栗原葉子「伴侶ー高群逸枝を愛した男」平凡社1999年
近年、高群逸枝の見直しが行われている。
若手の歴史研究かである栗原弘は、10年余かけて婚姻女性史の原資料を再検討し「高群逸枝の婚姻女性史増の研究」(高科書店 1995年で、高群が「資料の改ざん、意図的な創作」をおこなったと主張した。しかも、改ざんの目的は、女性を正当に評価しない男性中心の歴史ではなく、女性に生きる勇気を与えるような歴史をみせることにあった、としている。
栗原弘の妻、栗原葉子はこの高群の遺稿の整理に、夫とともに携わった経験をもつ。その経験から生み出されたこの本は、高群に光をあてることで、その影に隠れて生きた高群逸枝の夫、橋本憲三に焦点をあてたものである。それはこれまでの高群逸枝のイメージを縮小させ、愛する女性の可能性を支えた異形の夫婦愛、気恥ずかしいほどの「男の愛」の礼賛となっている。上野千鶴子がこの本に寄せたコピーは「こんな風に愛したいか?こんな風に愛されたいか?ー〈対幻想〉が過去のものになった時代に、かえって胸を灼くこの問いに、どう答えるかで、あなた自身も試されるだろう。」であった。
こういった気恥ずかしさを除けば、とても興味深くおもしろい歩ンである。おそらく著書本人が夫とともに、晩年の橋本憲三に会っていること、橋本が栗原弘に著者の仕事を応援するように示唆していたこと、また高群の遺稿を預かるような信頼関係が夫婦と遺族とのあいだに結べていたこと、などの幸運がより身近な存在として橋本を描かせ、そこからみた高群像を新鮮でおもしろいものにしているのだと思う。世間一般から考えれば不器用な憲三と逸枝は、まるで本の世界のように互いのイメージを膨らませる形で出会い、傷つけあう。その痛々しい描写も現代社会では、またかえって新鮮である。その非現実的な関係性と実際の生活、運動、お金のやりくり、恋愛騒ぎ、必死の防衛、何もかもが小説よりも奇妙な橋本像であり、高群像だと思う。しかし、このあたり瀬戸内寂聴に書いて欲しかった!(彼女は、書こうとしたら、橋本があまりに執拗に追求するので創作意欲を逸したと述べている。)
しかし、この夫婦の「愛」はいったい、何だったのだろう?夫婦にしろ子どもにしろ相手に対する「愛」が(西川祐子も指摘するように)自己愛の変形であるように感じている私には、よけいに「共犯者としての二人」という印象を強くしてしまう。同じ課題や論文、あるいは共同の仕事を夫婦二人で取り組む場合は、このような幻想があるいは成立しやすいのかもしれない。そして、もしかしたら、著者達夫婦にも、同様の幻想が理想として築かれつつあるのかもしれない。そこは最後まで不明なまま(あるいはだまされたまま)終わった気がする。
実は、0号の「本の紹介」のページで紹介した比較家族史学会の京都の翌年の二回目の学会は福岡で行われた。学会のテーマは「「国家」と「母性」を乗り越えてー高群逸枝をどう受け継ぐか」、そして基調講演は、石牟礼道子、西川祐子、そして栗原弘の各氏であった。この学会で栗原氏の「高群史学・歴史歪曲説」に対して石牟礼氏は「ショックだ」と表明。しかし石牟礼史の高群評価は変わらず、高群史学の中に「表現の呪力」をみようとする。司会の上野千鶴子氏からみて会場は、石牟礼氏の発言に「深く安堵してうなずき返した」としている。
それにしても、書かれた「言葉の威力」は、人にいくつもの幻想を意炊かせるものなのだろう。紀行文や詩では、実際と違う年齢の少女を演じてみせたようにいつも読者を意識してのパフオーマンスを行う巫女。彼女が演じてみせ、発した言葉の呪力は確かに大きく、強かった。
西川祐子は、この高群の言葉の呪力から必死で逃れながら、栗原説をより深め、高群逸枝著作講演会に集った市川房枝、吉岡弥生、平塚ていてう等は「女性の戦争協力を正当化するロジックを高群に求めたのではなかったか」と解釈する。西川祐子のいくつかの著作を読むと、高群の描くユートピア、古代の母系氏族共同体が戦中は「皇国史観」と結びつき、戦後は「日本的民主主義の伝統」と結びつき、戦中戦後を通して本人には全く転向の意識はない、としている、そして、これに救われた女性団体の人々が多かっただろう、としている。(ここから発展して、0号でも述べたように上野氏は〈高群女性史が教えるのは、「言説の政治」からだれも自由になれない、ということではないだろうか。」という感慨に至るわけである。)また平塚らいてうー高群逸枝ー石牟礼道子を「一つの系譜」とみる西川は「自我と母性は対立する」として、「抵抗の思想であり、追いつめられて救いのユートピアを描くときには危険な思想ともなる母性主義は、ひ弱な自我と母性をあわせもつ現代のわたし達のなかに生き続けるだろう」と指摘している。(『森の家の巫女ー高群逸枝』1982年新潮社 『母性を問う・下』1985年人文書院)
「母性」も「女権運動」も国家に絡み取られてきた歴史を、私たちは、もっと問い直すべきときが来ているのだろう。『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』(遥洋子著 2000年 筑摩書房)にもできたように、上野は国民国家を越えたところでフェミニズムを論ずることで、国家に絡み取られることをさけようとしている。よほど、注意深く、この歴史を見直さないと、誰もが容易に国民国家に絡み取られていくものだ、と考えさせられた読書体験だった。
でるくい4号 2000年