雑学ゴダイゴその5、『ガンダーラ』 日本語と英語の違い
ついに発売されます。名曲『ガンダーラ』です。
1978年10月1日発売
アルバムに先行しての発売だったということは、"Prologue"でお話ししました。そして、ドラマの初回放送と同じ日でもあったようです。
アルバムでは英語で歌われていますが、おそらく「ドラマの主題歌なので、日本語で行きましょう。」ということになったんだと思います、日本語版が制作されて、これもゴダイゴが歌うことになりました。
さてここで、実は日本語版と英語版、メロディーに対する言葉の乗せ方に違いが出ます。この違いをうまく乗せたことで、日本語バージョンと英語バージョン、双方が等しく美しさをもった楽曲となっている、と私は思っています。
**以下、考察です。**
まずはその違いは、1行目の、言葉の『音数』です。
英語版は、
A, long, time, a,-go, で、5音です。
対して日本語版は、
そ こ に ゆ け ば、で、6音なんです。
続きもです。
英語版は、
When, men, were, all, babe, で、やはり5音です。
対して日本語版は、
ど ん な ゆ め も、で、やはり6音です。
つまり、『全く同じ譜面では表せない』。
この2行の違いを、タケは、メロディー表現のニュアンスの違いで乗り切っています。
これが非常にうまい。
その乗り切り方のヒントは、この次の文に表れる、英語詞と日本語詞の『表現の違い』にあります。
英語詞は、
There was a land of the free
自由の園があった、と言い切っています。
対して日本語は
叶うというよ、と、言い切りの文にはしていません。
このぼやけた印象の日本語詞のニュアンスを、しゃくり、というか、小スラーというか、そういったものを駆使して表現しています。
英語版では、
A, long, time, a,-go, when, men, were, all, babe,に対して、ほぼ確実に、「一音に一音程」で歌っていますが、
対する日本語版を、あえて文字表現すると、
そこぉーにゆぅーけばーぁー…、どぉんんーなゆぅめもぉおー…
といった具合に、細かいスラーを折り重ねています。
これによって、日本語詞の、少しミステリアスな雰囲気、幻想的な世界観が表現されています。
さらに、英語版のwhen men were "all" babe の all ですが、本来all menだと思うのですがそうしていない、あえてbabeの手前の位置にallを入れていて、これは強調です。
この強調を表現するためにこのallに#がつく音、ナチュラルスケール(自然音階)から外れる音をはめています。
対して日本語版でのこの場所は、どんな"夢"も、となる場所で、強調の単語ではありません。また、不安要素をメロディーとして当てはめる必要がある場所とは言えません。
(どちらかというと強調に当たるのは"どんな"です。この どんな は省いて、「そこに行けば夢も叶うというよ」としても文章が成り立ちます。)
ということで、夢、のところに同じように、ナチュラルではないニュアンスのメロディーをあえて持ってくることを、『歌いながら避けて』います。英語版ではallにかなり単独で#付きの音を当てていますが、日本語版のこの部分では、allと同等の#感は出しておらず、前後に落差のあるスラーを下降からすぐに上昇へと重ねることで、#が付くとも付かないとも、どちらとも言えない歌い方をしています。
そして同じメロディーが来る2回目以降は、この「落差のあるスラーを重ねる」という方を重視していて、どちらかというとナチュラルスケールの、#がつかない音を選んでいきます。
英語版では一貫して、ほぼはっきりと#がつく音を選びます。この後もこの場所が、どちらかというと強調に属する語になっていることからと思われます。
(この部分、違いをコードで表すとしたら、日本語版はE7/D的、英語版はDm-5的、となるでしょうか。)
文章を組み立てる際、どういう順序でどんな装飾がされるかが英語と日本語では違ってきます。その違いを絶妙にくみ取った歌い方をしています。英語詞が相対的に断定的な語り方で、日本語詞がニュアンスでぼかしている語り方であり、その違いも表現していると思われます。
この辺り、あえてやったのか、自然にそうなったのかは分かりませんが、変に計算してやってるわけじゃないのは確かだと思います。センスです。
そして、それが最も分かりやすくハマっているのは、
『ユートピア』
です。
ここは、メロディーから明らかに変えています。
英語詞の utopia の部分は、かなり流して歌っているのに対して、日本語詞での『ユートピア』は、この語が詞の核になっているというメロディーのつけ方です。
それぞれの、"utopia"、『ユートピア』だけを、日本語版で英語詞のように、逆に英語版で日本語詞のように歌ってみると分かります。確実に違和感が出ます。
そもそも『西遊記』の主題歌として、この曲を初めて聴くことになるとき、「『ガンダーラ』って何?」という疑問がまずは存在します。それに対する答えがここです。ガンダーラはユートピアであると。どこかにある『ユートピア』。それを探しに行く旅が『西遊記』なんだ、と。
英語版が流して歌っているのは、英語版ではこの位置では、Gandharaは his very own utopiaだと説明していることによると思われます。彼(旅人)自身の理想郷だと。つまり、このhis very own utopia全体が"Gandhara"となります。seeking soulの中に、striving soulの中に見えるのがGandharaで、全ての人はそこにたどり着きたいのだと語られています。だからメロディーでも utopiaだけにポイントを置いていません。
ということで、実は英語版と日本語版では、けっこう違う。
違いがあるとはいっても大筋ではもちろん同じです。ここが日本語詞の素晴らしいところ。一つ一つ読み比べるとどちらもほんとに素晴らしいです。そしてこのそれぞれの違いを、タケはその独特の歌い方のニュアンスで絶妙に歌い分け、しかもそれをほぼ気づかせないレベルに昇華させて世に送り出したということになります。
おかげでこの歌そのものが、すでに旅なのです。
大絶賛です。
大ヒット、おめでとうございます。
そして、こんな途方もない作業を、CM Song Graffitiとキタキツネ物語、その同じ年に生み出したバンドがゴダイゴだ、ということです。
ほんと、凄すぎます。
以上、**考察、ガンダーラ**でした。
お読みくださり、ありがとうございました。
(雑学ゴダイゴはまだ続きます。)