これ以上はまずいと思った。
しかし刹那的な快楽には勝てない。
似た者同士の彼らは一度突き進むと止まらない。
この楽しい行為を止めることなどできない。
深みにはまり、やりすぎた実験は失敗し、電子レンジが爆発する。
消火器を手にし、鎮火にかかる。
反省はするが、彼らは懲りずにまた繰り返すだろう。
兄が冷凍鍋を買って帰ってきた。こんな日には最高の贅沢だろう。
卓上コンロを出し、こたつの上で火にかける。
胃に流れ落ちた熱さが、身体全体を温めていく。
兄はさらなる暖を欲したのか、日本酒をレンジにかけはじめる。
「わかばはもう何年かしてからだね」
楽しげに笑いながら、兄は熱燗に口をつけた。
もしも他人として出会ったならば。すぐに意気投合した後に、血縁を疑うだろう。
仮に顔が似ていなかったとしても、そうなるに違いない。
それほどまでに、彼ら兄弟は気質的にもよく似ていた。
親子でも、兄弟でも、クローンでも。
彼らは仲良く研究し、何かを爆破したり限界の果てに力尽きたりするだろう。
今まで中間テストに気を取られていたけど、そういえば兄をここ数日見ていない気がする。
さすがに少し心配になり、ノックしても返事がないドアを開く。
つけたままのPCが光り、机の上には乱雑に資料が積み上がっている。
部屋に足を踏み入れると、足に柔らかい感触。
健やかな寝息の兄が床に転がっていた。
(関連)
風呂の中、弟が素朴な疑問をぶつけた。
兄は知識を総動員して解答するが、彼の知識にも限界がある。
ならば実験してどうなるか試してみようと思いつく。
思い立つとすぐ兄は風呂から上がり、服を着る間も惜しんで素裸のまま走り出す。
だが行動を予測していた母親に弟ともども捕獲され、寝室へ連行された。
昔、兄の学ランを着たことがある。当然その頃はブカブカだった。
真新しい制服に袖を通す。明日から高校生だ。
高校を選んだ理由は色々あるけど、一番はやはり兄と同じ制服を着たいというのが決め手だった。
制服が変わったので同じ制服ではないけれど…。
やはり弟は、兄の背中を追いかけるものだろうか。
兄弟は怒られていた。
割り箸でカタパルトを作り、水風船を飛ばして遊んでいたはいいが、それが母親の頭に直撃してしまったのだった。
叱責が終り、母親は道具とカタパルトを没収していったが、兄弟は懐から予備の道具を取り出して笑い合う。
しかし直後、去ったと思った母親が戻ってきて器具を没収した。
魚だって恋をする、らしい。
となると、まだ恋をしたことがない僕は魚以下ということになりはしまいか。
この件では遥か先を行っている弟はとてもキラキラとしていて、悪くないものだろうとは思う。
まだ枯れるような歳じゃないんだけどなあ、と煙草を咥えたら、いつの間にか短くなっていて火傷しかけた。
「結ばれない悲恋こそが美しい」
映画に出てきた台詞に、弟は首を捻る。
そういうものと納得するには若すぎた。
しばらく考えていた兄は、やがて意見をまとめると口を開いた。
「美しくないとしても、僕は幸せな結末を選ぶよ。それがどれだけ泥臭く足掻く道でも」
兄の答えに、弟は我が意を得たりと笑った。
これは、何がなんでも隠し通さねばならない。
金を出し合って買ったそれは、見つかると没収されかねない。
そのため、兄弟は揃って頭を捻り、ああでもないこうでもないと隠し場所を検討する。
しかし、彼らは母親を甘く見ていた。
既に気づいていた上で、知らないふりをしているとは思ってもいなかった。
周囲には、とても仲のいい兄弟だと言われる。
別段仲が悪いとは思わないが、そういうものなんだろうか。
「別に普通だと思うんだけどな」
「普通ですよね…あ、次何やります?」
次にやる実験について話し合っていると隣で話を聞いていた友人にツッコまれた。
「お前ら完璧に似た者同士で仲のいい兄弟だよ」
昔の人はドングリを食べていたと聞いたけど、エグくてとても食べられたものではなかった。
炒めてみたけど、やっぱりエグい。
兄が本を見て、あく抜きすればいけるんじゃないかと提案した。
茹でて、殻を剥き、重曹で何度も茹でる。
今度こそ。
「食べられるけど、おいしくはないね…」
苦労の甲斐がない。
願うだけなら簡単だ。
けれど、その願いを実現するには相応の努力が必要になる。
知識が足りなければ勉強を。
それが売り物であるならば―金銭を。
しかし彼らは未だ学生であり、簡単に用意できるものではない。
だから二人で貯金し、金を出し合って、欲しいものを買うのである。
今日も貯金箱に、ちゃりん。
「最近兄さん見てないなあ、と思っていたら、また床に落ちてたんですよ」
探しに行ったらうっかり踏んでしまいました、とわかばが苦笑した。
「…こう、研究に夢中になると寝食忘れて熱中する悪い癖があるから、よく倒れてるんですよね」
と呑気に言っている横で、私は喉まで出掛かった言葉を飲み込んだ。
この前、兄さんが知り合いの小学生の子からチョコをもらったみたいなんですよね。
僕があんまりモテないのを知って同情してくれたんだろうなんて笑っていたんですけど、どう見ても義理チョコには見えなかったんですよね…。
兄さん、鈍いからなあ…あれ、りんさん?
りんさん?
あの、すごい顔ですよ!?
僕たち兄弟はよく似ていると言われるけれど、やはり埋めがたい差がある。
電子レンジが爆発した時、兄はいち早く消火器を取り出していた。
そんな時、やはり敵わないなと思う。
「早く生まれた分の経験の差だよ」
簡単に追い越されるつもりもないけどね、と兄は笑う。
いつか追いつく日は来るのだろうか。
缶詰が続いて服がヨレヨレになったから、さすがに着替えようと思って帰宅した。
…けれど、何かがおかしい。
家が片づいている。
こないだ家を出たときは雑然としていたはずなのに。
わかばが片づけた…?
一体なぜ?
疑問に思いながら着替えを済ませる。
部屋を出た瞬間、隣から出てきた女の子と鉢合わせた。
缶詰が続き、服を着替えるために帰宅した。
家が片づいていることを不思議に思いながら、部屋で着替える。
隣の部屋からむせび泣くような喘ぎ声が聞こえた。
…AVを借りてきたんだろうか。
昼間からとは元気だねとか、音声大きすぎやしないかなとか思っていたら、わかばを呼ぶ声が聞こえて真顔になった。
兄弟は綿密に計画を練り上げた。
必ず、かの難攻不落のヒロインを攻略するのだと。
育成に励み、デートの約束を取り付け、爆弾を処理し…。
そして迎えた卒業式。
手紙を受け取り、現れた影は…別の子だった。
「上手くいかないねえ」
ゲームですらこれだけ苦戦するのだ。
現実の恋は、朴念仁たちには難しい。
欲しい物はあるが金がない。
だから稼がないと、と思って仕事を探していたら、知人に声をかけられた。
一ついい仕事があると言う。
「バイト料は安いしとても大変だけど…」
彼はニヤリ、と笑った。
彼らの返事を確信した笑みだった。
「新型のケムリクサが触れる」
「「やります!」」
兄弟の声がハモった。
気がつくと、画面は女優が微笑むメニュー画面になっていた。
左手はリモコンを握ったままだった。
下半身がスースーする。
どうも途中で寝落ちていたらしい。
隣を見ると、弟がやはりズボンを下ろし、自身を握ったまま眠っている。
こんなめっさ間抜けな状態のままでいてもしょうがないので、弟を起こした。
この現実を、直視したくなかった。
昨日は二人とも酔っていた。
杯を重ね、笑い、目が合い…そこで記憶が途切れている。
気がついたら、この有り様だった。
けれど、やらかした過去は変えられない。
現実を直視せねばならない。
兄弟は、何をどう実験した結果なのかわからない、大穴の開いたドアを見つめた。
いくら尊敬していて、とても仲が良い兄でも、許されないことはある。
侵してはならないものを侵した兄を、弟はとても強い視線で睨む。
兄は初めて見る弟の顔に怯んだ。
「…いや、ほんとごめん」
冷や汗をかきながら幾度も詫びる。
兄弟の間には、リボンがほどかれ数個つままれたチョコレートの箱があった。
いや、うん。
まあ僕も通ってきた道だし、気持ちはわかる。
禁止されてるからこそ、見てみたくなるものだし。
だから、僕が借りたDVDをこっそり見るのは、別にいいんだ。
…だけど、さすがに僕の会員証持って年齢制限がかかるコーナーまで借りに行くのはどうかと思うんだ。
確かに疑われないだろうけどさ…
街でうずくまってている老婆を見かけた。
「何かお困りですか?」
放っておけるわけもなく、老婆に声をかけ荷物を背負い、彼女の家まで連れて帰った。
老婆は喜び、帰るはずだった孫の代わりにと焼肉に誘われる。
とても食べきれる量ではない。
しかし好意を無駄にしてはいけない。
兄弟は肉に挑みかかった。
目標額が貯まると、兄弟は金をひっつかんで電器屋に走った。
帰宅するやすぐに箱を開き、説明書を読みながら操作する。
『タスカル?』
ピピッと音を立ててモニタに文字を表示した機械に笑いかける。
「よろしく、シロ」
汎用家庭用ロボット『家のヌシ』─高い買い物だったが、兄弟たちに後悔はなかった。
「「メリークリスマス!」」
ビールで乾杯し、焼き鳥にかじりつく。
そして、半額の札がついたケーキを分け合う。
傍らのシロには申し訳程度の小さなツリーが飾られている。
「よし、チキンもケーキも食べたしノルマ達成」
「プレゼントも昨日買いました」
聖夜の予定など特にない兄弟はいつも通りだった。
「お腹空いたね…」
しかし今、手間のかかったものを作る気力はない。
とりあえず腹を満たせればいいのだから、冷蔵庫にあるやつを適当にミキサーにかけて飲む、という横着なことを考えつく。
とにもかくにも、腹は満たされた。
「次はもう少し腹保ちと栄養を追求してみようか」
兄弟の次の実験が決まった。