フキは大きなあくびをしながら、縁側で寝そべっている。
日がな一日こうして寝ているのを里の住人が見て、咎めたりはしないのはその容姿が恐ろしいからだ。
青白い肌をした巨躯にぎょろりとした目、どれをとっても近寄りがたい。
彼は人が好きだが、人は彼を恐れる。そんな彼はすることがなければ退屈そうにこうして寝そべっているしかないのである。
寝ることも嫌いではないのだけれど、最近は寝てばかりいて体中がなまりきっている。
何か面白いことはないかと思っていたところだった。
社の入り口の方やらなにやら楽しい掛け合いが聞こえてきて、好奇心でフキは起き上がった。
「どうした?」
社の入り口では狗と猫が言い争っている。
どう見ても猫の方が引いていて、狗に絡まれているように見えた。
猫はこちらを見つけると、話の途中でこちらに駆け寄ってきた。
「フキ―、狗がいじめるみぃ」
「おうおう、久しぶりだなぁネコ。狗よ、だめじゃないか? よしよししてやるから来い」
「へっ、裏切り者が…!しゃしゃり出てくるんじゃねえ……グワッ」
狗は大きな声を出して威嚇するが、それよりも早くフキは狗の首に腕を回していた。
巨大で重そうな体はその見た目に反して素早い。
狗はじたばたと暴れるが、その万力のような青鬼の可愛がりになすすべもない。
ぞりぞりと頭をなでられて、狗は恐怖した。
「ひぃいい、気持ち悪い…やめてくれ」
「悪は滅びるにゃ!」
いつの間にか青猫もフキの方の上に載って身動きが取れなくなった犬を見下ろして笑っている。
「ぐ……野郎に撫でられるなんて……汚されちまった……」
「き、キモいみぃ。こんな奴はほっといてさっさと行こう」
「へいへい」
地面に打ち捨てられて狗は哀れにも小さくなってしまい泣き崩れる。
そんな存在を無視して、フキと青猫は賽銭箱のそばを通って社の廊下へ出た。そこから先には入らず、本堂の周りの廊下を進んでいく。
「それで、旅行はどうだった?」
「まあ、魚はうまかったに」
肩に乗る猫は器用に顔を洗いながらだらだらとしているが、その尻尾は久々の友人と会えることを喜んでいると見て取れる。
「向こうの神社にお世話になったとか」
「……その話はついてからするにい」
本堂をぐるりと回るとその先には社から離れて庭を貫く屋根付きの廊下が続いている。
その先に小さなお堂があった。
ここの主は、神事の際以外はそ戸で生活している。実際最近は、わけあってそちらから出ることもまれである。
「帰ったにゃ甘露様~」
「ん」
青猫はフキの肩を飛び降りると、部屋の真ん中で布団で座っている女性の膝の上に飛び乗った。
女性が猫のあごの下をなでてやると、嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らした。
この二人に言葉はいらないようだ。
しばらくなすがままにさせていた。
巫女の腹部は少し膨らんでいて、寒くないようにいくつもの衣を着ていた。青白い肌のその面相はまだ幼さが残ってはいるものの、フキと同じくそれなりに長く生きてはいる。鬼としてはまだまだ自分と同じく若輩だが、こうして権威を与えられここに閉じこもっているのはいつも不憫に感じる。
こうして猫と戯れているなんて時間は貴重でほほえましかった。
しかし、周囲に気配がいくつか集まってきたのを悟って、二人に声をかけることにした。
「巫女も猫も遊ぶのはそこらへんにしておけ」
「ん……」
「しかたないみゃあ」
鬼の巫女はこくりとうなずくと居住まいをただす、猫も仕方なくひざを折りてフキの隣に座った。
するとそれまで二人と一匹しかいなかった部屋に、いくつもの異形が現れる。
それぞれは動物の姿をした者達だ。
年老いた狸。
まだ若いキツネ。
湖の主の蝦蟇。
それと小さなヘビ。
異様すぎる妖怪たちの会合、それは定期的に行われているこの里の大事な行事だった。
この里は龍脈の力が異様に強く多くの妖怪をひきつける、そのため過去には争いも多い。
初代の巫女が現れてこの土地を統治してからは、こうして妖怪たちは話し合いで何とか場を収めてきたと言っていい。
そのためこの場にいるのは皆実力者の妖怪(の名代も含む)達ばかりだ。
流石にただ力が強いだけの奴は呼ばれてはいない、話が通じていくつかの妖怪を従えている者だけがここに呼ばれている。
「これで全員かいな」
「俺もいる」
ガマがあたりを見回していると、声が聞こえ、先ほどの狗が巫女のそばに現れて控えた。
彼は、何か悪いことが起きないように巫女のそばで目を光らせる。あれはダメな妖怪だが、こういう時はちゃんと職務を全うする誇りは持ち合わせている。
「ふん、お前なんぞ数には入れてないわ。まあ、河童は来ないとして、口はどうした?」
「フタクチさんは、何か用事があるって朝から出かけるってさ」
キツネが答える。
フキも怪訝に思った。こんな大事な時に、自分の『相棒』がいないのは少し違和感があった。
「どこへ行ったか聞いているか?」
「ん~、海の方かな」
「あたしと入れ違いになったみたいにい」
海。
まさに今日の議題もそちらに関することだ。
「お久しぶりでございますな、巫女様」
どっこいしょと、用意された座布団に狸が座る。本当は彼も世代交代なのだが、家庭の事情でいまだこのご老人がこの場に顔を出しているらしい。
「そうそうご懐妊めでたいですなぁ」
「ん」
年老いた狸は震える声で言うと他の妖怪たちもお祝いの言葉を述べる。
狗だけはずっとぶつぶつと『信じない』という言葉を繰り返していてフキは苦笑した。
「それで、今日のお話というのは何ですかいな」
「猫はあの杯島に行っていたんだろう、話してくれ」
喋るのが得意ではない巫女の代わりにフキは青猫に問いかける。フキも別段話は得意ではないが、今日は進行役がいないので仕方なくだ。
「そもそも皆は、あたしがあの島に行った理由って聞いてるかにゃ?」
一同は頷く。
「あの島の禍々しい力の根源……あの卵がついに孵っちゃったみたいにゃ」