5. カウント と タイミング、ビートバリュー
5. カウント と タイミング、ビートバリュー
音楽とダンスのマッチング:カウント・タイミング・ビートバリューの美学
音楽が呼びかけ、身体がそれに応える──そこに生まれるのがダンスです。
そこには 必ず「カウント」「タイミング」「ビートバリュー」の 三位一体が
存在します。これらは単なる技術用語ではなく、ダンサーの身体を音楽に溶け
込ませるための“言語”なのです。
カウント:拍を数えるという芸術
ダンスフロアに響く音楽の拍を、ダンサーは心の中での呪文のように数えます
それが「カウント」です。最も一般的なのは、1小節を「1, 2, 3, 4」と数え、
次の小節は「2, 2, 3, 4」、その次は「3, 2, 3, 4」…と小節の頭で 数字を更新し
ていく方法。 一方、ヒップホップやストリートダンス、ブレイキンの世界
では「ワン・エイト(1-8)」という小粋な合言葉が主流です。これは 2小節を
ひとまとめにして「1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8」と数えるスタイル。ラテンダンスの中
でも 情熱的なサンバ、パソドブレ、弾むようなジャイブではこの ワン・エイト
が共通言語となっています。
タイミング:ステップの長さに宿るリズム感
タイミングはステップをS(スロー)とQ(クイック) で表わし、ステップが持つ
音の長さを示します。まるでステップに 性格を与えるような役割を果たします
優雅なワルツのように常に同じ長さのステップで構成される曲では、このS/Q
の区別はなく、ただ数字のカウントだけでその世界を表現します。ルンバ、
チャチャチャにおいても通常は数字のみでS・Qは使いません。
S (スロー)は一小節を半分にした長さ、 Q (クイック)は一小節の1/4の長さを
示します。
4拍子では S=2拍、Q=1拍
2拍子では S=1拍、Q=1/2拍
カウントが「いつ踏むか」を示すのに対し、タイミングは「どれだけ踏むか」
を教えてくれます。
まるで「約束の時間」と「滞在時間」の違いのようです。
ビートバリュー:スップの音価を数値化する
ステップの持つ音の長さ(タイミング)を1拍を1として 数値化したものが
「ビートバリュー」です。1、1/2、3/4、1/4、などで表現されます。これに
より、ステップのニュアンスが数学的に可視化されるのです。
&(and アンド)、と a (ア) カウント:「シンコペーション」という名の
パズル
ここからが少々込み入った話になります。ステップの途中で拍を細かく分割
する際に、「&(アンド)」や「a(ア)」といった記号が登場します。
ChaChaCha、Samba、Jiveでは、この分割が規則的に継続しています。
“&”は1/2拍(2分割) 例えば 1&・2 → 1/2・1/2・1
“a”は1/4拍(4分割) 〃 1 a・2 → 3/4・1/4・1
JDSFの教本では、これを「シンコペーション」と呼び、アクションのスピー
ドを高めるための技法としています。音楽界での“シンコペーション”は、弱拍
にアクセントを置いたり、タイで強拍をずらしたりするもの、ダンス界の定義
とは意味合いが異なっています。
JDSF教本から抜粋
ダンススポーツではアクションのスピードを増すためにベイシックリズム
がシンコペーション (音を分割する事)によって変化する。このとき、“a”
“&”というカウントが用いられる。 “a”は1/4ビート “&”は1/2ビート
ダンスではシンコペーションという言葉をビートの中を分割するときに使う
シンコペーションは必ず 直前の1ビートからその長さを切り取るのである。
“1a2”=3/4 1/4 1 “1&2”=1/2 1/2 1 抜粋終わり
かみ合わない シンゴペーション
「 3. ダンス音楽は 2・3・4 」 の項で既に書いた様に 音楽の1拍は 2、3、4 の
いずれかに分割され8ビート、4ビート、16ビートを形成しています。
1拍 4分音符を
2分割 ( 8ビート) ● ● ❚ ● ● ❚ ● ● ❚ ● ●
1拍は ● ● 8分音符 2個
3分割 ( 4ビート) ● ● ● ❚ ● ● ● ❚ ● ● ● ❚ ● ● ●
1拍は ● ● ● 3連音符
4分割 (16ビート) ● ● ● ● ❚ ● ● ● ● ❚ ● ● ● ● ❚ ● ● ● ●
1拍は ● ● ● ● 16分音符 4個
“&”は1/2ビート(拍)だから 8ビート ● ● → ● ❚ ●
16ビート ● ● ● ● → ● ● ❚ ● ●
“a”は1/4ビート(拍)だから 16ビート ● ● ● ● → ● ❚ ● ● ●
or ● ● ● ❚ ●
したがって“&” は 8ビートと16ビートに適応するものであり、 “a” は 16ビート
のものです。
8ビート ルンバ、チャチャチャ、タンゴ
16ビート サンバ
ダンス界が見落としている・・・? 見ようとしないこと
ダンスの定義では &=1/2 a=1/4 がすべての種目に適用されます。ダンス
界は イーブン、スゥイングの、概念を取り入れていないため、スウィングビ
ート、つまり3連基調の4ビートに対しては定義がないのです。3連符を“2分割”
や“4分割”することはできません。本来なら「2/3+1/3」や「1/3+2/3」といっ
た 分割が必要ですが、そこは教本に触れられていません。そのためジャイブは、
実際にはスウィングの要素を含みながらも、公式上は“イーブンビート扱い”
更に サンバと同じ となってしまっているのです。
3連基調 4ビートの分割
3分割 ( 4ビート)の1小節 ● ● ● ❚ ● ● ● ❚ ● ● ● ❚ ● ● ●
1拍は ● ● ● 3連音符
● ● ● 分割するなら ● ● ❚ ● or ● ❚ ● ●
2/3・ 1/3 or 1/3・2/3 になります。
本来なら ジャイブ には このビートバリューが与えられるはずなのですが・・・
スローフォックスやクイックステップも、基本的には4ビートの音楽で構成さ
れています。 この種の音楽は3連(トリプレット)基調であり、1拍を「1/2+
1/2」に分割することは理論的に不可能です。
「S &」という分割は、S(スロー)を2つのQ(クイック)に分ける形で成り
立つため問題ありません。 しかし「Q &」を「1/2+1/2」として扱うのは誤り
です。 本来「Q &」は「Q a」とすべきであり、拍の比率は「3/4+1/4」ではな
く、「2/3+1/3」が正解です。
JDSF(日本ダンススポーツ連盟)では、“&”を1/2、“a”を1/4として定義してい
ます。その上で、ビート・バリューを固定することは上級者の表現を制限する
恐れがあるとして、 ビート・バリューはあくまでガイドライン(指針)であり
固定値ではないとしています。 つまり、ダンサーの判断によって各カウントの
長さは変化しうる、という立場です。「シャッフル・タイミング」の考え方です。
要するに、 「一定のガイドラインはあるが、上級者はそれに縛られず、 より
自由で豊かな表現を目指してよい」ということになります。ただし、誰もが
最初から高度な表現をできるわけではありません。 初心者や中級者にとっては
まずガイドラインに従って基礎を磨くことが大切です。 したがって、そのガイ
ドライン自体が音楽理論的にも正しく、理にかなったものであることが重要だ
と考えます。