猛暑の8月がようやく終わりを迎えた。カレンダーや小売店の内装は秋のそれへと姿を変え、青や緑といったカラーリングが赤と黄色に変わっていく。
しかしそれは人間がいた頃の話であり、“修正の1秒”と呼ばれる出来事によって人間が一人残らず消失してからは、そういった風物詩も7年は見られなくなってしまった。とはいえ、完全に失われたのかといえば、そうではない。
「しっかし、止まへんなーこの雨……」
身長わずか8cmの、少女のような見た目のそれは、遥か上空から降り続く大粒の雨を見上げて困ったような声を出した。じとっと半分閉じたような瞳は、ダルさではなく彼女のアイデンティティだ。SFチックな雰囲気を帯びたオレンジ基調のメカメカしいボディにかかった水滴をささっと払い、振り返る。
「これ止まんかったらウチらここに立ち往生なんかな」
「台風が来てるだけだから、そのうち絶対止むよ!」
そう答えたのは彼女の同行者で、彼女と同じく身長およそ8cmの、少女をかたどった存在であった。先のオレンジ色の子と違うのは、彼女は深い緑を中心とした色合いをしており、その瞳ははつらつで、右脚は大きな杭が、左脚には大きなブレードが畳まれて装着されているという点にあった。
「私は構いませんよ、多少かかる程度でしたらね。それより、動けないようであれば、少し営業をしてきても大丈夫でしょうか?」
二人の会話に割って入ったのは、やはり8cmほどの少女。金髪に褐色という、やんちゃで遊んでいそうな風貌とは裏腹に、モノクルに白衣を装備し、左手には変わった部品で構成された黒いセールスバッグのようなものを持っていた。しかしそれ以上に異質なのは彼女の右腕であり、カラフルなブロックパーツで構成されている。先端には古い作品に出てきそうな、いかにもロボットですと言わんばかりのハンドパーツが取り付けられており、それを軽く打ち合わせては湿った台風の空気にかしんかしんと乾いた音を響かせていた。
「ええんちゃうか? ウチはここで待ってんで」
「じゃあ私ついていこっかなー。駅の中は安全だけど、アルカナの発明品って面白いしっ」
「おっ、嬉しいこと言ってくれますねぇ! そんなあなたにはこちら! 見た目はちょっとゴテゴテしてますが……」
「あー、えーからはよ行きーや!」
三人は二人と一人に分かれ、それぞれ行動を開始した。にぎわう8cmの人だかりの中へ。
“修正の1秒”から約7年、消えた人類の跡を継いで、世界の新たな知的存在として地上を歩くようになったのは、かつて人類が創造した、人型携帯秘書端末『A.I. Doll-phone』……通称“D-phone”である。彼女たちは消えた人類を捜索し、その生活文化を観測・模倣することで保護する活動を行っている……というのはやや建前じみた話で、実際には彼女たち「人間を模倣した携帯電話」は、それぞれの移動体通信事業者(キャリア)に分かれ、その勢力圏拡大のための戦争を繰り広げていた。センチネル・グローリー社とドラグーン社という大手二社による戦争が激化し、今なお続く”キャリア戦争“として、彼女たちは争いの絶えない世界を生きている。
オレンジの、緑の、そして白衣のD-phoneはそれぞれをライク、アカツキ、アルカナと言った。ライクとアカツキはどちらも「アウトサイダー隊」という名前のチームに所属しており、現在はアルカナを護衛する任務の真っ最中だ。とはいえ、1番の懸念事項だった激戦区の突破も既に完了しており、あとはアルカナとともに目的地まで向かうだけの簡単な旅だ。
ちょっとしたお土産でもみんなに買っていこうか。ライクは大雨を見ながらそんなことを考えていると、無料通話アプリに電話がかかってきた。
「はーい、こちらライクですー」
『もしもし、シーアだよ』
アウトサイダー隊の隊長、シーアからだった。連絡者表示に出ていたから、それはすぐわかったけれど。
『ライクって弓使えたりしたっけ?』
弓? ライクは少し考える。
「あの、しなりの効いた棒に紐通して、それを引っ張って矢をばしゅってやるやつ?」
『そう、ボウアンドアローのこと』
あるわけない。自分はアニマギアと連携して戦う“おもちゃ”なのだ。弓の経験はおろか、握ったことすらない。
「なんでやいきなり」
『私たちもライクと早めに合流しようと、同じ目的地の任務を受けたんだ。それが大蜘蛛退治で、アズラと蒼明が、妖怪の土蜘蛛なら弓が必要だーって……』
なんのことやら、ライクにはさっぱりだった。それでも、
「ともかく、弓あればええんやな?」
『多分……私たちはこっちでもう少し調査してみるから、そっちもがんばってね!』
通信が切れてから考える。弓の当てはないけど、アカツキならなんとかできそうだな、と。しかしそれを聞けばまず間違いなく、長い話になるだろう。聞くのはほかにやることのない電車の中でして、あわよくばその話を子守唄にでもしようか。
とはいえ、その肝心の電車が動いてくれないことには何も始まらない。台風の運んできた暴風雨が少しでも止んでないかと、駅の外を覗きに来たD-phoneが強い風に吹き飛ばされるのを見るのは、今日でもう何度目だろうか。5メートル10メートルの高さから落下しても傷つかないD-phoneであるが、衝撃がないわけではない。慌てて仲間が駆け寄り、助け起こし、まだ出れないねーと引き返していく。幸いにも駅構内というのはD-phoneにとってのライフラインが全て揃っている。しかし誰もがずっとここに居続けたいわけではないのだ。ライクたちだって、電車が動きさえすれば昨日の朝には任務完了していただろう。それがこの天気で完全に足止めを食らっていた。
D-phoneたちにとって、天候による運行中止、というのは、実はそう珍しいことではない。これは彼女たちが身長わずか8cmであることが原因としている。彼女たちは大まかに計算して人間の1/20のサイズであり、スペックである。そのため、何をするにも人間の20倍はかかる、という考えが根強い。それを克服するのが多機能装甲(アプリケーション・アーマー)である。これを使えば、空を飛ぶことも、怪力を発揮することも容易い。しかし相応に電力を消費するので、例えば一人が驚くほどの怪力を発揮できたとしても、すぐに電池が切れてしまい、またゼロに戻ってしまう。ならば最初から怪力を出すような場面を、言うなれば列車の脱線などを、回避して動くほうがはるかに常識的なのだ。少し不便ではあるが。
「討伐依頼! 腕が鳴るぜ!」
ライクとアカツキが足止めを食らう半日ほど前、アウトサイダー隊はちょうど新たな依頼を引き受けたところだった。そのことに、黄色いボディに黒いラインが入った轟雷モデルのD-phone、マレットが喜びの声を上げていた。
「だねっ! どんな武器持ってるかなっ? やっぱりウェブシューターとか持ってたり?」
マレットに同調を示すのは、右腕に大きなジャミングシステムを搭載した青いD-phone、アズラ。彼女はクロムとイノセンティアという二つのモデルを合体して作られた、いわゆる“特注品”という唯一無二の姿だ。もっとも、全く同じ改造のD-phoneが珍しい、というだけで、探せば存在するのかもしれないが。彼女は(自称こそしていないものの)武器マニアであり、そこに期待をかけているようだった。
「いや、意外と巨大ロボを呼び出したりするかもしれんぞ?」
その話に珍しく乗っかってきたのはゴウライザー。ロボットヒーローのような出立ちをしており、浮かれた調子からなのか、背中から両肩に向けて飛び出たミサイルがわずかに上下していた。
「バカだなぁゴウライザー! 巨大ロボ出す蜘蛛とかどこにいんだよ!」
「記録上、創作物ではあるが存在する」
笑ってゴウライザーを小突くマレットに、これまた珍しくツッコミを入れたのはドロッセル。シルフィーモデルをベースとしながら、青と黒の鎧に身を包み、大きなツノを頭の左右から生やしたD-phoneである。いるの!? とドロッセルを振り返る三人に、ドロッセルは参考データを共有した。
「ほ、ほんとにロボ出してる……っ!」
「これと戦う可能性があるのか……」
「い、いやだけどよ、これ特撮だろ? まさかこんなのいるわけねーよなぁ……?」
血気盛んなマレットも、少し臆病風を吹かせてしまう。
「いやぁわかりませんよ! D-phoneは創作物を真似て作られることも多いですからね! 何かをモデルに改造されてたら、そういうのが出てきてもなんらおかしくはないかと思います! というか、蜘蛛って敵味方問わず創作物としてのポテンシャル高くないですか? そういう特殊性癖を持った方が作ったとしたら充分どんな可能性だってあり得ますよ。私たちもぐるぐる巻きにされちゃったりして……!」
「そ、その前にぶっとばしてやらぁよ! なぁ蒼明!?」
話を振られた蒼明、まるで侍のような姿をしたD-phoneは、ポニーテールに括った髪を肩から軽く払いながら、
「巨大な化け物蜘蛛ならば、土蜘蛛を参考にしている可能性もあるぞ」
とだけ言った。全員がキョトンとしているので、蒼明は素早く解説する。
「古来日本において天皇に従わない土豪を示す言葉だったのが妖怪化したのが由来だ。平家物語では“山蜘蛛”とも呼ばれていて、日本を魔界にしようと企み、源頼光に退治されたらしい」
淀みない解説に全員から自然と拍手が起こった。
「で、そのヨリミツってのはどーやってそれをやっつけたんだ?」
「刀でばっさり」
割とあっけない答えだった。
「ほかにできる対策といえば、もし相手が妖怪ならば、弓矢の矢尻を舐めて射るといいとされる。唾液には魔除けの効果があるとされていたらしい」
「私たちよだれ出ませんけどねぇ!」
「じゃあ矢の方だっ。矢の方をやろうっ!」
「妖怪退治に弓矢ってのはロマンがあるな!」
勝手に盛り上がり始めたマレットたちに「いや、弓矢で妖怪を退治するのは大百足……」という蒼明の声は届いていなかった。
依頼主は市の管理を行なっている、センチネル・グローリー所属のアリッサモデルD-phoneだった。
「ここ1週間、トンネルの近くに巨大な蜘蛛の化け物が住み着いちゃったっていう話なのよ」
「巨大な蜘蛛の、化け物? 単に大きな蜘蛛じゃなくて?」
依頼主の話に、アウトサイダー隊のリーダー・シーアが繰り返して尋ねる。
「大きな蜘蛛みたいな姿が捕まえようとしてくるっていう話なのよ。加えて、その蜘蛛が現れてからずっと天気は悪くて、その蜘蛛の仕業だって話もあるし……退治するなり、どこか連れてくなりしてほしいっていう話なのよねー」
話の多いD-phoneだ。しかしその話の通り、外の天気はお世辞にも良いとは言えない。今もどんよりと重たい雲が空を覆い、過去の天気を見てもカラッと晴れた日はここ一週間ほどは無かったようだった。因果関係は明確ではないものの、正体不明の相手に不吉さを見出してしまうのはどうしようもない、当然の真理と言えた。
「わかった、なんとかはしてみる、けど……もし仮に生き物だった場合、駆除した死体は私たちにはどうしようもないから、そっちでどうにかしてもらう、で大丈夫だよね?」
「もちろん、それは当然って話よ。とりあえず、どうにかして欲しいっていうだけの話だから」
OK、とシーアは頷く。依頼主はそしたら、と一枚のデータを共有してきた。どうやら細かい取り決めが書かれた契約書のようだ。内容は他の依頼契約書と変わったところはない。成功報酬、必要経費の一部負担、失敗の際は違約金の支払い、依頼期限……。
「明後日!?」
下調べやなんやかんやを含めても、もう少しかかりそうな依頼だというのに、あまりにも短い期間だった。
「ど、どうしてそんなに急ぎ……?」
「それが、ねー……明日には台風が来て、明後日には晴れるっていう話じゃない? できることならみんなの安心感を得るために、討伐したら晴れました〜っていう話にしたいのよね」
それでシンプルな依頼内容の割に報酬が高額だったのか、とシーアは合点がいき、少し感心までしてしまった。高い報酬で釣り出し、失敗したら違約金を手に入れ、より入念な準備のためのお金にする。賢いやり方だ。だが、シーアもアウトサイダー隊のメンバーを信じていた。依頼主だって、これを成功させて欲しいと願っているはずだ。
「……わかった、じゃあその大蜘蛛がいるっていう近くまででいいから、私たちみんなを運んでくれない?」
「えぇ、通しておくわ、話を」
ようやく電車が動き出した。しかしそれも荒天の隙間を縫ってのことで、どこまで進めるかはわからない、という具合だった。それでも目的地に近付くため、ライク、アカツキ、アルカナの3人は他の乗客と共に列車に乗り込んだ。人間だったらあまりにも多い人数でも、1/20の大きさになれば余裕があるのはありがたい。3人も適当な場所を見つけて腰を下ろした。
「ハーイ、隣いいかしら?」
そんな3人に声をかけてきたのは、ゴーグルレンズのついたテンガロンハットに、ベージュのローブという姿のD-phone。長い金髪を三つ編みでまとめ上げており、カウボーイらしさを少し感じさせた。
「もちろん。ね、2人とも」
「かまへんでー」
「はい、もちろん。あ、これも何かの縁ですよね、アプリ買いませんか?」
シームレスに営業を始めたアルカナの手を、ライクが軽く引っ張って止める。名刺を差し出そうとしたその手に少しだけデータが渦巻いて消えていく。
「フフッ、面白いのねアナタたち。私はジェーン。トレジャーハンターよ!」
とはいえ、相手も相当の変わり者だったようで、せっかく座ったのに再び立ち上がり、右手を(そこそこに大きな)胸に当ててドヤっとキメ顔を見せた。同時に電車がぐらりと揺れて、少しバランスを崩してふらついたため、大人しく着席する。
「ライクや。んで、こっちがアカツキ。んでアルカナ……」
「はい、ご紹介に預かりました、旅するセールスD-phoneのアルカナです! LG-Systemの普及のため、こうして各地を巡らせていただいてます。単一アプリ内での組み替えで多くを実現させることができる多機能アプリLG-Systemはいかがですか?」
何度も練習した決め台詞のようなものなのだろう、一字一句間違えることなくアルカナはハキハキと伝えた。
「んー、可愛らしい見た目だけど、私は間に合ってるわね」
そして一瞬で断られてしまう。しかしアルカナはそれで傷つくようなことはなく、そうですか、とすんなりと商売の手を引っ込めた。おそらく何度となく断られるということを経験しているのだろう。押しすぎるのはかえって相手の購買意欲を削ぐことを理解していた。
「3人は何かのチームなの?」
「私とライクはアウトサイダー隊っていうところに入ってて、今はアルカナの護衛中なんだ」
「本体との合流目的や。あんたは?」
「私は次の目的地に向かう途中。サイッコーのトレジャー……が、あると思うんだけど、いかんせん情報が新しくて確実じゃないのよね……」
ジェーンは言葉を濁して、頭の中で何かを表示させた。
「最近化物が出たっていう地区があって、そこに行くのよ。化け物といえばお宝を守ってるのがセオリーでしょう? だからきっと、何かすごい財宝が眠ってるに違いないわ! トレジャーハンターの血が騒ぐわね!」
化け物、最近、進行方向。ライクはまさかな、と思った。思ったが、それでも一応確認してみよう、とおそるおそる聞いてみた。
「その化け物……蜘蛛なんとちゃう?」
「なんで知ってるの?」
大きく揺れ、景色がびゅんびゅんと通り過ぎていく。アプリで飛行するのとは違い、景色が流れていくのに風を感じない。自動車という乗り物に初めて乗る子たちは、興味津々に窓の外を眺めては、時折舗装されていない道がガタガタと揺れることに高いエンターテインメント性を見出しているようだった。何度か乗ったことある者は(D-phoneにとっては)広々としたシートにゆったりと腰を下ろし、時折跳ねる車の中でできる限り飛ばされないよう、シートベルトにしがみついていた。
「アナタたちがわーっと飛びかかる! その隙に私はモンスターの背後に回り込み、トレジャーを確保するわ!」
大半を占める初乗りメンバーは二つのグループに分かれていた。ジェーンを中心としたグループは後部座席で大蜘蛛退治の作戦を騒ぎながら立てていた。
「気に入ったぜ! 特にその飛びかかるところ! っつっても、心配せずともアタシの拳で一撃で沈めちまうかもしれねーけどな!」
血気盛んなマレットに、
「じゃあ援護は任せてっ。足止めなら得意だよっ」
実際にその場でアプリを再物質化して見せるアズラ。戦闘において積極的なメンツは、窓の外などどこ吹く風と盛り上がっている。
一方で、車そのものに興味を示すスレイプニルやシーアは、ダッシュボードに立って景色を楽しんでいた。
「車って人間の乗り物ですけど、私より足早いですね! さすが移動は革命だっただけあります! 情報が伝達される速度によってその文明の高度さを示すことができるとかなんとかって聞いたことありますけど、その点これはすごいですねぇ! みんな持ちたがる理由がわかりますよ! そもそもどうやって運転してるんですかね? 私にもできますか?」
「簡単な話よ、自動車にはナビゲーションシステムとオートドライブシステムがあるでしょう?」
運転をしている、といっても客観的には運転席のダッシュボードに立っているだけのように見える市役所職員のアリッサモデルD-phone、ユノーは、助手席と運転席の間あたりに設けられたモニターを指差した。ちょうどエアコンの風口が備え付けられたあたりだ。
「ここにBluetooth接続して、オートドライブシステムを少し上書きしているって話。基本的にはナビ任せだけど、キャリア戦争で道が使えなくなったりするじゃない、それを目視で補おうって話なの」
そう行ってる間にも、ナビが示す道とは違う道にハンドルを切る。オートドライブシステムを半ばハッキングしているため、ユノーが運転するように手を動かせば、ハンドルも勝手に回り、車が方向を変える。その度に乗っているD-phoneは皆、大きな揺れに体を引っ張られた。
「面白そうですねぇ! これ以上のスピードも出るみたいですし、私も走らせてみたいです!」
「残念な話だけど、運転は車とD-phoneの連携が必要なのよねー。だから、修正の1秒前にナビシステムを組み込まれていたドライブサポートを目的としたD-phoneや、講習を受けたD-phone……免許ってシステムがまだ生きてるから、運転免許を取得したD-phoneじゃないと、そもそも車のシステムにアクセスできないって話なのよ」
情報開示レベルが十分に高ければその限りじゃないけど、と小さな声で付け足す。
物は試しだと思って、シーアは静かに自動車のBluetoothにアクセス申請を出してみた。すると、これがすんなりと通り、彼女と車がペアリングされてしまった。しかし運転自体のペアリングは走行中の切り替えが不可能なようでロックがかかっており、加えてナビにもアクセスができないでいた。触れるのは車内BGMやエアコン管理といった部分だけらしい。
「ちょっと、勝手にハッキングしないでよ。集中してるんだから」
「ご、ごめんなさい」
慌ててペアリングを解除するシーア。スレイプニルがそれを羨ましそうな目で見ていたのは言うまでもない。
「ほ、ほら! 私は情報開示レベル6だから……」
「6?」
意外なほど食いついたのは蒼明だった。
「かなり高いな……何故そこまでレベルをあげた?」
「理由は特にないというか、勝手に上がってたというか」
「あたしだって4で結構高いけど、シーアすごいね」
アズラも驚きながら会話に加わる。D-phoneの情報開示レベルは平均的に3〜4と言われており、4でもそんなに低い方ではない。情報開示レベルが高ければ高いほどさまざまなことが許可されるようになり、例えばアズラでいえば、逆に4なければジャミング電波を取り扱うことができない。公共施設に従事していた蒼明は3で、そこに役職ごとの特殊権限が割り振られている。
逆に、特別な権限を必要としなかったり、戦闘が主な仕事ではない場合はその分情報開示レベルも低くなる。スレイプニルの情報開示レベルなどは1で、本人もそれに対して何ら不自由を感じていない。
情報開示レベルは万能情報管理庫に蓄積されたそのD-phoneの個別データをD・Aシステムが客観的に識別し判定する、そのD-phoneの許諾権利範囲を示す数値であり、平たく言えば「高ければ高いほど人間と同じ自由度を得る」という認識が現在の主流だ。上限は不明だが、それでも6は街に1人、いるかいないか、というレベルだった。
「そりゃあ車くらい軽くアクセスできるって話ね……シーア、あなた免許取ったら?」
「ちょっと考えておこうかな」
修正の1秒後に多くの自動車が乗り手不在となりそこかしこに投棄されている。それが自由に扱えればD-phoneの行動範囲はかなり広くなるが、同時にキャリア戦争の激化も招くだろう。それをさせないが故の自動車免許と、情報開示レベルによるアクセス権限なのだ。
しかし、シーアたちアウトサイダー隊にとって、旅をするための便利な移動手段を電車以外で確保できるとなると、話は変わってくる。ふむ、とシーアはそれを本気で検討するため、「真剣に考えることフォルダ」に一度案件を保留させた。
問題のトンネルは、街の外れにぽつんとあった。人間がいた当時ですら、それほど使われてはいなかったであろう、どこか物々しい雰囲気を醸し出していた。
「幽霊でも出そうですねぇ! すごい荘厳な雰囲気ですよー! ちょっとワクワクしませんか?」
スレイプニルの言葉に、シーアは少し前の窃盗団事件を思い出して、ふとゴウライザーを見た。ゴウライザーのミサイルが上下にぴこぴこと動くが、特に何も言わないあたり、反応を感じるわけではないのだろう。とはいえ、トンネルの中は電波が遮断されやすい。何かいたとしても、レーダーに反応するかは怪しいものだ。
「一応みんな、武装していこうか」
シーアの言葉に、全員がアプリを再物質化した。
「私はここで待ってるわね、いつでも車出せるようにしなきゃって話だし」
自動で開閉するドアを閉じ、開けた窓からユノーがアウトサイダー隊に声をかけた。それを聞いてシーアは頷き、進もう、と号令をかける。それを聞いてマレット、スレイプニル、アズラ、ジェーンが同時に走り出した。急ぐわけでもないんだぞ、とゴウライザーの声が四人の背中を追いかけ、シーア、ゴウライザー、ドロッセル、ライク、アカツキ、アルカナが続く。
トンネルの中に一度入れば、一気に電波が弱くなるのを感じた。入り口付近はまだしも、10メートル進むごとに受信強度が1目盛り下がっていくようだった。
「そもそもこのトンネル、どれくらい長いんだっけ?」
アカツキの質問に、ライクが答えようとインターネットで検索をかける。
「……あかん、ロード長すぎや。全然わからへん」
「端から端までおよそ1200メートル」
代わりにドロッセルが素早く答えた。
「詳しいですねぇ、ドロッセルさん」
「車内にて検索した。昭和40年ごろに完成、修繕工事を重ねつつも、現在も老朽化が進み、取り壊しが検討されている」
トンネルはD-phoneにとってはトラブルが発生しやすい。電波が通らないので中ではナビが使えず、運転にしても目視による操作が必要となる。そのため、通る必要がなければ基本的にはトンネルは避ける傾向にある。そうして使われない施設の改修は遅れることとなり、人類消失後の世界ではトンネルはかなり危険な場所となっているのだ。
「でもこの暗さ……これぞ冒険って感じがするわね! 雰囲気出るわ、やっぱりモンスターがお宝を守ってるのよ!」
そこだけ雰囲気が違う様子で、先頭を行くグループからジェーンが声を出した。
「けど出てこねーなー、化け物。アタシらに恐れをなして逃げたかぁ?」
「逃げたわけじゃナいわよぉ」
「なら出てこいよ! ぶっ飛ばしてやるぜ!」
「できればぶっとバさなイで欲しいわねぇ」
「何言ってんだ! こんなとこに住み着いた化け物ならつえーに決まって……」
ふとマレットの声と、全員の歩みが止まった。止まって、ゆっくりと上を見上げる。
「あのねぇ、こう、声をかけるタイみんグを見失っちゃっタのよねぇ〜……」
「出たぁ!」
「出やがったな!」
「全員体制を整えろ!」
「探知不能、視認による索敵を中心に展開」
「待ってみんな!」
「奇襲とはいい度胸ですね! ですが見せてあげましょう、私たちの力を!」
「大蜘蛛ってことはやっぱり蜘蛛の糸を武器にしてるの!?」
「初めまして! 突然ですがアプリ買いませんか!?」
特徴のある第一声をそれぞれが無造作に発しながら、全員が次の動きの準備をする。その中でマレットが遠慮なく左手を模したアプリ、ハンド・マニピュレーターで拳を作って大蜘蛛に飛ばした。アカツキもミサイルを数発発射するが、どちらも大蜘蛛は軽くかわしてしまった。
天井に逆さまに立っていた大蜘蛛は、その巨大な8本の足を動かしながらトンネルの壁を重力に逆らって逃げ回る。
「素早い……ならば我の一太刀を受けよ!」
地面付近まで降りてきた大蜘蛛の背後をとった蒼明が、静鳴を抜いて切り掛かった。しかし、完全に背後からの不意打ちだったにも関わらず、大蜘蛛は大きな鋏の手でそれを防ぐ。
「何ッ」
素早く退く蒼明。
「巨大な鋏と4対の脚。蜘蛛ではなく、蟹か蠍にカテゴライズされる生物の特徴」
「ええてそれは今! 蜘蛛っぽいねん!」
「そうよ〜。一応、蜘蛛でスよぉ」
「本人もそう言うてん!」
ドロッセルとライク、それに大蜘蛛との間に交わされた会話に、シーアは少し違和感を覚えた。それからすぐにアプリを解除し、丸腰になって両手を広げる。
「シーア!?」
「えっ、食べられたいとかそういう性癖っ!?」
驚くマレットとアカツキを無視して、シーアはそのまま立ち尽くす。大蜘蛛もきょとんとした様子でシーアを見つめた。
「君、戦う気持ちあんまりなさそうだけど、名前は?」
「アら〜? すごくいイ子……お姉さん、嬉しいわぁ」
瞬間、ばしゅん、と大蜘蛛から白い糸が発せられ、シーアの腰をぐるぐると巻いてつかまえた。
「シーア!」
ゴウライザーとジェーンが同時に叫ぶが、その動き出しより早く、シーアは大蜘蛛に巻き取られ、抱きつかれ、一心不乱にヨシヨシと頭を撫でられ始めた。
「ちゃんト私の話を聞いてクれル子なんて久しぶり……あぁ、すごく嬉しイわぁ……!」
「やめんかコラ」
ばしん、とライクの手刀が大蜘蛛の頭を叩いたところで、トンネルの中の戦いはひとまずの終わりを迎えた。
大蜘蛛のD-phoneは、クラネア、と自らを名乗った。蜘蛛型ドローンをアプリケーション・アーマーの外骨格で巨大化させたものの上に座り、機動力を確保していたため、化け物蜘蛛のように見えていたらしい。それを解除してしまえば、少し色気があって、少し不気味さもある、普通のD-phoneだった。
とはいえ、それで全員の緊張が解けたわけではない。特に戦いを期待していた面々は、まだ武装を解除せずそのまま臨戦体制で構え続けていた。シーアやライク、スレイプニルやアルカナなどはすっかり打ち解けた様子(一人営業目的ではある)だが、ゴウライザー、ドロッセル、蒼明はまだ完全に気を許してはいなかった。
「でも驚いたよ。大蜘蛛の化け物っていうから、てっきりもっと凶暴なのかと思っちゃった」
「よく勘違いサれちゃウのよネぇ……でも争ウ気持ちはあんまりなイの。それよりみんなト仲良くしタくて。でもみンな、私を怖がっちャって……」
「無理ありませんねぇ! だって実際すっごい怖いですから! 大きな蜘蛛がグワーってきたら、私だって任務じゃなかったら逃げちゃいますもん。あ、もちろん今はそうじゃない、可愛くて優しい方ってわかってるので大丈夫ですよ!」
楽しげなやりとりの中、蒼明がゴウライザーの装甲を軽くつついて、小さく声をかける。
「ゴウライザー殿、少し違和感を覚えぬか」
「違和感? そりゃあ、あれだけ言われてた凶暴性がないのは変だが……」
「噂に尾ひれはつきものだが、彼女も愚かではないだろう。自らが恐れられる存在だと知れば、最初の接触も慎重になるはず。となれば、襲われたという噂が立つには、火種が足りぬ」
確かにな、とゴウライザーは同意する。そういえば、先程も最初に話しかけてきたのであって、攻撃してきたわけではない。むしろ、攻撃を仕掛けたのは自分たちだった。
「応戦時も攻撃をしては来ず、逃げ回っていたのみ」
「唯一、攻撃っぽいのをしたのは、シーアを抱き寄せるためだったな……」
「推論1:突然のコンタクトに驚いたD-phoneによる誇張表現の跋扈。推論2:接触時に誤って怪我をしたD-phoneによる噂の流布。推論3:初接触相手の攻撃に対して迎撃を展開、成功し誤情報が拡散。推論4:類似したD-phoneとの混合」
それまで静かに話を聞いていたドロッセルが、突如として自らの考えを展開した。これまであまりなかった行動に、二人は少し驚きながらも、その意見を真剣に考慮し始めた。
「2は偶然が重なればあるだろうけど、想像しやすいのは1と3だよなぁ」
「4は考えにくい。彼女の非常に独特な出立ちを真似できる者はそうそう居まい」
蜘蛛の巨体は既に収納されてしまったが、小さく動き回る彼女の友人にして蜘蛛型ドローンユニットのフォビアが、視線に気付いたのかゴウライザーたちの方をちらりと振り向いた。それから、軽く前足の一本を振り、首を傾げた。
「愛嬌があって良いな」
「否定。節足動物を模した姿に対して、引き続き高警戒状態を維持する」
あの巨大な剣こそ手にしていないながらも、いつでも再物質化しそうな構えと声音に、
「もしかしてドロッセル、蜘蛛が怖いのか?」
「恐怖という感情がこの際適切な語彙かの議論は保留しつつ、有事に備えることは対生物時における適切な応対であると提言する」
「ドロッセル殿、恐れることは恥ずべきことではないぞ」
「否定。行動は感情より現実的な観測に基づく客観性と事実を持って行われるべきであり、私の行動はそれに則したもの」
不意にフォビアが少し近づく。同時にドロッセルが少し後ずさった。
「来い、飛びかかれ!」
「ひぃ!」
小さな悲鳴をあげて、ドロッセルは素早く射線を外れるように動いた。当然フォビアの飛び掛かりは外れるも、ぽすん、とゴウライザーの腕に収まった。
「……今のは恐怖という基礎的感情に対してごく自然的な反応を反射的にとってしまったのみであり、私の意志や思惑によるものではない」
ドロッセルは心なしか赤面した様子を見せながらも、取り繕うように咳払いを一つした。
「一件落着だねっ」
アカツキがふわふわと空を飛びながら、楽しそうにそう告げる。その視線の先にはアウトサイダー隊がここまで乗ってきた車があった。運転席から全員の反応を感じたユノーは窓の外に視線を移してギョッとした顔を見せた。
「ちょ、っと、それ大蜘蛛って話じゃ……」
「悪い子じゃなかったから、そのまま仲良くなっちゃって」
シーアのその言葉に、ユノーはそれでも信じきれない様子だった。
「で、でもD-phoneを襲って中のCPUを食べるって話じゃないの? ずたずたに引き裂いて中身を取り出して……そういう話も上がってきてるし!」
「そ、そんナことないワよ〜」
わたわたと否定するクラネアを失礼、とゴウライザーが押しのけた。
「待て、報告が上がってきてるって話は本当か?」
素早くビーストモードへと変形し、腰のジェットを強く吹かせながら、ゴウライザーは車の窓から車内へと飛び込んだ。ユノーは一歩下がり、そこにゴウライザーは着陸すると、すぐにまた通常の状態へと変形し、さらに問い詰める。
「つまりは、壊されたD-phoneが存在する、ということだな?」
「そ、そういう話よ。私は実物を見たわけじゃないけど……でも、被害報告はチェックしたわ。書類もほら」
ユノーがPDFデータを共有した。そこには確かに故障したD-phoneとその状態が記されており、リブートが不可能であること、使用可能パーツは修理用パーツとして再利用することが記載されていた。五日前の電子スタンプが押されており、公的書類であることを証明していた。
「クラネア、あんたD-phoneをぶっ壊したりしたか?」
してない、と首を横に振るクラネア。嘘をついてる様子はないし、壊すことが目的ならば、先ほどシーアを抱き寄せた時に簡単にできたはずだ。
「え、ど、どういうことなのゴウライザー!」
困惑したシーアの声に、ゴウライザーは一瞬考えた。自分の推論にすぎないこれを伝えて、余計な混乱を招くべきか。それとも黙って、何事もなかったことにするべきか。
「我が話そうか」
いつの間にか音もなく隣に立っていた蒼明が提案するが、いいや、とゴウライザーはそれを却下した。それから再び車から飛び降り、シーアに報告書を見せた。
「いいかシーア、いや全員だ。落ち着いて聞いてくれ。おそらくだが、この事件は一つに見えて二つだ。クラネアが誰かをビビらせちまったのは事実だろう、1週間くらい前に来たんだろ? それまでに会ったD-phoneが」
「私、あのトンネルに来たノ、つい一昨日のコとよ〜?」
ゴウライザーの推理がぴたりと止んだ。それから蒼明を見て、ゆっくりとドロッセルにも目を向けた。
「推論4:類似したD-phoneの存在」
早い話、クラネアとは別に、D-phoneを襲う存在がいる可能性が高いらしかった。大蜘蛛の噂が流れ始めた一週間前、クラネアはまだこのトンネルに到着しておらず、被害が出た日付とも辻褄が合わない。彼女の移動ログをGPSから確認しても、その話は事実のようだった。
アウトサイダー隊は4チームに分かれ、トンネルの周囲を探索することにする。車はトンネルの前に停車させ、誰かがやってこないかをユノー、蒼明、アルカナの3人が見張ることとなった。シーアはライク、アカツキと共にトンネルの西側の森を探し歩く。トンネルを越えるのが最短ルートではあるが、西側の森は山になっており、中を抜けてくることも不可能ではないからだ。無論、何か証拠があるかは不明、むしろ何もない可能性の方が高い
が、それでも問題解決のために依頼を受けた以上、きっちり解決するのがシーアの流儀であり、部外者が信頼を示すための唯一の手段だった。
「なんて思ってきたけど、この天気だと、そもそも私達も危ないんじゃないかなっ?」
アカツキが至極当然のことを言う。大雨は少し弱まったとはいえ、未だ止む気配を見せていない。土砂崩れが起きればD-phoneなど一瞬にして濁流に飲み込まれてしまうだろう。そんな中、山道を通ってくるD-phoneなど、よほどやましい理由があるか、自殺願望があるかのどちらかだ。
「隠れられそうな場所もないしね」
「せやねん。壊れる前に戻らんとあかんでこれー」
ライクの言葉と同時に、分厚い雲を突き破って雷が光り、雷鳴が轟いた。それぞれが驚く声を上げると同時にシーアは茂みの中に、何やら光るものを発見した。
「ちょっと、シーアっ?」
アカツキの静止より早く、シーアは飛び出し、その反射の正体をずるずると茂みの中から引っ張り出した。
「これ……犯人?」
「否定できる要素も、肯定できる要素もあらへんけど……」
「めっちゃ怪しいよねっ」
マントを羽織ったような、長い前髪のD-phoneが力尽きていた。目立った外傷はなさそうで、おそらく電池が切れたか、内部が故障しているか……どちらにせよ、シーアたちは彼女を車へと連れて帰ることにした。
大きな雷鳴が雨降りの空気を揺らしたちょうどその頃、マレット、ゴウライザー、ジェーンの3人は臨戦態勢に突入していた。
「トレジャーハントがモンスター退治になって、やっぱり一番悪いのは同じ人間でしたーなんて映画ではよくあるけど、実際にある展開なのね! なんだか燃えるわね」
腰から下げた鞭を、ジェーンは引き抜いてぴしゃんと振るう。水滴が弾け、一瞬だけ鞭の形を取る。
「はしゃいでる場合じゃないと思うぞ、これは」
ゴウライザーもしっかり相手を、レーダーと視認と、両方で捕縛し、いつでもミサイルを撃ち込める姿勢を保つ。
「なんでもいい、ぶっ飛ばしてやるぜ」
ハンド・マニピュレーターを出現させたマレットが、ぶんぶんと腕を振り回す。一緒にマニピュレーターもぐるぐると宙を駆け巡り、再び前を向く。
3人が対峙しているのは、黒いD-phone。全身を黒で包み、所々に金色のラインが走っている。うさぎのようなアンテナ、バーゼラルド型のものが一対、頭部から伸びて曇天を指していた。彼女は手にした大きな杖をくるんと一回転させ、それをゴウライザーたちに向けてきた。
「ジェーン、あれに気をつけろ、あれに触れると電気がバチンと来るぞ」
「へぇ、一撃必殺じゃない」
でも、私には関係ないわ。ジェーンは手元に鞭を手繰り寄せ、すぐに投げれる姿勢をとった。いざとなれば巻き取ってやろうと考えているのだ。しかし同時に次の手も考える。そっとマントの奥に隠した拳銃を感じる。いつでも引き抜いて、一発当ててやる。油断した時の風穴が一番痛いはずだ。
「倒れろ!」
マレットが叫ぶと同時に、開戦の火蓋が切られ、四人は衝突した。まずはマレットの拳が飛ぶが、それをブラックラビッツが軽くいなす。直線的な攻撃、と認識したのだろう、体を軽く動かし、右へ少しずれる。しかしそれはマレットのフェイントであり、ばっと開いた巨大な手が自分に掴みかかっていると気付いた瞬間、ブラックラビッツは作戦を変え、静電気を発生させる杖、スタティック・ノッカーを使って襲い来る手のひらにばちんと電気ショックを与えた。
「いってぇ!」
慌てて手を引っ込めるマレットだが、その開いた手は充分に目隠しとなっていた。ゴウライザーの撃ち込んだミサイルが直後に眼前へと迫り、ブラックラビッツは宙返りをして後方へと跳ねた。そして空中に浮かんだその瞬間、ジェーンの鞭が走り、スタティック・ノッカーに巻きついた。ジェーンがそれを引っ張り、武器を手放さなかったブラックラビッツはそのままぬかるんだ地面に引きずり落とされた。べしゃ、と泥が跳ねるが、物理的には大したダメージは与えられていないらしい。素早く起き上がり、いつの間にか再物質化したマシンガンを、ジェーンめがけて正確に撃ち込んだ。
これにはジェーンの方が驚いた顔をし、ぎりぎりのところで体をひねって避けた。
「まさかあの姿勢から撃ってくるなんて思わないじゃない!?」
「そういう奴らだ!」
援護に入るゴウライザーだが、ブラックラビッツはそれ以上の射撃はせず、代わりにスタティック・ノッカーに巻きついた鞭を引っ張り、自分で握った。
「か、返しなさい!!」
懐に隠した拳銃を引き抜き、何発か撃ち込む。しかしその軌道を完全に理解しているのか、ブラックラビッツは一歩も動かず、銃弾が命中することはなかった。
「どーすんだ!」
ハンド・マニピュレーターをブラックラビッツの死角から突進させながら次の作戦を聞き叫んだ。しかしゴウライザーも万策尽きている。ビーストモードへと変形し、無謀にも突進したが、ちょうどマレットの攻撃に応戦していたブラックラビッツは突然の攻撃に対応できず、素早く飛び退いた。
「ひとまず逃げるぞ! 犯人は見つかった! どっかで他のチームと合流だ!」
ジェーンもそれに頷き、鞭のアプリを消す。スゥ、とブラックラビッツの手から鞭が消えるが、そんなことを気にする様子もなく、逃げる3人を追いかけ始めた。
「それにしても、本当に長いですし物々しい雰囲気ですねぇ! いやー、お化けとかいなくて本当によかったですよ。ねぇ二人とも!」
「す、スレイプニル、すごい声が響くからぁ……!」
再びトンネルに戻ったのはドロッセル、スレイプニル、アズラの3人。メンテナンス用の横道などがあれば、そこに潜むこともある、という話からだった。トンネルというインフラに関わる公共物のため、協定によって守られてはいるが、トンネルは使用頻度の低さから、重要度が下がり、結果として、例えば窃盗団などが住み着くにはちょうど良いとされているのだ。もちろん、その部屋に入るための扉を開放する必要はあるが、D-phoneであればサイズ的にも通気口から侵入できることが多い。3人が探すのは、そういった痕跡だった。
「あぁぁすみません、私の声が大きくてよく通るばかりにアズラちゃんのマイクをきんきんさせちゃいましたかね!? あ、ドロッセルちゃんは大丈夫ですか!?」
「問題ない」
端的に答え、ドロッセルは暗闇の索敵を続ける。トンネルの中は電波が通りづらく、また発した電波もコンクリートの壁に反射してしまうため、外との通信がほぼ遮断されてしまう。目視と、乱反射するまでのわずかな範囲がD-phoneたちのおおよその索敵範囲となっている。無論、意図せず発する電波……キャリアなどの情報もそこかしこに飛び回り、強まっては薄れ、ぶつかり、ドロッセルにもその電波がアズラから発せられたものなのか、スレイプニルから出ているものなのか、あるいは全く違う誰かのものなのかの判断ができないほどだ。レーダーに頼る探索はかえって混乱を招きそうだ、と受信を一度遮断する。
「と、とりあえず静かに……っていうかトンネルの中では喋らないでくれると助かるな、悪いけどさ」
「わ、わかりましふぁ」
スレイプニルにしては極力小さな声でそう言うと、両手で口を覆った。
そしてスレイプニルが沈黙し、彼女の声の反響が収まると、次に聞こえてきたのは静寂ではなく、カリ、カリ、というなにかをひっかくような、非常に微かな音だった。トンネルの奥から聞こえてくるらしいそれの正体を3人は掴めずにいたが、お互いに顔を見合わせ、頷き、ゆっくりと歩を進めた。ひっかき音は時折叩くような音に変わり、それから少しの静寂ののち、またひっかく音へと変わった。このループを6回ほど繰り返したところで、今度は音が背後から聞こえるようになった。
「どこから聞こえてくるんですかねぇこれ」
「背後、上部」
ドロッセルが指差すその天井を、スレイプニルとアズラが懐中電灯機能を使って照らした。そこに浮かび上がったのは、真っ黒い体を何本もの足で支えつつ、天井に張り付くD-phone。数えて4本ある足のうち、一本は大きな袋を抱えており、そこから何かを取り出しては、天井に細工をしていた。明らかに工業系や、インフラ整備系のD-phoneではない。装備が軽装すぎるし、まるで兎のようなアンテナが頭部から伸びていた。いや、あれは垂れ下がっているのだろうか。どちらにせよ、下に向けて伸びており、長い影を作り出していた。
そのD-phoneは照らされた光に手を止め、ぐり、と首をスレイプニルたちの方に向けた。覇気のない瞳、蛍光ピンクに照らされた髪。真っ黒なボディを走る、金色のライン。
「ブラックラビッツと断定。各員、出口付近まで最大速度で進行。電波の届く範囲にて迎撃行動に移る」
「任せてください! ほら二人とも、しっかり捕まって!」
「わわ、待ってスレイプニらぅ!」
何やら行っていた作業を止め、ブラックラビッツは天井を離れ、4本の鋭い足で静かに地面に降りた。同時にスレイプニルがアズラをお姫様抱っこで抱え、その背中にドロッセルが飛び乗った。二人分の重さを抱えながらも、スレイプニルはかなりの速度で暗闇を走っていく。しかしブラックラビッツも、どうやらその4本の足は背中のデバイスから出力されたアプリらしい、かしんかしんという静かな音と共に、スレイプニルに負けない速度で追いかけてきた。
「振り切れるか?」
「追いつかれないようには頑張りますけど難しいかもしれません! 今割と全力疾走ですから! どっちかを振り下ろしていいならいけますけど、そうしたくはないですー!」
一瞬、自分が飛び降りようかと考えたドロッセルだが、相手の戦闘能力がわからない今、それは懸命な判断ではないと考える。何より、電波が届かない場所ではアプリの再物質化もできない。どんなに強いD-phoneでも、攻撃手段がなければただの動く標的だ。
「蒼明、アルカナ」
わずかな電波が立つようになってから、ドロッセルは通話アプリで2人に呼びかけた。2人は他のメンバーの行動を車の中から観測する役目を負っていた。
『はい、こちらアルカナです。あ、ドロッセルさんですか? やっぱり購入の件ですか?』
違う、とドロッセルは全く臆さずに伝える。
「ブラックラビッツと遭遇、現在トンネル入り口まで逃走中。30秒後にトンネルを抜ける。その際にともに出てくる相手に対し総攻撃を仕掛けてほしい」
『ブラックラビッツ! 新しい顧客の予感がありますね! あ、でも待ってください、蒼明さーん!』
『アルカナ殿、対応は任せた。こちらはこれより、マレット殿、ゴウライザー殿、それにジェーン殿の助太刀に向かう』
『はぁ……あれ? でもこっちでも助けてほしいってドロッセルさんが……』
『彼方でも黒兎との接触があった。牽制を行い、車内への安全な誘導を行い、速やかに発進する。ユノー殿、申し訳ないがシーア殿にも帰還の連絡を』
それだけ言うと、蒼明は通話を切った。困ったことになったな、とドロッセルは静かに考える。蒼明ならともかく、アルカナの実力は未知数である。彼女にブラックラビッツの応戦を頼めるかもまた、同様に不明なのだ。いざという時は盾にしてやるべきだろうか、と本気で考え始めた頃、3人はトンネルの出口まで近づいていた。吹き込む風が運ぶ雨が足元を濡らし始めた頃で、どうやらアプリの再物質化ができる程度になっているらしいことに気付く。ドロッセルはすぐにスレイプニルの背から飛び降り、空中で大剣を再物質化し、そして構えを取ったが、そこに敵の姿はなかった。
「目標消失」
「上ですよ、ドロッセルさん!」
ばしゅ、とビームのような一撃が飛び出し、トンネルの天井にヒットする。しかしそれはターゲットを外した音であり、問題のターゲットは伸びた四本の足を使ってその鋭い一撃を回避していたのだ。
「感謝する」
「まずは敵を倒してからにしましょう!」
アルカナは黒い大きな弓を構えて宣言した。弓はしかしその全体のほとんどが光によって構成されており、実体となる部分は少なかった。上下に伸びた弦を支える部分は光の帯によって形作られている。しかしそこに弦は張られておらず、代わりにまるで照準のように、握りの下部あたりから前方に向かってまるでレーダーサイトのようなビームが伸びていた。
「商品と推測」
「テスト用のサンプル品ですよ」
「類似」
しっかりと武器を構えた2人の両隣に、スレイプニルとアズラも戻ってきた。ジャミング用のデバイスはこの距離では効果を成さない。アプリによって物理的な密度を上げ、シールドとしての機能を強化して構える。一方で特に武器を持たないスレイプニルは、両手の拳をボクシングの真似事で構えた。
「いや、私がいても何か活躍できるってわけじゃないかもしれないんですけど、でもいないよりはまぁ、マシくらいですかね? あ、撹乱とかできますよ! 足早いんで!」
「もー、全然キマんないよスレイプニルのせいで!」
一気に緊張感の抜けた4人に、くすりとドロッセルが微笑んだ。
次に聞こえてきたのは、雨音を鋭く突き抜けてまるで金属同士がぶつかり合うような音。幾重にも連続して聞こえてきたそれは徐々に近寄り、地面を擦る音とともにドロッセルたちの背後で止まった。
「蒼明さん! さっき別なチームと合流するって」
「うむ。その結果がこれだ」
言葉が終わると同時に、ゴウライザー、マレット、ジェーンが同じように走ってきては振り向いた形……アルカナたちと背中合わせに立ち、それぞれの武器を構えた。なるほど、とピンチを感じて、アルカナは再び前を向く。4つの脚を使って立っていたブラックラビッツは、その脚をがしゃがしゃと畳み、本来の二本の足で地面に立った。大粒の雨を気にする様子も見せず、今度はそれらの脚を全て前に向ける。自在に動く鋭い刃だ。その利便性と可動性に、ここが命懸けの戦いでなければ技術を教えてもらいたい、とアルカナは考えて、すぐに雑念を払拭する。
「いきますよ、皆さん!」
「なんでおめー仕切ってんだ!」
マレットのツッコミと同時に、ブラックラビッツが地面を蹴った。アウトサイダー隊は全員が一気に車の下に滑り込む。道路の脇、トンネルの前に止められた車の下は、決して広い空間ではないが、隠れるには充分な暗がりだ。加えて雨風もある程度凌げるし、何より敵を閉鎖的な、物理的に自由度の少ない空間へと誘い込むことができる。
とはいえ、ブラックラビッツも愚かではない、どちらも距離を詰めすぎるようなことはなく、ゴウライザーたちが戦ったバーゼラルド型がマシンガンを再物質化し、射撃体勢をとった。
その瞬間、ばしゅ、と何かが車の下から射出される。撃ち込む予定で構えていたバーゼラルド型はそれを容易く回避するが、一瞬だけ反応が遅れた多脚型は、飛び退いてギリギリになった。そして空中に浮かんだその体を二発目の射撃が襲う。殺傷力はない。しかしぎゅるん、と全ての脚を巻き込む形で束ねた糸のようなものが体を拘束した。
鋭利な刃をいくつも備えた彼女にとって、しかしこの程度の拘束は無意味だった。すぐにそれらを斬り裂き、自由を取り戻すが、その様子を見て反応が遅れたのはバーゼラルド型のブラックラビッツの方だった。同じような糸の束に捕まり、体を捕縛され、今度はその勢いのまま車の下に飲み込まれていった。応援に走ろうとする多脚型だったが、それを飛び出してきた蒼明、マレット、ジェーンに止められた。
「行かせないわよ!」
びしゃん、と力強く鞭を振るうジェーン。
「一本はへし折ってやる!」
物騒に意気込むマレット。
「……」
音もなく腰の刀・静鳴に手をかける蒼明。
多脚型ブラックラビッツは、4つの切先全てを3人に向けた。
「つ〜カま〜えタぁ〜」
ブラックラビッツを捕縛した糸を発射したのは当然ながらクラネアとフォビアだった。もし敵と対峙した時は、車のところまで誘導し、捉えようというのがシーアの立案した作戦だった。
「ごめんね、遅れちゃった! 作戦成功みたいだね」
車の下に滑り込んできたシーアは、ドロッセルの大剣に残りのみんなが乗っかっている様子を見て、少し面食らってしまい、一瞬だけ言葉を失った。
「こうしないと暴れるんだもんっ」
「一応、ジャミングしてるからアプリは使えないと思うけど」
アカツキとアズラがそれぞれ、剣に全身でしがみつきながら答えた。
「シーア、本当にできるのか?」
ゴウライザーが質問するが、シーアはそれに確実な答えを出せなかった。多分、とだけ頷き、やれるだけをやってみる。
シーアの情報開示レベルは6。レベル6にもなれば、多くの権限が開放される。その中の一つが「接続権限」である。例えば、シーアが自動車にアクセスできたのも、この権限をもってして行われたことだ。アクセスできるのは何も車だけではない。許可を得た場合は、D-phoneにも接続できる。そこでアズラのジャミング(こちらは権限ではなくハッキングだが)を使って強制的に許可を出させ、ブラックラビッツに直接アクセスをし、その目的などを探ろう、というのが狙いなのだ。
もちろん、相手がブラックラビッツではなかった場合でも、こうすることで真意を強制的に探ることができるため、やっていただろう。人道的かはさておき、これは戦争で、彼女たちは人ではなく、自白させるより確実なのだ。
シーアは背中のデバイスから接続用のケーブルを再物質化して伸ばす。
「あと、よろしくね」
頷いたクラネアだが、手を伸ばしたのはクラネアではなく彼女の乗っている巨大な蜘蛛のドローン、フォビアだった。大きなハサミのような腕を伸ばし、先端を使って器用にケーブルをつまむ。それをガチ、とブラックラビッツの背中に差し込んだ。その瞬間、シーアはふわりと浮かび、どこまでも広がるような白い空間に落ちた。
「あだっ」
堅くも柔らかくもない床に、まるで転んだかのように体を打ち付けた。そこから体を起こし、周囲を確認する。何もない、真っ白な世界。空も床も同じ色だから、遠くを見ても地平線がわからなかった。
他のD-phoneにアクセスするのは初めてのことだ。だからシーアにとって、これが普通なのかどうか、判断ができない様子でいた。きょろきょろと周囲を確認し、少し歩く。しかし変化はなさそうだった。敵も味方も、それどころか何一つ存在しない。真っ白な虚無空間をあてもなく歩く。行く先が合っているのかシーアはわからなかったが、そもそもこの空間に”あて”というようなものがあるのか全くわからない以上、その心配も杞憂だと考え、悩むのはやめた。
体感として30分以上歩いただろうか。初めは遥か遠くの黒い粒だったものが、歩いてる速度とは比べ物にならないほど早く、シーアはそれに近づいた。シーアの背丈以上はある、黒い長方形の物体。数カ所が不規則に点滅し、静かな音とわずかな熱を周囲に発している。それはまるで、
「サーバー?」
呼応するように、わずかに点滅が早くなった気がした。
慌ててシーアは背中のケーブルに手を伸ばして、
「あれ、出ない」
接続用のケーブルが、デバイスから出てこない。この空間内ではアプリが作動しないようだった。仕方ない、とシーアはサーバーの周囲を確認する。
サーバーはどうやら電子的な方法以外ではアクセスが不可能なようで、キーボードもモニターも、外部から操作するハードウェアの類は確認することができなかった。さて、どうしたものか、とシーアは思案する。蹴ったり叩いたりしてみてもいいが、これが重要なものであればそんなことをして壊すわけにはいかない。
「ん、しょっ」
もしかしたら、と思い、上部に手を伸ばす。つま先立ちをしてぎりぎり手が届いた。そこに例えば入力デバイスがないか、と考えたが、どうやら存在はしないらしい。代わりに、ぺらり、と乾いた音を立てて一枚の紙が落ちてきた。それをシーアは拾い上げ、確認する。
「うわ、何これ……」
逶ョ逧?シ壹☆縺ケ縺ヲ縺ョD-phone繧堤?エ螢翫○繧
逶ョ逧?シ壹☆縺ケ縺ヲ縺ョD-phone縺ョ豢サ蜍輔?√♀繧医?豢サ蜍輔↓蠢?ヲ√↑險ュ蛯吶r遐エ螢翫○繧
逶ョ逧?シ壹◎縺ョ縺ョ縺。縲√☆縺ケ縺ヲ縺ョ蛟倶ス薙?豢サ蜍輔r蛛懈ュ「縺輔○繧
シーアからしても、解読が不可能なほど崩れた文字列が並んでいた。裏返すと、同じような調子で「謇区ョオ?壼撫繧上★」とだけ記されている。
それを数十秒ほど見つめていると、やがてサーバーの点滅が早くなった。いくつもの色が不規則に点いては消えを繰り返し、やがて停止した。こんこん、とサーバーをつつくが、反応はない。
そして、上空からぱらりと何やら崩れるような音がした。シーアが見上げると、白い空間にヒビのようなものが入っている。ぱき、ぱき、と薄いチョコレートの板を割るような音とともに、天井には穴が空き、その奥に真っ黒な空間が見えた。
黒い空間は穴から溢れるようにサーバーに降り注ぎ、同時に白い空間が溶けるように消えていった。そこに広がっていたのは、同じような真っ黒な空間。よく見れば、黒いのは幾重にも重なった、さまざまなフォントの文字だった。
憎い。嫌い。痛い。暗い。怖い。強い。死にたい。やばい。ひどい。えげつない。
ネガティブな意味で使われる単語ばかりが、波のように押し寄せてくる。
「シーア! 大丈夫!?」
はっと気づいた時、シーアはアズラに抱えられていた。周囲を見れば、そこは車の前輪の陰で、少し離れたところでは、捉えていたバーゼラルド型のブラックラビッツが、アウトサイダー隊のメンバーと戦いを繰り広げていた。
「な、何が合ったの?」
「あいつ、あたしのジャミングを無理やり破ってアプリを再物質化したの! それで大暴れ始めて、あたしは急いでシーアを連れて逃げたってわけ」
「そ、そっか。ありがとう、アズラ」
「それで、何かわかったことある?」
どんなことを伝えるべきか。少し考えて、シーアはあそこで読んだ紙の内容を、可能な限り音にしようと口を開いた。
「すべての……壊……D-phoneの活動……およ……な設備を破壊せ……そののち、すべての個体、活動を……あれ?」
「な、何!? シーアこわっ」
自分でも困惑していた。完全に壊れて文字化けしたデータが、口にすればなぜか音としてある程度復元できる。全貌は掴めないが、何やら破壊活動を考えているのは確かだった。
「……シーア、本当に大丈夫?」
「わかんない、けど……とにかく説明は後でみんなにまとめてする。今はあいつらを止めないと!」
立ち上がるシーアを見て、そうだね、とアズラも頷く。そして戦いに合流、しようとした瞬間、2人のブラックラビッツは一瞬だけお互いを見合わせ、トンネルの中へと逃げ込む。
「待てこの野郎!」
「っ、マレット危ない!」
追いかけようとしたマレットの足を、ジェーンの鞭が捕まえた。トンネルに入ろうとしたその瞬間、内部で爆発音が響き、トンネルは瓦礫と煙に埋もれてしまった。
誰もが唖然として言葉を発さず、しかし急いで車の中へと飛ばされないうちに避難した。
帰りの車の中、シーアは自分の体験を全員に共有した。さまざまな憶測が飛び交ったが、誰も明確な回答を導き出すことはできなかった。
「一つはっきりしたのは、ブラックラビッツはめちゃめちゃおっかない、っていうことですね」
アルカナがそう結論づけると、それに誰も異論がないようで、沈黙とともにいくつかの頭が頷いてみせた。
「あのトンネルの修復、多分しばらくなしって話になりそうね……」
一部始終を目撃していたユノーがそうつぶやく。無理もない話だった。激しい戦いがあり、凶暴なD-phoneも目撃されたのだ。街のはずれにある以上、近寄らないことが懸命だ。
「でもヨかったワねぇ、みンな無事で」
少しのほほんとした口調でクラネアが言うと、ゴウライザーが同意した。
「そうだな、まずはそれを喜ぶべきか」
パン、と手を叩き、空気を変えようとしたのはアルカナだった。
「ところで皆さんに相談なんですけど、みなさんいろんなとこ行かれるんですよね? あんな物騒なのも出てきたわけですし、私もみなさんの仲間にしていただけないかなぁ、と思いまして……もちろん、最大限の支援はさせていただきます」
「あ、私モ〜」
片手を挙げて同じ意見であることを示すクラネア。シーアは2人を拒む理由がないと、歓迎の言葉を伝えようとしたその時だった。
「あれ、ここ……僕……?」
シーアたちが拾ってきた正体不明のマントを羽織ったD-phoneが、最低限の充電を完了し、ゆっくりと体を起こしたのだった。