箕面スカイアリーナ下
五月山山系の箕面市北山麓部にあるスポーツ施設スカイアリーナ。その前は緩やかな傾斜地に畑が広がっている。その一角を描いた。まだ肌寒い冬の季節の中、やや穏やかな小春日和にスケッチしてみた。(2024.1.14)
住宅地脇の畑
冬には葉ボタンがよく栽培される箕面市新稲の畑地。今は何を栽培しているのかビニールの防寒シートで覆われた畑の畝が整然と並んでいる年の瀬の押し迫った夕暮れ前の畑地である。(2023.12.27)
余野川出会いの風景
猪名川と余野川の出会い部。描いたのは川西市出在家あたりの猪名川堤防から。川向こうは池田市木部町あるいは古江町になる。見えている橋は余野川にかかる古江橋。後景に連なる五月山の山並みがいい感じだ。(2023.12.20)
雪の箕面大滝
2023年1月の大雪で包まれた箕面大滝を写真から起こした。毎年作っている手製の24年カレンダーに使用。(2023.11.28)
秋の神峯山寺境内
大阪府高槻市にある天台宗山岳仏教寺院。長岡京・平安京遷都を命じた桓武天皇の実父にあたる光仁天皇の勅願所で日本最初の毘沙門天安置の霊場としても知られ、1300年以上の歴史を持つ古刹。紅葉には少し遅かったが、素朴ではあるがそれとなくピリッとした空気と歴史を感じる寺であった。(2023.11.22)
見山の郷
バイクで茨木市山手をスケッチ散策中、喫茶か軽食くらいしてみようかとまた茨木市山手の見山の郷へ立ち寄ってみた。ところが火曜日閉店日で仕方なく、ベンチに座ってせめてもの一枚をスケッチ。(2023.10.24)
止々呂美中秋
箕面の北部、止々呂美地区はなんとなく落ち着いた山村で絵心を誘う場所だ。しかもほぼ同じ構図での絵が多くなるのだが、久しぶりに今回も同じ場所を描いてみた。(2023.10.24)
茨木市見山にて
茨木市見山という山間部に広がる畑地の中にある一軒家だ。すぐ近くに「見山の郷」という地産の野菜販売や、ちょっとした食事などもできる休憩所もあり、休日などはそれなりに集客もあるようだ。(2023.10.24)
篠山黒豆の頃
例年十月初旬から笹山特産の黒枝豆の販売が解禁される。広大な畑地の中を走る道路沿いに、小さなテント張りの店が散在。今年もスケッチドライブを兼ねて買いに行ってきた。この絵の中には販売所はないが、画面の中の幟旗はその販売を示す目印でもある。(2023.10.10)
箕面山手から千里方面を見る
箕面市街の北西部、六個山山地の麓から千里丘陵方面を臨み描いたスケッチ。左手前の建造物はスポーツ施設スカイアリーナのエレベータ塔。(2023.9.25)
知恵の神さん
箕面市牧落2丁目の住宅地の中に牧落八幡宮という神社がある。応神天皇をお祀りしているというその境内に久延彦命社、稲荷社と武内宿禰社なる末社があり「知恵の神さん」の石碑が立っている。潜れば何やら御利益があるのか、丸い穴を削った潜り岩にも目を引かれた。(2023.7.20)
伊丹旧岡田家住宅
このあたりに残る古い酒造建物などを何度かスケッチ目当てに来たことがあるのだが、久しぶりに来てみた。今回はこの旧岡田家住宅建物の正面に座って酒樽を積んだモニュメントのある入り口付近を描いた。(2023.7.7)
伊丹岡田酒造
このあたりに残る古い酒造建物などを何度かスケッチ目当てに来たことがあるのだが、久しぶりに来てみた。今回はこの旧岡田家住宅建物の正面に座って酒樽を積んだモニュメントのある入り口付近を描いた。(2023.7.7)
能勢の酒屋
北摂は能勢町地黄当たりの古い街道沿いに見つけた酒屋である。今年7月に大阪でG20が開催され、世界中の指導者が集まった。そのおもてなしの席に出された地酒「秋鹿」が話題を呼んだが、昔はこの酒屋自身別の地酒を造っていたそうだが、酒造りは途絶え、今ではこの秋鹿を専門的に販売していると語る店主が少し寂しげだった。(2019.9.18)
加古川堤防の桜
丹波地方のパンフレットなどで桜名所を探すなか、加古川沿いに何箇所も見事な桜並木があることを知り、とりあえず行ってみた。時間的にランチ場所を探しながらのドライブ散策の途中たまたま見つけたポイントでのスケッチ。場所は青垣町栗住野あたりの橋のたもと。(2023.4.3)
丹波市立植野記念美術館
桜を求めて丹波地方へ来るきっかけの一つとなったのがこの植野記念美術館。地元出身の実業家植野藤次郎という人のコレクションをもとに開館したらしい。建立はまだ比較的新しい(1994年)ようだが、その外観が面白い。残念ながら休館日で中へ入ることはできなかったが、スケッチの目的は果たせた。(2023.4.3)
里中の桜
桜の時期のスケッチをするべく、川西から三田方面へドライブすればどこか適当なスポットが見つかるだろうと出かける。なんとなく民家と桜が程よく画面を作ってくれそうだと目に留まったのがここ猪名川町広根。何の変哲もない里の風景だが、自分としてはなんとなく気分が落ち着いた構図として同じモチーフで2枚描いたうちの一枚。(2023.3.28)
池田市中河原町松雲寺
池田市木部あたり、国道173号と423号の分岐を423号に進んですぐ右、五月山の麓にあるお寺。一般に観光的に開かれているような寺ではなく、普通の地元の寺で、たまたまスケッチの画材を求めてミニバイクでうろついているときに見つけた場所に過ぎない。あとで調べてみると池田で唯一の臨済宗の寺だそうだ。(2023.3.8)
忍頂寺下の風景
忍頂寺(茨木市)の寺門は急な石段の上にあり、その途中で座り込んで街方をスケッチしたもの。立派な旧家の屋根の向こうに大阪平野が広がり、遠く街のビル群も見えている。(2022.12.12)
稲架のある風景
箕面市新稲の畑地から北の山側を臨む。刈り取りの終わった稲の刈穂が架けられた稲架、これをハサと読むらしい。山のふもとの円形の屋根はスカイアリーナと称するスポーツ施設。(2022.11.3)
箕面市新稲の畑地
しばらくスケッチから遠ざかっていたのでどこかを描きたいと近隣をぶらついて描いた場所。このあたり、気持ちがホッとするようなのんびりした風景が広がる。その畑の向こうに立ち並ぶ夕日を浴びた住宅を描いた。(2022.9.25)
白壁土塀で囲まれた篠山民家
篠山城址の北側、篠山市の北沢田という地あたりの立派な民家である。このような民家を見かけると絵心が掻き立てられる。(2022.10.12)
一本道の篠山田園風景
篠山城址の北側を散策してみた。このあたりものどかな田園風景が広がるなんとなく落ち着ける場所だ。丹波篠山市北沢田というあたり。正面の大きな建物は中学校らしい。(2022.10.12)
箕面萱野昼下がり
北摂箕面の旧市街萱野近辺は南側に田畑が広がり、ゆったりと、のんびりした時間の流れを感じる場所である。時間を持て余した時には時々このあたりをスケッチしてみたい気になる場所だ。(2022.8.22)
箕面の山麓風景(坊島)
国道171号、西国街道の北側は箕面の山並みにかけて緩やかな上り坂が広がり、箕面の山麓に至る。まだ昔から残る畑地も多いが、山麓に立ち並ぶ住宅、団地もすっかり風景の中に溶け込んでいる。(2022.8.5)
古い家並みをたくさん残す旧篠山街道はスケッチポイントとして魅力のある場所である。いくつかある集落の中でも、この福住あたりは特に印象に残る場所だ。(2022.7.2)
篠山の街道(福住)
丹波篠山市を横切る国道372号に沿って走る旧街道(篠山街道)は古の名残を残す素敵な通りである。その中でも旧家屋などが多く保存されている福住をスケッチした。最近は、都会から訪れる客が多いのか、喫茶店や食堂、土産物売店などとして活用している旧家屋が増えたような気がする。(2022.7.2)
モノレールの見える風景
箕面市粟生間谷東2あたりの畑地。大阪モノレールの彩都西、豊川両駅の中間を走る高架橋。その下は田植えの始まった田。比較的爽やかさを感じる夏の初めの青空が心地よい。(2022.6.9)
佐井寺の露地(吹田市)
吹田市の佐井寺あたりを久しぶりに散策してみた。このあたり、白壁、黒塀、瓦葺の古民家が残り、絵心をくすぐらせてくれるいい場所だ。(2022.5.20)
田植え時
雲部車塚古墳の前から西方の風景を描いた。田植えが始まり始めたのかわずかに稲苗が植えられた田んぼの向こうに東本荘の集落が見えている。(2022.5.7)
雲部車塚古墳
丹波篠山市の東本庄というところで出くわした雲部車塚古墳をスケッチした。全長140m、周囲に幅27mの濠をもつ立派な前方後円墳で5世紀のものといわれている。すぐ横を走る綾部街道(国道173号)は何度も通っているのだが、今回少し寄り道して初めて見つけた。(2022.5.7)
田んぼの向こうに集落
大阪府の彩都開発でこのあたりすっかり変わってしまったが、彩都やまぶきあたりから茨木市の佐保に向かう旧道沿いでは、まだ昔の面影を残す佇まいが見られる。粟生岩阪との境界あたりから佐保の集落を田植え前の田んぼ越しにスケッチした。(2022.5.4)
水月公園初夏
池田市内にある水月公園。時期的に少し早かったか、菖蒲園もまもなく見ごろを迎えるころのようだが、初春は梅でも有名。(2022.5.2)
大川桜並木
桜の宮から大阪城の天満橋あたりにかけて春は大川沿いに桜並木が見事。有名な大阪造幣局の通り抜けの桜はこの桜並木とは別に堤防一段上に並行して植えられていて、この桜並木の一部を占めているといってもいいだろう。長引くコロナウィルスの影響で自粛ムードもやや緩み始めたのか、かなり大勢の花見客が楽しんでいるのが印象的だった。(2022.4.6)
池田文庫の桜
池田市街地に白壁土塀の向こうに桜が満開。ちょっと絵心をくすぐられスケッチしてみる。あとで調べてみると、阪急文化財団の運営する池田文庫の建物だった。小林一三ゆかりの阪急関連資料などが公開されているらしい。(2022.4.4)
棚田の村桜咲く
能勢は長谷の棚田への導入路。今まで何回となくよく描いてきたのと反対方向を向いて描いてみた。棚田はこの絵の右から後方に向かって広がっている。(2022.3.25)
宝塚市街地から甲山
清荒神の駐車場に向かう車道の途中、町名では御殿山になるのだろうか、宝塚市街を見下ろせる高台からなんとなく春うらら感の甲山を眺め描く。手前は中国自動車道の防音壁。清荒神の駐車場に向かう車道の途中、町名では御殿山になるのだろうか、宝塚市街を見下ろせる高台からなんとなく春うらら感の甲山を眺め描く。手前は中国自動車道の防音壁。(2022.3.16)
大広寺寺門
急な階段を上ったところにある寺門。正式な正面門ではなく、勝手門かもしれない。画材モチーフ的にはなかなかいい。(2022.3.10)
池田大広寺
存在は以前から知っていた隣町の大広寺へ初めて行ってみた。五月山の麓にあって、池田箕面を結ぶ比較的交通量の多い、地方の幹線道路からの導入口となっていてなんとなく入り難い感じだったのだが、境内はなかなか立派なものだった。(2022.3.10)
酒造所の露地
亀岡の稗田の神社のすぐ隣に大石酒造という地酒造りの会社がある。酒蔵など独特の建物が画材として魅力的で以前から何度かスケッチもしてきたが、今回稗田野神社のスケッチがてら撮っておいた写真から描いて見た。(2022.3.14)
棚田の屋敷
長谷の棚田に向かう一本道、その途中で見た棚田の中の立派な屋敷。長年、地所の米つくりを続け、この田地と歴史を守ってこられたのだろう。(2022.2.27)
棚田に続く道
またまた長谷の棚田だ。コロナもすっきり落ちかず、寒くて外出もままならぬこの頃。スケッチ枚数も激減する気配に何とか歯止めしたくて向かった先がやっぱりここだった。棚田へ登るまでの道中で描く。(2022.2.27)
玉泉寺石板碑のある通路
石板碑とは、元来仏教の仏とか曼荼羅、種子(密教において、仏尊を象徴する一音節の呪文すなわち真言)などを刻んだ卒塔婆として使われる石碑のことをいうそうだ。向かって右が金剛界、左が胎蔵界の各大日を表す梵字が刻まれており、ふたつ合わせて大日如来とされ、密教界における最高神とされる。(2021.12.15)
玉泉寺鐘楼
もともと、修行者、旅の人などに宿を貸す宿坊であった名残で、むしろユースホステルとして有名な玉泉寺である。場所は国道173号「はらがたわ峠」の手前(豊能郡能勢町山辺)あたり。境内には多くの句碑も建立されており、私の知人のものもある。周囲はのんびりした田舎の田園風景の中にあり心癒される場所でもある。(2021.12.15)
大船山の麓
三田市にある大船山(653m)を描こうと周辺をぐるりと回ってみた。じっくり落ち着いて構えられる場所として見つけたのがここ上槻瀬(かみづきせ)公民館の駐車場。右の建物は「もち処・つくしの里」なる商業施設で、何か両建物がメインのような構図になってしまった。(2021.11.27)
有馬富士
11月中に枚数を描いておきたいと思い、能勢へ要件で出たついでに三田まで足を延ばした。有馬富士公園のある施設への入り口近くで民家と有馬富士を描く。(2021.11.27)
小さな集落の神社
北摂の山に囲まれた集落。茨木市高山の集落外れにある住吉神社。昔から村人たちに大事に祀られてきたのだろう。日本にはどんな田舎の村落にもこうした祭所があって、それぞれ守り継がれてきた伝統こそ誇るべきものだと思う。(2021.11.16)
箕面市山麓から見る日の出
箕面市の山麓から拝む日の出。冬至を挟む1~2週間、生駒山に一番近づくやや東から日が昇る。一向に収まらぬコロナ禍の世の中の憂鬱もものともせず、厳かで清々しい朝の空に心が洗われる。(2021.12.14)
高槻市安満遺跡公園
友人の展覧会を見に高槻へ行った折、以前何度か描いた京大農学部へまたスケッチのため足を延ばした。しかし、見違えるような風景の変化で、立派な遺跡公園になっている。阪急京都線とJR東海道線に挟まれた区域、確かこの場所だと思いつつ初め全く分からなかったが、建物の風情、残された立木や、昔から残された敷地内道路のカーブ具合などで面影をたどり、まさにその場所だとわかった次第。(2021.11.2)
伊丹空港公園の日時計
伊丹空港の北側にある公園のモニュメントとなっている日時計だ。その向こうには猪名川堤防の立ち並木が見え、さらに甲山、六甲山が遠望される。(2021.10.29)
猪名川河川敷から六甲
スケッチ場所に困ったときによく来る猪名川堤防。今回もまた「猪名川緑地」から対岸の向こうに立ち並ぶマンション群の隙間から見える六甲を見て描いた。建物群の手前に堤防沿いに走るJR伊丹線の列車も見える。(2021.10.29)
棚田の一角
豊能町の亀岡市との境界に牧の棚田がある。そんなに有名な場所ではなく日本ならよくある棚田の一つだろうが、田植えのころや、実りの時期など構図によっては味わいのある風景が楽しめる。写真で何度か来たことがあるが、今回初めてスケッチ対象としてやってきた。(2021.9.28)
一庫ダム
治水及び水道水保水用のダムで猪名川支川一庫大路次川にかかる。総貯水容量は3330万㎥、ダム湖の名は知明湖。ダムの東側下流北摂里山街道(府道604号)沿いに見る風景を描いた。(2021.9.7)
坂道の集落
池田市伏尾あたり。国道162号からわき道に入ると山すそに沿って昔ながらの狭い街道。ふと見上げるとなんとなく懐かしさを感じる風情のある集落が目に入った。(2021.9.7)
ビル群の見える淀川風景
東淀川区菅原の淀川堤防からのもう一枚。場所はすこし上流側、菅原城北大橋の近く。(2021.8.27)
鉄橋のある淀川風景
コロナによる自粛ムードもあってほとんど大阪市内へ出ることがなかったが、久しぶりにふらりと「大阪方面」へ行ってみた。東淀川区の菅原あたりの淀川堤防から描く。鉄橋はJRおおさか東線のもの。(2021.8.27)
日傾く六甲
箕面駅から池田五月山方面へつながる山麓線のすぐ下。畑地となっているこのあたりから西方に六甲が望める場所から描く。すでに秋の気配を少し感じるこの時期、午後4時を回ると空の雲もやや夕景の雰囲気。(2021.8.8)
箕面市芦原公園
収まらぬコロナ禍で遠くへ行くのも憚れる時節、近くの芦原公園でも描いておこうとスケッチ。コロナ禍の真夏の昼間、いつも子供たちでにぎわうこの場所も人がほとんど見られなかった。(2021.8.8)
茨木市佐保の棚田
箕面市内から彩都を北東に通り抜けると茨木市大字佐保に出る。このあたりの棚田もなんとなく心地よい風景で、何十年か前にも描いたことはあるのだが、久しぶりにスケッチしてみた。棚田上部にある建物は教恩寺というお寺らしい。(2021.7.30)
夏空広がる生駒遠望
箕面市粟生外院の山辺から少し上った畑地から東南方、生駒方面を望み描いた。間の吹田市、守口市、門真市、東大阪市などの街並みを経て生駒山系。(2021.7.30)
猪名川河川敷から六甲山
池田市の猪名川河川敷(猪名川緑地)から六甲山を望む。広い河川敷は運動場が整備され、向こうの堤防の手前に川が流れている。堤防の向こうにはJR福知山線が並行して走っている。右は阪神高速道の橋脚。(2021.7.25)
河川敷の運動場
猪名川の河川敷にいくつか運動場が整備されており(猪名川緑地)、野球やサッカーに興じる若者たちの姿が見られる。手前左から奥に阪神高速道路が伸び、猪名川橋梁の塔が見え、右奥は五月山。(2021.7.25)
夏の棚田
よく来てよく眺める長谷の棚田(能勢)である。スケッチも何度もしているが、この日も夏の日差しが棚田を魅力的な光と影の演出をしてくれていた。(2021.7.13)
五月山の北側
池田市の五月山を大阪側からぐるりと北へ回り込んだ木部で国道423号と173号がわかれるが、その間に植木屋さんの多い植木どころがある。その奥、吉田町の小高い道端から五月山の方を見て描いた。右奥の鉄柱は阪神高速の猪名川道路橋。(2021.6.11)
萱野の田畑風景
箕面市萱野集落の下に広がる田畑。野菜の植え替え時期か、畑がきれいに耕され整地されている。遠くに日の傾きかけた六甲山を望む。(2021.5.31)
閑村の露地(茨木市清阪)
(棚田の清阪集落の一角。地域の集会所か何か公共の建物の感じで、非常時の無線塔らしき鉄柱も素朴な風景にうまくマッチしている。(2021.5.31)
茨木市清阪の棚田
各地の棚田を見てみたいと地図とgoogle earthでまず近隣からと探し出した。茨木市の清阪の棚田である。いずこの棚田もやはり行ってみると魅力を感じる画材だ。(2020.5.31)
桜満開の堤防
旧西国街道と国道171号の間にある箕面市小野原東公園の近く。住宅や町工場のある一角だが、勝尾寺川につながる小川の辺り満開の桜並木を見つけた。この季節ならではの一コマをスケッチ。(2021.4.1)
有馬富士公園
何十年かぶりで三田の有馬富士公園へ行ってみた。実は当方面を散策中に思いついて立ち寄ったのだが、周辺の道路から公園自体が大幅に改修されている。改修された公園としての駐車場が別に有るのは知っていたが、昔に何度か来た時のコースで公園内へ車で入り、無人状態の場所で短時間スケッチだけ。(2021.3.13)
三田の田園風景
三田の山すそにある十割そばを食べさせる店をテレビで紹介していたと、たまたま見た女房から聞き、どうやらスケッチで何度か走ったあたりだと見当をつけ、興味半分で探しに行くことにした。予想通りすんなりと見つけたのだが、コロナ自粛のさなか、やはりテレビの影響か大勢の客が店の前で待っているという大繁盛。せっかくだからと待ち時間の間、その前方に広がる風景をスケッチ。広がる田畑は木器(コウズキ)という地名のあたり、遠方に六甲山系。(2021.3.13)
階段白土塀
ユースホステルにもなっている能勢の玉泉寺の土塀である。坂道に沿った白壁土塀が階段状に連なり面白い構図だ。どういう縁からそうなったのかよくは知らないが、いくつかの句碑が境内に建てられており、その一つに旧知人の作品もあるのだが、もうかなり古い歴史として残されていた。(2021.2.21)
籠坊温泉
このあたり平家の残党が隠棲をした場所といわれる歴史のある地だ。30年ほど前までは霊水が汲める水場もあってときどき来ていたのだが近年はその水も枯れてしまってほとんど来ることがなかった。久しぶりにスケッチに来てみた。山肌にそそぐ陽の光が春の到来を告げているかのようだった。(2021.2.21)
秘境への入り口
このあたり平家の残党が隠棲をした場所といわれる歴史のある地だ。30年ほど前までは霊水が汲める水場もあってときどき来ていたのだが近年はその水も枯れてしまってほとんど来ることがなかった。久しぶりにスケッチに来てみた。山肌にそそぐ陽の光が春の到来を告げているかのようだった。(2021.2.21)
丹波篠山市の後川新田にある籠坊温泉といえばなんとなく秘境の地という印象がある。川西から綾部へ抜ける国道173号でいえば、天王から西へ入っていく。その籠坊温泉集落の入り口当たりの風景。(2021.2.21)
阪急電鉄猪名川鉄橋横のガード2
阪急電鉄猪名川鉄橋のふもとのガードを少し角度を変えて描いた。(2021.2.13)
阪急電鉄猪名川鉄橋横のガード
猪名川を伊丹空港よりさらに南下していくと、園田近くに阪急電鉄の鉄橋に行きつく。その鉄橋のふもとの阪急線ガードをスケッチした。(2021.2.13)
猪名川堤防向こうの六甲
いつもの「ぶらりミニバイクスケッチ行」で猪名川沿いを走ることにした。池田のダイハツあたりから下流に向かって走り出してすぐ、何度目か同じような構図だがとりあえず六甲をスケッチ。(2021.2.13)
伊丹空港タンクと管制塔
猪名川沿いに伊丹空港周辺道路を南へ走る。途中から工場や民家が現れるその手前から空港を見た風景である。この位置でスケッチしている間も飛行機は着陸してくるが、着陸直前の大型ジェット機はさすがに迫力がある。(2021.2.13)
御堂筋心斎橋大丸前
久しぶりに電車に乗って大阪市内へ出た。新型コロナによる緊急事態発令中で自粛ムードの中、例年の知人の絵画グループ展を見るためだったのだが、展覧会そのものが中止になっていた。せっかく出たのでせめて1枚くらいと思って大丸前の御堂筋をスケッチ。案外人もたくさん歩いていた。(2021..1.30)
万博公園を遠望する
千里中央公園の小高い丘から万博公園を遠望した。思えば千里万博が開催された年、油絵をかじりだした処女作として描いた10号とほぼ同じ場所からの構図である。太陽の塔は当時も同様に見えていたが、大観覧車はなく、ソビエト館など他のパビリオンを描いている。描いた場所自体、手前の柵やその直下の建物や鉄塔なども全くなく、草をかき分け上りたどり着いた記憶がある。(2021.1.21)
宝塚あいあいパーク
国道176号の旧道を池田から宝塚方面に走ると、植木どころ山本にある施設。道路を挟んだ新池公園からの眺めだが、以前その池の向こう側からこの建物を描いたことがある。施設内にあるパン屋さんが種類も多く安くて美味しいので人気があるようだ。(2020.12.23)
白壁土蔵の家
箕面市から池田市にかけて続く山麓の旧街道沿い、新稲集落の民家である。このあたり、まだこのような白壁瓦ぶきの民家が残っていて、スケッチには楽しい場所だ。(2020.12.6)
畑の向こうに六甲山
12月は外に出るのが滞りがちでスケッチ頻度が落ちるのを防ぐために、近くの畑地のある界隈を散策した。箕面市の山裾の斜面に広がる「新稲」地区で、西方に六甲山が見える畑の前で描いたもの。(2020.12.6)
高槻市原の集落
大分回り道になってしまったが、目的の原集落へやってきた。白壁瓦ぶきの素敵な民家の多い集落で、モチーフは充分なのだが、とりあえず今回は府道脇からほぼ全体を望める場所からの風景を描いた。(2020.11.19)
坂道カーブの家
今回は高槻の風景を求めてバイクでスケッチ散策した。原地区を目指していたのだが、道を間違えてずいぶん辺鄙な場所へ入り込んでしまった。ここは府道115号、下萩谷の近く。(2020.11.19)
大船山(三田)
篠山から帰る途中三田をまわってみた。登ったことはないのだが、特徴的な姿のいい山だ。三田市小柿という場所から。(2020.10.30)
王地山公園から見下ろす篠山風景
丹波篠山へは何度も来ているが、ここまで登ったのは初めて。八上城跡の山の手前に広がる盆地の田畑がこの季節独特の色合いをなしてなんとも気持ちまで爽やかになる。(2020.10.15)
港大橋初日の出
大阪港夢洲から港大橋越しに昇る初日を拝した。2020年の写真から非定型の雑紙の裏に殴り書きしてみたもの。 コロナをぶっ飛ばして、いい年になることを願うのみ。 (2020.1.5)
長谷棚田の麓
能勢の長谷の棚田もよく描いてきた場所で、これまでは主に棚田上部から見下ろす形で描いてきた。今回は、麓の道路から中腹の一部を描いてみた。林の向こうの山は三草山。(2020.9.29)
棚田の農家
何度も描いた長谷の棚田だが、今回は初めてのポジション、構図で描いてみた。もう稲の借り入れもほとんど終わっていた。(2020.9.29)
材木置き場のある田園風景
北摂里山街道(県道12号)を北上、猪名川町宮ノ前あたりから西方、南田原の集落近くの田園風景を描く。畑の中に農作業に使うものなのか瓦ぶきの屋根で雨よけされた竿のような木材の収納建造物がいい雰囲気を与えてくれている。(2020.9.14)
多田神社門前
赤い欄干の橋が見える猪名川べりから、川を挟んで多田神社門前をスケッチした。目立ちすぎの感はあるが、正面右手の割烹料理屋の建物も門前町の雰囲気を選出してくれる一つの素材だろう。(2020.9.14)
地黄公会堂
例によってスケッチドライブで散策中、以前からこのレトロな建物が目に残っていた。能勢の大ケヤキにほど近い地黄という地の、これは公会堂。このあたりは能勢の中心地だったそうなのだが、今はそんな雰囲気を感じないのどかな集落だ。(2018.8.4)
夏空・丘の上
茨木市の彩都あさぎの近く。新しくできた道路のの向こうに見上げる丘の上には、コンテナトラックが数台駐車しているだけ。何となく異次元空間にいるような感覚。青空がまぶしい。(2018.7.21)
能勢妙見ケーブル
「妙見の森ケーブル」の黒川駅。ここも何度も素通りしていたが、一度描いてやろうと思いつつようやく実現。今年の夏の暑さの中、幸い大して多くの観光客もなく、周りを気にすることなく描けた。(2018.7.21)
緑に包まれた村
梅雨明け後の快晴の夏。山野は緑に包まれ、この緑の風景を描きたくなった。能勢をしばしば走っている中でいつも気になっていた「清正公前」という信号。初めてバイクなのでゆっくりその場所をめぐりつつ、休憩を兼ねてその前からスケッチ。能勢にゆかりのある加藤清正をまつった小さな祠があるのだが、その由来はまた。(2018.7.21)
余野川下流
池田市木部あたりで猪名川と合流する手前の余野川下流の風景だ。左岸、この絵では右手建物の向こうに国道423号が亀岡の方にのびている。左手奥の鉄橋は伏尾台団地への連絡橋。以前にもこの建物を描いたことがある。(2018.6.17)
祠の見える露地
箕面の山麓の鄙びた集落、箕面市新稲の風景である。旧西国街道と平行に走る古い地元の街道が通っていて、昔から祀られてきたのであろう小さな祠が歴史を感じさせてくれる懐かしい風景。(2018.6.17)
箕面ダム
箕面大滝の上流にある箕面ダムである。ダム形式は中央心壁型ロックフィルダムで、昭和42年に発生した水害を契機として治水対策のため作られた。昭和57年に完成。(2018.5.22)
大都会
箕面西部の山麓に建つ体育館スカイアリーナの前から大阪市内のビル群を描く。見晴らしのいい場所で、天気のいい日は素晴らしい眺めが楽しめる。(2018.5.12)
伊丹空港昼下がり
爽やかな五月晴れの天気に誘われて、例によってふらりとミニバイクでのスケッチ散策に出かける。何となく足が向いたのがここ伊丹空港。何度もいろんな角度から描いてきたが、今回は空港の西側にあるきれいに整備されたフライトパークから。平日だったが、多くの子供連れの家族で賑わっていた。(2018.5.11)
箕面市萱野風景
池田の五月山から連なる箕面山系の麓、田園風景の中にまだ昔の面影を残す白壁瓦屋根の民家のある集落。この集落の中を旧西国街道が走っていて、義士萱野三平の旧家も残っている。この画面で言えば、右端の大きな瓦屋根の民家の連なっている向こう、さらに少し右側画面から外れたあたり。(2018.5.10)
箕面市萱野より六甲を見る
赤穂義士萱野三平のふるさと、萱野は今も一部当時の風景を残す集落。街道筋から離れた畑地、ちょうど箕面市民病院の前あたりから西方を見て描く。(2018.5.10)
箕面止々呂美風景
箕面市の北のはずれ止々呂美の村は昔の名残を残す私の好きなスケッチスポットだ。最近、新名神のインターチェンジが出来て止々呂美という名も全国区になっていくのだろうか、自分があこがれている絵描きさんも何枚か描いているのを見て、昔描いた場所だが再挑戦してみた。 (2018.5.6)
酒造所のある街
久しぶりに西宮の海沿いをスケッチドライブして見た。酒造会社の大きな看板が目立つのだが、その手前のややクラシックな味のある建物は、古い木材などを扱う別の会社のようだ。じっくり時間をかければいっぱい魅力的なスケッチポイントがあるのだが、今回はこの1枚だけで終わってしまった。(2018.4.12)
旧京大農学部
数年前に友人の絵画展を見に高槻まで行った折、近辺を徘徊して見つけスケッチしたのが初めだったが、今年も同様行ってみたのだが、実は京大農学部自体は移転したらしく、建物は残されているものの使われている気配はなく、周りをフェンスなどで囲ってあった。雰囲気がいい景色となっていただけに残念な気がする。(2018.5.15)
ヴォーリズ六甲山荘
海外旅行以来の交際の続く親娘と六甲オルゴールミュージアムと高山植物園で久しぶりの会合をして別れた後、オルゴール館の裏山を分け入って初めて見学に行った。外観よりも中に入ってみると部屋も多く、なかなか良く考えられた屋敷だと感心した。関西学院大学教授小寺敬一の別荘として1934年に建てられ、ほとんど原設計のまま、きわめてよい保存状態で管理されているまさにヴォーリス様式の名建築だ。(2017.11.12)
篠山武家屋敷
三人展の仲間で久しぶりのスケッチ会。適所を探しながら篠山市内をとりあえず車で回るものの、眺めて回って写真撮影だけで終わるといういつもと同様のパターンになってはいけないと、とりあえず武家屋敷を描いた。この安間家武家屋敷は天保元年(1830年)以降に建てられたもので、今では資料館として一般公開されている。(2017.11.10)
淀川河川敷(鳥飼)
鳥飼下河川公園堤防から大阪市内のビル群を望み描いた。(2017.9.26)
淀川より生駒を見る
鳥飼下河川公園の淀川堤防から生駒を望み描いた。日頃箕面から見るのに比べ、ここからの生駒は随分近く感じる。左は鳥飼仁和寺大橋の橋梁、橋柱。(2017.9.26)
安威川風景(阿武山)
茨木市目垣の安威川堤防から北方の景色を描く。中央に見えるのは京大天文台の建物のある阿武山、その向こうに見えるのは竜王山だろうか。(2017.9.26)
黒田荘
黒田官兵衛のふるさと黒田の荘の風景。本黒田駅から東方に荘厳寺に向かう気分のよい畦道で描く。高級酒米としても有名な山田錦の発祥地多可町がすぐ近くのゆえか、山田錦ののぼりがたくさん立てられていた。(2017.9.3)
黒田城跡天狗山
これといった当てもなくスケッチ場所に困ったときはとりあえずどこかの道の駅へ行くことにしている。今回は何となく西脇方面に向かい、名前にひかれて「北はりまエコミュージアム」へ。近辺の情報により黒田官兵衛出生地の荘厳寺を見学。貝原益軒による黒田氏の近江の国出自という通説に対して、こちらがより有力といろいろな資料を展示して主張している。(2017.9.3)
新名神工事中
バイクで散策しているうちにこんな場所に出くわした。キリシタンの里の近くだ。ネットで調べると茨木千提寺ICで、現場の様子からPAも併設らしい。丁度昼時で作業員の姿はまばらだったが、それにしても近年は機械化で人手はかなり少なくなっているのだろう。(2017.8.24)
北堀水門(尼崎)
尼崎の北堀運河にかかる水門。尼崎市大浜町1丁目にある。人工物でも少しレトロで無骨な雰囲気のあるこういった建造物なら何となく絵心がそそられる。すぐ横には「出合橋」や公園風休憩スポットもあって、尼崎市もこのあたり一帯を散策ウォーキングコースとして町おこしに力を入れている模様。
(2017.8.3)
水門と今津灯台
この珍しい木造袴腰付燈篭形行灯式灯台は西宮市指定重要有形文化財に指定されていて、正式名称は「大関酒造今津灯台」。1810年(文化7年)、大関酒造の長部家5代目長兵衛が、私費を投じて今津港頭に建設したのが始まりとされている。防潮堤がどんどん沖に延長され、今では港の奥の方に目立たない存在だが、今でも現役だそうだ。(2017.8.3)
湾岸風景(西宮)
西宮大橋を渡り人工島に入った西宮浜の湾岸風景。建設用の砂や砂利などがダンプカーで運ばれ、着岸している船にクレーンで積み込まれる。向こうの集積場では重機がひっきりなしに動いていて、活気がある。大きな橋は阪神高速5号湾岸線。(2017.8.3)
公園の散歩道
伊丹空港の北側の公園。ベンチやちょっとした遊具などが設置され、子供たちも楽しめるようになっているが、この遊歩道を抜けると空港が南側に見渡せる。画面の中央に見えているのは飛行機をあしらった方位計モニュメント。(2017.7.28)
伊丹空港晴れる
スケッチはしたいが行先が思い浮かばない時、ときどき行くのが伊丹空港。飛行機の離着陸を眺めているだけでも気分がすっきりしてくる。周辺にいくつか公園とか眺めのいい場所があるが、ここは一番北側の小高い公園。こちらに向かって飛び立つ飛行機や、遠く泉州につらなる山や大阪市内のビル群の見える方から着陸してくる航空機を見ながら描く。(2017.7.28.)
武庫川より六甲を望む
武庫川の左岸道路をミニバイクで南下、武庫大橋の少し手前で六甲山のスケッチポイントを探してみた。向こう岸の堤防の並木や植え込みの隙間に瀟洒な建物の一部と2本の塔が見えている。あとで調べてみると、武庫川女子大学(旧甲子園ホテル)。とりあえず武庫川越しに六甲を描いた。(2017.6.13)
武庫大橋
国道二号線が、尼崎市と西宮市の境界である武庫川を渡るところに武庫大橋がある。昭和2年竣工であるが当時最大級(6連)のRC開腹アーチ橋で、開腹部はアーケード状、また装飾的なバルコニーを有する道路橋で、今に至るも絵になる橋である。機能性だけでなく、文化的観点でも優れた建造物を造っておくことは後世に大きな財産を残すことでもある。(2017.6.13)
神津大橋
伊丹空港の西、猪名川にかかる神津大橋を描いた。この橋の直下から川は猪名川と藻川の2つに分流しさらに下流で再び合流してやがて神崎川となる。藻川側河川敷から北を望み描いた。遠くの山は五月山だろう。(2017.6.13)
山鉾収納庫
篠山市河原町のこの辺りは、瓦ぶき屋根家並み保存地区。その一角に昔から伝わるものなのだろう鳳凰鉾という山鉾の収納庫があった。(2017.5.16)
篠山瓦屋根家屋群の町角
河原町交差点。篠山市河原町のこの辺りから、瓦ぶき屋根家並み保存地区が始まる。白壁、黒い板塀の瓦葺家屋が並び、懐かしい風情を醸し出している地域だ。秋には、特産の黒豆の収穫を祝う祭事もあり、地方からの多くの客で賑わうこともある。(2017.5.16)
篠山の田園風景
篠山市日置から北を見る。国道372と篠山川の間の田園風景。このあたりの風景はなぜか気持ちを落ち着かせてくれる好きな場所だ。(2017.7.6)
尼崎港
尼崎市東海岸町。工場街をほんの少し離れて岸壁に出ると、そこには釣り人が。正面遠方に六甲山が眺められる。(2017.4.27)
工場
尼崎市東海岸町。バイクで通りかかると、ドラム缶が山のように積み上げられた工場を見つけた。何か日本の経済を支える地道な産業の息吹を感じて描きたくなった。(2017.4.27)
運河と工場
尼崎市東高洲町あたり。虎縞模様の信号機は、県道57号尼崎港線上で尼崎市の東高洲町と大高洲町とを結ぶ「東高洲橋」通行用のもの。この絵には右手前に柵だけ描かれているが、この橋は船が通るときにはね橋になっているようで道路側に遮断機が設置されている。長さ47m内16mが可動式になっているそうだ。(2017.4.27)
ゆるやかな曲がり角
茨木市忍頂寺あたり。街道から集落への脇道に入ると、ゆるやかな曲がり角に沿って昔懐かしい雰囲気を漂わせる民家があった。民家といっても、地元で営む雑貨屋か何か店のようでもある。(2017.4.23)
丘の上は彩都
大型船舶か宇宙ステーションを思い起こすような巨大な建物が丘の上に立っている。大阪府北部に開発中の彩都のどこやらの会社の物流ステーションだろうか。20年前には山であった風景が一変。時代の流れを感じる。茨木市佐保あたりからスケッチ。(2017.4.23)
箕面の山麓風景
山麓に広がる畑地から標高395mの六個山を望み描いた。大きなドーム状の屋根はスカイアリーナと称するスポーツ施設。少し下には農牧用の小屋などが雰囲気を醸し出している。(2017.4.6)
阿武山風景
阿武山は高槻市北部の標高281m。山頂の少し下に見える白い建物は、京都大学地震観測所で、北摂が地元の自分にとって幼少の頃からそのことは知っていて気になる存在であった。手前は鉄塔やらなにやらごちゃごちゃした風景なのだが、今回初めてこれを臨む風景を描いてみた。そしてこのスケッチの半月後初めてこの施設見学に行ってみた。様々な地震計の説明、地震学の歴史などきいて興味深い見学会だった。(2017.3.25)
水月公園広場
池田市街地にある広い公園。園内には多種類の草花、樹木類や、菖蒲園などがあり、四季折々の花も楽しめる公園で、近隣市民の憩いの場となっている。この絵はその中央入り口前広場の風景。(2017.4.6)
桜のある街道
池田市の五月山から箕面六個山にかけての山裾に広がる緩やかな傾斜の畑地の間に細く古い街道が続いている。このあたり、まだ瓦葺白壁黒塀の民家が残り、懐かしさを覚える場所である。立派な桜がようやく開花して間もなく満開を迎えるところ。(2017.4.6)
羽束川の辺
三田の大船山を描くつもりでやってきたのだが、結局構図的にこうなった。大船山は画面に入らず、中央の山かげにわずかに姿をのぞかせているとがった山は羽束山だ。(2016.11.12)
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泉ヶ丘駅前2
UFOのような大きな建物は、「大阪府立大型児童館ビッグバン」というものだそうで、「遊び」をテーマにした「子どもの豊かな遊びと文化創造の中核拠点」ということだ。松本零士が名誉館長で、隣接している塔も遊具の塔という付属施設らしい。(2017.1.27)
泉ヶ丘駅前1
日ごろまったく縁のないところだが、知人の展覧会を見に泉ヶ丘へやってきた。駅前の歩道橋テラスから周りを見ると、異時空間を思わせる色々な目立つ建物などがある。せっかくなので、足跡の証にスケッチしてみた。青いコップ型の建物はpanjoというショッピングセンターの一部施設ようだ。(2017.1.27)
赤い屋根の洋館の見える風景
秋晴れに誘われ、およそ宝塚方面とだけ決めてミニバイクスケッチに出かけた。国道176の旧道を西へ走り植木どころの山本あたりで、以前から気になっていた赤屋根の建物の周りを散策。池のある公園からの眺めが絵になりそうとここを選ぶ。「あいあいパーク」という園芸を中心とした施設の集まりらしい。(2016.10.27)
宝塚
宝塚まで来て川沿いの景色を見ようと武庫川堤防を目指したらここに出てきた。手塚治虫記念館横の細い道を南へ少し行った宝塚市美座というあたり。宝塚駅近辺の中心街だろうか高層ビルが立ち並び、武庫川を渡っているのは宝塚大橋と阪急今津線の鉄橋。(2016.10.27)
宝塚大劇場を眺める
宝塚といえば少女歌劇。幼少の頃は、歌劇ファンだった姉に連れられる家族の一員として自分も一緒に見に行ったものだ。時を経て随分変わった周辺をぐるりと回ってみて、武庫川を渡る宝来橋の上から赤い屋根が特徴の大劇場建物を描いた。(2016.10.27)
篠山風景(八上内)
丹波の黒豆を買いに篠山へ行く。街道筋に何軒もの黒豆売りのテントが並ぶ。とりあえず仕入れた後、畑の間を走る道路に入り近くの風景を描く。八上内という場所だ。(2016.10.10)
篠山風景(八上内より西方)
篠山八上内の田畑の中から西方を望み描いた。稲刈り後のひこばえが出てきた田んぼや畑の向こうに大きな工場らしき建物などが見える。(2016.10.10)
石柱のある公園
西宮市鳴尾浜の「海の見える丘」である。ローマの古代遺跡を思わせるような石柱(照明)が並び、芝生がきれいに刈られ、日光浴で過ごしている女性の姿も見られた。すぐ隣には有料のプールなどのあるリゾート公園がある。(2016.8.26)
鳴尾浜魚釣り
晩夏といってもまだ真夏の日差しにきらめく大阪湾。ここ鳴尾浜の波止場でひと時を楽しむ魚釣り人がいた。(2016.8.26)
鳴尾浜
西宮市の鳴尾浜にある「海の見える丘」から神戸、六甲を望む。波止場への入り口にはレストハウスがあり、その先有料エリアとなっていて、散策する人、魚釣りを楽しむ人たちの姿もも見られる。近くにある鳴門浜公園とは別の場所だ。(2016.8.26)
コウノトリの郷
豊岡のコウノトリの郷公園へ行って初めて実物のコウノトリを見た。ここは国の特別天然記念物コウノトリを保護増殖し、科学の理論に基づいて野生復帰を実践する研究機関として設立されたもの。この絵の建物は一般見学者がコウノトリやその他自然環境などについて、はく製、標本展示や映像で学べるようになっており、またその裏にある観察ゲージに飼育されているコウノトリを見ることもできる。彼らに与えられる餌のおこぼれを狙って、数羽の野生に戻ったコウノトリも飛来してきたのを見ることもできた。(2016.8.20)
川べりの家
ミニバイクで池田市木部、国道423号と173号の合流点の近く、植木農園の多いのどかな地区を散策していて出会った。猪名川の中流、池田市東山町あたりの川辺に立つ家を描いた。(2016.7.20)
わち山野草の森から
広大な敷地のわち山野草の森の一角にある蓮池から山裾の村落を望んだもの。静かでのどかな田園風景に癒された。(2016.6.18)
赤い鉄橋
わち山野草の森の敷地をまたぐようにして由良川にかかる山陰線のJR鉄橋がある。園内でのてっちゃん向け撮影スポットでもあるらしく、パンフレットにも記述があり、確かに赤いトラス鉄橋は魅力的。(2016.6.18)
満願寺(川西市)山門
奈良時代、聖武天皇の勅願により勝道上人が創建し、平安時代中期には源満仲がこの寺院に帰依し、以来源氏一門の祈願所として栄えたとされている。境内には坂田金時の墓や源家各代をまつる供養塔などがある。本寺の周囲は宝塚市に囲まれていて、所在は川西市の飛び地となっている。(2016.6.3)
昼下がり(差組付近)
ミニバイクで走っているうちに出くわした。田舎の集落のやや古ぼけた土蔵。初夏の太陽がほとんど真上から照り付け、まわりはまるで時代から取り残されたような静かなたたずまいが心に響いた。路上の看板に猪名川台住宅入口とあった。(2016.5.13)
白壁の蔵のある街角
広根といえば昔山歩きをよくしていたころ2万5千分の1の国土地理院の地図のエリア名で思い出す。ここはその地図の範囲であろう広根の西ヲコダの集落の一角だ。昔懐かしい家並みがいい感じだ。(2016.5.13)
屋台で賑わう大阪城
桜シーズンとあって、行楽客でにぎわう大阪城公園。数多く並ぶ屋台も何となく心浮かれる春を演出しているようだ。(2015.4.5)
大阪城の桜
何年かぶりで桜の季節に来てみた。やはり桜はいい。丁度見ごろとあって、平日にもかかわらず行楽客で賑わい、バーベキューするグループもいっぱい。ここも例に漏れず中国人客の姿も多かった。(2015.4.5)
二料山荘
誠に面目ない次第であるが、つい先ごろまで二科(にしな)山荘と思い込んでいた。字をよく見てみると二料(にりょう)であることは明白。初めて店内に入って昼食をとったときに、従業員から指摘を受けて気が付いた。元造り酒屋の酒造などを改修してレストラン、宿泊設備として営業している。
(2015.10.23)
昆陽池公園にて
近年の高齢化で郊外で昼間見かけるのは老人が多いが、憩いの場としてここでもやはりお年寄りたちを見かけた。そこに遠足に訪れた幼稚園児の列を見て、何かホッとした思い。(2015.10.14)
昆陽池公園(昆虫館)
伊丹市内にある広大な公園で関西屈指の野鳥のオアシス。池の中に日本列島を模った島が作られていることでも有名。ベンチやあずまやなども整備されていて近隣の住民たちの憩いの場となっている。この絵の中に見えているドーム屋根は昆虫館。(2015.10.14)
いとなみ
天空の城と言われ最近人気スポットとなっている「竹田城跡」から城下町を見ろしたもの。
F20号 油彩
(取材2008年・描画2015年)
彩都から和歌山方面を望む
彩都開発造成地から泉南、和歌山方面を望む。画面遠方の山裾の切れ目はもはや淡路島。(2015.8.26)
彩都から金剛を望む
彩都開発造成地から金剛山を眺めた一枚。(2015.8.26)
彩都から生駒を望む
大阪府において公民で大々的に協力開発している彩都だが、かなりの施設や住宅も増えている中で、まだ山の上に向かって広大な造成地が開発進行中だ。そこから大パノラマが広がっており大阪平野が一望できる。真正面に生駒山を見据えての一枚。(2015.8.26)
野間の祠
野間の大けやきから国道477号に入り南下、山道に差し掛かる手前に小さな祠を見つけた。どのようなゆかりがあるのかはわからないが、両脇に地黄城ののぼりが立っていた。地黄からは少しだけ離れている場所がらだとは思うのだが。(2015.9.21)
巨木のある民家
茨木市西泉原という地名で茨木から箕面に抜ける府道沿いにある民家。以前から気になっていた場所なのだが、道幅が狭い上バスの通り道にもなっていてスケッチする機会を逃していた。しかし近年、このあたりも大分建て替えや改修など変化が見え始めたので、思い切って描きとどめることとした。(2016.7.14)
四天王寺大黒殿
四天王寺の中心伽藍の北方にある大黒殿。本尊は一体の像に大黒天、毘沙門天、弁才天の顔を持つ“三面大黒天”と呼ばれているそうだ。(2015.7.10)
四天王寺
物部守屋と蘇我馬子の合戦の折り、聖徳太子自ら彫った四天王像に「この戦いに勝利したら、四天王を安置する寺院を建立しこの世の全ての人々を救済する」と誓願し、勝利の後その誓いを果すために、建立されたといわれている。この絵の五重塔と金堂は戦火や災害で焼失したが戦後建て替えられたもの。(2015.7.10)
加古川風景(新大河橋)
小野市まで足を伸ばしたついでに、加古川堤防からの風景をスケッチ。遠くに見えるのは、さして高くはない山々だがなかなか趣のある形をしている。来栖という町のあたり。向こうにかかっているのは新大河橋となっていた。(2015.6.20)
来住の民家
小野市の来住という町の田舎の集落の道だ。箕面滝道散歩関係の知人が、古民家を買い取り画廊カフェを不定期で開いていると知り急に思い立って行ってみたのだが、生憎閉まっていて無人だったが、折角だったのでスケッチだけしておいた。緑の木葉や赤黄花の生け垣が印象的。
(2015.6.20)
大野山頂上から
大野山の頂上からの眺めだ。先ほど見学した猪名川天文台が見える。ここから天気が良ければ瀬戸内海や北は多紀連山から大江山なども見渡せる。また、頂上付近一帯にアジサイが植えられていてまだ早かったが季節には一面紫陽花で彩られるという。(2015.6.12)
猪名川天文台
道の駅で手に入れたパンフレットで存在を知った。この天文台のある大野山(おおやさん)という山は標高753mで、猪名川の源流であり、ほぼ360度眺望でき素晴らしい。妻と2人だけの客にプラネタリウムでの映像2本と、その上階にある50cm反射望遠鏡で太陽の黒点や、半月状の金星などを見せてもらった。(2015.6.12)
立杭の里(坂道)
久し振りの立杭へのスケッチ行。もう初夏といっていい強い日差しと爽やかなそよ風の中、窯元の並ぶ街道筋から鎮守の森らしき木立のある坂上を望み描いた。誤って水性インクで描いたうえを水彩したので、インクのにじみが出て汚くなってしまった。(2015.5.2)
ミモザの咲く公園
桜の見ごろで千里北公園へ行ってみた。子連れのお母さんたちもたくさんピクニックシートで弁当を食べるなど行楽を楽しんでいた。鮮やかな黄色の花を咲かせているミモザのある一角を気分よくスケッチ。(2015.4.2)
公園の桜
桜が満開。平日だったが、子連れの家族や春休みの子供たちが楽しんでいた千里北公園でのスケッチ。(2015.4.2)
達身寺(氷上)
丹波の正倉院ともいわれているという。数年前、どういう経過かここへきてスケッチした記憶はあるのだが、今回初めて中を参拝した。寺の略歴ははっきりしていないそうだが、確かに、特徴のある古い木彫りの仏像がたくさん保存されていて、文化的価値はかなり高いと思われる。
桜並木のある集落
達身寺の前から、田畑を経て向こうの方に見える集落。絵では遠く小さくて分かり難いが、民家の前に満開の桜並木が望まれた。
坂越の坂道
赤穂の東にある坂越は廻船業で栄えた町といわれている。その歴史を感じさせる趣のある通りが、この坂越大道。坂越大道の北側、小高い坂道の上方から海側に続く街並みを描いた。(2014.12.7)
鳥居の向こうに
この鳥居は赤穂市の大石神社の境内側から振り返ったものである。このあたりは旧赤穂城内であって、鳥居の向こうに見えているのは当時の米蔵を模して造られた歴史博物館。
(2014.12.7)
石垣の家
茨木市泉原の民家だ。黒塗り漆喰の立派な家構えが秋の風景になじんでいる。
高槻城跡公園内
友人の展覧会を見に行った会場近くに高槻城跡公園があった。この建物は歴史を記す資料館かなにかだろう。
野見神社(高槻)
友人の出品している展覧会を見に行った。帰りに会場の近くの緑多い場所をのぞいて見つけた神社。野見宿禰命を祀っているそうで、その城内にあることから、高槻城内守護の神社とされた。折しも七五三の祈祷案内もあり、参拝客を目当ての屋台売店が和ましい風情を演出している。(2014.11.3)
黒豆売り
丹波篠山の秋は、街道沿いのあちこちに黒豆の売店が現れる。この地の名産で全国的にも人気のある黒枝豆が安く買えるため、私も毎秋スケッチを兼ねて来ることにしている。
(2014.10.19)
篠山民家
デカンショ街道と呼ばれている国道372号の篠山あたりはとても気持ちの良いドライブコースである。特に白壁の蔵や昔風の瓦葺や茅葺の民家が多く見られ、スケッチポイントとしてもうれしい場所で再三訪れている。
久成寺
近松門左衛門の代表的な作品『曽根崎心中』の主人公、お初・徳兵衛のうち、お初の墓のある中央区の寺(本門法華宗)である。大阪場所では高砂部屋の宿舎ともなっている。クジョウジとよむ。
西宮港風景
神戸マリーナから西宮港を挟んで北を望む風景。パイプラインに取り囲まれた建屋は製鉄所のものらしい。港湾らしい風景である。
西宮浜
西宮浜といってもここは正式には御前浜というらしい。砲台のある砂浜から芦屋、六甲方面を描いたもの。外国のリゾート地を思わせるような雰囲気がある。まだ残暑厳しい9月はじめの風景である。
京大農学部高槻2
高槻の京大農学部の正面。入り口から長いエントランスの並木道となっていてなかなかいい雰囲気だ。
京大農学部高槻1
バイクで走っているうちに緑深い場所を見つけ、そこを目指しているうちに迷い込んだら京大農学部の敷地内だった。緑陰の中に赤い屋根の建物が印象的に点在している風景は、ヨーロッパ風で何かしゃれた感じがする。
火の見やぐらの見える露地
箕面市新稲は、昔の村落といった懐かしさを感じさせる板塀白壁の瓦葺住宅の残る地域である。ゆるやかな坂道の狭い露地から山手を望むと、奥には昔ながらの火の見櫓も残されている。
阿比太神社
私の地元箕面市に存在する神社で、現在の社殿は昭和50年に建てられたものだが、延長5年(西暦927年)に編纂された延喜式神名帳に名を載せる式内社であり、素盞鳴尊(すさのおのみこと)お祀りしている。正月にはかなり多くの初詣客で賑わう。
六甲オルゴールミュージアム
六甲山の上にあり、19世紀後半から20世紀初頭にかけてヨーロッパやアメリカで親しまれていた自動演奏楽器をコレクションしている博物館相当の施設。館内はチラホラの客で初めは妻と二人だけの観客だったが、30分おき位にオルゴール演奏を実演してくれた。
伊丹の酒蔵
ブルワリーミュージアムとよばれており、小西酒造が運営する「白雪ブルワリービレッジ長寿蔵」内の日本酒とビールの博物館。施設は江戸時代建築の酒蔵を再生利用している。昔の姿をこのように残してくれるのはいいことだ。
伊丹旧岡田酒造
築年代の確実な現存する酒蔵としては日本最古のものだという伊丹市宮ノ前(郷町)にある旧岡田家住宅。郷町は酒造業が盛んになるにつれ、文人墨客が集まり文化の盛んな町となったという。
造り酒屋の屋根
伊丹市宮ノ前の旧岡田家住宅の屋根。1674年建築の町屋で1715年に酒蔵が増設され築年代の確実な現存する酒蔵としては日本最古のものだという。
中之島(水晶橋)
中之島の堂島川にかかる鉾流橋から西方を眺める。手前に見えるのは水晶橋。ビル群による都市風景の中、向こうから右手前へと延びる阪神高速道路がさらに都市らしさを演出している。
伏見町界隈
御堂筋の東2筋目、伏見町3丁目から北を眺めた風景。ところどころ古い木造家屋が残る筋だが、ほとんどは近代ビルに置き換わっている。
道修町の古民家
近代的ビルの谷間に残る貴重な木造家屋のひとつ。表札には「北垣薬品」とあった。かつての薬問屋の町として有名なここ道修町に昔の風情のまま残る数少ない薬品関連の建物だろう。
天空の城
最近人気急上昇で訪れる人が急増、石垣の損傷などが問題になっているそうだ。以前このHPでも展示したがその時は雲海が消えた後の絵だったので、ブームにあやかって、2008年晩秋のスケッチおよび写真からあらためて描いた。(2014)
兵庫県公館
久しぶりの神戸市内でのスケッチ。数年前、グループの写生会で描いた同じ構図で描く。休日のこのあたりは人通りも少なくどっしりと風格を備えた建物が風景になじんでいる。明治35年(1902)に県庁として建設され、昭和60年(1980)迎賓館と県政資料館を併せ持つ兵庫県公館として整備され利用されている。
神戸栄光教会のある街角
この教会も震災前を含み何回か描いた。プロテスタントのこの教会は倒壊した先代の教会堂(大正11年(1922)築)のゴシック様式の外観を踏襲し平成16年(2004)に再建されたもの。今回は県庁の中庭的な場所から俯瞰する感じで描いた。
中之島風景
天満橋のすぐそばの八軒家浜から西方、中之島剣先方面を描いた。大阪都心の中之島や両岸のビル群が並ぶ。大川(旧淀川)がここで左右に分かれ、北(右)側が堂島川、南(左)が土佐堀川となる。
和田山の旧車庫
JR山陰線の和田山駅構内北側には旧豊岡機関区和田山支区のレンガ造りの車庫と給水塔が現在も残されている。車庫は1912年(明治45年)3月に建築されたもので、1991年(平成3年)3月に支区が廃止されてからは倉庫として利用されている。
遥か梅田方面を望む
箕面山麓から大阪市街方面を眺める。夏の晴れ渡った大空の白い入道雲の下に見えるビル群は梅田界隈だ。
高層ビルのむこうに生駒山遠望
夏の晴れ渡った大空に積乱雲が沸き立つ。箕面市街の山麓から大阪方面を見渡せば、大阪府咲洲庁舎(旧WTCビル)の向こうに生駒山から信貴山系が望まれる。
田のある初夏の篠山民家
ぼちぼち田植えの時期、旧街道沿いの篠山市街の集落の中に、すでに水が引かれ、稲の苗が植えられた小さな田のある民家。
篠山福住の民家
旧街道に面してまだ懐かしい風情の民家が立ち並んでいる。これは、旧街道の裏側といおうか国道側から描いてみた。
特徴のある壁色の家
篠山市八上上の家だ。珍しい赤色や黄色の土壁に目を引かれ、酒造所かと思って近づいてみると、何やら修験道者さんのお宅らしい。
福住本陣団地
福住は篠山城と京をつなぐ街道筋にあって賑わいを見せた地で本陣もおかれた。そこに江戸時代を思わせるような作りの瓦葺住宅が団地として建てられている。そこに住む人にとっての利便性はどうかわからないが、住宅地環境としてはいい取組だと思う。何回か通り過ごしていたのだが初めて気づき立ち寄ってスケッチしてみた。
篠山の家並み
八上上というあたり、大きな屋敷のある街道筋だ。人が一人も通らずまさに静かな田舎の街道という感じだ。
神呪寺石段上は本堂
この絵の中央奥は甲山。この甲山を神の山とする信仰があり、この寺を神の寺(かんのじ)としたことから神呪寺「かんのうじ」となったらしい。甲山大師とも呼ばれている。
神呪寺鐘楼
「 かんのうじ」と読む。神呪は本来「じんしゅ」と読み、「神秘なる呪語」「真言(仏様のお言葉)」という意味。西宮市の甲山にある。境内の展望台から大阪湾を眺めるパノラマもすばらしい。ちょうど桜も満開、参詣客、観光客で賑わっていた。
鏑射寺
三田方面もスケッチポイントとしてよく選ぶ場所だが、今回はドライブ中に偶然カンバンを見つけ急遽立ち寄ってみた。かわいい三重の塔が建ち、手入れも行き届いたきれいな寺である。山号は独鈷山と称す。寺略縁起によると、聖徳太子が伽藍建立、仏教弘通(ぐつう)の道場として鏑矢(かぶらや)を奉納、鏑射寺と命名されたという。
篠山郊外風景
このあたり、秋には丹波黒豆が栽培される畑がひろがっている。12月始め、季節は寒い冬を向かえ、この日は時々時雨れ、このスケッチも遠くの幾重にも重なる山並みを描いたすぐあとには雲でみえなくなってしまった。
金剛山が見える
千早では雪雲に隠れスケッチできなかったが、あきらめて帰る途中全景が見られたのであまりいい姿ではないがとりあえずスケッチした。
二料集落
高槻市の山深い場所である。亀岡方面からローカル道ドライブを楽しみ、細い道を抜けきったところに現れるのが二料集落。何か時の止まった空間を感じる。近くには二料山荘がある。
興禅寺(春日局出生地)
兵庫県丹波市春日町にあり春日局の出生地として名高い。楼門前には七間堀に石垣を廻らせた城のような威厳のあるたたずまいである。
辰鼓楼
蕎麦を食べにでもと久しぶりに出石へ行った。出石は城下町であるが、その昔、辰の刻(午前8時)城主の登城を告げるためとも、他説によれば、侍たちの登城合図として太鼓を打ち鳴らしたともいう。ランドマークとなっているこの辰鼓楼は明治4年(1871)に建設されたものだそうだ。
酒蔵のある露地
出石にも絵の材料として魅力のある酒蔵がある。この絵の右側に少し見える赤黄色の土蔵である。露地の正面は本高寺という名のお寺。創建は康正元年(1455)と伝えられ最盛期には9坊を擁する大寺だったそうだ。宝永3年(1706)には上田城(長野県上田市)から移封し出石藩主となった仙石家の菩提寺となった。
酒蔵(出石)
出石にも絵の材料として魅力のある酒蔵がある。赤黄色の土蔵だ。ところどころ走るひび割れが時代を感じさせる。
三草山初夏
長谷の棚田の麓、横側から三草山を望み描く。
長谷の棚田田植え前
何度も描いたスポットなのだが、今回は田植え前の水を張った状態の棚田。家や木陰が張った水に写り、青空も少し写りこんでいる。
光る海
淡路島の南部に灘黒岩の水仙郷というのがあり、12~2月にかけて500万本の水仙が咲き乱れる。時期的に少し遅いのか、この日は咲き乱れるほどの花は見られなかった。そこから紀伊半島の方を望むとちょうど太陽が逆光となって海が光っていて、春の兆しを感じるほどだ。
洲本の夜明け
淡路島の洲本の夜明けだ。画面に入っていないが左側に日の出が見られたところ。1,2隻漁船が漁に出かけたがそれ以外は静かな早朝の大阪湾
湯の山街道造り酒屋(福の太)
三木から湯の山(有馬温泉)までつなぐ街道で、その昔、羽柴秀吉が三木城攻めをした折、何回か作戦行動を起こして以来こう呼ばれるようになったという。
徳川時代も参勤交代や西国からの湯冶客が往来した街道である。
今も、このような古い建物が数多く残っている。
千早集落
さすがに金剛山の麓。朝から降った雪が屋根にいくらか残っている。この冬、寒々した灰色の空が集落をわびしい風景にしかかっているのだが、なぜかここで暮らす人たちのぬくもりも感じさせてくれる。
寺門
久し振りに大阪市内をスケッチして歩く。谷町筋といえばお寺が多い場所である。そして、歴史に由来のある史跡なども多く、大阪市も歴史の散歩道としてPRしている。このお寺も、かの近松門左衛門の墓のすぐ近くにあり、正覚寺なる揮毫が配されていた。寺自身の歴史や由来は知らない。
御堂筋晩秋
昼下がりの民家
早春ののどかな田園の中の民家。手前の建物は農具庫だろうか。外壁沿いに保存されている竹棒などの積み材が懐かしい日本の村落風景を象徴しているようだ。
観音坂下の家
大阪は小高い上町台地を中心として、坂が多くある。
歴史を刻んできた口縄坂や愛染坂、源聖坂、真言坂など有名な坂がある。ここは、観音坂と標識が立っていた。谷町6丁目の地下鉄駅のすぐ近く。坂を下り切ったところに 、板塀の風情のある町家が目に止まり思わずスケッチ。
篠山城跡
大坂城攻めの備えとして慶長14年(1609)徳川家康が築城させたという。普請総奉行に池田輝政、縄張り奉行に藤堂高虎があたったとされる。廃藩後は一部の門等を残してすべて取り壊され、このように石垣と濠のみの姿となっている。
茨木市豊川付近
日本の風景に戻ります。掲示が少し遅くなりましたが、描いたのは8月末。場所は茨木市豊川。何となく秋の気配が漂う里を日が西に傾きかけたころあいに描いたもの。
桜の大阪城
三草山
能勢の里に三草山という山がある。近頃注目の棚田があり、どこかスイスの高原でも想像させるような風景が広がる。近畿には珍しい風景である。
御堂筋夏
野間の大欅
伏尾久安寺道
長谷の棚田
レンガ塀の道
高槻二料山荘
伊丹空港玄関前
2022年の年賀状用に早朝スカイアリーナへ行ってまず写真2022年の年賀状用に早朝スカイアリーナへ行ってまず写真撮影。それを参照しながら描く。色合いが少し寂しいので、のちにパステルで別途6号で描いたのを実際の賀状には使用。
箕面市の山麓から拝む日の出。冬至を挟む1~2週間、生駒山に一番近づくやや東から日が昇る。一向に収まらぬコロナ禍の世の中の憂鬱もものともせず、厳かで清々しい朝の空に心が洗われる。ものともせず、厳かで清々しい朝の空に心が洗われる。
茨木市見茨木市
木市見山という山間部に広がる畑地の中にある一軒家だ。すぐ近くに「郷」という地産の野菜販売や、ちょっとした食事などもできる休憩所茨木市見山という山間部に広がる畑地の中にある一軒家だ。すぐ近くに「見山の郷」という地産の野菜販売や、ちょっとした食事などもできる休憩所もあり、休日などはそれなりに集客もあるようだ。もあり、休日などはそれなりに集客もあるようだ。山間部に広がる畑地の中にある一軒家だ。すぐ近くに「見山の郷」という地産の野菜販売や、ちょっとした食事な茨木市見山という山間部に広がる畑地の中にある一軒家だ。すぐ近くに「見山の郷」という地産の野菜販売や、ちょっとした食事などもできる休憩所もあり、休日などはそれなりに集客もあるようだ。(2023.10.24)どもできる休憩所もあり、休日などはそれなりに集客もあるようだ。(2023.10.24)