トウヤが部屋を出て行ったあと、ベッドに背を預けてアラタは一人窓の外を見ていた。
灰色の空、その向こうをずっと眺めている。
いつの間にか眠ってしまったのか、部屋の中は暗くなっていた。
月が出ていて青白い光が差し込む。
窓辺にばさりという音がして、そいつはいた。
今日は本当に来客が多い。
「……秘密基地で隠れてなきゃだめだよ」
それはアラタの言葉を聞いているか聞いていないのか身じろぎした。
青白い光を受けると溶解し、人の形に変わっていく。
不安定なバランスのそれは、アラタの現在のポーズをまねするように、窓辺で腰掛けた。
ホシ。
いつもは、海猫の形をとってはいるが、その本質は違うのだと思う。
彼女は見たものに変質するんだとアラタは解釈した。
この姿も、きっとカエデを模しているのかもしれない。
そう思うと、なんだか見てはいけないものだと思って目を反らした。
「ア」
声というよりは、口だと思われる部分から空気が漏れた音がする。
「ホシ。君が……僕を、助けてくれたんだよね」
彼女は首をかしげる。
アラタが言った言葉を何度も、口を動かしてまねしている。
しばらくそんなことを繰り返していたが――
「うん、アラタ助けたよ」
今までよりも明瞭な声が響いた。
「ホシの大切な人、アラタは大事」
もはや、隣にはしっかりとした知的生命体がそこにいた。
声を模倣してしゃべる鳥ではなく、無邪気な子供のような声を出す知性がある存在。
アラタは嬉しさと同時に怖さを感じた。
「……キミはどこから来た?」
「私はここにいる」
「……」
欲しい答えが返ってこずアラタはため息をついて、窓の外を見る。
彼女は、何も知らない幼子のままだった。
もしかしたら知りたい答えが聞けると思ったのだけど、その答えは得られず、アラタはがっかりした。
アラタの中には一つの答えのようなものが浮かんでいた、それは直観というよりも……
アラタは自分の体に触れる。この体はズタズタに裂かれたはずだったが、もはやどこが怪我だったのかわからない。
本来ならあの時死んでいた。
今ここにいる自分は、何なんだろう。
自分が自分でないように、感じてしまう。
その証拠に。
「僕の髪……」
アラタは自分の髪を触る。
やわらかい髪、傷など何もない頭。
そばの棚の上に会った鏡を手に取り、角度を変えて自分の髪を見た。
髪の毛の色素が薄くなっていて、月の光で輝いている。
その色は青みがかっていた。
「僕は――」
アラタはまた窓の外を見る。
世界の全てが変わってしまったのがわかる。
ホシに体を直されてから、彼の見える世界が。
「キミは、あそこから来たのかい?」
アラタが窓の外を指すと、ホシは首をそちらに向ける。
「あの何もないところ?」
「あれは……空だよ」
「空…空からホシはきた? わからない、わからない」
ホシはぼんやりと空を見ている。
ホシには何も見えていないんだ、とアラタは思った。
彼の指さした空の向こう、月の隣に――巨大な影が見える。
そこには巨大な逆さまに浮かぶ『城』が浮かんでいた。
黒い巨大な建造物、尖塔がいくつも生えた巨大な城。
アレが空から降ってくれば、この世界は簡単につぶれてしまう。
そんな恐怖感を与えるくらい、その城は大きかった。
あれは、今までは存在しなかった世界の違和感。
彼女にはそれが見えないらしい。
あれは、アラタにしか見えていない。
この屋敷の誰も、母も、トウヤもカエデも、あれを見て驚いたりはしなかった。
あれはアラタにだけ見える、世界の変化だった。
あの城を知っていた。
アラタはやっと自分の直感を話すことにした。
答えを持たないホシに対してではなく、独り言のように。
「きっとキミは、遠い星から来たんだ。この世界と違うどこか遠い宇宙の星から」
「宇宙……?」
「この空の向こうのことだよ」
あれは崖から落ちた後、夢で見たものに間違いなかった。
「わからない。ホシ何も知らない、教えてアラタ」
ホシはすがるように、アラタに触れる。ひんやりとしていて、その冷たさにアラタは驚いたが嫌な感じはしなかった。
「キミはその星で追われて、この星にやってきたんだ、きっと」
「キミは不思議な力を持っている宇宙人だよ」
「宇宙人?」
「この星の人じゃないことさ」
「僕にしか見えないあの城は、きっとキミの夢が僕の視界に焼き付いてしまったからなんだと思う」
恐らくそうなのかもしれない、あのこの世のものと思えない世界を見たアラタに焼き付いた陽炎。
「あれは君の帰りたい故郷……なんだと思う」
帰りたい、その気持ちだけがアラタの中で繰り返されていた。それは悲しく、悲痛な声だった。
「ホシには空しか見えない、帰りたい場所みたいよ」
ホシは何も知らないが、アラタにはなんとなく感覚でわかってしまう。
ホシの生い立ちの考察を話すほどに、なんだかそれが本当のことだと実感できた。
その夜、アラタはずっとその城を見ていた。
これから先、何が起こるのだろう、という不安と期待を抱きながら。