お昼を食べて、昼休みを過ごす。今日の最後の授業の最中の出来事だった。
「なんかさっきから外から変な声が聞こえない?」
前の席の生徒がそんなことをひそひそと話しているのが聞こえた。
アラタも何気なく校庭を眺めていると、校庭の門の上に一羽の鳥が止まっているのが見えた。
どうやら海鳥のようだったが、校庭からは海が見えるし、別段珍しくもない。
だが嫌な予感がした。
「アラタ! アラタ!」
その鳴き声はそんな声に聞こえた。
アラタはとっさに窓から顔を離し机の下まで顔を隠した。すると、カエデも同じような対応をしていたらしく、同じく焦ったような顔と目が合った。
(やばい……あれは僕の海猫だよ)
(うん、来ちゃったんだ……)
二人は机の下でひそひそと話す。
変な声は一見鳥の鳴き声のようにも聞こえる、幸いまだあの海猫に気が付いている生徒はいないようだった。
(どうしよう、捕まえに行かなくちゃ)
(だめだカエデ、まだ授業中だし)
そういって黒板の上の時計を見る。幸いもう五分ほどで授業は終わる。
あの鳥が他の生徒に見つかってしまうのは、嫌だった。僕たちの秘密の友達だったし、乱暴に扱われてしまったり、大人に珍しがって連れていかれてしまうかもしれない。
非常に緊急事態なのだが、カエデが焦っているのは珍しい。
カエデなら、みんなに知られてしまうことに関しては別に何とも思っていないと思っていたのが、アラタと同じく焦っている。
自分の気持ちと同じなのかと少しほっとした。
「どうしました二人とも!」
校長先生が、板書が終わって机の下で話している二人を見つけたらしい。他の生徒も皆、こちらに注目した。
その時、バササッと教室の前の方で羽音がしたのに注意を向けたのはアラタだけだったようだ。他の生徒たちはまだこちらを見ている。アラタが目や顔を動かしてしまうと、他の生徒がそちらを向いてしまう可能性がある。アラタは目や顔の動きを変えずに、視界の端の方に集中した。
(入ってきてるぅ!)
教室に入ってきた海猫は窓の下であたりを見回している。
おそらくアラタを探しているのだろう。
「アラタ!」
海猫から発せられる声を聴いて、アラタはびくりと震えた。周りの生徒たちの何人かがその声に気が付いてきょろきょろとあたりを見回した。
(見つかる……静かにして)
幸いまだ誰も海猫に気が付いていないが、見つかるのは時間の問題だ。
どうしようどうしよう、と思っていると隣からカエデがささやいてきた。
(シンタ君! 私が注意をひきつける、その隙に捕まえて!)
(どうやって?)
アラタのひそひそ声を聴かず、カエデは教室の出口へと急に立ち上がって走っていく。
仕方ないと、アラタは鞄を取り出すとその中身をすべて机の上に置いた。
「授業終わりだー、放課後だー」
そういって、教室を飛び出していくカエデを皆が席を立ちあがって何事かと見守る。
「こらこらこら、星守さん!まだ授業終わってません!」
校長先生も廊下へ慌てて飛び出す。生徒たちも好奇心で、廊下側の壁に殺到して窓の外で追いかけられるカエデを見に行った。
「いまだ!」
アラタは、机から立ち上がると、机と机の隙間でうろうろしている海鳥にとびかかった。
すぐに捕まえるとあらかじめ掴んでいた鞄の中に押し込む。そして、鞄の中に「今は静かにして」とつぶやくと、いうことを聞いてくれたのか海猫は大人しくなった。
アラタの急な奇行に廊下を見ていた何人かの生徒が振り向いたが、そのころにはもうすでに鞄に海猫を入れた状態で席へ戻るところだった。
(危なかった……)
アラタは、額に浮かんだ汗をぬぐうと自分の席へ戻っていく。
そこで自分の席の後ろのトウヤと目が合ってしまった。彼は驚いた表情で、こちらをずっと凝視している。
もしかして見られた……?
アラタの額に引っ込んだ汗が再び浮かぶ。
何事もなかったかのように自分の席に戻って座る。後ろの少年が今何を考えているのかわからないし、すぐにこの場を逃げ出したかった。
「おい、お前……その鞄の中……」
トウヤ低い声が後ろからかかる。
アラタはびくりとする。いやな汗が止まらない。
緊張の中アラタは後ろの席に向かって、振り返ろうとした。
「いや~まだ授業終わってなかったのか~。鐘の音が聞こえたような気がして~」
カエデの声で振り向くのをやめた。
彼女は頭をかきながら棒読みのようなセリフを言って周りにぺこぺこと頭を下げながら、アラタの席の隣に座る。
彼女の発言がどこか間抜けだったので教室の皆が笑い、ため息をつく校長先生も教壇に戻ってきた。
「カエデさん寝ぼけてたんですか……気を付けてください」
「はーい」
校長先生はやれやれという感じでまた授業に戻る。事業の残り時間も少ないのでやや早口で授業を進めだした。
「シンタ君、どうだった?」
「ん……」
静かに聞いてくるカエデに対して、手に持っている鞄を少し上げて答えた。
それを見て、カエデは安心したようだが、どこか浮かないアラタの顔を見て首をかしげる。
「どうかした?」
「……帰りに話す」
いくら小声で話したとしても、すぐ後ろの席には集中すれば聞かれてしまう可能性がある。
一体後ろの目つきの悪い少年は何を考えているのか、せめて表情だけでも確認できれば少しは安心できるのに。
よくわからないが視線を感じるような気がする。授業終わりまでの短い時間がこれほど長く感じられたことはなかった。
「では授業を本当に終わります」
校長先生が何とか授業を終わらせて、鐘を鳴らす。
それと同時に後ろに座っているトウヤが立ち上がろうとする気配を感じたので、アラタはすぐに立ち上がって、隣を確認する……彼女の帰り支度は終わっている。
「行くぞ!」
「えっ、あっあっ……」
カエデは素っ頓狂な声を上げるが、彼女を手をつかんで、教室から駆け出した。
何人かの生徒たちがアラタたちをはやし立てていたようだが、気にせず一気に学校の校庭に飛び出した。
そこまで来て、息を切らせながら歩調を緩めた。急に手を引っ張った走らせたのに、カエデは特に息を切らしていないのが悔しかった。
「それで……どうしたの?」
そういったカエデを手で制すと、アラタは鞄の中の海猫を一度覗いて、特に居心地が悪くなってないか確認する。
海猫はアラタのそばに来て安心したのか、目を閉じて寝ていた。大した奴だ。
それからあたりを見回して、カエデに目を向ける。
「もしかしたらバレたかもしれない……」
「ええっ」