アラタが引き出しを開けると、大きな鳴き声でヒナが鳴いた。
特に何事もなく留守番してくれたことに安堵しつつ、ヒナを手のひらに乗せる。
まん丸な目がアラタと合う。
「ごめんな、お前が食べられるもの見つけてやるからな」
結局この小鳥が何を食べるのかまだわかっていない。今はこんなに元気だとしても、やがては衰弱し死んでしまう。
もう一度、本を調べようと棚を見てるとヒナが手のひらから腕に伝って肩に乗った。
「あ! シンタ君見て!」
カエデが大きな声を出してアラタの肩を指す。
「食べてる食べてるー」
「えっ」
近すぎて何をしているかわからないが、ヒナが何かを啄んでいるみたいだ。
机の上に置いてある鏡でよく観察してみると、ヒナは小さな花びらを口に入れている。
それは先ほどカエデが作っていた花冠の花の一部だった。頭から放った際に肩に花弁が残っていたらしい。
「花を食べてる?」
「わっ、鳥って花を食べるんだね」
「そんな話は聞いたことないけど…」
ついばんでいるヒナをそっとつかんで机の上に置いてやる。カエデもアラタの隣に来て、その不思議な光景を覗き込んだ。
ヒナは器用に花弁を飲み込んでいるようだ。よほどお腹が空いていたのか、勢いがある。
「シンタ君これ」
先ほど作った花冠をカエデが差し出す。アラタは受け取ると、花冠からいくつか花弁を取って、ヒナの前に置いてみた。
それを見てヒナは喜んだように飛び上がった。
「こら、焦るな。沢山あるから」
「ふふ、良かったね。餌が見つかって」
「あ、うん……でもモリアザミの花弁を食べるなんて」
「ほかの花も食べるのかな、ちょっと持ってくる!」
そういうや否や、カエデは秘密基地を飛び出していった。
とりあえず当面の心配事はなくなった、とアラタは安堵しながらヒナを見る。
ヒナはまるで無尽蔵に、花弁を食べていく。一つのつぼみから花を食べきると次のつぼみに。
餌をついばみ続けるヒナを横目に、アラタはお茶の準備をした。
いつもこの時間は親から言われてお茶を飲むようにしていた。部屋の棚の中から二つカップを出すと、水稲からお茶を注ぐ。
母親が庭で作っているハーブティだ。それに、屋敷の給仕が作ったクッキーも持参していた。
成り行きとはいえ、この秘密基地の新しい住人が増えた。今日くらいは歓迎式をしてもいいだろう、とアラタは思っていた。
まだ信用はできてはないが、正直きょう一日は楽しかった、かも。
「持ってきたよ!」
この短時間でよくそんなに集めたなってくらいカエデは花まみれだった。
色とりどりの花に埋もれるようにたくさん抱えたり髪に刺したりいろいろ工夫して持ってきたらしい。
その間抜けだけどどこかかわいらしい姿に、思わずアラタは笑ってしまった。
結局カエデが持ってきた花はどれも食べなかった。
仕方なくカエデは、部屋の中に何故かあった花瓶に花を活けてあちこちに飾りだしている。
紅茶を飲んだり、クッキーを食べたり、花瓶を置いたり、彼女の行動に優先順位というものはないのか忙しい奴だ。
「どう? この部屋もちょっとは可愛くなったんじゃない?」
「いや可愛さとかいらないから……」
カエデが笑う顔には陽が落ちていた。いつの間にか、秘密基地内は暗くなってきていて、夕方を知らせる鐘がどこかでなった。
「そろそろ解散かな」
「そうだね、シンタ君、今日はありがとう」
「うん、じゃあまた明日、明日もこのヒナが生きていけるような環境作りを……どうしたの?」
「ううん、明日も来ていいんだって嬉しくって」
「な、何言ってんだよ」
「じゃあまた明日ね!シンタ君!」
「アラタだよ……」
「ふふふ……」
カエデはすっと秘密基地からいなくなった。
アラタは秘密基地を見回す、この一日で大分様変わりしてしまった。
あちこちには花もかざされているし、机にはどこかから持ってきた椅子が追加されている。
そしてテーブルの上にはヒナがいて。
昨日までは一人でここいて、いろんなことを調べていろんなことを空想して、それも楽しかったけど。
なんだか今は、
「アラタ」
ふいに名前を呼ばれたような気がした。
振り向いてみるとヒナと目が合った。
妙に体が大きくなっているように感じる。
今日の朝ごろに出会ったときはこんなに大きくなかったような。
テーブルの上にはまだモリアザミの花弁がある。
好き嫌いでもあるのか。食べないつぼみがいくつかあった。
疑問に思って、ヒナが手を付けていなつぼみを観察してみる。特に違いはないようだが、何か違うのだろうか?
急にせき込む声。
ヒナは大きなくちばしから何かを吐き出すように何度かせき込んでいた。
心配してヒナを抱き上げた時。
「アラタ」
と鳥は鳴いた。
♦♦♦♦♦♦
「いいのかにい?」
カエデが森の中を歩いているとふいに声がした。
声の主はやぶの中から飛び出すと、跳躍してカエデの肩に乗った。
「青猫」
カエデの肩に乗った猫はつまらなそうに、顔を洗う。
「あれって、あんたのところのご神体じゃにゃい? 鳥に擬態はしているけど」
「いいんです、あの子はシンタ君を選んだんだし、シンタ君はちゃんと世話してくれます!」
「シンタ君ねえ……」
「何?」
「なんでもないにい」
アラタと話す時とは違って、カエデは少しぶっきらぼうな話し方をする。
この猫との付き合いは結構長い、カエデが生まれたころから、この猫は神社に居ついている。
カエデの父親曰く強い力を持った妖怪らしい。
「というか、ご神体を食べちゃおうとしたのはどこの化け猫だよ!」
「いやあ、社が壊れた今ならその方が面倒がないと思ってにい」
「社は今立て直してます!それに……あの子がいなくなっちゃったら、私たちの信仰の対象がいなくなっちゃうんですけど」
「いやー、あんなの信仰はしないほうがいいと思うんだけどにい」
そういうと、青猫はカエデの肩から飛び降りて、近くの石の上に乗った。
「青猫ってやっぱりうちの守護妖怪じゃないんだ」
「風来坊だにい、居心地が良かったから寺に住まわせてもらってたけど」
そういうと二人の鋭い目が交差した。だがやがて諦めたように青猫は嘆息する。
「まさかあんたらが御大層に守っていた隕鉄が、卵だったとはね…」
「そうだよ、私たちは彼女の復活を持っていたんだ」
「それも夢見で見たのかにい?」
「うん、彼女の悲願。そして私たち杯島の願いなんだ」