グランドのど真ん中をがつがつと柳谷君がドリブルで突破していく。柳谷君が、一対一で、ボールをとれる奴はあまりいない。近くにいた二人が柳谷君を止めに行く。おかげで、フリーになった敵のあきちゃんとしん君に目を配りながらゴール近くを守る。椎太が下がってきて、しん君についてくれたのであきちゃんの邪魔をしに走る。
「ヤギッ」
逆サイドの深いところから声が飛び、私たちはハッとして振り返る。
ハマ君だ。
いつのまにそんな所に来ていたのか、柳谷君からパスを受け取るとドリブルで進む間もなくおいつてきた一人をかわしながら、内側に入り込んでくる柳谷君にボールを戻す。ぎりぎりボールに追いついた柳谷君は、ゴールまではまだ遠かったけど、そのままシュートを放つ。
ボールはわずかにそれて、ゴールポストを越えていった。
私はちらっとハマ君に目をやった。すでに元の位置、つまり、自分のゴール手前の左に戻っている。
思い出せる限り、ハマ君が、柳谷君みたいにがっちりシュートを決めているところは見たことがない。ゴールするとしても、こぼれ球をちょんと蹴ったり、そんなんばっかりだ。ドリブルで何人もごぼう抜きしたりっていうイメージもない。ただ、今みたいに、いつの間にか絶妙のポジションにひょこっとあらわれて、みんなをハッとさせることはよくある。
そうゆう全てが、まぐれのような気もするけど、柳谷君と同じくらい、出てくると厄介だと思われていることは確かだ。
グラウンドに生えてきた雑草をけって掘り起こしている姿は、スラッとしていて確かに目を引くかもしれない。
少し視線をずらすと、椎太が手首をぶらぶらさせながらタラタラ走っているところが見える。
つい、はあ、とため息が漏れる。
同じ年で、同じサッカーのクラブに入っていて、なのに、この違いは何なのか?たぶん、ハマ君が手首をぶらぶらさせて駆け足することだってある。椎太だって、グラウンドの雑草を掘り返したりする。でも、同じことをしても、二人は全然違う。
サッカーのうまさの違い?いや、違う。柳谷君だってサッカーはうまい。でも、柳谷君は、ハマ君とは違う。ハマ君は柳谷君みたいにおちゃらけていない。ハマ君だって面白いこと言ったりするんだけど、何かが違う。何かって、何だろう。なんなんだろう。
その時、横を誰かが通り過ぎた。我にかえってあたりを見回すと、またしても柳谷君がドリブルでがつがつ迫ってくるところだった。こっちのボールだったのに、もうとられてしまったのだ。素早く近間に目を走らせる。すでに仲間が二人、柳谷君に向かっている。まだ上がってきている敵は少ない。
しん君が空いている。私は柳谷君の死角になるように気をつけながらしん君に近づく。
「しんっ」
やった。柳谷君がしん君にパスを出した。すかさずカット。
ドリブルは苦手なのだけれど、周りに誰もいないのでとりあえず走り出す。
「マリンバッ」
左から声が聞こえた。トウヤ君。仲間だ。助かった、と思いながらパスを出した瞬間、右から走ってきたあきちゃんの体当たりを食らった。
ぼよんと弾んだ後、二人いっぺんに倒れ込む。その時、一瞬、あきちゃんの腕が私の顔に覆いかぶさった。
とっさに息をとめた。におい。あきちゃんのわきのにおい。
「だいじょうぶ?」
先に起き上がったあきちゃんが手を差し出している。私はあきちゃんの手を借りてすぐさま立ち上がる。ゲームは続く。まだ、ボールは私たちの方だ。二人はすぐにまた駆け出した。けれど、私の頭の中はわきのことでいっぱいだった。どうしよう、どうしよう、自分もやっぱり、こんなに走って汗をかいているんだから…。
誰にも気づかれないように、汗をぬぐうふりをしながら自分のわきに鼻を近づける。
よくわからない。さっきのにおいが強烈すぎて、鼻が鈍くなっているのかもしれない。それとも、自分のにおいだから、慣れてしまっていて、よくわからないのだろうか。
これ以上汗をかくとまずい。そう思うと、思いっきり走ることもできない。肘を上げるとにおいが広がってしまいそうで怖いけれど、ぴったりわきを締めると、風が通らなくて、もっと臭くなるかもしれない。肩を上げて肘を下げて…。考えれば考えるほど、動きがぎこちなくなる。
「そんなことしたら、自分が臭いって言いふらしてるのと同じじゃない」
突然、琴音ちゃんの言葉が蘇ってきた。こんな風に気にして変な動きをしていたら、きっとみんな変に思う。そして自分が臭いのを隠そうとしていることがばれてしまう!
キーンコーン
チャイムが鳴った。グランド中の足が一斉に勢いをなくす。
どっと疲れた気がした。一日はこれから始まるというのに。
「クサッ」
後ろから声がして、心臓が飛び上がった。振り返ると、男子たちが草むらをけっては、入れ替わり立ち替わり、頭を近づけている。あの様子は、カメムシを見つけたのに違いない。みんなカメムシのにおいが嫌いだ。だけど、見つけた時は、いつも、とてもうれしそうに騒ぐ。カメムシも、琴音ちゃんの論理によれば、アイドルってことになるのだろうか。 そう思って、教室の方を見上げてみると、窓辺に琴音ちゃんの顔が見えた。私は手を振ろうとしたんだけど、その前に琴音ちゃんは窓辺からいなくなってしまった。