夕食の準備ができたらしくアラタはお手伝いさんに起こされた。目をこすりなが食堂へ向かう。
「ただいまお母さん」
長いテーブルに向かい合わせに座ると、母・カイロの温和な笑顔に迎えられる。
「よく眠ってたわね。そうそう、明後日の夜にお父様が帰ってきますよ」
「お父さんが!」
アラタはそれを聞いて一気に目が覚めた。
「今回は、色々な取り決めが終わって、長いこと島にいてくれるみたい」
「本当!やった……!」
アラタの父・月船ヤカイはこの島の外を飛び回っていつも忙しい。
時折帰ってくると、アラタに楽しい話や、外の世界の土産を持ってきてくれる。なによりも、優しい父親と話せるだけでうれしい。
アラタは色々なことを考えて、食事の味もわからなかったほどだ。
そんなアラタを見てカイロは静かにほほ笑む。彼女もまたなかなか会えないヤカイの期間を楽しみにしていた。
今年はきっと家族水入らずで過ごせるだろう。
♦♦♦♦♦
その日の夜はアラタはうまく眠れなかった。夕方に少し眠ってしまったせいでもあったかもしれない。
帰ってきたヤカイと何を話そうか、彼が家を出て行ってから色々なことがたくさんあった。
学校に行ったこと、海猫のこと、カエデ……新しい友達ができたこと。
カエデと言えば、秘密基地に彼女を入れてしまったことに関しては、怒られるだろうか…という不安もある。
海猫を保護しているという話もどこまで話したらいいのか。
何を話していいのかまとまらなかったが、ヤカイと話すのが楽しみであれこれ考えてしまう。
結局深夜まで色々考えているうちに、色々と考えがぼやけてきて眠りに落ちた。
浅い夢の中でカエデとヤカイとカイロが現れては立ち消えて、それをただ陽だまりの中で見ていた。
ただただ幸福な日常を濃縮したような、やわらかい綿の中のような夢。
アラタにとって、今の生活が、運んできてくれるものすべてが祝福されているような。
しかしそれを切り裂くような鳴き声に彼は空へ目を向ける、火柱のような鳥がこちらへ向かって落ちてくる。
大きな海猫だ。
気がつけばいつの間にかすべてが焼き付くされ色あせていた。
雲と空気がうねって、強い風と生暖かい雨が頬を打つ。
海猫は怪鳥のように翼を広げた。
もう一度つんざくような悲痛の声を聴いた。
「……!?」
薄暗い自室でアラタは目を覚ました。
息が荒い。寝汗もかいていた。
心臓の鼓動が聞こえる、本当に心臓に悪い夢を見た。
荒れた呼吸を慣らすように、呼吸を落ち着けていると周囲の音が良く聞こえる。
部屋の中でかすかに何か聞こえた。
耳を澄ますと、がりっ、がりりっ、へべの向こう側からかすかな音がしている。
嫌な夢を見たばかりだったので、聞かなかったことにして布団をかぶった。
だが、次第にその音が大きくなってくる。カーテンの向こう、窓からだ。
アラタはちらりと、時計を見ると午前5時だった。もう少しすればお手伝いさんが起きだす時間だ。
「なんなんだよ……」
アラタは仕方なく立ち上がり悪態をついた。その声はどこか震えている。
そんな気持ちを振り払うように、アラタは勢いよく窓を開けた。
「にぎゃー」
「うわっ!」
窓の外にへばりついていたのは、あのカエデの飼っている青猫だった。
猫は何が楽しいのかガラスを勢いよくひっかいていたが、カーテンが開いて驚いたようだった。
窓を開けてやると、部屋に入らず窓の縁の上にとまった。
アラタと目が合うと、ふいっと窓の外に出て行った。
窓の外の地面に降り立って、もう一度こちらを見てニャーと鳴く。
「ついてこいにい」
どこからかそんな声がした。
アラタは周囲を見回すが、誰もいない。
空耳かと思ったが。
「間に合わなくなる」
また聞こえた。
窓の外を見ると、猫が庭を出て海の方に向かって行ってしまった。
なんだかよくわからないが、アラタは急に胸騒ぎがした。
決心して、静かに屋敷を抜けて青猫の後を追うことにした。