2024年11月19日に、「第2回メタサイエンス勉強会:「再現性」とその先を考える 」とし、題したオンライン勉強会を開催しました。
開催趣旨(参加者募集時の文面):
メタサイエンス勉強会の第2回のテーマは「再現性とその先」です。話題提供者として、九州大学大学院博士後期課程で心理学を専攻する植田航平さんをお迎えします。心理学では過去10数年、再現性の問題が大きく取り上げられ、様々な仕組みの整備が進められてきました。話題提供では心理学を中心とした再現性への取り組みの概略と、再現性問題の先にある「一般化可能性問題」等についての問題意識を共有していただきます。講演後の指定討論では、科学哲学の視点から、過去の科学哲学の蓄積とどのような接点があるか、今後の研究トピックとしてどのようなテーマがありうるか、メタサイエンスの観点からの含意は何か等について議論を行う予定です。本勉強会では、再現性を、心理学など特定の分野を超えて、学術・研究活動全体というより広い視点から考えなおす機会になればと思います。
開催日時:2024年11月19日(火)15:30~17:30
プログラム:
開催趣旨説明(野内玲:10分)
植田航平 氏(九州大学大学院人間環境学府)話題提供「一般化可能な知の創出を目指して:複雑な対象を科学するには」(40分程度)
指定討論(20分)
伊沢亘洋 氏(京都大学 文学研究科科学哲学専修 博士後期課程)(スライド)
参加者からのライトニングトーク(2名)、一般議論(30分)
参加人数:約22名
主催:メタサイエンス研究会
共催:広島大学高等教育研究開発センター&未来共創科学基盤センター
冒頭、企画者の一人である野内玲氏(広島大学 高等教育研究開発センター 准教授)から本会の趣旨が説明された。今回はメタサイエンス運動の一つの主要な焦点である「研究の再現性」を取り上げること、再現性問題の震源地である心理学の分野で、いわば「再現性問題ネイティブ世代」の若手研究者として再現性問題に向き合う植田氏に登壇を依頼した旨が説明された。
野内氏からは、「医学・心理学領域以外での再現性問題への対応」と題して、再現性問題への取り組みが活発な医学・心理学以外の分野、とくに人文・社会科学での対応について概観する報告が行われた。経済学、教育学では、心理学などと似た再現性の議論が行われているほか、インタビューに基づく質的調査や文学研究においても「再現性問題」と類比的な構造が見出されつつあることが概観され、また科学哲学からのメタ分析の事例も存在することが紹介された。
続いて、植田航平氏(九州大学大学院人間環境学府、博士後期課程1年)による、「一般化可能な知の創出を目指して:複雑な対象を科学するには」と題された発表が行われた。植田氏は、航空分野における心理学研究の応用可能性の検討を研究テーマとしつつも、心理学をメタにとらえることに強い関心を持ち、両輪で研究を進めている。
植田氏はトークの前半にて、心理学の分野で2010年代より大きく取り上げられてきた再現性問題に対する処方箋として、「プレレジ(事前登録)」や「レジレポ(査読付き事前登録)」等の手立てが取られてきたことを概観した。これらは、基本的には再現性の妨げとなる「研究者自由度(researcher degree of freedom)」をなるべく抑え込むという発想が背景にある。直接的追試やメタ分析も進み、「新奇性だけが科学ではない」という認識も広がってきたことが紹介された。
一方で、再現性問題の背後には、より本質的な「一般化可能性問題」が指摘されていると植田氏は述べる。研究の結果を左右する「未測定要因」が膨大に存在しうるため、研究者自由度の縮減は際限がなく、心理学の方法では、膨大な研究仕様空間を網羅することはできない。この「一般化可能性の危機」問題を分析した先行研究(平石・中村(2022))を踏まえながら、植田氏は「そもそも心理学・人間科学は何を目指している(いた)か?」という問いにさかのぼり、これからどのような方向性を取りうるのかについて、自身の所見を披露した。
続く、「心理学の哲学」を専門とする伊沢亘洋氏(京都大学 文学研究科科学哲学専修 博士後期課程)の指定討論においては、本テーマに関係のあるいくつかの科学哲学の研究の紹介が行われた。再現性に関しては、医学研究を題材に提案されている、異なるレベルのエビデンスから因果を見つける方法についての議論があること、一般化可能性については、「ウェルビーイング」や「QALY(Quality-adjusted life years)」といった政策的に重要な概念について、文脈や属性への依存性を考慮する提案があることなどが紹介された。最後に、一般化可能性を実直に疑う植田氏の議論に対して、そこまでの懐疑論に至らず、どこかで「常識」のラインを引くことはできないのか、といった問いかけがなされた。
最後の総合討論においては、参加者から様々な鋭いコメントが提起され、議論がなされた。たとえば、心理学の再現性を、生理学や脳科学に紐付けることで担保する可能性、一般化する範囲をうまく絞り込む「文脈」を設定する利得と「基礎科学」として新しいメカニズムを発見するという心理学の目的のトレードオフ、一方で大量のデータを取得することで一般化可能性をあきらめず「複雑なものを複雑なままとらえる」方向性にも、心理学で得る実験データの密度には限度があり難しさが想定されることなどが議論された。
全体を通して、密度の高い議論がなされた。いち心理学者としての問題意識に根差しつつ、それを心理学・人間科学が共通して抱える問題として大きく捉え整理した植田氏の提題に対して、神経科学や化学など他の自然科学分野や人文学の分野にも通じる問題として参加者が受け止め、かみ合った議論が行われていた。「再現性の先」にある「一般化可能性」問題への態度は、「研究」に関わるすべての人に問われるものであることが共有されただけでなく、科学哲学などのメタサイエンス領域と個別科学分野の対話が実り多いものでありうることが実感されたことと思う。今回の勉強会が、科学が「一般化可能性」にどうよりよく向き合い実践するかに関して、「よりよい」とはどういうことかも含む検討が進むきっかけになることを期待したい。