セッション・レポート:集合知の源泉としてのメタサイエンス
科学技術社会論学会 第24回年次研究大会 於 常磐大学(2025.12.7)において、本研究会から「集合知の源泉としてのメタサイエンス」というセッションを企画しました。セッションの概要と当日の発表内容を紹介します。
概要
「科学をより良く改善する」という共通の志の下、多様なステークホルダーが集う「メタサイエンス」。本セッションでは、国内外の最新動向を網羅しつつ、再現性、政策、ファンディング、専門家の関与という4つの切り口から、この新たな運動の現在地とSTS(科学技術社会論)への貢献可能性が議論されました。
当日の発表内容
1. 定性的語りと定量的分析から見る再現性の危機 野内 玲(広島大学)
野内氏は、2010年代から深刻化している「再現性の危機」を軸に、メタサイエンスがこの問題にどう対峙してきたかを概説しました。 心理学や医学分野で進む事前登録(プレレジ)やレジレポといった制度的介入が、必ずしも再現性を劇的に向上させていないというシビアな現状を指摘。さらに、Center for Open Science (OSF) がAIやペーパーミルによる低質な論文氾濫を理由にサービスを一部停止した最新事例を引き、本来ならば研究活動を下支えするはずの環境整備が新たな問題を生んでいるという状況なども指摘しました。
その上で、野内氏は科学哲学者として再現性問題の研究も進める中で、メタサイエンス運動自体のメタ分析を行いました。そもそも、このメタサイエンスという領域は既存の関連領域(科学史・科学哲学・STS、心理学など個別科学)にとってどのような関係なのか。野内氏の提案は次のようなものです。すなわち、メタサイエンス運動に関わる研究者はそれぞれの専門性を有しており、彼らが公開した成果にはそもそもの専門領域の「タグ」とメタサイエンスという「タグ」が両方付与される。昨今のメタサイエンス運動は既存の専門領域のalternativeでは決してなく、併存する。メタサイエンス「タグ」を参照することによって、多様なステークホルダーが一つの傘の下に結集することができる枠組みになっているのではないか。
2. “Stepping out and looking from above”:STSとメタサイエンスが交わる場としての科学政策 久保田 唯史(京都大学 iPS細胞研究所)
久保田氏は、2025年6-7月にロンドンで開催された「Metascience 2025 Conference」の参加報告を行いました。 特に英国において、政府内に「メタサイエンス・ユニット」が設置されるなど、政策レベルでの社会実装が進んでいる現状と政策実務者の参画・期待の高まりを紹介しつつ、会議のオーガナイザーであるJames Wilsdon氏をはじめ、多くのSTS研究者がこの運動に深く関わっている点に注目しました。 久保田氏は、会議を通じて見られたメタサイエンスの政策利用に向けた大きなうねりが、時として科学的助言やエビデンスに基づく政策立案(EBPM)などと同様「科学的知見がリニアに政策を改善する」という実証主義的なモデルに陥りがちであると指摘し、STSが積み重ねてきた「科学と社会の共創的視座」や、簡単には数値化できない価値観への洞察を組み込むことで、メタサイエンスという「大きな傘」をより強固にできると論じ、相互の学びの重要性を指摘しました。
3. ファンディングの科学と哲学 清水 右郷(宮崎大学)
清水氏は、メタサイエンスにおける重要トピックの一つである「研究資金配分(ファンディング)」の議論を紹介し、科学哲学の来るべき役割を論じました。 メタサイエンスにおいて、従来のピアレビューによるファンディングが抱える問題が定量的研究で明らかにされつつあり、そうした問題を打破するために「部分的ランダム化」などの試行が始まっています。これらはポール・ファイヤアーベントの議論とも親和性があり、科学哲学者も関心を寄せていますが、先進的な議論では部分的ランダム化でも結局はピアレビューのバイアスが残るのではないかといった課題も指摘されています。こうした状況を踏まえ、清水氏は、科学哲学の役割として、ファンディングにおける「ランダム化」概念の分析といったアプローチが思いつく一方で、ファンディングの目的と方法を総合的に検討して「理にかなったファンディングのアイデア」を提案するアプローチも有力であると述べて、多領域との積極的な連携を呼びかけました。
4. 政策プロセスの視点から見た専門家の関与戦略:SciREX事業の事例から 菊地 乃依瑠(政策研究大学院大学)、黒河 昭雄(神奈川県立保健福祉大学)
菊地氏と黒河氏は、日本における「政策のための科学(SciREX)」事業の分析を通じ、科学的知見がいかに政策に実装されるかという実証的研究を発表しました。 研究プロジェクトを「政策実装に成功した事例」「あと一歩だった事例」などに整理し、研究者の関与戦略を類型化。分析の結果、アジェンダ構築段階では、特定の意見を押し出すよりもステークホルダー間の「緩衝地帯」を作る戦略が有効であるなど、政策プロセスの段階に応じて最適な戦略が異なることが明らかになりました。 また、研究者と政策立案者の双方へのアンケートから、両者の間に「知識利用」に関する期待や認識のギャップがあることを指摘。メタサイエンスが目指す「より良い科学と政策の関係」を築くための具体的な示唆を提示しました。
以上の4件の発表の後、井出和希氏(大阪大学)よりコメンテーターとして全体的な質問(そもそも「よい科学」とは何か等)および個別的な質問(科学の不確実性のもつ含意と国内外における理解、ファンディングにおける手法に比した目的の重要性、政策実装の成功をどう判断するか等)が提示され、フロアを含めた意見交換が行われました。
開催後記
メタサイエンスの起こり(野内氏)からSTS領域への橋渡し(久保田氏)、ファンディングの方法検討という論点提示(清水氏)から実際の行政における資金配分の分析(菊地氏・黒河氏)という流れがスムーズだったように思われます。また、井出氏による意見提示がフロアからの参入障壁を下げ、メタサイエンス運動という新たな話題に対してSTS研究者の目線からの活発な意見提示や情報交換ができていたことも特筆に値します。
なお、本セッションの開催を踏まえて発表内容を更新し、文書化したものを発表する予定で準備を進めています。決定したらお知らせいたします。