RCASTニュース コラム 狩野モデル 2007

投稿日: 2013/08/21 8:33:43

私は、ものづくりのための情報システムについて研究を行っているが、当然、どのようなものを作りたいかによって、システムに対する要求は変わってくる。製造業は、買い手である顧客が求める特性をできるだけ沢山もつような製品を作ることが、その基本である。この顧客の求める特性と、実際に製品のもつ特性との合致度を「品質」という概念で捉えることが多い。一般の機械製品であれば、優れた性能はもちろんのこと、故障のしにくい信頼性や、安心して使える安全性、格好のよいデザインなどが品質となる。

どのような品質を実現して商品力を高めるか、そこに企業の経営戦略がある。大雑把な話をすると、日本が強いとされる自動車、電気・電子等の製造業の商品戦略は、短い商品サイクルで、新しい技術を満載し、さらに豊富な製品バリエーションをもつ製品を市場に送り出すことにある。これによって、高い顧客満足度を得て、市場において優位な位置を占めてきている。最初の話に戻ると、このような戦略においては、商品を開発する期間(リードタイム)を短縮するための情報システム技術に関する要求が大きい。今、日本の自動車メーカーは、このような情報技術を駆使して12ヶ月程度で新車を開発することができる能力をもっている。

しかし、製品の品質は単純ではない。これを考える一つの枠組みが狩野紀昭博士の提唱した狩野モデルだ(図参照)。このモデルは品質工学分野では常識なのだが、私は寡聞にして知らず、最近になってそれを知り感銘を受けた。

狩野モデル

狩野モデルは、顧客満足を得る品質はいくつかに分類できるとしている。その一つは、当たり前品質である。これは、その品質があって当たり前で、少しでも品質が悪いと、顧客は非常に不満になるというものである。自動車で言えば、「走る、曲がる、止まる」がこれに当たる。1980年代に、日本製品が世界を席巻できたのは、故障が少ないといった、このような当たり前品質によるところが大きかった。近年、自動車のリコールや、あるいはノートPCの充電池発火事故など、製品の不具合問題が大きくクローズアップされ、日本製品の品質神話も崩れかかっているようであるが、当たり前品質は日本製品の生命線であり、これが崩れると直近の販売に大きな影響がでるだけでなく、それを回復するのは非常に困難となる。

もう一つは、性能品質と呼ばれるもので、品質のレベルと満足度が比例するものである。自動車などでみると、その快適性の基本であるNVH(Noise、Vibration、Harshness)や燃費などはこれに当たる。最近米国市場で日本車の売れ行きが好調であるが、その背景には優れた燃費性能がある。

さらにもう一つの品質は、魅力品質とか、喜び品質と呼ばれるものである。これは、その品質がなくても顧客は不満になることはないが、もしあれば満足を得られるというものだ。この品質に含まれるものには、多分にemotionalなものが多い。例えば、欧州の高級外車の販売が好調であるが、性能品質というよりは、そのブランドの車を所有することにワクワクする喜びをもつ。理性的に考えれば、同じ性能品質であれば、価格の高い高級外車を買う必要はないのであるが、購買においてemotionalな要因は大きい。

日本製品は、この部分が弱いといわれる。過去、日本の製造業は、海外から技術の種を導入し、それを改良することによってコストと性能品質を両立させ製品化を推し進めてきた。しかし、製品が成熟すると共に性能品質だけで付加価値を高めることが困難となっており、魅力品質への転換を進めているのであるが、それは他から学ぶことでは出来ない。なぜなら、他から学ぶこと自体が、魅力品質に矛盾するからである。ブランドを確立する方法論や感性に響くデザインの手法などに関する研究が活発化しているのは、この問題の深刻さを裏付ける。

さて、狩野モデルの考え方は、製品以外のものの品質を考える上でも参考となる。文頭で、どのような品質を高めるかは企業戦略である、と書いた。私はこの4月から、先端研の経営戦略室の末席を汚しているが、研究所の戦略としても「研究の品質」が基本となろう。しかし、それは製品の品質よりもはるかに複雑であり、また、そもそも戦略として何を最大化しようとしているのかも、私にはよく分かっていない。一度よく整理して考えて見たいと思っている。