はじめに
Falloutシリーズをプレイしていると、様々な場面でキリスト教をはじめとする宗教的なモチーフに出会うことがある。物語のメインを張るような、世界観の一端を担うような大きなネタから、果てはちょっとした(当事者である教徒以外には分かりにくい)小ネタまで、沢山の「宗教的要素」がゲーム内に散りばめられているのである。
例えば初代Falloutなら主人公であるVaultの住人の出身が「Vault13」というキリスト教的に不吉な数字であったり、Fallout3では主人公の母が好きであった言葉として、新約聖書の最後を飾る「ヨハネの黙示録」から第21章6節が引用され、ストーリー全体を通して重要なキーワードとなっていた。また、両者ともにキリスト教にとって欠かせない存在である「きれいな(ともすれば神聖とも言えそうな)水」を求めるというのがストーリーの本筋である。
その他にもFallout:New Vegasにおいてはネイティブ・アメリカンを彷彿とさせるデッド・ホースやソローズなど「部族」たちの土着信仰やニュー・カナーンというモルモン教をモチーフとした地域と宣教師の存在、またゲーム中ではあまり描写はなかったがシーザー・リージョンにおける「シーザーは火星の息子である」とする一連の火星=マルス信仰といった多彩な宗教事情を垣間見ることが出来た。
Fallout4では舞台がアメリカ建国に関わるニューイングランド・ボストン地域ということもあり、歴史的にも名の知れた実在するキリスト教会、またはそれをモチーフとしたロケーションが多く存在した。反シンス(人造人間)の村として存在する「コベナント」は、そのままキリスト教における「神との契約」を意味するし、セイラムの魔女裁判にちなむロケーションも存在した。
最新作であるFallout76では特にこれといった「霊的な」引用などは多くないと感じたが、最終戦争や核による崩壊から25年とそれほど月日が経っていないこともあってか序盤に訪れるであろうフラットウッズをはじめ各地に教会の建物が残っており、そこで活動していたデルバート・ウィンターズ牧師の痕跡などを見つけることが出来た。
こうして見てみると、結構このゲームの世界観やフレーバーは宗教やそれによる終末観……特に「キリスト教的なネタ」に力を借りているように見受けられる。それもそのはずだ。そもそもアメリカという国、その国民の大半がキリスト教(主にプロテスタント)だからである。
今回はそんなアメリカという国の、主にキリスト教(の主要な宗派)に基づいた宗教観について探ってみようと思う(なお少し毛色が違うFallout:New Vegasの部族社会、いわゆるネイティブ・アメリカン系の信仰や彼らと関わることになるニュー・カナーン人すなわちモルモン教については、また「ネイティブ・アメリカンとモルモン教枠」という別の機会を作って調査・解説して行きたい)。
新大陸アメリカへやって来たピューリタンたち
アメリカという国の宗教観を語る上で外せないのが、1620年にイギリスからアメリカ大陸へと入植して来た初期の移民であるプロテスタントの「ピューリタン」たちだ。当時「イングランド国教会」が確立されたイギリスにおいて彼らは分離派という立場を取り、国教会から弾圧を受けていた。
カトリックが支配するヨーロッパ大陸や古臭い中世キリスト教の流れを汲むイギリス国教会へ見切りをつけ、「世も末である」と嘆きながら信仰の自由や千年王国の実現、またキリスト教徒にとって理想的な社会や「神の国」の建設を求めて彼らがメイフラワー号に乗って目指したのが、新大陸アメリカだったのである。
そして彼らはFallout4の舞台であるマサチューセッツ、その南部にあるプリマスへと流れ着くことになる(ちょうどゲーム内マップの外にあたる南側の方)。
なお余談ではあるが彼らはこの時点で結構な「終末論的共同体」であり(当時のイギリスではキリスト教における終末論について盛んに議論されていたという)、今日のアメリカにおけるプレッパーの存在やフィクションにおける「ポスト・アポカリプス」「終末もの」が一定の人気を博しているのは、こういう所にも起源があるのかもしれないと思えてくる。
そうしてヨーロッパのカトリック支配やイングランド国教会とバチバチに火花を散らしていたピューリタンたちがヨーロッパを脱出して新大陸へ入植、その後イギリスの植民地であった13の州が合衆国として革命や戦争を経て独立したのが現在のアメリカという国である。
ちなみに独立戦争勃発の背景として、当時イギリスは植民地人が「アパラチア山脈」を超えて進出して行くのを規制していたり、イギリスの13植民地に対する度重なる課税に不満を持った植民地人が「ボストン茶会事件」を起こしたりしている。
アメリカの独立や建国に関わった当時のマジョリティである人々は「WASP」と呼ばれる。これは「W=ホワイト・白人」「AS=イギリス系・アングロサクソン」「P=プロテスタント」を意味し、現在でも時折風刺される形で使われることがある。
また、アメリカ歴代大統領のほとんどはWASPであり「WASPではない」とされる大統領はジョン・F・ケネディ(カトリック)、バラク・オバマ(白人ではない)、ジョー・バイデン(ケネディと同じくカトリック)の三人程度だと言われている。
それくらい、イギリス系の白人でありプロテスタントであることはアメリカ人にとってステータスであり、高い地位につながるようである。
1950年代頃までは、カトリックといえば社会下層のアイデンティティ・シンボルであった。これはプロテスタントである多数の初期移民がアメリカを開拓した後、その隙間に入り込むようにしてカトリック他の移民がアメリカへやって来たためである。彼らの多くは自力で土地を開拓するといった能力に乏しく、また資産も多くはなかったらしい。
アメリカの政教分離と信教の自由
アメリカは歴史上、初めて国教制度を憲法によって否定し「信教の自由」を保障した国である。ここで気を付けたいのは、アメリカの政教分離とは「Separation of Church and State」、つまり「(キリスト)教会と国家の分離」であって政治と宗教の分離ではない、という点だ。日本語で政教分離と言うと「政治と宗教が一切関わらない分離」として解釈されることも多いため、字義通りの正しい意味が伝わりにくくアメリカという国の宗教観(と政治の関わり)を理解する際に注意が必要である。
なのでアメリカでは大統領就任式で新大統領が宣誓を行う際には普通に聖書が用いられるし、就任式典でキリスト教聖職者による祈祷や音楽演奏が行われたりするそうだ。キリスト教それ自体はアメリカの国教ではないとされているが、こうした面で「かなり重要な位置を占めるもの」として国民に認知されている……ということだろう。
アメリカ独立革命の二本の柱は当時「啓蒙主義」と「ピューリタン的信仰」である、と言われたほどアメリカ人は自分たちの宗教や信教の自由を昔から大事にしているようで、それらは「デノミネーショナリズム(教派主義)」として政教分離に盛り込まれたようだ。
この「国教会制度の否定」と「信教の自由の保障」に基づいて、実に様々な宗教集団が生まれたらしい。例としてはキリスト教をベースとしたモルモン教、エホバの証人、クリスチャン・サイエンスなど。日本では現在でも「新興宗教」などとカテゴライズされ呼ばれることがあるこれら宗教団体であるが、その歴史はアメリカ建国時代からと結構古いようである。
またアメリカ建国後19世紀末~20世紀初頭に急増した「新移民」たちが、出身国から多様な宗教をアメリカに持ち込んだ。アイルランド・イタリア系の移民はカトリックを、ロシア・東欧系の移民はユダヤ教、ギリシャ正教、ルーテル教会などを。そして中国・日本からの移民もそれぞれアジアの諸宗教を大陸へと持ち込んだのである。
しかし彼らはアメリカ憲法によって「信教の自由」こそ保障されているものの、そのステータスはいわゆる「WASP以外の移民」であり旧移民であるWASPとは立場や地位の違いから様々な面で摩擦と対立が生じたという。
アメリカの宗教分布
さて、ではここでFalloutシリーズの世界観のモチーフとなっている1950年代アメリカの宗教事情について見てみよう。残念ながら当時の宗教に関する直接的な統計や詳細な調査記録を探すことは出来なかったが、1950年代にちょうど成人していたであろう「サイレントジェネレーション」と呼ばれる世代を対象とした、ピュー・リサーチ・センター(ピュー研究所)による2007年および2014年の「宗教構成」に関する調査結果がある。
Pew Research Center Religious Landscape Study
https://www.pewresearch.org/religion/religious-landscape-study/generational-cohort/silent/
「サイレントジェネレーション」とは、アメリカにおいて1928年~1945年までに生まれた世代を指す。日本で言うところの「昭和一桁世代」と「焼け跡世代」を足した期間に近い。
そんな彼らの宗教構成を見てみると、キリスト教だけで全体の85%を占めている。その中でプロテスタントは諸派を合わせると57%、カトリックが24%である。Fallout:New Vegasに登場したニュー・カナーン人のモチーフであるモルモン教は逆にたったの2%と少ない。
また「神への信仰はあるか」という質問に対して「絶対確実に信じる」「ほぼ確実に信じる」と答えた人の割合は合わせると87%と高い。サイレントジェネレーションは他にも毎日祈りを捧げる割合も高いなど、敬虔なキリスト教徒が多いようだ。
また、現代アメリカにおける宗教の分布や推移に関してはアメリカの非営利・無党派の研究教育機関であるPRRI(公共宗教研究所)の調査が詳しい。
The 2020 Census of American Religion
https://www.prri.org/research/2020-census-of-american-religion/
これを見ると、旧作やNew Vegasの舞台となったカリフォルニア地域に仏教徒がそれなりに居たり、ラウルのようにメキシコ辺りから流れて来たのだろうか、ヒスパニック系カトリックが多いことが分かる。New Vegasに登場するコンパニオンの多く(アルケイド、リリー、ラウル、ベロニカ)が「洗礼名」を持っていたり、キャスの名前が(その意味を本来的に理解していないとしても)旧約聖書に由来する「ローズ・オブ・シャロン」なのも、この辺りの宗教事情が関係しているのだろうか。(なお厳密に言えば、プロテスタントも宗派によってはクリスチャンネームが存在するらしい。)
医者からロボットまで!「Fallout: New Vegas」に登場する8人のコンパニオン・キャラクターが一挙公開
https://www.4gamer.net/games/089/G008972/20100916084/
余談ではあるが、初代Falloutの序盤に登場するシェイディ・サンズ村の住民やその代表であるアラデシュ(後のNCR初代大統領)はこのカリフォルニアという地域の特色をよく表しているように思う。彼の名前はインドによくあるものらしく、「ダーマ(ダルマ)の導きがどうこう」というセリフから彼はインド発祥であるヒンドゥー教、もしくは仏教徒である可能性が高い。
シェイディ・サンズの住民たちが居たVault15は多様な人種やイデオロギーの人々を一挙に閉じ込めるというコンセプトのVaultだったので、それに沿ったキャラデザインや設定をされていると思われる。(その中でキリスト教や聖書に起源がある名前を持つ門番のセスでさえ、ダーマという概念への信仰を語っているのが何とも不思議な光景である。)
またFalloutシリーズではプレイヤーに対するNPCの評判、ゲームシステムとして「カルマ」という項目が設定されていることもあった(Fallout2、3、およびNew Vegas)。「カルマ」とは日本語で「業」と訳され悪い意味に解釈されることも多いが、原語であるサンスクリット語においては良くも悪くも「当人の意思決定や行為」とその結果として蓄積される「相応の報い」といった意味合いである。仏教用語で言うところの「善因善果・悪因悪果・自因自果」がこのカルマシステムに近いであろう。
メタ的な話にはなるが、旧作である西海岸が舞台の2や紆余曲折ありながらも正式な続編として作られた東海岸舞台の3、そして再び旧作の風土に舞い戻ったNew Vegas……といったウェイストランドの広い範囲でこの「カルマ」というものは住人たちに共通の価値観・道徳観として信じられており、これもまたアメリカ西海岸を発祥とする多様な文化の表れなのかもしれない。
アメリカの市民宗教&聖地ワシントン
先に「アメリカの政教分離と信教の自由」について述べたが、アメリカの宗教を知る上で避けては通れない概念がある。それがアメリカにおける「市民宗教」というものである。
筆者はこの概念に触れ、アメリカの市民宗教は心理的には日本における神道の位置付けと近いのではないかと感じた。
「市民宗教」という言葉は1960年代に宗教社会学者であるロバート・N・ベラが発表した論文「アメリカにおける市民宗教」によって広まり、火付けられたと言われている。
簡単に内容を説明すると「アメリカに国教は存在しないが、アメリカ人の大多数が共有している宗教的志向にはいくつかの共通点があり、それがアメリカという国の制度の発展において決定的な役割を果たした」ということである。
明言こそされてはいないが、恐らくこれはおおまかにキリスト教プロテスタントのことを指しているのではないだろうか。
政教分離を掲げ信教の自由を保障しながらも、アメリカの大統領のほとんどは当選する度に就任宣誓で「当たり前のように聖書に手を添えて」宣誓する。これは初代大統領であるジョージ・ワシントンから今日まで続く人工国家アメリカの伝統のようなものだが、外から見るとそれは一見矛盾しているようにも見える。
しかしアメリカ的には「これでいい」ようである。
また、1954年にソ連が水爆実験を相次いで成功させ米ソ冷戦が激化した際に連邦議会はこの国家的な危機に対処するためスローガンもとい公式な宣誓をもって国民の団結を訴えることになるのだが……ここで宗教を是認しない共産主義に対しアメリカはなんと「one Nation under God(神の下のひとつの国家)」という文言を持ち出す。
政府側としてはこの「神」は「アメリカを導く一般制度的な神」であって特定の宗教を指している訳ではなくキリスト教の神でもないという触れ込みだったが、一般市民の多くはこれをキリスト教的な神だと感じたり、批判もあったようである。(もしかしたら、Fallout世界のアメリカでも中国との戦争中はこのような宣誓が政府によってなされていたかもしれない)
どうやらアメリカという国は信教の自由や政教分離を前面に掲げながらも、市民宗教という体を取って二枚舌的に上手いことやっているような印象である(これは日本も似たようなものだが)。
また、その市民宗教に関連してアメリカの首都であるワシントンD.C.にはアメリカという国にとっての「神聖なもの」が多数配置されているという。
例えばFallout3で訪れることになるワシントン記念塔やリンカーン記念堂などである。ここら一帯は「ナショナル・モール」と呼ばれる地区であり、観光の名所にもなっているそうだ。
Fallout3においてワシントンD.C.が舞台になったのは制作会社が変わり2Dから3Dへと新しい世代のゲームとしての変化、そしてアメリカ発のゲームとしての当時エピックな出来事だったと言えよう。(単に開発元であるベセスダ・ソフトワークスがワシントンと隣接する東海岸のメリーランド州にあったからかもしれないが。)
ちなみに余談ではあるが、ベセスダ本社のあるメリーランド州は宗教的にはカトリックが優勢で、州の名前もカトリック信者であったイングランド王妃ヘンリエッタ・マリアに由来する。
1950年代アメリカ、プロテスタントの潮流「ファンダメンタリズム」
ファンダメンタリズムとは根本主義ともいい、1920年代アメリカ・プロテスタント諸教派内に起こった論争的保守的運動のことを指す。いわゆる現代アメリカでも選挙の度に取沙汰される、票の行方が気になる政治的にも影響力の高い集団「保守的プロテスタント」である。
1920年代、第一次世界大戦を契機にして生まれた思想であり「進化論に代表される近代思想は文明を進化させるのではなく、むしろ危うくさせている」と彼らは感じていた。
社会進化思想である「適者生存」の論理がアメリカ国内では独占企業の自己正当化の哲学となり、国際的にはドイツのアーリア民族至上主義に大義を与え、結果的に第一次世界大戦を引き起こしたと考えたのである。
こういった思想は1925年に「進化論裁判」を起こしたり排他的・攻撃的性格を持っていたが徐々にそういった影響力は弱まり、1950年代以降は「福音派」がそれを継承している。その有名な指導者に20世紀アメリカの最も著名な伝道師ことビリー・グラハム牧師が存在するが、これがFallout:New Vegasに登場するジョシュア・グラハムのネーミングの元になっているかどうかは定かではない(そもそも、ジョシュアは現代アメリカの宗教に照らし合わせれば福音派ではなくモルモン教であるし)。
このようなファンダメンタリストたちにとって「最終戦争」とはソ連を中心とする共産主義陣営(Falloutシリーズでは中国)と、アメリカを中心とする自由主義陣営による第三次世界大戦であった。そして冷戦時、ファンダメンタリストたちは強固な反共主義・アメリカ至上主義の立場を取るようになる。
Falloutシリーズのブリキ大王(元ネタはスクエアのRPG「LIVE A LIVE」の近未来編)ことリバティ・プライムの数々のセリフも、あながちフィクションや誇張されたブラックジョークではないと思えて来るのである。
キリスト教的に考える終末もの、ポスト・アポカリプス
「終末もの」と言われるフィクションのサブジャンルがある。「ポスト・アポカリプス」とも呼ばれるこのジャンルは、日本の文化的には「世紀末もの」と言った方が分かりやすいかもしれない。いわゆる「北斗の拳」である。
こういったものの大半はキリスト教および聖書が示す黙示録をベースにしており、冷戦時代は「原子力が絶対的な力の象徴として描かれ核戦争によって世界が終末を迎える」といった内容の物語が民衆に強く支持されたそうだ(例としてはネビル・シュートの小説「渚にて」など)。
さて、ではアメリカは何故こうした「終末もの」が今も昔も人気であるのかという疑問が浮かぶ。日本でも現実の世紀末では「ノストラダムスの大予言」が売れに売れ、社会現象にもなったが喉元過ぎれば熱さを忘れると言うべきか、ミレニアムを迎えた後は割と皆忘れているようである。
しかしアメリカでは今でも映画やドラマなどでは毎年のように地球は滅ぶし、ゲームでもアメリカは再三滅んでいる。
もはや売れ筋のコンテンツとして確固たる地位を築きつつあるのだが、それは何故だろうか。
これにはキリスト教の終末論のひとつである「千年王国」および「前千年王国説」というものが関わっているように思える。「千年王国」とは「最後の審判」に際してキリストが再臨し千年続く王国を地上に打ち立てるというもので、信者はそこで千年の至福を味わうという。
しかしキリスト教ではこの「千年王国」がどのタイミングで打ち立てられるか、という点において新約聖書・ヨハネの黙示録の解釈が分かれており「終末もの」「ポスト・アポカリプス」に近い考えが「前千年王国説」にあたる。
「前千年王国説」は千年王国が実現する「前」にキリストが再臨し、キリスト自らが千年王国を打ち立てるという解釈である。これまでの人間の営みや世界・社会はその時点で終了、すなわち「世界の終わり」となる訳だ。
そのため「前千年王国説」を信じる人々は人類の歴史に対して悲観的かつ否定的であり、このような考え方は20世紀に二度の世界大戦を経験し楽観的進歩の哲学(「後千年王国説」を含むと思われる)が廃れた結果として注目を浴びるようになった。
こういった背景もあり、アメリカでは長く「終末もの」が人気なのではないだろうか。
Falloutシリーズは1950年代のアメリカの価値観や文化がそのまま未来まで続いたら……という世界だが、当時のアメリカの世相や宗教・信心に関する情報を見て行くと何となくではあるがこの世界観が生まれ作られた背景や、人工国家であるアメリカの本質が浮かび上がって来そうである。
参考文献
宗教からよむ「アメリカ」 森 孝一
アメリカの宗教―多民族社会の世界観― 井門 富士夫 編
Pew Research Center https://www.pewresearch.org/
PRRI (Public Religion Research Institute) https://www.prri.org/
アメリカンセンターJAPAN https://americancenterjapan.com/
20世紀アメリカ合衆国の「ユダヤ゠キリスト教的」イデオロギーの展開 : 書籍文化と政治言説の観点から 木村 智
アメリカの創造論運動小史 : 一九二〇年代〜一九八〇年代 鵜浦 裕
アメリカ「市民宗教」再考-多元主義的近代社会における「国家」と宗教の関係をめぐって- 松見 俊
アメリカのCivil Religionについて 森 孝一
アメリカの原爆観への宗教的な影響 ――SF映画における核戦争の描かれ方の日米比較―― 佐原 貴子
アメリカ的想像力における千年王国的終末論とタイポロジー 丹治 陽子
静岡県立大学 グローバル地域センター 清教徒の国家 神が与えた国・新大陸
多文化社会アメリカにおける「市民宗教」 佐藤 圭一
多様と統一:植民地時代アメリカの宗教 増井 志津代
理想都市ニューヘヴンとピューリタニズム――「神の国」と正方形の形而上学 長谷川 章
2023.04.18 初版
2023.09.19 掲載