国土交通省が発行するバリアフリー建築のガイドライン、通称「建築設計標準」では、多機能トイレや多目的トイレといった「誰でも使用できるような名称」を避け、「バリアフリートイレ」という新たな名称を提唱しています。また、「男女共用トイレ」の別途設置も推奨されています。 そこで本分科会では、「オールジェンダートイレ」の意義や、「性的マイノリティとトイレ」に関するガイドライン等について取り上げます。 前半では、トランスジェンダー当事者が日常生活で直面するトイレ利用の困難を具体的な事例を交えながら紹介し、すべての人が安心して利用できるトイレ空間の在り方を考察します。 後半では、「性的マイノリティとトイレ」に関連するさまざまなガイドラインや規則等を紹介し、「建築設計標準」の現状と今後の動向、課題について考えます。 本分科会が、多様な人々を包摂するトイレの在り方を議論する場となり、より公正な共生社会を実現するためのヒントとなれば幸いです。
実行委員の濱崎はるかです。本分科会では、オールジェンダートイレの意義と、バリアフリー建築ガイドライン「建築標準設計」の現状と課題について共有していただきます。
登壇される時枝さんはトランスジェンダーの当事者として、トイレ利用に関する困難や課題など含め、SOGIEに関する政策提言、講演など幅広く活動されています。一方、日野さんは、「トイレのオールジェンダー利用に関する研究会(金沢大、コマニー、LIXIL)」のメンバーとして、トランスジェンダー・シスジェンダー双方へ意識調査を実施し、学会等で発表するなど継続的で着実な活動を重ねておられます。
この分科会が、SOGIEの在り方に関わらず、誰もが安心してトイレを利用できる社会を考える一助となることを願っています。
時枝 穂(ときえだ みのり)
Rainbow Tokyo 北区 代表
一般社団法人 LGBT法連合会 代表理事
東京都北区において、多様性社会の実現を目指す市民団体を立ち上げる。トランスジェンダー当事者として、
LGBTQ+/SOGIEに関する関する研修・講演、政策提言など幅広く活動。
TBSラジオ『荻上チキ・Session』や、NHK「おはよう日本」、フジテレビ『Live News イット!』などメディア出演多数。
執筆協力した書籍として、快適なトイレ(柏書房)、Q&A多様な性・トランスジェンダー・包括的性教育(大月書店)がある。
日野 晶子(ひの あきこ)
所属:株式会社LIXIL 設備プロジェクト営業部 スペースプランニンググループ
日本福祉のまちづくり学会「障害のある人の権利意識に関する特別研究委員会」委員
大学卒業後、(株)INAX(現LIXIL)へ入社、2014年より現職。誰もが安心して快適に利用できるパブリックトイレをめざした調査・研究、提案に従事。2015年より、性別違和のある人に焦点を当て、性自認に関わらず利用しやすいトイレのあり方について模索中。
2017年に発足した金沢大、コマニー(株)との産学共同研究会「オフィストイレのオールジェンダー利用に関する研究会」を経て、2022年から「トイレのオールジェンダー利用に関する研究会」に参画。調査結果は建築学会、福祉のまちづくり学会にて発表している。
共著:日本トイレ協会編、進化するトイレシリーズ 「SDGsとトイレ」(柏書房、2022年9月発行)、第3章-4 「性的マイノリティとトイレ」1項、3項。
報告者 濱崎はるか
報告日 2025年3月7日
時枝さんはトランスジェンダーやノンバイナリーのトイレ利用における課題や困難について発表しました。
当事者が入りづらいと感じるトイレのひとつとして、ある駅の入口が男女別に分かれたトイレを紹介しました。
また、実際にご協力いただいたある当事者の声を共有しました。その方は、その日の服装によって、どのトイレを使うか選んでいて、外出先ではトイレ自体を控えることも少なくないそうです。
時枝さんご自身も、過去に会社で自認する性別では働けていなかった時に、会社の知り合いの人とトイレですれ違うことを避けるため、できるだけ離れた場所のトイレやだれでもトイレを使ったり、誰もいないタイミングを計ったりしていたそうです。
各種の調査結果からは、トランスジェンダーのうち、FTMやMTFは、身体の性に基づくトイレを利用したい方、性自認に基づくトイレを利用したい方がいて、すべてのトランスジェンダー当事者が、だれでもトイレを利用したいとは限らない、ということがわかったそうです。
現状として、トランスジェンダーやノンバイナリーの当事者に対する偏見や誤解があります。観念的、抽象的な議論ではなく、冷静な法的整理がなされた議論、社会生活を送る上での個人の利益の尊重を前提とすることの重要性を訴えました。
「トイレ利用は、優しさとか気づかいとか配慮ではなくて、人権なんだ」というメッセージがありました。
日野さんは、国土交通省が発行しているバリアフリー建築のガイドライン「建築設計標準」について、その現状と課題を中心に発表しました。
まず前提として、公正な社会の実現のためには、さまざまな方が社会に参加することが重要であること、社会参加のひとつである「外出」における大事なインフラのひとつが「トイレ」であること、さまざまな方が安心してトイレを利用できるためには「トイレへのアクセス」が保障されていることが重要だと話しました。
「建築設計標準」では、公共施設において、「性的マイノリティ等の利用にも配慮した男女共用トイレの設置」が推奨されていることを紹介しました。その他、関連する法律の一つとして、2023年6月施行のLGBT理解増進法を挙げました。日野さんは、第6条(事業主の努力)で求められている「就業環境や教育環境の整備」には、「トイレの環境整備」も含まれると考えているそうです。
トランスジェンダーやノンバイナリーの方たちのトイレ利用が話題になると、「多目的トイレ(多機能トイレ注1 を使えばいいではないか?」という意見がでますが、現在の国の方針では「多機能トイレ」の設置を否定しているそうです。2011年の国交省の調査にて「多機能トイレの利用集中」により車いすユーザーが待たされるという実態が明らかになったことから、翌年以降の「建築設計標準」の改正では、その問題を解消するため、「機能分散注2 」の考え方を推奨し強化していること、現在の最新版では新たに「バリアフリートイレ注3 」が登場したことを紹介しました。
「建築設計標準」は約4年に1度改正されますが、課題として、改正の議論に性的マイノリティの当事者参画がないことを取り上げました。今年の春にも改正が予定されており、その議論の場には、多くの障害当事者団体等が参画していますが、性的マイノリティの当事者や団体の参画はなく、今年新たに策定される予定の「(仮称)当事者参画ガイドライン」のヒアリング対象にもなっていないそうです。
さらなる課題として、国が実施している「バリアフリートイレの適正利用推進キャンペーン」を取り上げました。これは、国が想定する「バリアフリートイレを必要としている方」以外の方に利用を控えることを促す内容ですが、この方針は、利用者を選別・排除することに繋がります。そこで、健常者に見える当事者の中で、これまで利用してきたトランスジェンダーやノンバイナリーの方たちがますます使いづらくなる懸念を示しました。
今年の春の改正では、バリアフリートイレの利用対象者の明確化がさらに強化される懸念があります。改正前にはパブリックコメント注4 が実施されるため、ぜひ意見を寄せてほしい、とのことです。
講演のあと、トイレのあり方、ガイドライン、パブリックコメントについて質問がありました。当事者発信や市民のアクションの重要性、ガイドラインが実際の設計に影響を及ぼす程度やその地域ごとの特徴について回答をいただきました。
最後に、時枝さんは、トランスジェンダーやノンバイナリーの困難について可視化が進んでいる状況があって、より整備が進む方向性や変わる可能性を示し、トイレに行くことが、ひとりひとりが持っている大切な人権である、と語りました。
日野さんは、故・岩本健良先生との間で交わされた話もあわせて紹介し、「多機能トイレ」の議論が、使っている当事者のひとりである性的マイノリティ、トランスジェンダーの方を抜きに議論が進むことの懸念を示し、皆さんにも知って考えてほしい、と語りました。
注1)多機能トイレ: 車いすユーザーをはじめ、オストメイトの方(がんなどで人工肛門や 人工膀胱をつけている方)、乳幼児連れ、高齢者や妊婦など、様々な方が利用しやすいように設計されたトイレ。車いすユーザーが使える広さと設備が必須。そして、オストメイト配慮設備(腹部に装着しているパウチを洗う専用流しなど)に加えて、乳幼児用設備(ベビーチェアやオムツ交換台)がついていることが多い。
なお、「多機能トイレ」は国交省の正式名称で、「多目的トイレ」、「だれでもトイレ※」、「みんなのトイレ」などの呼び方があるが、基本は同じ。
※だれでもトイレ: 東京都が福祉のまちづくり条例のマニュアルで定めた独自名称。それが全国に広まったもの。現在のマニュアルでは、その名称は削除されている。
注2)機能分散: 機能分散とは、簡単にいうと、多機能トイレの中から乳幼児連れ配慮やオストメイト配慮の設備を一般トイレや男女共用エリアに分散させるという考え方。
注3)バリアフリートイレ: 正式名称は、「高齢者障害者等用便房」。①車いすユーザー用のトイレ、②オストメイト配慮設備のあるトイレ、③乳幼児用設備のあるトイレ、あるいは①と②、①と③を組み合わせたトイレのこと。これらを総称して「バリアフリートイレ」と呼ぶ。なお、①~③をすべて盛り込むのは原則なしとされている。
注4)パブリックコメント: 行政機関が政令や省令等を決めたり、規制の設定や改廃をする際に、あらかじめその案を公表し、広く国民から意見、情報を募集する手続き。
※今回のパブリックコメントは、3月末に実施される予定だそうです。まだ公開されていませんが、予定は下記URLにて確認することができます。
報告日時点までの掲載許可を得たものの中から一部を共有します。
当事者ごとの細かな利用希望の違いや、ガイドライン等の法的基準の実際など、世間やSNSで盛り上がるのに反してあまり知ることができていなかった具体的なトイレ利用の実態を知ることができました。自分は比較的、割り当てられた性でのトイレ利用に納得していますが、自分が好むファッションによって割り当てられた性用のトイレの利用が難しい場合があり、そうしたときに周囲の目や利用状況を伺い注意しながら多機能トイレなどを利用することがあります。他者の不便にならない範囲で利用することに注意していても、今後、トイレの普及が伴わないまま不正利用ばかり意識されるようになってしまっては、自由なファッションを選ぶこともままならなくなるのかと考え、憂鬱になるところもあります。しかし、こうした自分のトイレ利用は、当事者が安心安全に利用できる素地があってこそだと改めて思いました。自分も我が事と思いながら一緒に声を挙げられたらと思います。