2025年3月1日に、「メタサイエンス研究会ワークショップ」と題した対面会議を開催しました。
メタサイエンス研究会は2024年8月に始動し、2025年2月までに全5回の勉強会を開催しました。今年度の活動の締めくくりとして、集中して議論する機会として下記の対面ワークショップを企画しています。これまでの研究会の振り返りとともに、Science of Scienceと科学政策研究の現場から講演者を招き、さらに広い人文社会科学を交えたメタサイエンスの広がりを展望します。メタサイエンス研究会の2025年度の活動の指針を探りつつ、参加者が新たな気付きを得られる機会となれば幸いです。人数に限りがございますが、ご関心のある方はぜひご参加ください。
実施日程:3/1(土)13:00~17:30
実施方法:東京・新宿駅近くの会議室で実施
13:00-13:30 話題提供:野内玲(広島大学)「メタサイエンス研究会の振り返り」
13:30-14:30 招待講演:三浦崇寛 氏(文部科学省)+三浦千哲 氏(東京大学)「Science of Science研究会から」
14:40-15:30 招待講演:林和弘 氏(文部科学省・学術政策研究所)「オープンサイエンスとメタサイエンス的なものに政策から取り組む—その背景と次世代の可能性—」
15:45-16:15 話題提供:清水右郷(宮崎大学)「メタサイエンスの未来地図」
16:30-17:25 ディスカッション
17:25-17:30 クロージング
資料:https://researchmap.jp/reinouchi/presentations/49401622/attachment_file.pdf
まず、メタサイエンス研究会の野内氏から「メタサイエンス研究会」の説明と活動の振り返りが行われた。メタサイエンス研究会は、従来の科学史・科学哲学・科学社会学など「科学という営み」を俯瞰的に捉える学問領域と、再現性問題や科学政策を扱うメタサイエンス運動との接点を探る活動として始動。勉強会形式で多様な意見を自由に交換しながら、再現性問題、科学の評価、生成AIなど現代的なトピックを議論してきたことを報告した。勉強会の蓄積をもとに今後は様々なアウトプットや、他分野・政策関係者との連携や資金調達にも取り組みたいとの展望が示された。研究者コミュニティの拡大とともに、メタサイエンスの位置づけや定義をより明確に打ち出していきたいとした。
資料:https://doi.org/10.6084/m9.figshare.28585274
続いて、文部科学省/神戸大学の三浦崇寛氏より、Science of Science研究領域の動向が紹介された。三浦氏は東京大学の博士課程在籍時に量的な科学研究に従事したのち、その研究と科学技術政策の現場での実装への「翻訳・相互活用」を試みる媒介者として自らの立場を説明した。
Science of Scienceという用語は様々に使われるが、狭義のScience of Science(SciSci)は2018年 のレビュー論文にて「研究課題の選択から研究者のキャリア選択に至るまで、科学の裏にあるメカニズムをデータから明らかにする学際分野」であると定義され、従来の科学計量学に比べて「メカニズム」解明に踏み込んだものだという。
出典:三浦崇寛氏発表資料
SciSci研究として、たとえば「学会に参加する効果の測定」では、「学会での偶然の出会いが研究アイディアにつながる」といった定性的に語られる効果(ナラティブ)を、定量的に検証することが目的となる。三浦氏は、Science of scienceの大きな特徴として、研究者が「測りたいもの」から出発してその定量化を試み、学術の裏にあるメカニズムの記述を試みることだという。ある種「無邪気」なSciSci研究は科学哲学などの科学論の蓄積と現状十分に接続していなかったり、ある種の論理の飛躍をはらみうるものの、アイディア次第で、研究者の実感をベースに現象を量的に検証する可能性を持つ。
また、SciSci領域は、 データ分析を科学政策等への戦略的活用を目指す米国と、指標をそのままエビデンスとして使うよりはステークホルダー間の対話を重視する欧州の違いがあるという。そうしたなかで米国と欧州の両方のスタンスをもち、かつ研究対象としての独自制もある日本でSciSci研究を行う意義は高いという。三浦氏が中心メンバーに一人となって2024年にたちあげられたScience of Science研究会と、メタサイエンス研究会のような質的な研究分野の相互作用も重要であるとした。
3. 「Science of Science研究会の取り組み」(三浦千哲氏)
続いて、東京大学の三浦千哲氏より、三浦崇寛氏から運営を引き継いだScience of Science研究会の活動と、近年のScience of Scienceの研究事例の紹介がなされた。
たとえば国際的な研究者の移動(Brain-Circulation Network)の可視化からは、アメリカに集まる資金や人材の構造が見える。SciSciの扱う代表的な問題として、指数的な論文数の増加に対して新奇なアイデアが増えていないように見えることから、「果たして科学者は効率的な発見をしているのか」という問いがある。化学分野のデータをネットワーク化した研究では、成熟分野では新規探索が減少する傾向などが見えてきたという。
チームの作り方や多様性、共著経験によるトップジャーナル掲載率の上昇(シャペロン効果)など、研究者同士の結びつきがクリエイティビティや研究成果に影響を与えることも、研究から見えて来ている。引用の年代幅が広く新旧の知識を組み合わせた論文ほどインパクトが高まること、長い間注目されずに後から急激に影響力を持つ「スリーピング・ビューティー」論文の存在なども議論となっている。
Science of Science研究会は、国内外の学会(ICSSI、ISSI、IC2S2など)と連携しつつ、日本での研究者育成やコミュニティ形成をめざす。2025年の5月末には研究報告やアイデア募集を含む研究会を予定している。
4. 「オープンサイエンスとメタサイエンス的なものに政策から取り組む—その背景と次世代の可能性—」(林 和弘 氏)
資料リンク:https://doi.org/10.6084/m9.figshare.28528685
文部科学省・学術政策研究所(NISTEP)の林和弘氏は、長年、学術情報流通のDXやオープンサイエンス政策に関わってきたなかで、自然とメタサイエンス的なテーマを扱ってきたと語る。林氏はもともと電子ジャーナルの整備や研究成果公開のデジタルトランスフォーメーション(DX)に携わっており、「科学と社会がどう変わるかを知りたい」というリサーチクエスチョンが政策の現場へと向かう動機になった。
直近では日本学術会議連携会員として「第7期科学技術・イノベーション基本計画に向けての提言」をまとめ、そのなかでは「メタサイエンス」にも言及した。林氏自身の関心は「実学としてのメタサイエンス」を体系化し、次世代や次の次の世代へと伝えることだという。17世紀の学術ジャーナル創成の時代と同じくらい、今日の情報環境は科学のあり方を非連続的に変化させる可能性を秘めている。
オープンサイエンスの方向性自体は、UNESCOの勧告にみられるように政策的にも規定路線となった。そのうえで、林氏はさらに大きく「科学のエコシステムそのものを再設計する」視点の重要性を語る。研究評価も公正性も、現状の評価システムでは不正をなくす役割が強調されがちだが、たとえばPID(永続識別子)などを駆使して研究過程そのものを可視化・共有できるプラットフォームを構築すれば、研究不正への対処が「平時」の対応の中に組み込めるかもしれない。また、近年はシティズンサイエンスやクラウドファンディングの広がりが「研究の民主化」を後押ししている。アマチュア研究者や市民との協働が進んでいる背景にも情報技術の進歩・普及がある。
出典:林和弘氏資料
最後に、メタサイエンスの重要性が高まっている背景として、林氏はAI技術に言及した。AIにより研究の効率化や自動化が進む一方、研究評価のゲーミフィケーション化が進む恐れもある。林氏はこれまでのゲームを前提にする「短中期的な方向性」と、ゲームチェンジを積極的に目指す「中長期的な方向性」の「2方面展開」を意識すべきだとする。林氏は参加者に対して「どの立場にポジションをとるか」を問いかけて講演を結んだ。
5. 「メタサイエンスの未来地図」(清水右郷 氏)
資料:https://researchmap.jp/ushimizu/presentations/49396860/attachment_file.pdf
最後にメタサイエンス研究会の清水右郷氏より、自身の立場から「メタサイエンスの未来地図」を提示するという講演が行われた。清水氏はもともと科学哲学を専門としながら、現在は医学部に籍を置き、臨床研究の実務支援にも携わっている。
「メタサイエンス」という用語は伝統的には科学史・科学哲学・科学論などを指す。一方、近年盛り上がるメタサイエンス運動は、論文計量や再現可能性、研究評価などの計量的な手法に基づくことが多く、医療や心理学を中心に査読やファンディング、研究バイアスなどを分析し改善を促すことが主眼にある。この伝統的メタサイエンスと現代的メタサイエンスを積極的に結びつけ、広義のメタサイエンスとして統合を図ることが重要ではないかと清水氏は提案した。
一例として、清水氏は医学研究の倫理と政策の変遷を紹介する。研究倫理指針が整備され、各研究機関で倫理審査委員会を置くことなどが制度化されてきたが、個人情報保護法の改正などによる規制強化で指針が複雑化し、支援職なしでは扱いきれない現状がある。また、被験者へのインフォームド・コンセントが形骸化し、実際には「研究と診療の区別を理解できていない」被験者が多いといった問題もある。こうした現場の声や経験的研究の蓄積を踏まえながら、制度をアップデートしていくことが望ましいが、この構造こそが、メタサイエンスにも通じると清水氏は話す。多様な分野からの量的研究や質的研究、規範的・制度的な議論を組み合わせつつ、複雑に絡み合う問題(Wicked problem)に対処していくしかない。医学研究倫理でも、一括審査制度の導入のように一定の成功と言えるような改革案が生まれることもある。
最後に清水氏は、「メタサイエンスの未来地図」の試案を提示した。これはGoogleマップのように自由に拡大・縮小やレイヤーの切り替えができるイメージだという。課題の詳細を深堀りしたいときはズームインし、全体構造を俯瞰したいときはズームアウトする。そのように複数の分野や論点を「つなぎ直す」ことが重要となる。地図自体が行動を生むわけではなく、あくまでそれを使う人間が主体的に動く必要がある。地図の中で道を見極め、さらなる更新を図る──そうした再帰的営みこそが「メタサイエンスの未来地図」の本質であると、清水氏は結んだ。
出典:清水右郷氏資料より
参加者を交えたディスカッションでは、様々な論点が議論された。以下はその一部である。
メタサイエンスの包含範囲ついて:まず三浦崇寛氏が「広義のメタサイエンス」は、「サイエンスを対象にした研究は何でもメタサイエンスに含まれうる」とし、新奇性やチームサイエンス、科学の情報基盤の拡張などまで視野に入る点を強調した。一方、三浦千哲氏は引用関係を用いた文献学的な手法で構造を可視化するやり方があるとした。
政策とメタサイエンスのかかわり:政策担当者としてはどうしても政策に合わせたエビデンスを求めてしまう傾向(Policy-based evidence making)があるため、データを出す側はできるだけ文脈的な解釈や説明を付与することが重要。指標は常にハックされるため、「SciSciやメタサイエンスのコミュニティを強くして指標の意味を語れる人を増やす」ことの重要性、さらには「新しい指標を常に投入して社会制度がハックできる前に次の指標を出す、といったイタチごっこを続けるしかない」という意見もあった。
メタサイエンスの異なる領域をどうつなげるか:参加者からは「学問分野間や国ごとのカルチャーの溝があり、そのギャップを超えるうえでもメタサイエンスに期待している」という意見が聞かれた。
全体を通して、同床異夢になりがちな「メタサイエンス」という概念を、どのように広げ、対話のツールとして活用できるかという視点が参加者に共有されていたように思われる。本記録を担当した筆者が今回のワークショップから学べたと思うのは下記の3点である。
1)メタサイエンスは「科学の未来をつくる側」の人のそばでやらない手はない。林氏からは、科学というゲームを現状のものに維持する方向と、ゲームチェンジを起こしていく方向の2方面展開が重要であるという話があったが、メタサイエンスが科学の理解と改善を目指すのであるならば、科学の変化の最先端を見ている必要があるはずであり、近年のオープンサイエンスしかり、科学のAI化しかり、その変化を起こそうとしている人々とともにメタサイエンスを行うことが重要なのだろうと感じた。
2)「地図」を完成させるのではなく、新しいリンクをつなぐ重要性。清水氏の発表にあったように、科学の制度が抱える問題は入り組んでおり、特定のディシプリンだけでは対処できないものとなっている。そのため、「広義のメタサイエンス」に多くの分野・実践を包摂し、学際的に取り組む重要性は高く、どこに協働可能性があるかを探るうえで「メタサイエンスの地図」を描くことが有用であるだろう。しかし、メタサイエンスは広いため地図を描き切ることはおそらく現実的ではなく、ディスカッションの中で指摘されたように、たとえば質的研究と量的研究で手を取りあえるリンクを見つけて、それを形にしていくことが重要なのだろうと感じた。
3)メタサイエンスへのそれぞれの夢を、共同幻想に束ねていく。今回のワークショップからも一端が見えたように、分野やセクターによってメタサイエンスへの期待は多様である。それは科学そのものへの期待の多様性からも来ている。三浦崇寛氏からは「優秀な研究者同士がつながることで、共同幻想的なものをデータで可視化し、それを政策担当者とも共有できるようにするのが理想ではないか」という発言があった。まさにメタサイエンスへの期待(=夢)の共通部分を、立場を超えて語り合うことで見出し「共同幻想」にしていくことが、これからのメタサイエンスをめぐる言論活動のなかで重要になるのだろうと感じた。
記録:丸山隆一(メタサイエンス研究会・運営スタッフ)