僕たちにとっての世界は狭すぎた。
僕たちは外の世界を知らないまま、最も大きなものに対峙した。
それはこの星の運命を変えてしまうほど強大な何かだったのかもしれない。
そいつにとってはただの子供の駄々だったとしても、僕らにとっては天災に等しい。
子供だった僕らが……ほんのちっぽけな蟻のような存在の僕らが、自分の生存本能以外に一体何を選べるのだろう。
♦♦♦♦♦
「いいかい」
秘密基地である洞窟内、目の前に座るカエデに向かって、アラタは厳かに口を開く。
両手には一本ずつモリアザミを持っていた、ちょっと間抜けな感じだった。このアザミは最近海猫が餌として食べてくれたもので、アラタにとっては大事な植物だ。
肩にとまる海猫はアザミを食べようと嘴を伸ばしている。本来、海猫は雑食で「海の掃除屋」と言われているがこの鳥はこれしか食べないらしい。
「僕が最近研究した内容を報告しよう」
「はい、シンタ先生!」
「アラタです」
出鼻をくじかれたのをなかったことにしようとして、コホンとアラタは咳をする真似をした。
そんな、アラタをカエデはニコニコと見つめている。
このアザミに関して最近のアラタの『研究』によってすごいことがわかったのだ。
ただ海鳥が食べるだけではなく、ありえない不思議な発見を彼は見つけた。
さすがに興奮を自分の中にとどめておけず、こうしてカエデにその知識を披露している。
「この二つのモリアザミをよくみて欲しい」
「んー、両方とも同じに見えるけど...」
カエデは、新たの突き出した二つのアザミを眺めながらぼんやりと答える。
そんな様子を見てアラタはふふんと鼻を鳴らした。
「そう、そうなんだ。この二つは同じなんだよ!」
「はぁ」
興奮するアラタとは裏腹にカエデはぽかんとしている。
「そうだね同じだね、シンタ君」
「アラタだけど、そういうことじゃない」
そう言って両手の二つの植物の「向き」を合わせる。
「この二つの植物は形が同一なんだ」
「あれ、本当だ。萎れ具合は違うけど、この枝の生えている位置も、枝分かれも...葉っぱの数まで一緒だ」
カエデは興味を持ったらしく不思議そうにアザミを触って確かめる。
「これよく発見したね、珍しい」
「...いやそんなに難しくないんだ」
「?」
「まだ全部見たわけじゃないけど、この辺り一帯のアザミがみんなこんな感じなんだ」
「一帯?」
「うん、もしかするとこの島全てかもしれない」
「...」
カエデは急に黙り込んで考え込んでしまったようだが、アラタは構わず続けた。
「この根っこを見て欲しいんだけど、こっちには根っこがある。多分こっちが本物で...」
アラタはもう一方のアザミを見る。
「こっちには根が存在しない。まるで棒を埋めただけみたいに地面に刺さっていたよ」
「なるほど、それって偽物みたい」
カエデは、目を瞑りそう言った。
「うん、なんだか見た目も新鮮すぎるし...」
地面から抜いた二本のアザミネ、片方の葉は萎れ元気がないが、もう一方はまるで造花のようだ。
「こいつが食べるのは、この偽物の方だ」
そう言って鮮やかなアザミの花を海猫に近づけてやると美味そうに平らげていく。
「...うーん、不思議だね」
「でしょ!こんな植物、ありえない」
「どうなってるんだろうね」
二人は黙り込む。まるで誰かが、一本一本隣に埋めたみたいなそんな気持ち悪さのある現象。
この現象は理解できないかもしれない……だが、
「……実はもう一つ、この花の特性でわかったことがあるんだ」
アラタは、雰囲気を作って大仰にそう言う。
まるで科学者のようにふるまって、研究結果を発表したかった。
……のだが。
「まあまあシンタ君、そろそろ行こうよ」
カエデはもう飽きたかのようにため息をついてそういった。
アラタは露骨に嫌な顔をする。
今日から小学校に通うことになったのだった。
現在の義務教育は尋常小学校6年制。杯島の学校は小規模な分教場なので4年生まで通う、以降は島を出て本土の学校へ通うらしい。
アラタは勝手に学校は正直4年間は免除であの洞窟でずっと勉強していくものだと思っていた。だが、流石に母親から止められてあろうことかお目付役にカエデをつけられてしまった。
「ちょっと待って、この新たな発見を聞いてからにしよう」
「シンタ君のアラタな発見、うぷぷ。はいはい、その話は帰ってから聞いてあげるから」
「……」
「お母様もちゃんと行ってくれるのか心配してたよ」
「ぐぐぅ」
本当は行きたくはないのだが、両親に迷惑をかけることもできず、アラタは鞄を持った。
カエデは先に洞窟を出て行った。アラタも忘れ物がないか確認すると肩に乗っていた海猫を机の上に降ろす。
「アラタ どこ行く?」
海猫が首を傾げてアラタに問いかける。
最初海鳥が喋った時は驚いたが、もう慣れてコミュニケーションを楽しんでいる。
最近はかなり意思疎通ができるようになった、海鳥なのに言語をみるみるうちに覚えていく。
ただ単に飼い主の言ったことをおうむ返しする鳥はいるが、あれは鳴き声として、人間の言葉をまねしているに過ぎない。
こうして会話できる動物は存在しないだろう、それがアラタにとって最高に面白すぎた。これはもっと研究したい。
こんなに面白いことがあるのに学校に行かないといけないとは...
「はぁ、学校に行ってくるよ」
「ガッコウ? ガッコウ?」
「うん、お昼過ぎには帰ってくるはずだから、机に隠れてるんだぞ」
「わかった、アラタ」
「よし、いい子だ。ええっと、そういえばまだ名前が決まってなかったな、今日はそれを考えながら暇を潰そう...」
「ナマエ ナマエ ホシイ」
アラタは先ほど説明しようとした化学キット一式を見つめる。
「この実験ももっと進めたいのに...」
「しーんーたーくーん」
天井からカエデの声が聞こえる。やれやれとアラタも外に出た。