秘密基地の中にトウヤがいる。そこはアラタとカエデの場所だ。
自分の大切な場所を汚された気分は最悪だった。視野が狭まり、頭は焼けるように熱くなってその怒りをすぐにでも吐き出したくなるほどだった。
アラタは、岩場に隠していたロープをつかむと、穴の中に乱暴に落とした。一方の端は近くの岩に結びつけてある。
もしもの時のために用意していたものだが、一度も使ったことがない。
だが、かまわない。
アラタはロープをつかむと、ほぼ飛び降りるように穴に飛んだ。
手に痛みを感じたが、気にせず洞窟内にロープで降りた。
「ボクの場所から出ていけ、盗人」
アラタが静かな声で言う。
それを聞いて、トウヤも自分が抱えている言葉のない鬱屈に理由を与えられたかのように感情が高ぶる。
この島は俺の物なのにという幼稚な考えに歯止めが利かなくなってしまう。
「偉そうにするな。何様だ、お前」
「偉そうなのはどっちだ」
言葉の奥には、互いの胸に沈んだ感情が濁流のように渦を巻いていた。
ふたりの距離は十歩ほど。だが、その空間は踏み込めないものになった。
睨み合う。
アラタは理由もわからない反発をトウヤに覚えていた。
理解し合えないという恐ろしさに負けないために怒りを奮い起こしていると言っていい。
不穏な静寂、波の音だけが静かに洞窟内で反響する。
乾いた足音がふたつ、岩の上から響いた。
「トウヤ君?」
「うわ、すっげー洞窟」
ヒダリとミギが、いつもの調子で現れた。緊張感をまるで感じていない。
アラタは舌打ちする、これで1対3になってしまった。
そもそも大柄のトウヤは強そうだし、アラタはそもそも喧嘩などしたことがない。
いざとなれば危険だけど実験の成果を使うのも手かと思った。
アレがあれば、うまくいけばこの場をしのげるかもしれない。
しかしそれも自分と対峙しているトウヤの後ろにあった。
「でけえ鳥がいる!なんだこいつ」
ヒダリが机の引き出しに収まっている海猫に気が付いて近寄る。
「そいつに触るな!」
アラタが叫ぶ。
その時、トウヤは違和感を覚えていた。先ほどよりも海猫が大きくなっているような。
「なんでお前がここにいるんだよ」
ヒダリはアラタに今気が付いて驚く。
それでこの場の空気が異様だということにやっと気が付いたようだった。
それでも、舐められまいととっさにアラタに嫌がらせをしたくなったのだろう。
ヒダリがにやにやと海猫に手を伸ばす。
「やめろ!」
だが遅い。
ヒダリが海猫を掴んだ瞬間、アラタは駆け出した。
もうこれ以上ここを踏みにじられたくはなかった。
ヒダリの腕を掴もうと伸ばす。
そのとき、トウヤが反射的に腕を振るった。
拳がアラタの顔に当たる。
アラタの身体が横に流れ、地面に転がった。
「……っ」
トウヤは自分の拳を見た。震えていた。
そんなつもりはなかったのに。
その直後だった。
空気が、ひっくり返るような音を立てた。
ぶしゅりという音。
膨張する風船のように、海猫が膨れ上がった。
皮膚が裂け、羽根が腕に変わり、背から長い尾のようなものが垂れた。
それは──人型に近い、だが、人ではない何か。
それはけたたましい、言葉にならない鳴き声を伴って産まれる。
それはアラタの気持ちを代弁するような激しい怒りの咆哮だった。
「う、わ……!?」
ミギが後退りし、ヒダリが叫ぶ前に、異形の腕が彼らをなぎ払った。
二人の身体が岩に叩きつけられ、動かなくなった。
そんな光景にアラタは痛みを忘れ、絶句した。
異形となった海猫はトウヤをひと掴みにして、翼のようなものを広げ空へ舞い上がる。
一瞬の出来事だった、あたりは再び静寂に戻った。
トウヤが落としていったのであろうランプの炎がちらちらと洞窟を照らす。
何事もなかったかのような、すべてが夢だったような気がしてくる。
「にゃあ」
今までどこにいたのだろう、青猫が机の上でアラタを見ている。
だがその鳴き声でアラタは現実に戻り、すぐに海猫を追い洞窟を飛び出した。
先ほどのダメージのせいか足元がややおぼつかない。
もう頭の中が何もかもがぐちゃぐちゃだったが、行かなきゃと思った。