ディナーテーブル症候群

家族団らんに参加できないろう者の経験をもとにした現象学的研究

日本手話抄訳

文字起こし

「ディナーテーブル症候群」とは何でしょうか。これは、アメリカ人ろう者のデビッド・ミーク氏が研究した内容です。

聴者の家族の中にろう者が一人だけいるとき、会話の内容が分からなかったり、会話に参加したいのに参加できず疎外感を感じたりする様子があります。それを実際に体験したろう者たちを対象に、インタビューをして分析した研究論文が発表されました。その内容をご紹介します。

夕食の時など、仕事や学校が終わって帰ってきて家族が集まり、食事をしながら会話することは大切なことです。「今日学校でこんなことがあったよ」「仕事ではね」といったように1日のことを共有したり、テレビから聞こえてくる内容について「どう思う?」といった会話で盛り上がったりします。このように社会での出来事や、それに対する考え方、社会常識などについて自然に会話にアクセスできることによって、知識を得て、蓄積することができます。このように、自分から積極的に学習するのではなく、自然に入ってくる内容から学んでいくことを「偶発的学習」と言います。

聴者とろう者では会話の方法が違います。聴者の家族の中にろう者が一人だけいる場合、一人の聴者が口話や身振りを使って話している内容を理解しようと注視していると、別の聴者が反対方向から話し始めたことに気づかず、話し終わったと思って周囲を振り返ってはじめて他の人が話していることに気づくといったことがあり、今、誰がどのような内容の話をしているのかを把握することが困難です。このように、ろう者が聴者の家族の会話に十分参加できず、疎外感を感じている状態を「ディナーテーブル症候群」と言います。

ミーク氏は、ろう者6人を対象に、個人インタビューをして、彼らの経験や気持ちを尋ね引き出しました。また、4人グループに対して自由にディスカッションしてもらい、同じような経験を共有している者同士で、気持ちを重ね合って会話を発展させていくといった方法も行いました。それらの内容を分析・研究することにより明らかになった本質が、「愛情は感じるがつながっていない」ということでした。家族みんながコミュニケーションをとって、一生懸命育ててくれたことに対して、愛情や気持ちは伝わっているし、感謝もしています。しかし、会話が分からないことによって、気持ちのつながりや家族のつながりが感じられないのです。こういった状況について話の内容をさらに分析すると、4つのテーマに分けることができました。それぞれについてご紹介します。

一つめは、「聴者家族とのコミュニケーションや言語から取り残されること」です。聴者の家族は一生懸命、身振りや分かりやすい口話で話しかけてきます。しかし会話のスピードが速くなると、会話についていけず、話の内容を十分に把握できなくなります。どうしたらいいのかと悶々しながら、家族の一員だからと仕方なく話の輪には加わり、その様子を見ているだけという状況が多くありました。

二つめは、「最近のニュースや出来事への情報アクセス」です。聴者の場合、家族が集まって話をしていると、社会の出来事やニュースを自然に耳にし、社会の情勢を把握することができます。けれども、ろう者は会話の場にいても、その情報を把握することができません。(若い世代は)スマートフォンにて、手話ニュース等を見ることによって、今世の中で起きていることや問題について知見を得る助けとしていました。

三つめは、「会話を通した帰属意識と家族の中で排除される感覚」です。会話は、家族がお互いの気持ちを理解し合うために必要不可欠です。しかし、自分の気持ちを十分に話したり、本音を吐き出したりすることは困難で、また家族が自分の気持ちを吐き出しているのを見ていても分からないという状況で、お互いに理解し合う機会がなかなかありません。家族なのに、気持ちが通じていない・つながっていないという感覚が語られました。

四つめは、「会話から取り残されていたと実感するとき」です。聾学校に通っている人たちは、先輩後輩関係なく、手話で自由に話をすることで、多くの情報を得ることができます。家に帰ると一転、会話は分からず、分かるのはほんの一部です。家では情報がとても少ない一方、聾学校ではとても多いという情報量の差を通じて、自分は家族の会話には十分参加できないということが分かるのです。一方、聴者の学校に通っている人たちは、学校でも家でも話の内容が分からないのが当たり前になっています。大人になり、ろう者と手話で会話をするようになり、多くの情報を得られることに気づきます。そして、子どものころは家族の会話に十分参加できていなかったのだと気づくのでした。

聴者の会話の輪にろう者が一人だけ加わるときの辛い経験は、家の中だけでなく、学校や職場など、様々な場面でみられます。ミーク氏が丁寧にまとめられたこの内容について、みなさんで議論して考えていただきたいと思います。

プロジェクトチーム

出演者

皆川 愛

文字起こし

中川 綾

協力者

(50音順)

秋山 なみ 高山 亨太 中川 綾 皆川 愛 森 亜美 山田 茉侑

謝辞

本動画のチェックとして榧 陽子 氏、那須 英彰 氏、森田 明 氏 にご協力をいただきました。ありがとうございました。