちょっと」
「なんでよ、かわいいじゃん」
また始まった。ミノのユア目覚め計画。
ユアだって本当は可愛いい。ユアはまだ目覚めてないだけ。
どこまで本気で言ってるか知らないけど、それがミノの口癖。あーあ、ユアの顔、ひきつってんじゃん。
「なんか、こうゆうヒラヒラは私にはあわないし…」
「えー、頭につけるってわけじゃないんだし、ほら、この紫とかよくない?」
紫ね。ミノにはよく似合うよね。ミノのこうゆう感覚ってホント信じられない。
「ユアはホントはかわいいんだから、自信持ちなって」
ユアに気に入られたいっての丸出し。だからって、ユアに紫のリボンは無いでしょ。じゃあ、ユアに合うリボンってどんなだって言われると困るけど。
って、結局ユアも押し切られて紫の買っちゃってるし。
「レネは?どれにすんの?レネもお揃いにする?」
それは無いから。
「私これ。」
ピンクと黒。最近のマイブーム。
「わー、かわいい!」
「そう?」
ミノはすぐかわいいとか言うからなぁ。
「うん、レネ、すごい似合う!」
「あ、やっぱり?」
ユアはそもそも見た目的なことにはセンス無いから、ユアの言葉もあてになんない。でも、ま、素直に嬉しいけど。
「しかも、なにげにこれ、パピヨン柄?」
やっぱ気付いたか。目ざといなミノ。
「なんだかんだ言ってレネもノリノリじゃん?」
そういうこと言うってわかってたから、気付かれたくなかった。ま、別にいいけど。
「かわいければオッケーでしょ。とりあえず。」
「まーねー。ま、レネに叶えたい願いとかなさそうだしね。」
そういうミノの願いが何なのかは知らないけど、急に変なおまじないのネタを仕入れてきたのはミノ。リボンを蝶の蛹のある枝に架けておいて、羽化するまでにそのリボンがほどけたら願いがかなうとかなんとか。
「願いとか、あったら自分で叶えるし。」
「レネ、かっこいいなー」
「あ、やっぱ?」
かっこいいとか、よく恥ずかしくもなくサラッと言うな、ユアは。ま、素直に嬉しいけど。
「あ、じゃ、私そろそろ時間だから」
「え、もう?」
ユアだけいつも、このくらいの時間でさよなら。ユアのところはモンゲンとかいうのがあって、信じられないほど毎日しっかりスパッと帰る。残された私たちは適当にお茶でも飲んでミノのバイトの時間まで暇をつぶす。
「もーちょっといられたらいいのにねー、ユア。」
テーブルに頬杖ついてミノが口をとがらす。コップの中で氷がザラザラ音をたてる。
「だよね…」
窓の外は人の群れ。
「あれ、かわいくない?」
ミノが顎で指した方を見る。
「あー、あのひざにつけるやつ?きてるよね。」
「あ、この曲さ、いいよね。」
「ってか、コレのギターの人さ、全体的にありえなくない?」
「あーわかる、あの立ち方とかホント、何?みたいな。」
「ボーカルはいんだけどね。」
「ボーカルの人さ、ケントにちょっと似てない?」
「あー…」
似てるか?ミノはストローを咥えて上目づかい気味にこっち見てる。そんな勝負顔私に見せられてもね。
「え、ケントのどこらへんが?」
「あ、なに、キミら俺の話してたり?」
後ろから回り込んで来たケントはそのままテーブルのわきにしゃがみこんだ。
「俺のどこら辺がカッコイイかって、そりゃ、ねー。」
「そんな話一コもしてねーし。」
「キャー、レネさま口わるっ。」
ケントの、この無駄にテンション高い感じ、なんか疲れる。
ケントはミノと一緒のバイトで、それで今みたいに話すようになった。でも、そうなるずっと前から、別クラスのケントのこと、私たちは知ってた。
ケントってやたら目立つっていうか、目立ちたがるっていうか。見た目的に女子受けするってのも確かだけど。
「ケント、そろそろ行く?」
ミノって、ケントのこと狙ってるのかも。ケントの方は
「えー、もう少しレネさまといた―いっ」
…いつも誰にでもこの調子。しょうもないアホだと思いつつ、憎めない奴。実際のところ、二人がどうなってんのか知らないけど、なるようになるんでしょ。
***
教室の窓からは校長先生が趣味でやってるっぽい花壇が見えてて、その横の木陰が、昼休みのユアの定位置。
今日風強いな。
ユアさん、校庭の隅をじっと見つめてます。メモ帳に何か書きつけてます。
あれが、ユアの趣味。俳句?なんか、ポエム的な、ウタ的なもんらしいんだけど。街で流れてるようなラブソングのとかそうゆうウタとはなんか種類が違うっぽい。
愛とか恋とかキミとかボクとか、ユアの俳句には出てこなくて、風とか虫とか校庭の白線とか、そんなのばっかり出てくる。意味とかはさっぱり分からないけど、ユアには、私やミノには見えない何かが見えてるんだなって、いつも思うわけですよ。
「レーーーーネーーーーーーッ」
校庭の方を見ると、ケントが手をブンブン振り回してこっちに向かってくる。あいつホントしょうもない。
「あいつホントしょうもないわ。」
いつの間にか隣に座ってたミノが、苦笑い気味につぶやいた。
「ミーーーーノちゃーーーーんっ」
ミノが小さく手を振る。調子に乗ったケントが私たちの窓辺まで一気に駆けよって来る。
「キミたち今日放課後ヒマかね?」
「暇じゃないよ。」
「よし、俺ら鐘の下にいるからよろしく」
暇じゃないって言ってんじゃん。ホントはヒマだけども。ホントしょうもない。
ケントの肩越しに、校内へ向かうユアが見えた。
「ユーーーーーアーーーーーッ」
呼んだらユアは必ずこたえてくれる。ユアが芝生を横切って、こっちにかけつけた。
「今日用事あるって、こいつに言ってやってよ。」
ユアとミノと三人で、昨日買ったリボンを蛹のところにつけに行く。今日はそういう予定。
「あ、でも、レネとミノ忙しいなら、私今日じゃなくてもいいし。」
しまったユアは気ぃ遣いだった。
「え、今日じゃなきゃさあ。早くしないとチョウチョになっちゃうじゃん」
ミノ、ナイスフォロー。
「チョウチョ?なにそれ?なにすんの?」
「うん、ケントにはさっぱりカンケーないから安心しな。」
ケントの肩にミノの手が乗る。あ、ミノ、ネイル、ストーン入ってる。いつの間に。
「ツメかわいいね。」
お、ユアがネイルに興味持つって珍しい。
「ありがとーーーっ。ユアに言われるとめっちゃ嬉しい!じゃぁさ、ユアもさ…」
またミノは自分の趣味押し付けようとしてる。ユアのけぞってんじゃん。
「それより、今日はなにみっけたの?」
私がノートを指差すと、ユアが身を乗り出してきた。
「あのね、タンポポの上を羽虫が飛んでてね!」
「ハムシってなんだ?」
小声で聴いてくるケントは無視してユアに相槌を打つ。
「その虫の動きがブラウン運動みたいだなって思ってね。」
ブラウン運動って何だ…
「なんか、宇宙の調和って、こういう形で目に映るのかなって思った!」
やっぱ、さっぱり意味わからん。でも、報告してる時の、ユアの小さな瞳が、私は好きだからね。
あのあとケントは仲間はずれとか何とか文句言ってたけど、午後の授業を終わるまでには、すっかり忘れ去ったと思われる。そういう軽い奴。
だから私たち三人は、何の邪魔もなく、蛹にリボンを架ける旅に出かけた。
ミノの話聞いて、ユアがすぐに教えてくれた場所。今、蛹なら、あそこにあるはず…って。リボン売ってる所ならいくらでも知ってるけど、蛹のある場所なんて、私一個もしらない。ってか、こんな街の中でチョウチョ自体そんな見かけない気がするんですけど。
そう言ったら、ユアは、よく見れば結構いるよって笑った。やっぱ、見えてる世界が違うんじゃないかな。
ユアが私たちを連れてきたのは、いつもの通りの一本向こう側の、古い月極駐車場。隅っこに雑草が元気に生い茂っている。
「こんなとこにホントにあるの?」
「ホントにあるんだよ、これが」
そういったユアの目がキラキラしてる。かわいくてイラッときたので脇腹チョップしてやった。
ユアの言うとおり、蛹はすぐに見つかった。緑の葉っぱの裏側に、同じ色の豆みたいなのがくっついてる。こんなのすぐに見つけられるなんて、ユアの視力ってどうなってんだろう。
「ユア、ホントすごい!私だったら絶対見つからないよ。」
「ミノは大げさなんだよ。」
全くその通りだ。てか、こうゆう、ふざけたおまじないとか、ミノはどこから仕入れてくるんだか。
「だいたいさあ、なんでこんなんで願い事が叶うわけ?」
「えっとお、チョウチョの妖精的なものが現れてぇ、ふわっと叶えてくれる、みたいな?」
なんだそれ、適当かよ。なんで、ミノのこんなバカ話に付き合わされてるんだろ。
「妖精かあ。」
え、ユア、なにうっとりしちゃってんの?
「いも虫がさ、蛹から出たらあんなにキレイになって出てくるなんて不思議だもんね。確かに妖精の仕業かもね。」
「でしょ!」
でしょって、なに自分のお手柄みたいに言ってんだミノは。
「じゃあ、妖精は芋虫をチョウチョに変身させるついでに私たちの願いも叶えてくれるってこと?」
それってちゃっかりしすぎじゃない?
「どうしてレネはそう水差すようなことばっか言うかな?で、ちゃんとリボンに願い事書いてきた?」
「まあ、一応?」
願い事なんて特に無かったけど、昨日一晩、なんかいい願い事がないか、一生懸命考えた。別にそれで願いが叶うとはさすがに思ってないけど、なんていうか、私だけ願い事が無いって言うのはむかつくし。それで、考えた結果、私の願い事は、「春の新色」にしといた。爪とリップとどっちにしようか迷ったのでそこは敢えて明言せず。私って賢くない?
…まあ、一生懸命考えたけど、私の願い事なんてその程度。
「あ、こっちに見せなくていいから。」
ミノが目を両手で蔽う。願い事の中身は、内緒なんだって。誰かに言うと、効果が無くなるらしい。
「まあ、どうせミノの願い事って言ったら、彼氏欲しいとかでしょ。」
「うっさいよ、あんただって今彼氏いないでしょうが。」
「うっさいよ。」
私やミノの願い事なんてたぶんその辺のことくらい。でも、ユアは多分違うんだろうな。
見ちゃいけないって言われると余計気になる。ユアってこうゆう時、どんな願い事するんだろう。また「宇宙の調和」とかそうゆう謎のこと書いてそう。
ユアのふっくらした手首にかかった紫のリボン、さっと引っ張ればすぐに盗れるかと思ったら意外にキュッと止まった。
「見ないで。」
ユア、すごいしっかりリボン握ってるし…
珍しく、きっぱり言い切られて、つい黙ってしまった。ユア、顔真っ赤。そりゃ、あんな本気なところ見せちゃったら恥ずかしいだろう。普段ぽーっとしてる分、ギャップすごいし。あれ、ここ謝るとこ?でも、この空気で謝ったら、もう冗談にできなくない?
「ダメって言ってんじゃーん。真剣にやれーーっ」
ミノに脇腹チョップされて舌打ちしつつ、実際、助かったって思った。
それから3人仲良く、草の根元にリボンを結んだ。私はカンニングの容疑がかかっているため、一番最初に結ばされた。そんなに必死に隠されたら逆に見たくなるよね。見ないけどさ。
その後、いつもの通りユアはさっさと帰ってしまったので、ミノと街をぶらついてたら、鐘のところにケントがいた。他校の男子と一緒っぽい。
「あー、待ってたよ、キミたち。」
嘘つけ。
「うわ、すっげ疑いの目。レネ俺のことなんだと思ってんの?」
「さあ。」
「さあって…オネェさん…」
ケントがアホなこと言ってる間に、ミノは知らない男子たちともう盛り上がってる。ケントと同じ学校なの?とか聞かれて、うんとか答えてる。こうゆう時のミノ見てると、女子には嫌われやすいんだろうなって思う。全部の語尾にハートマーク見える感じ。あそこまではっきりしてると逆に気持ちいいけど。
「あれ、なんか落ちぎみ?」
ケントに言われて一瞬ドキッとした。
「別に落ちてないけど。」
「またまた。元気出せって。」
この人なんでこんないちいち土足なんだろ。
「や、ホント、普通だし。」
「なんだよ、何でもお兄さんに相談してみなさいよ。」
「うん、とりあえず、キミのような兄はいらないよ。」
「うん、俺も兄というよりカレシ的なポジションがいいよね、どっちかってゆうと。」
軽い。軽いよケントさん。
「おまえ、鼻で笑うのは失礼じゃね?」
そんなこと言ってへらへら笑ってるケント見てたら、なんかこっちの気持ちまでちょっと軽くなった気がする。いや、軽くなるってほど、重くなってたわけでもないけど。
ただちょっと、ユア達がリボンになんて書いたか気になってただけなんだけど。
「さっきケントとなに話してたの?」
男子たちと別れてから、ミノが聞いてきた。
「や、別に」
「ふーん…」
あれだけ他校の男子にべたべたしておきながら、やっぱりケントもキープなんだ。ミノには負けるわ。
「あんたやっぱりリボンにカレシって書いたんでしょ?」
「え、ミノ知らなーい。」
ぶりっこかい。
「でも、カレシ欲しーぃ。ミノさびしくて死んじゃーう」
「死んでもいいけど、とりあえず、ケントの友達はどうなのよ?」
「あの、トーマ君?カッコよくない?」
「ああ、背高い子でしょ?」
「そうそう、声めっちゃ低くない?」
「あー、思った。」
「あの声はやばい。」
ミノのけだるい声。オレンジの住宅街。夜はまだ少し寒いな。
ユアの見たところによると、蛹が羽化するのは大体一週間後くらい。それまでほっとく。くだらないと思いつつ、次見に行くのが結構楽しみだったりする。だって、蛹がチョウチョに成るところなんて、実際見たことないし。
あ、でも、次見に行ったときはもう抜け殻しか残ってないかもしれないのか。てゆうか、ちょうちょが出てくるところが見られるわけじゃないのか。なんだ。ちょっとがっかり。
「なに口とんがらかしてんの?」
ケントが後ろからのしかかってきた。歩きづらいって。でもこの馴れ馴れしさ、ばかっぽいと思いつつ結構嫌じゃなかったりする。掃除終わり。放課後の廊下。
「チョウチョのこと考えててさ。」
「チョウチョ好きなの?」
「あー、やーどうだろ。」
「えー、俺はチョウチョよりレネの方が好き。かわいいから。」
「はいはい、私もケント好きだよ。バカだから。」
「えー、やったーー!」
やったんだ…
「羽化するとこ見たいなと思ってさ。ユアに聞いてみようかな。」
「ウカってなに?ユアって誰?」
「は?」
「キャーっレネさま、こわっ」
この人、どこまで本気なんだろ?
「ユアわかるでしょ?いつも一緒にいる、髪長くて。」
「ああ、あのなんかコワい人か。宇宙の調和とか言って。」
なにその、半笑い。本当に怖いと思ってるなら、そんなへらへら笑ってないよね、普通。
「…あんたごときにユアのすごさはわかんないんだよ。」
「そんなキレんなって。」
「あんたにはわかんないんだよ。」
ユアはあんたや私とかとは違うんだよ。
教室に戻ると、ユアとミノが真剣な顔でなんか話してた。
「なに話してたの?」
放課後の教室で真顔とか、なんか笑える。いかにもってオーラ出てる。
「やー、なんか、あれ、数学のキッシーがかなりうざい的な。」
「あー。」
はい、嘘。
なんとなく目をそらす。校庭から、ホイッスルの刻む音。
何なんですかねえ、この感じ。キッシーがうざいのは、それはそれで本当に深刻だけど。今明らかにその話じゃなかったでしょ。まあ、女子だし、こそこそするのが仕事だし、でもやるならもう少し見えないようにやってほしいよね。
もう、ミノの、こうゆう親友アピールにはうんざり。うんざりすぎて突っ込む気も起きないわ。ユア、真っ青になってんじゃん。
「それよりさー、チョウチョの羽化するところって見られないの?」
なんで私が気い遣って話そらさなきゃいけないんだろ。
「あ、えっと、ちょっと難しいかな。大抵朝方だし。」
ユアのあからさまにほっとした顔。そんな顔する奴はほっぺた両手握りの刑だ。ほらほら、顔色よくなってちょうどいいわ。はあ少しすっきりした。
「わ、わかった。じゃあ、私毎朝様子見に行くよ。それで、羽化始まりそうになったら二人にメールするよ。」
ああ、ユア、ホントいい子。無駄にいい子。
「無理。メール来ても多分寝てる、私。」
「レネ、オニだな。」
そう言ってミノがげらげら笑ってる。それにノッて一緒に笑うことも出来た。でも、私は黙ってた。黙って鼻で笑った。
「そっか。じゃあ、止めとく。うん。」
ユアが立ち上がる。今日は文芸部の日。私たちを残して、ユアが教室を出てく。逃げてく。教室には私たちだけ。この空気。ホイッスルが鳴り続けてる。
「そんなさあ。」
ミノの顔、下半分が笑ってる。目は笑ってない。
「ホント大した話じゃないから。」
その言い訳で、さっき自分が言った嘘を認めちゃってるって、ミノはわかってんのかな。
「別に、いんじゃない。」
沈黙。
自分の席に戻って鞄を肩に架ける。ミノは座ったまま。
「そんな気にすんなって。」
「気にしてねーし。」
「怒ってんじゃん」
「怒ってない。」
「怒ってる。」
「怒ってない。」
そこまでで、教室を出た。ミノは追ってこない。
ばかばかしい。なんの話だったか知らないけど、どうせくだらない秘密。そんなくだらないこと、気にしてると思われるのがムカつく。実際気になってる自分にムカつく。ホイッスルの音がムカつく。ミノの髪の毛かきあげる仕草がムカつく。固まってダラダラ前を歩いてる女子どもがムカつく。風強いのがムカつく。晴れてんのがムカつく。
一人で街の中、アクセ見ても、コスメ見ても、靴見ても全然イライラが止まらない。家に帰って、部屋で枕を二十回くらい殴って、それからじっとしばらく黙ってベッドにうずくまって、結局、私はもう一度外に出た。
草むらは相変わらずの静けさ。真っ直ぐにリボンを目指す。
蛹は変な色になってて、リボンは随分色あせていた。薄汚れたピンクは私の。あとの二つはどちらもスミレ色。ほどけないようにそっと手にとった。
―――カ・レ・シ
やっぱりね。ミノの望みなんてそんなもん。予想を裏切らない退屈な願い。てことは、こっちの、もうひとつの方が、ユアの願いということ。
―――ケ・ン・ト
ケント?って、ミノが狙ってる、あのケント?ってことはこっちがミノの?で、ユアの願いが彼氏出来ること?いやいや、まさか、ユアが彼氏欲しいとか言うのありえない。え?もしかしてミノ、ユアの分にまで自分のお願い書かせたとか?おまじないごときでさすがに狡すぎない?いくらミノでも。いやいやいや。さすがにミノでもそれはないでしょう。それとも…
その時、ジャリって音がして、目の前でなにかが動いた。
目を向けると、ヒトだった。草むらの中にヒトが倒れてる。
びっくりした。心臓止まるかと思った。変な声出しちゃった。すごい勢いで後ろに飛びすさっちゃった。
なに?なんでこんなところに人体が転がってんの?さっき動いたよね?ってことは生きてるよね。てか倒れてるってどうゆうこと?実は昼寝してるとか?こんな草むらで?駐車場の隅ですけど?確かに静かなところだけど…
あ、寝返り打った。あ、結構若い男。あ、なにげにイケメンじゃない?
うわ、起き上がった!うわ、目が合っ…!
そのあとはもう体が勝手にまわれ右。声も出さずに猛ダッシュ。
今のなに?なんだったの?あの人なに?
***
あの日あの後、あの変な男のせいで、イライラなんてすっかり吹き飛んでしまったのはよかった。それはよかったんだけど、はっきり言って、あれからずっと気になりまくってる。
人が道端に…っていうのは、まあ、見たことないわけじゃない。いわゆる、ストリートに住んでらっしゃる方々とかね。でもあの人はそうゆう感じじゃなかった。黒っぽい、変なヒラヒラしたモノ着てたけど、ボロボロってゆうのではなくて、ちゃんとデザインされたヒラヒラ。それに汚れてる感じが全然なかったし。第一、あの若さで、あんなキレイな顔して…って顔は関係ないけど。
もうひとつの考えられるのは、酔っ払っていたってこと。道端に転がってるの、よく見かける。週末夜の駅構内とか、飲み屋街の朝方とか。でも、平日の黄昏時に、しかもあんなところで?
気になる。
目があった瞬間が何度もフラッシュバックする。まだ半分しか目が開いてなかったのに、妙な目ヂカラがあった。何者だったんだろう。
言いたい。二人に彼のこと話したい。
でも、それ言うと、リボンの話避けて通れないからな。
リボンの方も、結局はっきりしないまま。二つのリボン。二つの願い事。どうゆう風に二人に結びつけるのが正解?見ればそれで済むと思ってたのに。もう、訊いちゃう?それともこのままスルーしちゃう?このまま蛹が羽化した後もずっと謎のままほっとく?三人であの場所に行って、何食わぬ風でリボン回収して…ってそのときまたあの変な男いたらどうしよう。てゆうかあの男はあそこでなにしてたの?ああもう、混乱する。
「自分でややこしくしたくせに」
はっとして顔をあげると、ミノがにやにや笑ってる。
「チョコミントと抹茶ミルクって明らかにありえないでしょ。なに今更複雑な顔してんの」
アイスのことか。今日はミノのバイト時間まで、三人でアイス。チョコクッキーとバニラのダブルなんて単純なもの食べてるミノには、私の独創性が理解できまい。
「いいの。私はこの組み合わせが好きなの。」
「じゃあなんでそんな顔してんのよ?青春の悩みか?」
「なにそれ違うわ。や、なんか変な男がさあ」
あ、言っちゃった。ま、いいか。
「え、ストーカー?」
ユアのアイスはストロベリーチーズケーキのシングル。
「いや、そうじゃなくて、あの蝶の蛹のところにさ、草むらの中に変な男が転がっててさ。」
二人同時に「えっ」ってこっち見てフリーズ。キミら、アイス溶けるよ。
「え、それって、妖精?」
ユアの予想外の言葉に今度は私とミノが「えっ」てなる。
「ほら、ミノ言ってたじゃない。蝶の妖精が願いを…」
「いや、妖精ではない。そんなちっちゃいのじゃないから。ちゃんと人間サイズだった。」
「妖精がちっちゃいなんて、偏見だよ。」
ユアの熱くなるポイントがわからない。妖精っておい。
「つーかさ、レネはなんでそこに行ったわけ?」
来た。やっぱ、そう来るよね。ミノの言葉にユアだけは「えっ」てなってるけど。
「もしかしてレネ、私たちのリボン、見た?」
ミノの、こうゆうダイレクトなところ、嫌いじゃない。
「あー、あれ、ってか、なんか意味わかんないってゆうか。ケントって書いたのはどっち?」
言ってるそばから、ユアの顔が真っ赤に染まっていく。それが答えだ。うすうす、そうかな、って思ってたけど、ありえないって打ち消した。ありえないと思いたかった。私のかわいいユアが、あんなバカのケントなんかのことを?私の中のなにかが、すごい勢いで冷めて行く。アイス食べてるんだから当たり前か。
「なんだ、そうゆうこと?」
そうつぶやいた途端、ユアが立ち上がった。ストロベリーチーズケーキはもうドロッドロ。そのまま席を立って走っていく。
「なんで見ちゃったの?」
つられて立ち上がったミノ、すごい剣幕。なんでミノに責められなきゃなんないの。
「そっちがコソコソするからでしょ。」
「だってあんたケントといい感じになってたでしょ。」
「はぁ?」
「ケントとユアなんて釣り合わないとか思ってんでしょ?」
それは確かに思ってるけど、ミノの言ってる意味とは違う。
「話せるわけないでしょ。ユアのこと、かわいそうとか思ってるくせに。」
それだけ言い捨てて、ミノも走って行ってしまった。
「そんなこと思ってるわけないし。」
そうつぶやいた私の声は、たぶん誰にも届かない。
***
なにがこんなに苦しいんだろう。ミノに、もしかしたらユアにも、ものすごい誤解されてる気がすること?感動モノのドラマみたいに、お互い心からわかり合えてるなんて、そんな気持ちの悪いことは思ってないけど、ミノの、あの決め付けっぷりはちょっとどうなの?
それに、ユアが、あのユアが、ケントのために赤くなるなんて。なんか、ショックっていうか。私たちなんかとは全然違う、特別な世界に住んでるはずのユアが、あんな顔がちょっといいだけの、バカのケントなんかのこと想ってるなんて、がっかりっていうか。
でも結局、私だって勝手にユアに幻想抱いて決め付けてたってことだよね。ミノと変わらない。ユアは特別、ユアは私たちとは違うって、勝手に線ひいて。ミノに責められた時は、違うって言ったけど、ケントとユアなんて、ありえないって思ってたのは事実なわけで。ユアにケントなんか釣り合わないって思うことと、ケントにユアなんか釣り合わないって思うことにどれほどの違いがあるっていうんだろう。
でも、かわいそうなんて、思ってない。そんなこと思ってない。だからって、ユアになりたいと思ったことはないけど。でも、かわいそうなんて、思ってない。
電車の走る音が聞こえる。眠れないまま、夜が明けたんだ。
私はベッドから起き上がり、あの草むらに向かった。
***
草むらに、あの変な男はいなかった。そりゃそっか。まあ、いたらどうだってこともないけど。ため息ごと、リボンの手前にしゃがみこむ。すっかり色のさめたリボン。「ケント」の文字も滲んでる。こうやって並べてみると、「春の新色」っておめでたすぎるなぁ。笑えてくる。なんか、蛹とかすっかりそっちのけだな。
って、あれ、蛹、なんか、動いてますけど…
…
…
…
即行ケータイで二人にメール。
「羽化はじまってる!」
こんな時間、二人とも寝てるか。ってかあんなことのあった後でどうなの?って一瞬思ったけど、だって、羽化だよ?こんな瞬間見られるチャンスって、これからの人生にある?あ、ちょっと目を離したすきにもう随分出てきてる。真っ白な羽。こんな真っ白な羽は想像してなかったな。なんかジーンとしてくる。
炎の動きって、いつまで見てても飽きないっていうけど、それなら羽化も同じかも。ちょっと風が吹いただけでもダメになりそうな羽から目が離せない。やっと体が全部出て、ほっと息を付いたら、後ろにユアが立っててめちゃくちゃびっくりした。
「いつからいたの?」
思わず小声になる。
「今来たとこ。」
ユアも小声。
「羽がよれよれ。」
私がそういうと、ユアはにっこり笑ってうなずいた。
いくら見てても飽きないって言ったのはやっぱり嘘でした。体が全部外に出ちゃってからは全然つまらない。だって動かないんだもん。私ひとりだったら絶対帰ってた。
でも、ユアがピクリとも動かないでじっと見てるから、私もその辺ぶらっと散歩したり、缶ジュース買ってきてみたりして暇をつぶした。
太陽もすっかり昇ったころだった。
チョウチョの羽はもうすっかりピンと張ってるのに、まだ動き出す気配がない。
私がその日五十回目くらいのため息をついてチョウチョから顔をあげたとき、草むらの端に黒い影を見つけた。
「あ、あの男!」
いつの間に現れたんだ。あのイケメン昼寝男。よく見ると、男の周りには無数のチョウチョがヒラヒラと舞っている。その普通じゃない状況に、ユアの小さな目もまんまるになってる。
男は、ただ黙ってこちらに向かってくる。私とユアは思わず後ずさる。
そんな私たちに目もくれず、男は蛹の前にしゃがみこんだ。じっとチョウチョを見つめる。それから、さっと左手を出して、三本のリボンをつかんで引っ張った。
「あ」
ユアの口から声が漏れる。男は振り向かない。
リボンはほどけて茎がゆらゆらと揺れる。その揺れに合わせて、白いチョウチョが舞いあがった。花びらが舞い落ちるみたいに頼りないはばたき。
チョウチョは男の胸で一度羽を休め、またヒラヒラと飛び始めた。今度はさっきより優雅だ。男の周りを舞う他のチョウチョに混じって、すぐに見わけがつかなくなった。
男は一瞬こちらを見た。ような気がする。そしてそのままなにも言わず、チョウチョを連れてその場を立ち去った。
私とユアは、ただ黙って彼が立ち去るのを見守っていた。
金縛りが解けたみたいに我に返って私たちは男の後を追おうとしたけど、彼の姿もチョウチョの姿も、もうどこにも見当たらなかった。
「見た?」
尋ねると、ユアが目を輝かせてうなずいた。
「私、妖精って初めて見た!」
おっと予想外の反応。ユアのぶっ飛び発言で、逆に現実に引き戻される。
「いや、妖精ではないんじゃないの。どう見ても普通の成人男性だよね。なんかやたらチョウチョが舞ってたけども…」
「でもっ!!」
くってかかってくるユアのちっちゃい目が真剣すぎてかわいすぎ。頭をポンポンたたいてやりたくなる。
「はいはい、妖精ね。いいよ、じゃ、あれが妖精ってことで。」
軽くいなされてユアがうつむく。
「ごめんね。」
突然脈絡ないこと言われてつい黙った。ユアはジャガイモ顔だから、うつむいてても真っ赤なのが丸見え。
「秘密にしててごめん。」
ユアは、すぐ真っ赤になるな。体の中、どうなってるんだろ?これが、ケントのために赤くなるのはなんか癪に触るな。私結局、ユアを誰にもとられたくないだけなのかもな。
「秘密は女を磨くらしいよ。」
そう言ったら、ユアが目をキラキラ輝かせて笑うから、ムカっときて鼻フックしてやった。涙目になってる。ざまあみろ。ここからみっちり締め上げて、なんでケントがいいのかも吐かせてやる。
「あ、レネ、また虐待してる!」
今頃になって、ミノ登場。
「え、もう、チョウチョいなくなっちゃったのーーーっ?」
めっちゃ悔しがってる。
「あれ、リボンは?なんでないの?もしかして、ほどけてたってこと?」
「いや、ほどけたってゆーか…、ほどかれたってゆーか…」
「イケメンの妖精が現れたんだよ!」
「ユア、その表現はちょっとなんか違う気が…」
「えーーーーっ妖精って?」
ミノが、妖精なんか信じてないのはわかってる。でも、ただ悔しいんだろうね。なんだかいい気分。
「しかもあれって、羽化する前って言えるのかな?」
ユアが腕組みする。そう言えば、リボンが羽化する前にほどければ願いが叶うって話だっけ。
「なに、どうゆうこと?なにがあったの?」
ミノ一人、わけがわからず私とユアの顔を交互に見てる。
「いや、あれは見た人じゃないと分からないかなー。」
煽ってやると、地団太ふんで悔しがってる。
「私はあんたらと違って遅くまで働いてるんだから、こんな時間起きれるわけないのにーーっ!」
「ごめん、ミノ、疲れてるのに。」
なんでそこでユアが謝るかなぁ。しかも呼び出したのは私だし。
「はいはい、朝っぱらからごめんねー二人とも。願い事叶うといいね。」
一瞬の間。それからミノが首を絞めてきた。
「あんたが見ちゃったからどっちにしろもう叶わないんだバカーーーっ!」
あ、そういえばそうゆうルールだっけ。このおまじない。
「知るかっ。願い事ぐらい自分でどうにかしろ。」
「レネ、かっこいい…」
知ってる。ユアの頭に手を載せる。ほんと、かわいくてイラっとくるわ。
「はーあ、あの妖精、めちゃくちゃカッコよかったなぁ。」
って、私も結局妖精って呼んでるし。
「うん、カッコよかったね。」
あれ、ユアなんかほっぺが赤くなってない?
「いや、ユア、ケントはどうしたケントは?」
「レネこそ、ケントはどうしたのさ?」
なんて顔で笑うんだ、ユア。こっちが言葉に詰まるわ。
何でもないって言ってんのに。あんな馬鹿ケント。ホントしょうもない。って、あれ、「しょうもない」と「何でもない」って同じかな?同じことかな?あれ、面倒くさいなあ。まあ、退屈はしないかなあ。
「で結局なにがあったのさーーーっ」
って言ってミノがまた首絞めてこようとするので、ほっぺたにチューしてやった。