丘の上から海が見えてくる。今日の海は凪。
アラタはトウヤに海猫を見られてしまったことを道すがら説明しながら、カエデと秘密基地を目指す。
「それでシンタ君、学校はどうだった?」
「どうだったって、そんなことよりも今の状況を……」
帰り道からずっと焦っているアラタとは違い、楓はいつも通りのほほんとしている。
「まあバレちゃったものは仕方ないよ、今後気を付ければね」
「でも……あいつは」
「アラタ君、トウヤくんとはまだちゃんと面と向かって話してないよね。彼は大丈夫だと思うな、そんなに心配することでもないと思う」
「でも……」
でも、あいつの目には明確に敵意があったと言いたかったが、確かにそれが敵意だとしてもそれがどれほどの脅威かはアラタには想像もできなかった。
確かにアラタはトウヤのことがよくわからなかった、だからこそ怖いということもあるが。
彼には別にまだ何もされていない。彼の手下には恥をかかされたが……。
カエデがそういうなら、大丈夫なのかもしれない。
だけどなんだか気に食わない。カエデがトウヤの味方のような発言をするのが面白くなかったというのもあるが、何か嫌な感じが残った。
「わかったよ」
「それで学校は楽しかった?」
そんなことは本当にどうでもいいらしく、彼女は不安げな顔でもう一度最初の質問に戻った。
「まあ……悪くなかったかな」
気恥ずかしくて新たは海を見てそう言った。たぶん、カエデは満面の笑みでこちらを見つめているんだろう。
あんなに行きたくなかった学校が、こんなに楽しかったのはカエデのおかげだ。
♦♦♦♦
二人で秘密基地へ降りる。
海猫を机の上にあげると、海猫が目をぱちりと開けて起き出した。
「アラタ、カエデおはよう」
「うん、おはよう」
「おっはよーう!本当によく喋るようになったね」
カエデが机の上の海猫とおしゃべりしている間に、新たは集めておいたアザミの花びらを入れた瓶を取りに行く。
瓶の中で保管しているが、中の花びらは干からびも枯れてもしていないのは少々不気味だ。
だが今のところこれしか海猫は食べない。
「ゴハン!」
ゴハンの前に海猫にはちゃんと言っておかねばならないことがあった。
一向に口元に運ばれない花弁に首をかしげて待つ海猫をアラタは手で抱えた。
海猫と目を合わせる。
「今日みたいに学校に来たらダメだよ」
「ダメ?」
「うん、君は僕とカエデ以外の人間に見つかってしまったら大変なことになってしまう」
「タイヘン?」
自分で言っておいてなんだが、見つかったらどう大変なんだろう?
もしかすれば喋る海猫ということで、研究機関などに連れていかれてしまうかもしれないし、珍しい鳥だから誰かに盗まれてしまうかもしれない。
しばらく考えてアラタはぞっとする。
「僕たちは離れ離れになってしまうかもしれないんだ」
「ヤダ!」
「だろ?だから、日中はここで大人しくしていてね。学校が終わったら今日みたいにいっぱい遊ぼうね」
「分かった。海猫遊ぶ!」
「ふふ……シンタくんお父さんみたいだね」
「アラタだ」
お父さんみたい、そう言われて少し嬉しかった。
「それにしても、この子。自分の名前を海猫だと思ってない?」
「名前決めないとな」
「そうだね」
それからしばらく海猫と遊びながら、どんな名前を何にするか二人で議論を続けたが、お互いにあげた名前候補はどれもアラタにはしっくりいかず暗礁に乗り上げた。
アラタは世界に一匹しかいない喋る海猫の名前は特別なものでなければ嫌だった。
アラタは完璧主義的な傾向があって融通が効かない時がある。カエデは別段それで気を悪くはしていないが、おかげで話しているうちに日が暮れた。
「名前決めるの難しいね、もうシンタくんがこれ!っていうのがあればそれでいいと思うよ」
「うーん」
「締め切りは明日ね、こういうのは悩みすぎても良くないよ」
カエデは投げやりになってきていた。
そんなこんなで締め切りは明日ということに決まった。
「じゃあ明日も迎えに行くからね、シンタくん!」
「うん、また明日」
海猫を秘密基地に残して二人は別れた。
アラタが屋敷に戻ってみるとあちこちで慌ただしい音が響いている。お手伝いさんたちが屋敷内を歩き回っているらしく忙しそうだった。
いつもとは違う雰囲気を感じたアラタだったが、そのまま自室に直行した。
部屋に入るとカバンもそのままにベッドに突っ伏した。
今日は色々ありすぎて疲れた。
瞼を閉じるとアラタはすんなりと眠りに落ちた。