ディナーテーブル症候群

家族団らんに参加できないろう者の経験をもとにした現象学的研究

日本語訳要旨

家族で囲む食卓(ディナーテーブル)での会話では、互いに話し出すきっかけを譲ったり、話の流れによって偶然のタイミングで話し手が交代したりすることがよくある。このように、家族で多くの会話がやりとりされる場面は、幅広い話題に触れ、自然に世の中のことを学ぶ偶発的学習の好機となる。このとき、聴者とろう者では話し手を交代する際のルールが異なるため、手話を使わない聴者家族と暮らすろう者は、うまく会話に参加できないことがある。聴者は自分が話すときは、相手の話の切れ目など、音の情報を確認して話すきっかけをつかみ、また他の人が話そうとしているときには、相手がいつ話し始めればよいかを、自分の話し方を変えることで伝えている。そのため、聴者は他の人が話している途中でもお互いに声を出して割り込み、さらには手話で話している場合でも声で割り込むことがある。このような場面では、ろう者はうまく話に加わることができず、しばしば会話から取り残されていく。このようにして、食事中の会話からろう者が取り残される現象は、「ディナーテーブル症候群」として知られる。本研究では、成人ろう者に子どものころに経験した「ディナーテーブル症候群」をふり返ってもらい、その内容を文書にまとめた。個人インタビューとフォーカスグループを通じて、成人ろう者が家族との食事中にどのような会話の経験をしてきたのかを調査し、得られた結果は現象学的アプローチを使って分析した。この分析の中では、次のようなテーマが浮かび上がった。すなわち【聴者家族とのコミュニケーションや〔音声〕言語から取り残されること】【最近のニュースや出来事への情報アクセス】【会話を通じた帰属意識と、家族の中で排除される感覚】【会話から取り残されていたと実感するとき】である。そして、これらのテーマから、【愛情は感じるが、つながってはいない】という本質が見い出された。この質的研究の結果は、ろう者が食事中の会話に参加するタイミングをつかめず、会話から取り残されていると感じるときに、心の中で何が起きているのかを理解する手助けとなるだろう。

ディナーテーブル症候群.pdf
Dinner Table Syndrome A Phenomenological Study of Deaf Individual.pdf

プロジェクトチーム

発起人

松岡 和美

発起人の呼びかけにより、有志によるボランティアでプロジェクトが進められました。

監訳

森 亜美

監訳サポート

杉山 安代

英日翻訳

秋山 なみ 岡 典栄 杉山 安代
高山 亨太 中井 悦司 松岡 和美
皆川 愛 森 亜美 山田 茉侑

日本語チェック

秋山 なみ 賀屋 祥子 杉山 安代
高山 亨太 中井 悦司 中川 綾
皆川 愛 森 亜美 山田 茉侑

謝辞

日本語版作成にあたり、森 せい子 氏、伊藤 泰子 氏、藤木 和子 氏にはチェックにご協力いただき、貴重な意見を頂戴しました。ありがとうございました。