トウヤは、苛立たし気に石を蹴った。
一日で一番暗い夜明け前の海辺から聞こえるさざ波すらも苛立たしい。
「トウヤ君!」
海辺の松の木々の間から名前を呼ばれ、トウヤは返事をせず寄りかかっていた石から離れランプに火をつけた。
年代物のランプ。海に流れ着いたゴミだったが、トウヤが何日もかけて修復したもので気に入っている。
ランプのほのかな光に相手が気が付いたらしく、こちらへ向けてだらだらと歩いてくる。影は二つあった。
「トウヤ君、おはよう」
「おはよう」
「よう」
二人は学校ではミギとヒダリと呼ばれている。
トウヤは二人の本名は知らない、なんとなく付き合っていて興味がなかった。
勝手に近づいてきて、勝手に自分に依存するかのようにトウヤにかしずいている。
特にヒダリはその傾向がある、ミギは何を考えているかわからない。ともにつまらない人間ではあったが、それほど煩わしさを感じなかったから付き合っていると言っていい。
毎度、トウヤは別にこの二人に命令などしたことなかったが、今回は少し話したら勝手についてきた。
正直早朝のこんな時間に、二人に来てもらったのはありがたかった。
二人に向けてくいっと顎をしゃくると、二人は無言でうなずいてついてきた。
松林を抜けて浜辺に出る。海の向こうの空が少し白んできたのが見える。
そうして三人が浜辺を歩いていくとやがて浜辺は終わり、断崖絶壁の崖が見えてくる。
「ここを行くの?」
荒々しい崖際を見てヒダリが怯えた声を出す。
「別に、ついてこなくてもいいぞ」
トウヤがそういうと、ヒダリは言葉を失ってゆっくりとつばを飲み込んだ。ミギはそんな景色をぼーっと眺めていて何を考えているかはわからない。
トウヤにとっては何も怖いことなどない。
あの月船アラタが、ここをなんなく通っていったのだから自分が何かを恐れるなんて考えたくもなかった。
昨日、アラタとカエデが急いで教室を出て行ったあと、トウヤはその背後を付けた。
正直そんなことはしたくはなかったのだが、体が勝手に動いた。
アラタたちは仲良さげに話し合いながら、この崖を下りて岩場の向こうに消えていった。その際に岩場に隠れてじっと待った。
正直このまま乗り込んでしまえばいいと思うし、いつもならそうしている。だが、彼は隠れたままじっと待った。
その後しばらくて彼らが戻ってきた後に、彼はこの崖の下に大きな空洞があることを突き止めた。
崖際の岩にくっついて中の会話を聞いている。
はっきりとした内容は聞き取れなかったが、アラタとカエデそれ以外にもう一人何者かの声がする。あの声は教室で聞いたあの鳥の声のようだった。
好奇心だった。
あの鳥を確認したい、あのアラタが隠しているものを知りたいと思い、いまここにいる。
それ以上にあのアラタのことを思うともやもやとした気持ちが浮かんできて苛立ちを隠せない。
トウヤは、父親があまり好きではなかった。
──いや、昔は、好きだったのかもしれない。
この島はもともと自分たちの一族のものだった。 遥か昔、この島を見つけたのは、自分たちの先祖だったと。
そんな話を父や、もう亡くなった祖父からことあるごとに聞かされてきた。
その後、月船家、星杜家、飯森家が並び立ち、『御三家』と呼ばれるようになった。
しかし中心は飯森家だったのだ。
祖父はいつも話をそう締めくくった。父も、それを誇りにしていた。
だが今や、飯森家は名ばかりの村長家に過ぎず、実権は月船の手にある。
この島は月船に牛耳られている。自分たちの島なのに。
父は、強くて、傲慢で、それでも自分の父親だった。
厳しかったが、強かった。……そのころの父の方が、まだ好きだった。
すべては月船ヤカイでおかしくなった。
今の父は、自分には変わらず横暴なくせに月船ヤカイには頭を下げる。息子のアラタにも、機嫌を取るような態度を見せる。
島は変わっていく。
プライドは、誇りはどこへやったのだろう。
ずっと偉そうにしていたはずの人間が、今は蝙蝠みたいに仮面をかぶって、風向きの良い方ばかりへ顔を向けている。
弱い奴は嫌いだ。本当に、見ていられない。
……あのカエデだって結局、月船の子供と仲良くしてる。
それが、一番見たくなかった。
喋る鳥の話をしても、ヒダリとミギは信じないだろう。二人にはただアラタの隠れ家を見つけたとだけ伝えていた。
岩の中を歩いていくと、不意に歩けそうな隙間を見つける。崖の上から降りていくと、自然とこの道に繋がっているらしい。
本当は崖の上から降りたかったが、そこは月船家の敷地内なので通りたくなかった。
その道に出てみると、崖の下に洞窟があるのが見えた。
ヒダリとミギはまだ岩場で悪戦苦闘しているのが見える。
「ここに洞窟がある。先に入ってるぞ」
それだけ言い残すと、トウヤは洞窟へと入っていった。
中はひんやりとして薄暗かった。
トウヤがランプを掲げると、内部の家具が照らし出される。
まるで、物語の中に出てくる海賊のアジトのような部屋。
様々な宝物と、地図、書籍、勉強机もある。何もかも満たされた世界に、トウヤは強烈なうらやましさを感じた。
「アラタ?」
部屋のどこかから声が聞こえて反響する。
あの鳥の声だ。
声と共にガサゴソと音がする方へトウヤは歩いてくと机の前にたどり着いた。
「アラタ?」
また声がする。
トウヤは、机の引き出しに手を伸ばす。
「ダレ? アラタ違う」
ふいにそう言われて、トウヤはたじろいだ。
自分が何をしているかがわからなくなる。
見るだけだ。
ゆっくりと引き出しを開ける。
その中にいたのはあの時の鳥だった。ただ、昼間に観たよりも、大きくて引き出しにギリギリおさまっていて窮屈そうだ。
「いた……」
その海猫の目がトウヤの目と合った。
「やめろ!」
ふいに天井から声がした。
トウヤが驚いて天井を見上げる。暗闇の隙間に穴が開いていてそこから誰かがのぞき込んでいる。
ランプを掲げると、それは眩しそうな顔をしているアラタだった。