Message to Students (J)

研究する、ということ

初めて研究に取り組む人へ

卒論生など、初めて研究に取り組む人には、研究で最も重要なことは、「優れた論文を書くこと」だと言っています。研究者は、新しい理論や手法、装置、システムなど発見したり、開発したりしますが、最終的な目標とは、それらを論文の形で世の中に発表することだと考えればよいと思います。このような言い方をすると違和感があるかもしれません。しかし、優れた論文を書くには、その研究内容に、新規性、独創性、妥当性、有用性などのあらゆる条件が必要であり、それらをクリアすることが、優れた研究をすることになるからです。

卒研生は,すぐれた卒業論文,院生は学術論文誌や論文集への論文投稿,そして修士論文や博士論文を書くことが大事です.いくら勉強しても,プログラムを作っても,論文を発表しなければ意味がありません.

優れた論文を書くには?

    1. テーマ選びの戦略(面白さ,価値,研究者密度,将来性 etc.)

    2. 徹底した調査,サーベイ(先行研究を知る.問題を知る.)

    3. アイデアをしぼる.熟考する.議論する.(良く考える)

    4. 徹底した追求(できるところは全部やる.)

    5. 道具,環境(できるだけ効率よく)

社会課題を解決する研究

私たちは工学系なので社会課題を解決することを重視していますし、それは「やりがい」のある研究です。例えば、企業との共同研究で、私たちの研究室で開発した基礎理論やソフトウェアが、その企業の課題を解決するのに役に立ったときには、論文を書くのとは違った充実感があります。企業に限らず、大学の外の様々な人と関わりをもって、その中から課題を見つけて解決し社会貢献して行くことは、我々の責任であると考えています。

見える化

少し話はそれますが,上で言っていることをもう少し一般化すると,「自分がやったことを人から見える形にしろ」ということになります.論文はその一つの有効な方法です.最近はホームページなどのインターネットによる公開も強力な方法ですね.理論や理屈は論文に書くことによって「見える化」されますが,「その研究で実現した製品を見せる」とか,「研究で作ったソフトを見せる」ことも大きな説得力があります.つまり,実証するわけです.

Demo or Die

MITのメデァアラボで有名になった言葉に "Demo or Die" というのがあります. 米国の大学院では学生は先生から給与を得て,研究を行っている場合が多いのですが,しっかり研究して,その成果をデモンストレーションしなければ,クビになるよ,という意味です.似た言葉に "Publish or Perish"といのもありま す."publish"とは論文を書くという意味です.

下の文は,カルフォルニアのCaltechのPeter Schroeder先生が書いた文です. デモによって自分のやっていることをわかり易く見せることを如何に重要視しているかがわかります.

An important part of our work is to teach others about the things we learn. This includes undergraduate and graduate students at Caltech, but extends far beyond Caltech. Finally, we build prototype implementations of our ideas to demonstrate their inner workings and allow interested people to play with them.

Have fun exploring!

役立ち論

「社会に役に立つ」かどうかという批判は,最近特にアカデミアの研究を批判 するときの常套手段となっており,理解できるところもありますが,実は慎重 を要します.私は工学研究の場合は,この「役立ち論」よりも,「その研究か ら,どんな未来が見えてくるのか」ということが大事だと考えています.大学は、近視眼的に役立つことだけを考えるのではなく、少々批判されても、自分が面白いと思ったことはとことん追及すべき(できる)場所だと思います。チャレンジして失敗することも許されるのです。

また、将来をしっかりと考えて良い研究を行い、また、少しの運もあれば、企業が関心をもって実用化に結びつくことも多いです。

主体性を持ちましょう

研究とは,本来孤独なもののように思えます.共同で行なう研究でも,その中で個別のテーマや問題を解くのは個人であり,テーマやアイデアがオリジナル であればあるほど,すべてを自分で実行しなければなりません.結局,研究者には自分で研究を計画し,実行するという主体性が重要になります.積極的に研究に取り組むという主体性を持つには,まずそのテーマをどのくらい「面白い」と思えるかが重要です.

逆に、研究室のメンバーや、あるいは学外のいろいろな人と接し議論することは非常に有用です。これは知的生産性に関する知見が示すところで、最近では共創という概念でとらえられますが、人の知的な活動は、他の人と一緒に考え、作業することによって非常に活性化し、優れた成果が期待できるのです。良い discussion partner を見つけましょう。

若くても第一線へ

卒業研究は,自分で考え,自分で計画し,実行し,成果をまとめるという『研 究』の過程を,一通り初めて体験するものです.卒業研究の中には,時として, 評価の高い論文誌(Quality Journalという)に採録されるぐらいに優れたものも現れ ます.学会へ参加してみればわかりますが,多くの大学院生たちが大学・企業などの研究者と対等に発表をしています.我々の分野の敷居は意外に低く,若くても第一線へ辿り着くのは,他分野に比べて容易です.

逆に,研究者の寿命は意外に短いものです.年をとると研究以外の仕 事が増えて研究に集中できなくなります.

具体的にどうするか?

具体的な研究の進め方については、素晴らしい本「 中田亨著 理系のための卒業論文術」を見つけたので、それを読んでください。研究室にも数冊買っておきました。 また 中田さんのHP も参考になります。

注意事項

私からは、特に次のことを注意しておきます。

    1. 研究室にはできるだけ顔を出す.

    2. 研究ノートを用意して,何でも書き留めておく.

    3. 多くの人と議論する.

    4. 拙速が大事.とにかく具体化してみる.

        • アイデアを絵や文章にしてみる.

        • 簡単なプログラミングや実験をしてみる.

    5. 資料を蓄積する.

        • 重要な関連論文について記録をつけ、内容をまとめておく.

        • 説明図なども、きちんと作って貯めておく。

進路について

将来研究職を目指す人へ

将来研究職を目指す人には,修士課程に進むことを勧めます.また,適性にもよるのですが,さらに博士課程に進み博士号を取得することを勧めます.研究者にとって,博士号は研究活動を円滑に行なうのには有用です.

企業に入ってからでも博士号は取れますし,企業で研究実績を積んできた 多くの方が博士号取得を希望されています.しかし,企業では日々の仕事に追われて,その成果を博士論文としてまとめるだけの時間が中々とれないのが現 実です.

バブルの時に,企業は競って基礎研究所を作りました.大学や国研と 同様の長期基礎研究を目指しました.しかし,バブルがはじけていらい,その99%は短期目的研究型に方向転換し,大半は廃止されました. 最近ではR&Dではなくて,R&B (Research & Business)と言われ,事業化と結びつかない研究を行うことは企業では大変難しくなっています.

その意味では,大学院で自分の好きな研究をやってみるのは貴重な機会となります.須賀先生曰く「東大に入ったのが役に立つのは,就職と,結婚と,そして大学院だ」折角東大に入ったのだから,それを活用して欲しいものです.

就職志望の人へ

自分のやりたいことがはっきりしていて,それをやれる企業があるなら, 就職すべきです.回り道をしている必要はありません.多くの技術系企業では,修士を優先するところもありますが,2年間修士で遊んで いるくらいなら,企業でしっかり仕事をしたほうが有意義なことは 自明です.最近、技術系企業でも学士採用を進めるところも出てきているようです。

また,研究職に向かない人もいます.上の『主体性と好奇心』のところで述べ たようなことが苦手な人は,むしろ大学院に進むよりも企業に就職し,目的化された組織と実行計画の中で実践したほうがよいと思います.モラトリアムで修士に行き,研究もせずに,いつまでも学生のような気持ちでいられるのは, 指導教員としてもお断りです.大学院は研究をするところです.

いずれにしても,卒論では,自分で仕事を計画し,準備し,実行するということは,多くの職種でも要求される能力です.例えば,問題点を整理して実施計画をたて,必要な資料や道具を探したり入手したりするなど,卒業研究を通していろいろと経験的に学ぶことができるでしょう.