2020年秋季講座
第5回フランス文学講座 「光と影」

井上直子先生からご提供いただいた「作品の要旨」と「パワーポイント資料」を以下に掲載しますのでご参照ください。

第1回講座
スタンダール「赤と黒」~ジュリアンの野心

 立身出世を目指すジュリアンは偽善、策略、義務で動くという「影」を抱えた人物である。一方ジュリヤンが出会うレナール夫人は、愛に溢れ、光を象徴している。また、のちに出会うマチルドは、才知に富んだ美しい娘だが、ジュリヤンと同様心からの愛がないという点で「影」を持つ人と言える。ジュリヤンはレナール夫人との真の愛に目覚め、光の中で死んで行くが、女性たちにはこの変化はない。マチルドは、恋人の「首」を手に入れるが、ジュリヤンの心は得られない。これに対しレナール夫人はジュリヤンとの愛を確認し、ジュリヤンの死後、静かに息をひきとる。本編はこうした「光と影」以外にも宗教観の対立、社会的階級の対立という図式に貫かれ、物語の展開だけでなく、対立をとらえて読んでも楽しめる。

第2回講座
カミュ「ペスト」~不条理との戦い

 あるとき突然ペストが町を襲い、人々はこの疫病と向かい合うことを余儀なくされる。病気を認めたがらない医師(リシャール)、ロックダウン後に宗教の力で人々に熱っぽく訴えかける司祭(パヌルー)がいるかと思えば、淡々と自分の仕事をする医師(リウー)や小役人(グラン)、どこからやってきたのかわからないまま町の仕事を手伝う人物(タルー)、町のために役立とうと決意する記者(ランベール)もいる。語り手はどの登場人物の肩を持つわけでもなく、ただ町の状況、人々の行動を描き出す。英雄であることを拒んでただ自分の仕事をこなす人たちが、結局は物語の光となる。

第3回講座
ゾラ「ボヌール・デ・ダム百貨店」~百貨店を巡る陰謀

  この物語は、売り上げを伸ばし、改装を重ねてさらに顧客を飲み込む百貨店(光)とその陰で廃れていく小売店(影)、という対立を描く。しかし百貨店も決して幸福の光に包まれた空間というわけではない。支配人であるムーレ(権力と富という光)は、女性客の欲望を刺激して金銭的な「搾取」を行うほか、店員たちに長時間の労働を強いることで肉体的な「搾取」を試みる。さらに、店員同士は生存競争に引きずり込まれ、そこには陰謀が渦巻くことになる。
    そんな中、田舎娘のドゥニーズは、小売店を営む叔父に寄り添いつつ、百貨店の店員として次第に認められ、ついには支配人ムーレの心を摑み、自分の幸せも手にする。きらびやかな、(しかしさまざまな搾取の上に成り立つ)光の中にあって、ドゥニーズだけは自分の立ち位置を見失わず、影からも目をそらさないまま、最後に幸福を手に入れる。

第4回講座
フロベール「純な心」=「三つの物語」から

 フェリシテは半世紀に亘ってオーバン家に仕えた召使である。働き者だが無知なフェリシテは、しかしあくまでも善良な心の持ち主として描かれる。夫人に忠実であるばかりでなく、オーバン家の子どもたち、甥のヴィクトールをはじめ、様々な人に愛情を注ぎ、鸚鵡を可愛がり、やがてその鸚鵡は聖霊と一体化していく。
 フロベールはしばしば皮肉な眼差しで登場人物を描写するが、フェリシテに関しては「今度ばかりは、私が血も涙も無い人間だなどと言われずにすむことでしょう 」と手紙の中で書いている。 

第5回講座
ジッド「背徳の人」

   主人公ミシェルは重病の妻を放置して、自分が心惹かれていたアフリカの少年に会いに出かけ、さらに少年の愛人である娼婦と夜を過ごす。帰ってくると妻は喀血しており、まもなく息を引き取る。ではこうした行為をとるミシェルは「背徳の人」なのだろうか。そもそも「背徳」とはなんなのか。
 ミシェルは、アフリカの地で少年愛に目覚め、生きることに貪欲になり、結核を克服する。そして古い「道徳観」を捨て、「新しい道徳観」に従い、「新しい存在」として生きようとする。 « immoraliste »の語源である « immoral » には 「すでに形成された道徳(morale)を打ち破ること」という意味があり、ミシェルの生き方はまさにこの定義そのものである。この小説は、発表直後は全く理解されず悪評を得たが、ジッドが目指したのは決して「反道徳的行為」を勧めることでも糾弾することでもなく、あくまでも「一つの生き方を示す」ということだった。 

第6回講座
サン=テグジュペリ「夜間飛行」

 夜に郵便機を飛ばすという執念を持ち、いかなるミスも許さない航空会社支配人リヴィエールを中心に、空を愛する飛行士、地上で待つ妻などを描き出す。
 この作品で注目すべきは、「仕事と生活の対立」である。飛行機の運行だけを考えるリヴィエールには生活の匂いがない。一方、妻は夫のために食事やコーヒーの用意をし、家を整えて待つのだが、その生活が仕事のために崩されるという悲劇も起こる。
 さらに飛行という仕事において着目したいのは、本作で夜の空が海のイメージでとらえられていることである。支配人リヴィエールの名前は川の意味を持つが、夜の空が海、飛行機が船、陸が岸辺だとすると、岸辺と海をつなぐリヴィエール(川)は、船を海に導く存在とも言える。