星を眺めて楽しんだことがない、と言われたから二人でお月見をした。
「月、だっけ。なるほど、通り過ぎる時に見た形とは違って見えるね。
地上からはこう見えるのか」
星を眺めて楽しむなんて考えたこともない、地球の人は感性が豊かだね、とワカバが笑う。
太陽の光の下とは違うその姿にドキリとした。
曇った空から雨粒が次々と降り注ぐ。傘は忘れてしまった。
走って帰ろうとしたら「迎えにきたよ」と声がかかる。
やってきたワカバが傘を差し掛けてくれた。
一本の傘に二人で入ることを相合傘って言うんだよ、と教えると初めて知ったよ、と微笑まれた。
こうして、迎えに来てくれる人がいるなら、きっと。
父が帰宅した日はいつもご馳走だ。
酔いが回り上機嫌な母が、父の膝で甘えている。
父も嬉しそうで何とも空気が甘い。
二人の邪魔をせず部屋に戻ろうとしたら「わかば、おいで」と母が引き留める。
思春期の男としてはいささか微妙な気分だけど、父と僕に囲まれる母が幸せそうなので、まあいいかと諦めた。
その星に降り立ったのは、ケムリクサに似た植物という存在を調べるためだった。
すると、水辺で人が沈みかけていた。
騒動を引き起こす虞があるため、辺境惑星の現地人に船を見られてはならない、と言われている。
けれど、人の命がかかっている。
船を下ろし、救助にかかった。
これが人生の岐路になった。
未だに子どもに間違えられると笑っているけれど、久しぶりに会う彼女は大人になっていた。
思えば、ずっと答えを先送りにしていた。
僕らは異星人で常識も違う。
それでも、相手の人生を背負い、自分の人生を預ける覚悟はあるか。
もう答えを出さないと。
…地球での契りは、どう申し込めばいいんだろうか。
りりが普段見ない浴衣という衣服を着て、花火大会に案内してくれた。
遠くから聞こえる祭囃子、屋台の煌々とした灯り、人々の熱気…初めて経験する僕には見る物全てが珍しい。
と、りりが人の波に飲まれそうになったのを支える。
はぐれないよう手を差し出すと、彼女は少し恥ずかしそうにその手を取った。
タオルにくるまれた赤子を、彼はまるで壊れやすい宝物のように抱いた。
赤子は文字通り真っ赤な顔で泣いていたが、指を差し出すとぎゅっと握る。
命の重みを感じた。
込み上げる感情は震える口から、感謝の言葉として漏れた。
この子にはどんな人生が待っているのだろうか。
親子三人の新しい始まりだった。
苦しい。怖い。
水面に出ても、またすぐに沈んでしまう。
このまま、お父さんお母さんのところに行ってしまうんだろうか。
力尽き、沈み込もうとする中、最後に見えたのは、空から降りてくる光だった。
「大丈夫?」
気づけば、力強い腕に抱えられていた。
顔を上げると心配そうに見下ろす目と視線が合った。
断続的にやってくる痛みの中、ずっと手を握っていてくれた。
その支えがなかったら、生きていられたかどうかわからなかった。
痛みと疲労感で朦朧としたけれど、赤ちゃんが生まれた瞬間、言い知れぬ幸福感に包まれた。
あの出会いからはじまった幼い恋は、時を重ねて愛になり、今、新しい始まりを迎えた。
「うわ、何これ何これ!めっさ気になる!」
その口癖が出ている時、彼は普段見せている大人の顔ではなく、少年のような表情になる。
きっと、昔からそんな顔をしていたのだろう。
見たこともない、その少年時代を覗き見たような気分になる。
だから、その表情を見るために、いろいろな場所を案内している。
「これは花火を見に行った時の写真で…」
よほど思い出深いのか、母の顔がとてもキラキラしている。
実のところ、もう何度聞いたかわからない。
全てを話せる相手が他にいないから仕方ないんだけど…。
母が頬を染める様子はまるで少女のようで、今も父のことがとても好きなんだなと改めて理解させられた。
ワカバが寝ている姿を見ないから、いつ寝てるのか尋ねてみたら、地球計算だと三日に一回ぐらいの睡眠で大丈夫なんだよ、と返ってきた。
信じられなくて、一晩中一緒にいて確かめようとしたけれど、気がつけばワカバの布団で独占していたし、ワカバは本を読んでいたようで、全く眠った様子もなかった。
非常事態だとしても、船を見られたのはまずかった。
僕の困惑に気づいたか、地球人の少女は「絶対に言わないから!」と言って、僕の手を取る。
小指を絡め、不思議な抑揚をつけて何事かを言った後、離した。
約束の仕草だと言う。
どれほどの効力があるかは分からない。
それでも、彼女の必死さは伝わった。
何だかんだと延ばしていたけれど、さすがにもう母星に帰らなければいけない。
出発の朝、りりは泣きそうな顔をしている。
「また、来るよ。だから」
りりの手を取り、小指を絡め、上下に振りながら定型の言葉を述べ、離した。
効力はない。
約束を守るという誓いの証明であることを、この一年で理解した。
この布団はもう使わなくなったから、日干しをしないと。
けれどその前に、布団にうつ伏せになる。
布団からは、煙草臭さに混じってワカバの匂いがする。
掛け布団にくるまって目を閉じると、抱きしめられているようだった。
けれど、彼の不在をより強く感じさせられてしまって、思わず寂しい、と呟いた。
僕は歌という文化を持たなかったから、子守歌代わりに聞かせるのは大体故郷の話だ。
色々な姿の人がいること、植物はないけど似た形のケムリクサがあること…。
膝の上のわかばは、目をキラキラさせながら聞いている。
連れていける日が来るかどうかはわからないけど、いつか家族で見れたら、と思う。
わかばの掌と僕の掌を重ねる。
「もう僕と変わらないね」
目を合わせるために屈む必要もなくなり、目線の高さも同じになった。
かつて腕の中に納まっていた小さな赤子が、今では僕と並んでいる。
それは言葉よりも雄弁に歳月を感じさせた。
「本当に、大きくなったね」
けれど、笑う顔は昔と変わらなかった。
わかばを膝に抱いてツリーを見せる。
ワカバは遠い宙の下。定期報告のため母星に帰っている。
寂しいけれど仕方がない。
不意にドアが開く。
「メリークリスマス!」
見るはずのない姿があった。
「ちょっと急いできたよ」
聖夜は家族で過ごすものだからね、と微笑む人の胸に飛び込む。
最高の贈り物だった。