若狭湾高浜原発
若狭の内浦湾音海大波止から高浜原発の見える風景を描く。(2023.8.20)
若狭音海海岸
若狭高浜町の北、内浦湾に小さく突き出た半島の先にある音海大波止から内浦湾を描いた。画面左から伸びてきている岬の先端が正面崎、遠くの島は毛島だろうか。大波止は描いた場所の隣に続いていて、釣りの名所らしく数人の釣り人がうお釣りを楽しんでいた。(2023.8.20)
安曇川風景朽木
湖西、比良山系の北西を走る国道367号沿いに流れる安曇川が、琵琶湖に流れ込むため向きを変えて東へカーブする少し手前に道の駅「くつき新本陣」がある。休憩がてら車を止めたついでにその裏の堤防を登り上流方を眺め描いた。安曇川は、京都左京区の丹波高地桃井峠あたりを源とする延長57.9kmの一級河川で、アユ釣りなどでも有名である。(2023.8.20)
亀岡市千手寺楼門
どこで知ったのかは不明ながら名前はなんとなく記憶があるのだが、スケッチの画材になるだろうかと初めて行ってみた。臨済宗妙心寺派の寺で獨鈷抛山千手寺という。時代劇では何度もロケ地として利用されているという。系内から山門を通して市街地の方を見る風景は抜群だ。雲海もよく見られるらしい。(2023.3.10)
舞鶴西港船溜まり
舞鶴西港でのスケッチの一つ。ほぼ北方を向いて船溜まりを描いた。(2023.5.2)
舞鶴西港(五老岳)
赤レンガ倉庫群や自衛艦の多い東港に対して舞鶴西港は漁船の港である。初夏のある日、とれとれ市場なる海産物市場を要する道の駅で海鮮のランチをいただきすぐ近くの広場から西港を描いた。湾の向こうは展望台のある五老岳。(2023.5.2)
ポプラ3本
南丹市八木町にある氷室の郷。広々とした平野の中に作られた農村環境公園。その公園の中に植えられたポプラを通して西側の風景を描いた。すぐ向こうの低い山は八木町林泉寺のある当たり筏森山、さらに遠くは京丹波、篠山を区分ける山並だろうか。(2022.7.2)
戦国の聖地
滋賀県長浜市の小谷城歴史資料館の入り口である。絵の中央奥の山が小谷山でその頂上には初期の主郭である大嶽城があったとされる。後の小谷城跡は右手前の山にある。当資料館では戦国時代に北近江を支配した浅井氏と、その居城である小谷城に関する資料が展示されている。(2022.6.19)
森のレストラン(和久傳の森)
安野光雅の美術館の入り口導入路から振り返りレストランを眺めた図である。右の黒い壁の建物が美術館。(2022.4.9)
森の中の家・安野光雅館
好きな画家のひとりである安野光雅の美術館が京丹後にできたという記憶があり一度行ってみたいと思っていた。「和久傳の森」は、京都の名料亭「和久傳」が創業者和久屋傳右衛門の出身地京丹後市に 2007年より56種およそ3万本の樹木を植えてきた森とともに食品工房などを作った施設で2017年に完成。その中につくられた美術館(安藤忠雄設計)である。感じのいいレストランもあって自然を楽しめるいい場所である。(2022.4.9)
酒造所の露地
亀岡の稗田の神社のすぐ隣に大石酒造という地酒造りの会社がある。酒蔵など独特の建物が画材として魅力的で以前から何度かスケッチもしてきたが、今回稗田野神社のスケッチがてら撮っておいた写真から描いて見た。(2022.3.27)
薭田野神社
亀岡の稗田の神社のすぐ隣に大石酒造という地酒造りの会社がある。酒蔵など独特の建物が画材として魅力的で以前から何度かスケッチもしてきたが、今回稗田野神社のスケッチがてら撮っておいた写真から描いて見た。(2022.1.24)
美山雪景色
何年かぶりで雪の美山を見ることができた。この季節ならではの茅葺民家は一段と魅力的だ。(2022.2.6)
山崎聖天登り口
妙音山観音寺の通称名山崎聖天は、平安時代に宇多法皇が御願寺として創建したと伝えられているが、その後衰退し江戸時代に箕面勝尾寺の僧・木食上人以空が、この地にあった聖徳太子の作と伝えられる十一面千手観世音菩薩を本尊とし、中興開山した。その後、歓喜天(かんぎてん)を祀ったことから商売繁盛家運隆昌を願う住友家、鴻池家、三井家など京、堺の商人たちに厚く信仰され、親しみやすい山崎聖天と呼ばれるようになったという。天王山の登山口にもなっている。(2021.11.2)
伏見稲荷大社
2022年の手製カレンダー用に描いた。取材は昨年1月。コロナ禍で外出自粛されていたほぼ1年前、それでも絵画の中では人物数は相当省いたが、さらに1年経過して未だに収まらないコロナに憤りすら感じるのだが、今年こそ平穏な明るい年になってほしいと祈るのみ。(2021.10画)
緑の中に赤屋根の小屋
山も田畑も緑の季節。亀岡市宮前町神前の田んぼのあぜ道から前回の絵の右方(南)を描いた。この絵の左方は遠くに愛宕山から地蔵山の連山が見通せ、以前に描いたこともある場所だ。(2021.7.13)
京丹波赤石ヶ岳
このあたり丹波なのか丹後なのか、その境目というべきか。京都北部、福知山と与謝野の境界線上にある赤石が岳(736m)である。本来描きたいと思っていた大江山(832m)はこの絵の右奥につながっている山だった。福知山市天座当たりでのスケッチ。(2021.6.7)
地蔵山の見える風景
「氷室の郷」の園内から真東に見える山は地蔵山(947m)だろうか。今までずっとこの山を愛宕山と思い込んでいたが、地図からよく吟味してみるとどうやら間違っていたらしい。手前の欧風の小屋がとてもいい感じだ。(2021.5.3)
氷室の郷から地蔵山遠望
京都府の八木町は今は南丹市に属するらしい。その田園地にある「氷室の郷」から東を望む。ここは「農村環境公園」という位置づけのようで、様々な体験学習もできる施設もあり、なんとなく心和む環境だ。(2021.5.3)
水田の向こうの並木道
滋賀県高島市の北、今は有名になったメタセコイヤ並木の北端で西側から見たところ。田植えに備えて張られた水に並木が写ってちょっと面白い風景をなしていた。当日スケッチできなかったが、写真から後日描いてみた。(2021.4.25)
余呉湖
余呉湖の西南、アジサイ園の近く俳人齊部路道の句碑のある場所から湖を描く。北に開けた家屋群ののはるか向こうに見える山は横山岳(1131m)だろうか、定かではないが地図から推測。(2021.4.25)
道標のある風景
亀岡市の山麓に広がる田園の中、千歳なる地名、山麓を走る旧道を見上げるような場所だ。こんなところに道標があるのに気が付いた。この正面の坂をのぼると通常車も走る旧道に合流するのだが、この場所も昔からあった道なのだろう。
(2020.12.19)
冬の田
武漢から世界中に広まったコロナ騒動が収まらぬ中、年内にもう2、3枚は描いておきたいと亀岡まで出かけることにした。名水を汲みにしばしば訪れる出雲神社の下、田園の中を通る農道から南方、七谷川のある方向を向いて描いた。ここなら人と接触する機会もない。(2020.12.19)
愛宕山空晴れる
秋晴れの爽やかな空気の中、久しぶりに亀岡をややじっくりとスケッチしてみた。延喜式内稗田野神社を抜けた小川の辺から愛宕山の見える野を描く。(2020.9.29)
酒の館
亀岡市ひえ田野町にある大石酒造の建物。酒造りの展示資料館などがある中の一角。(2020.9.29)
風車と比叡山
琵琶湖の東岸を北上しながらスケッチ。まだ比叡山が見えるこの場所では風車を入れて描いた。(2018.1.20)
琵琶湖越しの比叡山
琵琶湖周辺の湖岸道路は昔に比べて随分整備された。あちらこちらに駐車場が完備され、比叡山や比良山が眺められる。(2018.1.20)
大原野風景
数年ごとに何度か描いている大原野に今回も久しぶりに描きに行った。前回来た時にはスケッチ中も新名神工事にかかるダンプカーがあわただしく行き交ていたが、このあたりの工事もほぼ終わっているのか、この場では穏やかに風景をスケッチできた。といっても、この画面の場所からほんの近くにICができていて、このような風景がいつまで見られるのかという思いが浮かぶ。(2017.10.10)
メタセコイヤの並木道紅葉
並木道の外側から一部分だけを切り取って描く。並木の間から見える向こうの山裾の集落も望んで。(2017.11.26)
紅葉メタセコイヤのトンネル
滋賀県高島市にあるこの場所は二度目だが秋は初めて。期待通り紅葉がすばらしかった。午前8時ごろに着いたのにもかかわらず、すでに結構な人数の人たちで賑わっていた。引き上げる昼頃には、駐車場は凄いことになっていた。(2017.11.26)
紅葉の並木
メタセコイヤ並木道の日の当たる東外側を描く。光に当たって紅葉が鮮やかな色合いを見せてくれる。その向こうの山はマキノ山系、三重嶽の手前の山だろう。(2017.11.26)
メタセコイヤ並木秋
前回、緑の並木を描いた同じ場所で紅葉の並木を描く。日差しに紅葉が映えてなんとも美しい。背景の山の上の方はすでに雪が積もっていた。(2017.11.26)
日の当たる並木道
テレビや写真では知っていたが、現場へ行ってみて期待以上の景観だった。マキノピックランドという農業公園を貫通する2.4kmの間約500本のメタセコイヤの見事な並木道で、車が走れ人も通れるのだが、初夏の日に当たって若葉が輝く外側から描いてみた。(2016.5.5)
白鬚神社日の出
2018年の年賀状用に日の出を求めて琵琶湖へ行く。湖西、高島市の白髭神社の水中鳥居の向こうから日が昇る。早朝からカメラマンが大勢来ていた。(2017.11.26)
サントリー山崎蒸留所
天王山のふもと、大山崎にあるサントリー蒸留所はドライブ中の車や阪急・JRの車窓からも気になる建物だった。世界ブランドのサントリーウィスキーの蒸留所で、日本名水百選にも選ばれる「離宮の水」が湧き出る良水と自然環境に恵まれる絶好の場所らしい。予約すれば見学もでき、スケッチ中も外国人を含む多くの見学者が出入りしていた。(2017.10.10)
淀川河川敷(大山崎あたり)
淀川河川敷の風景を描いた。場所は大山崎、大阪側からいえば平行に走っていた国道171号が淀川から離れていくあたり。地図で見てみると小字五畝割とあった。堤防沿いに国道と新幹線・阪急京都線が走り、この絵では見えない画面外右手、天王山の山裾にサントリーの山崎工場などがある。(2017.10.10)
船宿越の舞鶴港
道の駅から半島沿いに北上してしばらく走ると舟屋が並んでいる集落があった。舞鶴市白杉、横波鼻あたり。その舟屋越しに舞鶴湾を眺める。正面に連なる山並みの奥に尖ったのが青葉山だろう。左方海上をこちらに向かう船の奥手左は引き上げ記念館のあるあたり。なかなか趣のある場所だ。(2017.8.19)
舞鶴西港
舞鶴市を横断する国道27号沿いの舞鶴西港そばにある道の駅(舞鶴港とれとれ市場)で昼食をとったあと、北方すぐの場所、喜多ふ頭でスケッチした。画面右手に見えるクレーン群のあるのは国際埠頭あたり、中央奥の山並みは大丹生方面だろうと思われる。(2017.8.19)
プラントと愛宕山
場所は南丹市園部の船阪あたり。梅雨の晴れ間の空に愛宕山がくっきりと望める。中景には大きなビニールハウスの後ろにサイロのようなもののある赤い屋根の建物がある。JAらしい。田んぼを挟んでこの風景を描いてみた。(2017.6.17)
菜の花畑(亀岡出雲神社下)
スケッチ場所に迷ったらよくいく亀岡で、今回もお世話になった。桜の名所の七谷川の下流に当たる畑地の農道に入って南西方向を描く。向こうの山々は湯の花温泉や能勢方面の山地だろう。(2016.3.21)
「金剛窟」扁額のある楼門
福壽山金剛寺は,臨済宗天龍寺の末寺で円山応挙の絵を多く所蔵し,別名「応挙寺」と呼ばれる。金剛寺の楼門は約250年前のもの。楼門の扁額「金剛窟」は朝鮮通信使のメンバー朴徳源(パクトクウォン)の書。亀岡に生まれた円山応挙は幼少時、本寺の小僧としてに入門し、当時の和尚から絵画を勧められたという。その縁を示す絵画や文も残されているそうだ。スケッチだけで放置していた絵にほぼ10年ぶりにようやく彩色した。(2007.6.26スケッチ・2017.2彩色)
亀岡金剛寺近く
金剛寺というのは、実はかなり以前に偶然立ち寄り、門の形が面白く感じてその山門をスケッチした寺なのだが、その時はそれだけで何も知らなかった。帰ってから改めてネットなどで調べてみると、丸山応挙が幼少のころを過ごしたという由緒ある寺だった。そして今回数年ぶりに行って、近くの家並みなどをスケッチした。(2016.11.19)
波と空
伊吹からの帰途、長浜の道の駅「近江母の郷」へ立ち寄り、その前の琵琶湖で描いた。(2016.7.2)
伊吹・雲立つ
今回は米原市のローザンベリー多和田という施設を訪れたのだが、そこから少し北へ走り、山室あたりの農道から雄大な全容を見せる伊吹を描いた。梅雨の晴れ間、もう夏の雲が湧き立っていた。(2016.7.2)
ローザンベリー多和田の池
その名に示す薔薇やベリーの咲くイギリス風庭園や、牧場、農園、バーベキュー広場などを有するレジャー施設。米原市にある。日ごろの休日はかなりの客で賑わうそうだが、梅雨の合間と会ってか比較的すいていたので従業員にいろいろ話を聞いた。5年前に開園したそうだ。池のむこう、奥に伊吹が少しだけ見える。(2016.7.2)
マキノピックランド
高島市マキノといえば、若かりし頃スキー場として知った場所だが、見事なメタセコイヤ並木をその敷地の中に持つ農業公園ができていた。公園といっても、果物狩りのできる果樹園で、 地元農家の農産物の直売所や、ジェラートの製造販売所、グラウンドゴルフ場などを併設しており、この絵の建物は公園のセンターハウス等の建物である。(2016.5.5)
メタセコイヤ街道
高島市に見事なメタセコイヤ並木があることはテレビや写真では知っていた。黄金週間の休日とあって家族連れやバイクツーリングの若者たちも大勢来ていて、この並木道を通り抜けるのは実に快感。(2016.5.5)
琵琶湖竹生島と伊吹
高島市の湖西を南下。琵琶湖越しに伊吹が遠望でき、竹生島が近くに見えている場所で車を止めスケッチ。のどかな初夏の風景の中に身を置く至福の時を感じながらスケッチした。(2016.5.5)
大野ダム桜の頃
大野ダムは洪水調節や発電を目的とした由良川にかかるダムで京都府南丹市美山町にある。ダムサイトや周辺は公園として整備され、桜の名所にもなっている。堰堤施設前のダム湖辺に枝を延ばす桜が満開に近い。(2016.4.23)
稔りの田が広がる風景(亀岡)
亀岡の桜の名所である七谷川の近くの農道に入って、北西方を見晴らしたスケッチである。亀岡盆地内の広々とした田園風景が好きで、何度となくこのあたりを描いている。(2015.10.4)
風通る
京都嵐山 天龍寺奥の竹林にて
F15号(油彩)
能登川大水車
能登川(現東近江市)に、かつて数多くあった精米や製粉に活躍した水車が姿を消してしまったが、91年に親水公園「能登川水車とカヌーランド」が開設され、このシンボルとなって復活したという大水車。遠くに伊吹山が見える。(2015.6.25)
能登川水車
琵琶湖の伊庭内湖にある「能登川水車とカヌーランド」親水公園。水車小屋風に再現されたこの建物は資料館となっていて、喫茶店も併設されている。周囲はきれいに整備された芝生広場もあり、憩いの場となっている。(2015.6.25)
萬福寺の魚ほう
宇治にある黄檗山萬福寺は江戸時代に中国から渡来した隠元禅師が開創した寺で黄檗山の総本山である。初めて立ち寄ったが中国風の漂うなかなか立派な寺だ。木魚の原形となったとされる開板(魚梆-ぎょほう)が目についた。(2015.5.28)
白壁の道
スケッチドライブで宇治市内を走っていて絵心をそそる白壁の通りを見つけた。黄檗山萬福寺という立派なお寺があり、このあたり同寺の関連施設が多く、この絵に見える龍興院とある中国風門のある建物も同寺の塔頭の一つということだ。(2015.5.28)
七谷川堤防の桜並木
丹波地方随一といわれる桜の名所である七谷川の桜並木を遠くから眺め、農道から描いた。近くに名水の湧き出る出雲神社がありよく行くのだが、明るく広々としたこのあたりの畑地は大好きなスケッチスポットだ。(2015.4.9)
赤レンガ倉庫
舞鶴といえば赤レンガ倉庫群が有名で、何度かスケッチにも来たことがあるのだが、たしか以前はフェンスが施錠されて入れなかったと思うこの場所に、今回初めて入った。この倉庫に沿って煉瓦と石を敷き詰めた道路が続いていて、昔物品運搬用に造られたが長い間土の中に埋まれたままになっていたのを、地元の人たちが復活させたらしい。
(2015.5.8)
舞鶴西港と建部山
西舞鶴の旧漁村の家並みが川や運河に沿って並ぶ吉原地区を散策したあと、その背後にある小高い山の匂崎公園から西港を眺める。湾を挟んで向こう側に特徴のある形の山は、建部山といって、丹後富士と呼ばれているらしい。(2015.5.8)
舞鶴赤レンガ倉庫群
旧日本海軍によって建てられたもので、現在重要文化財。昔来たときに比べ、こぎれいに整備され、一部は文化財展示や喫茶、売店コーナーなどとして公開されている。
舞鶴第23航空隊基地
一般に見学ができると知り、初めて足を延ばしてみた。自衛隊のヘリコプターの基地で、入口すぐ近くに航空管制塔が見える。見学はヘリの格納庫など。ゲート前の車は、開門を待っている。
舞鶴クレーンブリッジ
画面の中央の遠方に見えるのが舞鶴湾にかかる舞鶴クレーンブリッジ。手前から右手にかけて車が止められているのは自衛隊第23航空隊の基地の一部である。ここは、通常土日の午後一般見学ができる。(2014.8.30)
余呉湖畔初夏
何年振りだろうか、また久しぶりに余呉湖まで足を延ばした。今回も湖畔を一周してみたが、十数年前に比べると道や周辺も整備され垢抜けした感じ。ステイ客らしき外人の姿も何組か散見した。(2014.5.18)
長浜旧開知学校
県下で最初の「滋賀県第一小学校」が建てられたあと、明治7年に移転して洋風校舎の開智学校となったらしい。現在は展示室、会議室として使われているらしいが、1階にはレストランが入っている。長野県の「開智学校」とは特に関係があるわけでもないらしい。(2014.5.18)
黒壁5号館
信長以来長い歴史を有しながら忘れられた存在であったが、近年その歴史を目玉として町あげての観光化の努力によって今では数多くの観光客を呼ぶ名所となっている。特にこの地に育ったガラス文化を主たるテーマとする「黒壁スクエア」は大きな人気スポットとなっており、この黒壁5号館はガラス製品の物産展となっている。(2014.5.18)
伊吹と麦畑
北陸道沿いの細い地道を伊吹を眺めながら散策、今川町あたりでスケッチポイントを決めた。まもなく収穫期を迎える麦が生き生きと育ち季節感を漂わせてくれている。(2014.5.18)
雪の霊仙山
鈴鹿山系の一番北、標高1094mの山。JR東海道線や名神高速を挟んで伊吹山と対峙している。数十年前の若き頃、冬ではなかったが単独行で頂上まで登山したのを思い出す。描写地は彦根市の南部。(2014.5.18)
冠雪の伊吹遠望
真っ白な雪を戴いた伊吹山。彦根市と東近江市の境界、琵琶湖に注ぐ愛知川の河口部からの眺めである。手前、川向うは愛知川緑地。落葉した灌木がアクセントになっている。(2014.5.18)
琵琶湖の向こうに冠雪比良
近江八幡の南西の佐波江という場所の日野川河口部から琵琶湖超しに冠雪した比良を見る。雪山が描きたいとここまで足を運んだ甲斐があった。山頂部に雲がかかっていたが、時間とともに晴れてきて何枚もスケッチを満喫。(2014.5.13)
日野川の近江富士
近江八幡市の南部、琵琶湖に注ぐ日野川にかかる湖岸道路の橋の上から真南遠く近江富士が見えた。正式名称は標高432mの三上山だが、名神を走っていても、このあたりの平地を走っていても特徴あるため目立っている。
沖島(琵琶湖)
日野川河口部から、北東を見れば沖島が見える。右側に突き出ているのは近江八幡、長命寺のあるあたり。
光の中で
京都美山地区の田で
F15号(油絵)
亀岡旧街道の曲がり角
亀岡市内の昔の趣を残す旧街道。ゆっくり曲がる狭い道の生け垣にノウゼンカズラだろうか橙色の花が咲き反射鏡は後ろの景色を映している。
緑稲の亀岡集落
亀岡は稗田野町、稲も順調に育ち緑が美しい田の向こうに懐かしい趣を残す集落が見える。描き終わったころ急に激しい夕立が来た。
山村の茅葺家屋
朽木から京都方面へ戻り、常照皇寺へ向かう途中、久多という山深い村を通った。古の匂いのする家々がひっそりと散在する日本の原風景に出会えた。
高麗寺跡史跡
京都府相楽郡山城町に所在する府内最古の古代寺院跡。「こまでら」と呼ぶ。飛鳥時代の7世紀初頭に造営が開始され本格的な伽藍整備は、大津宮遷都(667年)前に開始されたものと考えられ、平安時代末頃(l2世紀代)までには完全にその命運が尽きたと考えられている。
木津川から遠くに見える生駒山
国道24号木津川堤防の玉水あたりから眺める風景を描いた。遠くに生駒山が見えている。
由良川虹の湖近く
虹の湖(にじのこ)というのは茅葺で有名な美山町にある由良川の大野ダムにせき止められた湖につけられた名前らしい。そのわずか上流、深い緑色の川水にかかる白い橋が印象的だった。
木津川泉大橋
木津川にかかる重量感のある橋。京都府木津川市にある。珍しい吊り桁を使用したカレンチレバートラス式鉄橋である。1951年に架けられたというから歴史的にも貴重なものだ。
木津川堤防から生駒遠望
木津川の泉大橋近くの河川敷から西南方を望む。遠くに生駒山。
琵琶湖松並木
琵琶湖沿岸、石寺浜の松並木。延長3kmにおよび彦根八景に称せられているという。琵琶湖をはさんで遠くに比良山系が見える。
水門の向こうに比良
石寺浜からしばらく湖岸道路を南西に走る。途中脇道に入り湖岸道路を隔て比良山系を眺めた風景である。水門がその先に琵琶湖の存在をしめしている。
琵琶湖石寺浜
石寺浜(彦根市)は、琵琶湖の湖東沿岸に3kmに亘る松並木があり彦根八景に称せられている。このスケッチでは湖を主体に湖を隔てて比良山系を描いたが、天候の影響か波が立ち、水の色は茶色っぽく、やはり並木を主体とするべきだったのか?
長浜から霊仙を望む
伊吹を描いた同じ地点から目を南に転じると遥かに霊仙山(1094m)が望める。広くひらけた田園風景の向こうに鈴鹿山系の最北に位置するその山を描いた。
三島池からの伊吹
伊吹を描く有名なスケッチポイントとなっている三島池から初めて描いた。噂にたがわず数人の同好者たちが水彩や油絵に励んでいた。思えば、趣味の人にとっての至福のひととき。
水門のある風景
宇治川、木津川、桂川が合流して淀川となるあたり。宇治川にかかる御幸橋のたもとの堤防から対岸を描く。左後方の赤い鉄橋は京阪本線。からりと晴れた梅雨の晴れ間、同年代だろう健康維持サイクリングの現役卒業高齢者が声をかけてくれた。
ハイウェイの彼方に愛宕山
背割堤付近の淀川堤防から北方を描く。京滋バイパス越しに見える山は嵐山を経て愛宕山だろうか。
背割り堤の葉桜
宇治川と木津川を分ける背割堤。広義には、宇治川側は淀川本流とされている。春は桜の名所と知りつつ訪れたことがなかったが、この時期、梅雨の晴れ間に初めて足を延ばした。手入れの行き届いた河川公園で、さぞかし春は見事だろう。
廻り田池
美山へ行くときなど以前よく通った国道477号の八木市側から狭い酷道を通り抜けたところに忽然と現れる池がだ。場所は南丹市なのだが、小さな風情のある中島があり、いつも何かホットする気分を感じさせてくれる。向こうの山は三頭山(みつずこやま)728.2mというらしい。
大原野風景2
こちらは、工事用のダンプカーの通り道から少し目を転じた場所。牧歌的な風景は変わりなく、姿は見えないが、ダンプの行進にも関心なく農作業をする人がいるのだろう。作業用軽トラックが止まっている。
大原野風景
善峰の里。過去に何回か描いた場所だが久しぶりに行って驚いた。牧歌的な風景の中、ダンプカーの行列だ。調べてみると京都縦貫道の工事らしい。何年か前と同じ場所でスケッチしたが、今回は右手後方に工事用資材置き場の緑色の囲いやダンプカーがみられる。
蕎麦畑(高島)
湖西高島市の蕎麦畑。秋の日差しが暖かく、そして清清しい田園風景の中一段と目を引くこちらは白い花の蕎麦だ。
函館山
琵琶湖西北の函館山は冬はスキー場でもあるが、その他のシーズンは草花や風景を楽しめる散策路もあり、子供たちも遊べる遊園地にもなっているという。上までは上らなかったが、ゴンドラ乗り場前の駐車場には数台自家用車や観光バスが止まっていた。
さざれ石
君が代に出てくる「さざれ石」だが、元伊勢神宮にあるこの神石「さざれ石」の由来によると、石灰岩質であり成長する奇岩で大小の石を凝集して巨岩を作っていくという。そのめでたさを托した名歌が少なくない。岐阜県揖斐の山中より産するとされている。
元伊勢神宮
元伊勢内宮の皇太神社である。伊勢神宮が現在の場所に遷座するときに、各地に分祀したと伝えられえる神宮が全国に散らばっているといわれるが、内宮、外宮や五十鈴川といった名前の存在から、最もその起源ではないかと考えられているらしい。京都府福知山市の大江町に存在する。規模は伊勢に比べ格段に小さいが、歴史と由緒ありげなたたずまいは見るものに心を引き締める峻厳さもあるように思える。
伊吹山頂
何年かぶりで伊吹山を登った。といっても、ドライブウェイを走り、歩いたのは駐車場から頂上までだけ。大雨や台風などで天候不順のこの年、この日も久しぶりに登山禁止が解けたばかりだったそうで、多くの登山者たちが楽しんでいた。標高1377m。
伊吹山頂から琵琶湖を望む
伊吹山頂から霞んではいるが琵琶湖が望めた。雄大な風景前に立つと、気持ちまでおおらかで清らかになりそう。
平等院鳳凰堂
10円玉のデザインにも使われているこれは、平等院の鳳凰堂。藤原道長が源融から譲り受けた邸宅を、後に子の頼道が寺としたといわれている。10世紀末の建物で世界遺産である。参観の折、スケッチでほぼ形を素描し終えたころ、係員がやってきて止めてくださいといわれた。大した参観者はいなかったのだが、妨げになるからとのこと。
京美山雪景色
たまたま息抜きともいうべき暖かい日差しに恵まれたこの日。屋根に積もった雪も、陽光の暖かさで一部溶けたところも見受けられる。
竜王風景
善峰の里2
ここは洛西。大阪府からすぐとなり。長岡天神なども近くにあり、このあたりの竹林など、京の風情が感じられるところ。大阪、京都といった大都会からすぐ近くでありながら、なんとなく牧歌的な落ち着いた雰囲気のある地で、私は好きな場所だ。
善峰の里
美山
奥琵琶湖
愛宕山遠望
美山雪の民家
2022年の手製
2022年の手製カレンダー用に描いた。取材は昨年1月。コロナ禍で外出自粛されていたほぼ1年前、それでも絵画の中では人物数は相当省いたが、さらに1年経過して未だに収まらないコロナに憤りすら感じるのだが、今年こそ平穏な明るい年になってほしいと祈るのみ。(2021.10画)
2022年の手製カレンダー用に描いた。取材は昨年1月。コロナ禍で外出自粛されていたほぼ1年前、それでも絵画の中では人物数は相当省いたが、さらに1年経過して未だに収まらないコロナに憤りすら感じるのだが、今年こそ平穏な明るい年になってほしいと祈るのみ。(2021.10画)
2022年の手製カレンダー用に描いた。取材は昨年1月。コロナ禍で外出自粛されていたほぼ1年前、それでも絵画の中では人物数は相当省いたが、さらに1年経過して未だに収まらないコロナに憤りすら感じるのだが、今年こそ平穏な明るい年になってほしいと祈るのみ。(2021.10画)
カレンダー用に描いた。取材は昨年1月。コロナ禍で外出自粛されていたほぼ1年前、それでも絵画の中では人物数は相当省いたが、さらに1年経過して未だに収まらないコロナに憤りすら感じるのだが、今年こそ平穏な明るい年になってほしいと祈るのみ。(2021.10画)