琴音ちゃんとは三年生の時から同じクラスなんだけど、あんまり話したことはない。別に仲が悪いってわけでもないんだけど。
だから、こんなに近くに住んでるのも知らなかった。
「ああ、健太君?隣だよ」
「うそ!」
琴音ちゃんの部屋は西日をいっぱいに浴びて、秋とは思えない温度になっていたけど、窓を開けると気持のよい風が流れ込んだ。
「何年生?」
「中一かな」
「ピアノの音とか聞こえてくる?」
「毎日ね」
「うそお…」
思わず壁にへばりつく。
「別に、そんなことしなくても、聞こえるよ。」
オレンジジュースを運ぶ琴音ちゃんが言った途端、本当にピアノの音が鳴り始めた。
少しくぐもってはいるものの、さっきの曲だ。あの、深緑の沼の。
「はあ、天国…」
「そう?」
興味無さげにそう言った琴音ちゃんは広げたポテトチップスの中から一枚取り出し、粉々に砕いている。
「何してるの?」
「エサ、あげるの」
粉々になったポテトチップスに、今度は水をたらしてどろどろにしている。
「へーえ。何のエサ」
「ほら、これ」
出来上がったドロドロを琴音ちゃんは机の上にあったプラスチックケースの中に入れる。ケースの中に作られた叢にいたのは。
「カメムシ」
「え、カメムシ?」
「カメムシ」
「カメムシ?」
「カメムシ」
テカテカとした緑色のカメムシ一匹。 オレンジに染まる部屋の中、緑色の音色静かに響く中、小さなカメムシが一匹、もぞもぞと、ただ、もぞもぞと動いていた。