水曜日は唯一、友梨ちゃん、乃莉ちゃん、私の仲良し三人組が、そろってまっすぐ家に帰る日。いつもより、ちょっとだけゆっくり時間をかけて道を歩く。三人そろえば最強。何をしても何を言ってもおもしろくて、笑いすぎてお腹が痛くなっちゃう。遅くなって帰って、お母さんに、
「こんな時間まで何を話しこんでたの?」
なんて言われても、
「忘れちゃった」
としか言えないんだけど、別に、いい。説明できなくても楽しかったんだから。
それでも、二人より家が学校から離れている私は、一人で歩く道すがら、その日話したことを思い返す時間が少しはあるんだけど。
今日、特に盛り上がったのは走り高跳びとジャンプの仕方。先週の日曜にあった体育記録会では、ほかの学校からも生徒が集まって、みんなで記録を競い合った。
私たち三人組は、高跳びに出場したんだけど、記録なんかより、他校の生徒たちの跳び方に目が釘付けだった。
「やっぱ可野小の高橋君だよね」
「左から跳ぶってゆうのがね」
「跳ぶ時にさ、指がさ、こんな感じに…あーっ、真似できない」
「真似できないよねー、あれは」
「てゆうか、新記録だしね」
「あ、でもさ、素野小のさあ、六年生の人」
「あー、ベリーロールね」
「背は小さいのにさー」
「最初びっくりしたよね」
「そのまま突っ込むつもりかと思ったもん」
「一回目なのにもうやけくそ?みたいな」
「まあ、誰もマンボーには勝てないけどね」
マンボーっていうのは、女子の部で一位だった古野小の五年生。自分たちと同じ年だとは到底思えない体の大きさで、跳ぶ瞬間に
「うーっ」
ってうなる。みんながバーを倒して、彼女一人に注目が集まってた時、いつものように彼女が
「うーっ」
とうなると、どこかの男子が
「マンボーッ」
と叫んだのだ。あたりは爆笑の渦に巻き込まれ、彼女はジャンプに失敗した。でも、そのすぐあと、やっぱり「うーっ」って跳んで優勝したんだけど。
「マンボーはすごかったよね」
「走る時ドスドスって聞こえたもん」
「うーっ」
乃莉ちゃんがマンボーの真似をするので私と友梨ちゃんは腹を抱えて笑う。
「てゆうかさー、マンボーって、何?」
友梨ちゃんが言って、またまた三人笑い転げる。
「マンボーって、魚じゃないっけ?」
「魚?」
「魚?どんな?」
「泳ぐとき、うーってゆうんじゃない?」
乃莉ちゃんが、今度は手だけ魚みたいにひらひらさせて、
「うーっ」
とうなりながらドスドス走り回る。
私も友梨ちゃんも、もう、笑いすぎて声も出ない。
「マンボー最強」
「マンボーさあ、うちの男子より絶対強いよね」
「いや、ユッキには勝てないんじゃない」
「カメムシ、素手だからね」
「あいつ、本当ありえないよね」
「てか、臭いし」
「マンボーでも近づけないよね」
「いや、マンボーは、遠くからでも超音波出せるから」
「うーって」
乃莉ちゃん、今度は高い声でうーって叫びながらドスドス走る。私も真似して走る。友梨ちゃんも続いて走る。
笑いすぎて死んじゃう。
「マンボーッ」と言い合って二人と別れてからも、私の頭の中では超音波を出す魚に似た新しい生き物が海の中をドスドス動き回っていた。
こみあげてくる笑いを必死にこらえながら家の近くに来た時、曲がり角のところで石垣にぴったり体を押し付けている椎太を発見した。
そっと近づいて、
「何やってんの」
と声をかけると、椎太はひーっと変な声を出して振り返った。
私が肩をゆすって笑いながら、
「おまえもマンボーかよ」
とつぶやくと、椎太は、
「はあ?何それ?驚かすなよなあ。」
とふてくされている。
「や、別に何でもない。で、なにやってんの?」
「あ、そうそう、あれ見て」
椎太が指した方を見ると大きなロードローラーが狭い路地でゆっくり動いている。アスファルトのにおいが立ち込める中、道路を直している。作業は三人がかり。一人が砂利交じりのアスファルトをスコップで運ぶ。一人が大きなガスバーナーみたいなもので、アスファルトをあぶる。やわらかくなったアスファルトの上をロードローラーが行ったり来たりして、平らな道路にしていく。
ざらざらの砂利が一瞬にしてなめらかな道路になっていく様を、私と椎太は石垣の陰からしばし時を忘れて見つめた。
しばらくして、タンクを運転していた一人が、ほかの二人に声をかけたかと思うと、三人は連れ立ってどこかへ行ってしまった。すべての機械音がなくなって、あたりは突然の静けさに飲み込まれたみたいだ。
「ねえ、マリンバ」
椎太が内緒話みたいな声でささやいた。
「あそこ、まだやわらかいのかな」
「そりゃそうじゃないの?」
私が返すと、椎太が私の腕を小突いた。
「マリンバ、ちょっと行って確かめて来てよ」
「どうやってさ」
「踏んでみればいいよ。跡がつくかどうか」
「…シータンが行きなよ」
「オレ無理」
「なんでさ?」
「いいから、早くしないと工事のおじさん帰ってくるだろ」
「何で私が…」
そう言いながらも私の体は既に工事現場に向かっていた。正直言って、本当に足跡がつくかどうか、やってみたくて仕方がない。
けれども、実際、熱々でピカピカのアスファルトの前に立つと、やっぱりなんとなく気が引ける。振り返ると、角の所から頭だけ出して、椎太が「早く」と口ぱくで訴えてる。
「シータンも来なよ」
私も口ぱくで返して手招きした。なかなか実験を始めない私にしびれをきらして、とうとう椎太もへっぴり腰ながら近づいてきた。
「私ひとりにやらせるなんてずるいよ」
「わかったよ。じゃあ、二人同時に」
二人、うなずいて右足を構える。
「せーの、でいくぞ」
「ちょっと待った」
「なんだよー」
「あんた、裏切る気でしょう?」
疑いの目を向けると、椎太がにやっと笑った。
「やっぱり…」
「そんなことないって」
「そうはさせるか」
私は椎太の肩をしっかり組んだ。
「道連れじゃ。マンボーッ」
言いながら、思いっきりアスファルトに踏み込む。
「うぁ」
バランスを崩した椎太はアスファルトの上に両足を踏みこんでしまっている。
「逃げろ」
私たちは振り向きもせずに走ってその場から逃げた。息がヒューヒューいうまで、走って走って走りまくった。
「マリンバの…せいで…二歩も…」
切れ切れの息のまま、椎太が言う。
「ね…それで…見た?」
「見てない、けど、あの感じは、いったな」
「私もそう思う」
それからお互い目を見合わせて噴き出した。息が苦しくてヒューヒュー言ってるのか、笑ってヒーヒー言ってるのかわからないくらい笑い転げる。
「ね、さっきの、マンボーって何なの?」
まだヒーヒー言いながら椎太がたずねて来た。
「あー、マンボーね。乃莉ちゃんがさあ…」
さっきまでの会話を、カメムシユッキ対超音波マンボーのところまで思い出したところで、私は今日のカメムシ事件の時の椎太の事を思い出した。あの時、こぶしを握って真っ赤になっていた椎太と、今、目の前で全然別の理由で真っ赤になっている椎太。まったくどこまで真剣なんだか、とは思いつつ、やっぱりカメムシの部分は言わないことにする。
「乃莉ちゃんがさ、古野小の高跳びの女子の真似してさ」
私がうーっと言いながら例のマンボーの真似をすると、椎太もげらげら笑い転げた。
「あれか」
椎太は高跳びに出てはいなかったけど、たしか、他の種目で早々と敗退して、例の一部始終を見ていたのだ。椎太ときたらサッカー以外、運度はからっきしダメなのだ。
「そう言えばさ、今日、サッカーは?」
水曜は、サッカークラブの練習だったはず。考えてみれば、帰りが一緒になるなんてすごく久しぶりだ。
「あー、今日休み」
「なんで?」
「知らないけど、監督の用事」
「用事か」
「うん、たぶん、マンボーにやられたんじゃない?」
言い終わる前に椎太は吹き出していた。もちろん、私も。
* * * * *
家に帰ってランドセルを下ろすと、すぐ台所にかけ込んでおやつの袋をひっつかみ、またすぐに玄関へ向かった。
「どこ行くの?」
リビングから聞こえるお母さんの声に
「琴音ちゃんち!」 とだけ答えて外に出る。お母さんが琴音ちゃんを知っているかどうかわからないけど、ま、いいか。