鉄敷。琴音ちゃんの苗字。名前に、鉄琴が入ってる。
みんなにそれが広まったのは、マーチングバンドの初めての練習日。
運動会の準備のうち、マーチングバンドは高学年から新たに加わるメニューの一つだ。どうして運動する日に楽器の演奏をするのか、いまいちよくわからないけど、高学年って感じがして、悪くない。
まず、全クラスの五年生が集められて、それぞれのパートが決められる。あらかじめとられた第三希望までのアンケートをもとに、先生たちが決めるのだ。ドラムとかバトンとか、人気のあるパート以外なら大抵やりたい楽器をやらせてもらえる。
私はリラグロッケン。鉄琴を焼きとりみたいに串刺しにしたやつ。そうしたら、琴音ちゃんもリラグロッケンだったので驚いた。
「だって練習、楽そうでしょ」
そう言われて、なるほどと思った。確かに、渡された譜面を見ても、リラグロッケンのパートの音符が一番少ない。私の、リラってゆう響きがなんかかわいいから、なんていい加減な理由とは大違いだ。
「あ、マリンバなのに鉄琴持ってる」
シンバルを脇に抱えた柳谷君が、ニヤニヤしながらやってきた。
「鉄琴じゃなくて、リラグロッケン」
むっつりと言い返す。まったく、私としたことが。こうやって冷やかされるだろうことに、アンケートを出してから気づいた。
「鉄琴もリラグロッケンもおんなじだろー。あ、マリンバは別の楽器か」
ドラムの抽選に落ちたらしく、鍵盤ハーモニカを手にした椎太もやってきた。
「あ、ちょっと待って」
一番軽そうだからという理由でソプラノリコーダーを選んだ乃莉ちゃんが、突然大きな声を出した。まわりが一斉に黙る。
「琴音ちゃんの琴て、鉄琴の琴と同じ字じゃない?」
目を見開いて尋ねた乃莉ちゃんに、琴音ちゃんが無言でうなずく。
「て、ことは…」
まわりのみんなも、乃莉ちゃんの言いたいことに気づきはじめる。
「鉄琴がリラグロッケン持ってる」
柳谷君が叫んだとたん、おおっという歓声と笑いが一度に起こった。
それ以来、琴音ちゃんには、テッキンというあだ名がついた。琴音ちゃんはそのあだ名を嬉しがるわけでも、嫌がるわけでもなく、テッキンと呼ばれれば、素直に返事をするのだった。
パートが決まったら、パートごとの練習が始まる。これが、リラグロッケンは私たちのクラスからは私と琴音ちゃんの二人だけだった。琴音ちゃんは譜面があまり分からないようだったけど、私が何度か弾いてみせるとすぐに覚えてしまったようで、パート練習の時間はたいてい二人で窓の外でも見てぼーっとした。学校でいくら一緒にいても、琴音ちゃんちにいる時みたいに話すことはない。ただ「カケルどう?」「順調」と一言かわすだけで、十分な気がするのだった。二人しかわからないことを、大勢の中で話すというのが、なぜかとても楽しかった。
琴音ちゃんと同じパートになったことには驚いたけど、実はもう一つ、もっとびっくりすることがあった。
リラグロッケンは、ドラム隊の前を歩く。ハマ君がドラムなのはチェックしていたけど、まさか、琴音ちゃんの真後ろを歩くことになるとは。
隊列を組んで歩く琴音ちゃんの横顔を見ても、どんな気持ちなのかまるで分らない。もしや、このために、リラグロッケンを選んだんじゃ…という考えが頭をかすめる。
いや、そんなはずはない。最近わかってきたんだけど、琴音ちゃんは、ハマ君のことをじっと見たりしない。運動会の練習はクラス合同でやることが多い。だから、自動的に、同じ体育館やグラウンドで隣のクラスのハマ君を見ることが多くなる。
そういう時、琴音ちゃんは絶対にハマ君をじっと見たりしない。ただ時々、百メートルのスタートの瞬間とか、つなひきの終わる直前とかに、さっと強い視線を送るだけだ。きっと私以外の誰一人として、彼女の家の机にハマ君の写真が大切にしまわれているなんて思いつきもしないだろう。
例えばこれがハンニャちゃんだったら、好きな男子の近くに寄って、得意のマシンガントークを繰り広げる。椎太だって、話しかけたりはしないまでも、よく、シズカちゃんのことをぼーっと見つめていることがある。
でも、なぜだか琴音ちゃんは絶対にそういうことをしないのだ。
だから、行進でハマ君のすぐ前になったのも、狙っていたはずはないのだと思う。たぶん。でも、琴音ちゃんの考えることってよくわからないし、本当のことはわからないけど。
「マリンバ、この後時間ある?」
行進の練習の終りに、ハマ君が話しかけてきた。今日は一度家に戻ってから、夕方英会話スクールがある。
「うー、微妙。なんで」
ちらっと琴音ちゃんを見る、絶対聞こえてるはずなのに、こっちを見ない。
「何人かで残ってマーチングバンドの練習するんだけど」
「あ、そうなんだ」
もう一度、琴音ちゃんを見る。やっぱりこっちを見ない。
「コトちゃんは?」
ハマ君は、琴音ちゃんのこと、テッキンとも、琴音ちゃんとも呼ばない。二年生の時、同じクラスだった時の呼び方で呼ぶ。やっと、琴音ちゃんが顔をあげた。
「私…」
その時、後ろの方からハンニャちゃんが大きな声でハマ君を呼んだ。
「ハマくーん、音楽室行ってるよ」
ハンニャちゃん達三人グループはバトンを振り回しながら去って行った。ハマ君は三人に手を振ってから振り返って、どうする?という風に眉毛をあげた。
「私、やめとく。がんばってね」
琴音ちゃんがすっと立ち上がって歩きだす。あわてて私も立ち上がって追いかける。
「私も、ごめん。がんばって」
ハマ君は私たちにも小さく手を挙げたので、私も小さく手を振り返したけど、琴音ちゃんは振り返りもしなかった。
「練習、いかないの?」
渡り廊下に出たとたんまぶしさで目をかばっている琴音ちゃんに尋ねる。
「別に、必要ないでしょ」
実際のところ、琴音ちゃんのリラグロッケンは殆ど完璧で、練習の必要があるかって言うと、そうでもない。
「そうだけど…」
渡り廊下から見える中庭の池がきらきら光っている。私も琴音ちゃんをまねて目の上に久を作る。
「タイプが違うんだよ」
「タイプ?」
「あの人たちと私たちはタイプが違う。住む世界が違うっていうか」
「住む世界…」
「ま、だからこそ、アイドルには持って来いなんだよ」
違うタイプ。私も、最近似たようなことを考えていた。椎太たちとハマ君は違うタイプ。朝のサッカーの時、私の考えてたことって、そう言うことだったのだろうか?ハマ君たちと私たち。ハマ君たちって、ハマ君とあと、ハンニャちゃんたち?私たちって、琴音ちゃんと私?
「私たちは同じタイプ?」
私が聞くと、琴音ちゃんが私の顔をじっと見た。なんとなく恥ずかしくなって下を向く。
「マリンバは…またちょっと違うけど」
けど、と言いきって、またすたすた歩く琴音ちゃん。
琴音ちゃんと私は、同じタイプって感じじゃない。というか、琴音ちゃんは琴音ちゃんで、同じタイプの人なんていない感じがする。自分は、どうだろう。周りから見て、自分は、誰と似ているんだろ。
もちろん、シズカちゃんやハンニャちゃん達とは別のタイプだ。友梨ちゃん?いや、私は友梨ちゃんみたいに情熱的な感じじゃない。というか、友梨ちゃんはグループは違っても、どっちかというと、ハンニャちゃんと似た感じがする。じゃあ、乃莉ちゃんは?
「マンボーっ」
教室に入った途端、乃莉ちゃんがそう言って襲いかかってきた。先に戻って待ち伏せしていたらしい。
教室中が一瞬しんとする。私も琴音ちゃんも、呆れた顔をするしかない。
「乃莉ちゃーん、それはもう、古いんだよ~」
横を歩いていたトウヤ君が、赤ちゃんをあやすみたいに言うと周りからどっと笑いが沸き起こる。ちょっと前まで吹き荒れていたマンボー旋風は、今やすっかり消えていた。
「本当にずれてるよなー」
「ありえないよ、乃莉ちゃーん」
そんな風にみんなに突っ込まれながら、乃莉ちゃんはちょっと赤くなって、
「え、そうなの、本当?えへへ」
なんて笑っている。
やっぱり、乃莉ちゃんと私は同じタイプなんかじゃない。私は乃莉ちゃんみたいに、こんな風にみんなの中心でみんなを笑わせたりなんかできない。 私は、鈴木真鈴は誰に似てる?