習い事が無い日は、必ず琴音ちゃんちに出かけた。
けれど、学校にいるときは、相変わらず、それほど話すこともない。そもそも琴音ちゃんは、教室の中ではあまりギャーギャー騒いだりしない。誰とでもそれなりに仲良く話しているようだけど、どのグループに属しているのかよくわからない。まあ、しいて言えば、生き物係のマサモンやミューちゃんとよく一緒にいるみたいだけれど、ただ係の仕事をしているだけという気もする。
「ねえ、マリンバは?誰がいい?」
友梨ちゃんに言われて机に目を戻す。昼休み。話題は友梨ちゃんの持ってきたスターズ5の下敷きについて。
「シン君はだめだよ、もう友梨がとったから」
「私はアレックスね」
と乃莉ちゃん。
「うーん」
私は腕を組んでうなった。下敷きの中で笑う五人の男の子。みんなかっこいい気がする。
「ああ、マリンバは、あれか、健太君か」
友梨ちゃんがにやにや顔で私をこづく。
「健太君は別にそんなんじゃないよ。ただピアノがすごいの」
「だから、それが、そーゆうんなんだよ」
乃莉ちゃんがもっともらしい顔でうなずいている。
「そーゆうんなのかなあ」
「そうなんだよ」
二人がそろってもっともらしくうなずく。
「うーん…」
「あ、ねえ、琴音ちゃんは?誰がいい?」
ちょうど教室に入ってきた琴音ちゃんに乃莉ちゃんが声をかけた。
「どれ、何?」
近寄ってきた琴音ちゃんの目に下敷きが映る。
「あー、スターズ5ね」
そう言いながら、乃莉ちゃんの隣の席に陣取った琴音ちゃんは真剣なまなざしで、アイドルを選んでいる。私は一瞬、この前琴音ちゃんが言っていた、アイドルは偶像だって話を思い出して、なぜかちょっとドキドキしてきた。そんな私の気持ちを見透かすように、琴音ちゃんはちらりと私を見て、にやっと笑った。
「お兄ちゃんが言ってたんだけど、アイドルって、偶像って意味だけじゃなくて、無駄って意味もあるんだって」
「グーゾー?」
「ムダ?」
友梨ちゃんと乃莉ちゃんがぽかんとして琴音ちゃんを見つめた。
「偶像って、神様をかたどった人形なんだって」
説明してみたけど、言ってるそばからむなしくなる。自分でもよくわからないことを誰かに説明するなんて。
琴音ちゃんは頬杖をついて下敷きをなぞった。
「神様の人形なんて作ってもムダってことなのかな」
私たち三人は黙って琴音ちゃんを見つめた。そんな私たちの様子なんか気にも留めず、琴音ちゃんは、以外にも一番人気のユーロンを指してほほ笑んだ。
「この笑顔、すごいよね」
* * * * *
「琴音ちゃんてちょっと変ってるよね」
更衣室で、体操着をたたみながら、友梨ちゃんが言った。
「うん、なんか、いい味出してるよね」
と言うのは乃莉ちゃん。
私たちのグループは、他の女子に比べてちょっとばかり、とろい。今日も、ほとんどの女子が着替えを終えて出てっているのに、私たちときたら、まだ、帽子をしまったぐらいだ。
「琴音ちゃんと話すと、いっつもびっくりするよ」
私が言うと、二人もうんうんとうなずいた。
そこへ、バタンと扉が開いてハンニャちゃん達のグループが入ってきた。そう言えば、今日はシズカちゃんが日直だったから、たぶん、みんな、用具の片づけをしていたんだろう。
三人は入ってくるなりロッカーからスプレーを出して脇にシューッと吹きかけた。
そのスプレーが何者なのか、私たちは最近知った。デオドラントスプレー。汗のにおいを消すすぐれ者だ。
じっと様子を見つめていた私たちに、シズカちゃんがスプレーを差し出した。
「貸そうか?」
「ありがとう」
そう言って友梨ちゃんがスプレーを受け取る。乃莉ちゃんと私を交互に見た後、意を決したようにスプレーを脇にあてる。
「どう?」
私と乃莉ちゃんの食い入るまなざしに、友梨ちゃんはちょっともったいつける。
「うーん、なんか、くすぐったいかな」
そんな私たちを見て、シズカちゃんとユッピがクスクス笑っている。
「あんたたち、そんなゆっくりやってたら次の時間に遅れるよ」
すっかり着替えを済ませたハンニャちゃんが、呆れた顔でため息をついた。
「使い終わったら私のロッカーに戻しといてね」
シズカちゃんの優しげな言葉と共に、三人はさっさと更衣室を出て行った。
友梨ちゃんに手渡されて、吹き出し口に指をかける。けれど、どうしても押す気になれなくて、すぐに乃莉ちゃんに渡した。
「シトラスの香り」
と、乃莉ちゃんはスプレーの缶に書いてある文字を読み上げる。
「シトラスって何?」
私の問いに、シューッとスプレーを吹きかけて乃莉ちゃんが答える。
「これがシトラスよ」
ちょっとレモンに似ているような、よくわからないにおい。いいかおりなのだろうか?
「食べ物かな?」
私がつぶやくと乃莉ちゃんが
「食べたこと、無いなあ」
と言いながら、脇にシューッとスプレーをかけた。
「いいにおいなら、いいんじゃん、何でも」
乃莉ちゃんが私にスプレーを吹きかけながらいう。
「あんまり無駄遣いしたらだめだよ。シズカちゃんのなんだから」
と、私。
「それもそうだ。シズカちゃん泣かすとまずい」 そう言って友梨ちゃんは肩をすくめた。