中性子科学研究施設は東京大学物性研究所の附属研究施設として1993年に設置されました(当時は中性子散乱研究施設)。これは、1990年に改造を終え臨界を迎えた研究用原子炉 JRR-3 (当時は JRR-3M)を用いた全国共同利用を強力に推進するためであり、以後30余年に渡り JRR-3を用いた共同利用の推進は我々の最大のミッションです。
この30余年の間に中性子散乱を取り巻く環境は大きく変化しています。加速器を用いた中性子発生技術が劇的に進展し、そこから得られる超高輝度のパルス状中性子を用いた高効率中性子散乱が世界の2拠点(米国SNS、日本J-PARC)で実現しました。他方、原子炉を用いた中性子散乱においては世界的な研究拠点の減少が課題となっています。我々が根を下す JRR-3 の役割は世界的に見てもますます大きなものとなりました。
中性子散乱手法の果たす役割にも大きな変化が見られます。中性子散乱が伝統的に用いられてきた研究分野、例えば磁性研究、だけでなく、軽元素敏感性を最大限に生かした電池研究や、水素・重水素判別能を生かした高分子研究等が盛んに行われるようになっています。大強度中性子を生かした表面や界面の研究、高度な中性子集光技術により可能になった微小試料からの非弾性散乱測定なども近年大きな進歩を見せています。世界の中性子を見渡すと、未来の中性子科学を想起させるような新しい研究の芽、例えば中性子もつれ状態を利用した新しい散乱手法の提案や中性子干渉性に基づく三次元イメージング等、が見られます。我々中性子科学研究施設においても、近年マルチアナライザー型分光器HODACAを建設し非弾性散乱実験効率をこれまでの70倍に高めるなど、世界に誇る研究開発を行っています。近未来には中性子スピンエコー装置の本格稼働や、大型湾曲二次元検出器を用いた高効率回折測定の実現が見込まれるなど、中性子科学の未来を見据えた研究開発を行っています。
我々中性子科学研究施設は日々着実に共同利用を推進し我が国および世界の物質科学の発展に寄与するとともに、我々自身が強力に研究を推進することで新しい中性子科学を切り拓くことを目標としています。もちろん、このような大きな目標は我々だけの力では到底達成できません。研究コミュニティーの皆様、社会の皆様と歩調を合わせて活動していく所存です。皆様のご支援を賜りますようどうかよろしくお願い申し上げます。
2025年4月11日
東京大学物性研究所
附属中性子科学研究施設
施設長 佐藤卓