Research

やってること

「雑種形成したら親や雑種はどんな運命をたどるのか」、そんな疑問を解決するために研究に取り組んでいます。雑種形成(異なる分類群が子をなすorなそうとすること)は植物を含め生物において普遍的な現象であり、生物の進化において多大、かつ多岐にわたる影響を及ぼしてきたとされます。しかし、雑種形成がもたらす影響は複雑で、その結末の予測はいまだに困難です。じゃあ、とりあえず雑種形成から、どんな雑種が生まれたか、雑種によって生じた影響を定量化していこう、と取り組んでいるのがこの研究です。現在は、チガヤImperata cylindricaの2生態型(普通型、早生型)の雑種形成に着目しています。この植物のF1雑種(雑種形成により生じた1代目の雑種)は面白い性質を示すので、論文が受理されたらここに紹介していきます。


普通型の生育地(上)と形態(下)

普通型と呼ばれるタイプは乾いた環境に生育し、花茎(イネ科では稈(かん)と呼ばれる)の節に毛が生えている。

早生型の生育地(上)と形態(下)

早生型と呼ばれるタイプは湿めった環境に生育し、花茎の節に毛がない

わかったこと1:春咲きの両親から、秋咲きの子どもが!?

 チガヤには生育地と形態の異なる2つの生態型が存在します。これら2生態型が雑種を作るので、その集団構造(組成)を明らかにすることが、研究の始まりでした。この雑種集団を調べてみると、なぜかF1雑種しかいません。普通は、F1雑種だけでなく、F1と両親の交配で生じる戻し交雑個体や、F1同士の交配で生じるF2雑種やそれ以降の世代がいるものです。F1雑種で世代交代が止まっている原因を探ってみると、なんと、2生態型が4~5月の春に開花するのに対して、F1雑種は9~11月の秋に開花していたのです。このため、F1雑種は結実してもその直後の冬で種子が死んでしまい、世代交代ができないと考えられます。ただし、チガヤは根茎(地下茎)でもクローン個体を増やすことができるので、この方法でF1雑種は集団を維持しているのだと考えられます。

雑種の秋開花の様子(2022年11月 宮城県)

草紅葉に対してチガヤの白い穂とのコントラストが印象的である。

 このような大幅な開花期シフトは野生植物では例がなく、その点でも面白いです。また、雑種形成によって生じたこれまでにない性質(今回は秋咲き)が、雑種の運命を決定的に決めてしまう一例ともいえます。実は、雑種で新たに獲得された性質が野外でどんな役割を担っているか、まだまだ分かっていないことだらけです。この研究システムを使って、雑種の性質が果たす役割を明らかにしていければと思っています。


Reference

  Nomura, Y. et al. (2022) Journal of Ecology 110(7) 1548-1560 https://doi.org/10.1111/1365-2745.13890

  Nomura, Y. et al. (2015) Weed Research 55(4) 329-333  https://doi.org/10.1111/wre.12149

わかったこと2雑種は両親以上に通気組織の大きさを変えることができる

 チガヤの分布を調査してみると、普通型は乾いた環境に、早生型は湿った環境に分布の中心がある一方で、F1雑種は乾いた環境から湿った環境まで幅広く分布していることがわかってきました。このような土壌水分環境への適応で重要な形質の一つが通気組織の大きさです。土壌水分が多く酸欠しがちな土壌では、体内に大きな通気組織がある方が地下組織が酸欠にならずに有利です。それを支持するように早生型は普通型よりも大きな通気組織を持っています。仮に普通型を湿った環境で生育させても早生型ほどは通気組織が大きくならず、逆に早生型を乾いた環境で生育させても普通型ほどは通気組織は小さくなりません。では、F1雑種はどうでしょうか。

 なんと、F1雑種は乾いた環境では普通型、湿った環境では早生型と同程度の通気組織の大きさになります。上記の合わせて、F1雑種は通気組織の大きさの変動が両親よりも大きいことがわかりました。この能力によって幅広い土壌水分環境での生育を可能にしていることが示唆されます。

 「わかったこと1」からF1雑種は野外において有性生殖に関しては実質不稔のため、進化的な袋小路であるとみなされます。一方で、無性生殖に関しては両親以上に環境に合わせる能力が高く、この観点からはおそらく雑種は長く繁栄することになるでしょう。植物においては不稔な雑種の長期繁栄はしばしば起こっていると考えられますが、この現象がどんな進化的役割を担っているかはまだまだわかりません。チガヤを通して明らかにできないか試みているところです。


Reference

  Nomura, Y. et al. (2024) Plant Biology https://doi.org/10.1111/plb.13618

「植物の状態を網羅的トランスクリプトームから予測する」ことを目指して、永野惇准教授(龍谷大学農学部)のもとで、シロイヌナズナやコムギを材料とした解析を行っています。網羅的トランスクリプトームから明らかにする、とは簡単にいうものの、それには金額面、技術面の両方の困難があります。それを打開するために、永野研は安価なRNA-Seq解析法、新しい統計技術法を開発、駆使して研究に取り組んでいます。

いつかやりたいこと

「食虫植物がどんな生活をしているのかを知りたい」という気持ちを抱きながら、このテーマを掲げておきます(中学生だったころからの夢でもあります、子どもっぽいね)。このような生態学的な研究に対して、最新技術を使った遺伝学的研究の発展は目覚ましく、様々なことが明らかになってきました。食虫植物の進化史を明らかにする上では、生態学、遺伝学、両方の研究が重要ですが、近年はどちらかといえば遺伝学的研究が優勢に思えます。私としては、食虫植物の生態学をもっと盛り上げていきたいところです。食虫植物が身近に生えているうちに、食虫植物の生活に密着した研究ができるといいね

モウセンゴケの群落

この群落の様子を見るといつも疑問に思うことがある。いつか検証できるといいが。

モウセンゴケの個体

多くの個体がこんな感じだが、この様子にもふと疑問が浮かぶ。