07.冷戦と赤狩り

 1950年代アメリカを象徴するもののひとつに「赤狩り」がある。これは第二次大戦後に台頭し、イギリス・アメリカをはじめとする西側諸国=資本主義社会を脅かすと考えられた「共産主義(およびそのシンパ)」を追い出そうという動きのことである。
 Falloutシリーズでは歴史の残滓としてその影響、資本主義と共産主義の激突の名残が各所に見られる。Fallout3では中華アサルトライフルや中国将校の剣、中国軍のマニュアルと題したスキルブックなどが存在し、Fallout4でも同様にスキルブックや中国軍の潜水艦などが登場する。さらにFallout76では、リベレイターなるプロパガンダボットがアパラチアを闊歩していた。今回は、そんなFalloutシリーズにピリリと効く香辛料のような存在、共産主義と赤狩りについて調べてみよう。



そもそも「共産主義」とは何なのか

 共産主義とはそもそも何なのか。まずはそこから始めてみよう。簡単に言えば、共産主義とは私有財産をなくし全財産を何らかの共同体で共有することで平等な社会を目指す思想・政治体制である。語源はラテン語の communis (共同の・共有の)にあり、パッと見はなんだか理想的な社会のようにも思える。
 19世紀に共産主義の父マルクスと経済学者エンゲルスによってロンドンで発表された「共産党宣言」で、共産主義は世界に躍り出ることとなる。これには科学的社会主義の原理が記されており、「万国のプロレタリアートよ団結せよ」という言葉で結ばれている。
 ここで「ん?」となった方、その判断は正しい。世界史や経済の勉強などで「社会主義」と「共産主義」は違うものだと学んだ方も多いだろう。源流は一緒なのだが、共産主義は社会主義をより発展、先鋭化した思想だと思っていただければよい。何事もとことんまで突き詰めるとヤバくなる、の法則である。



冷戦の図

 冷戦というと今ではもう昔のことのように感じるかもしれないが、それ自体は世界史的に見れば「つい最近まで」存在していた。40代以上の人間であれば直にその不穏な空気を肌で感じ、それを記憶に留めていることもあるかもしれない。もちろん筆者もその中の一人だ。冷戦は、子供時代にリアルタイムで進行していた。ここではそんな「最近の出来事」冷戦について調べてみよう。
 冷戦とは、第二次大戦後の世界を二分化したイデオロギーの対立だ。その期間は1945年から89年まで続き、直接的な軍事力を伴わない戦争という意味で「冷たい戦争」「冷戦」と呼ばれた。しかしその水面下では、ふたつの大国であるアメリカ(資本主義)とロシア(共産主義)の軍事開発が凌ぎを削っていたのだ。
 核兵器の開発・実験など、ふたつの陣営はそれぞれに相手を威嚇した。そして「核をもって核を制す」として開発を進める両国の間には、いつしか「核戦争勃発の恐怖」が蔓延するようになった。そう、Fallout世界でも〈大戦争〉前、一見平和ながらも不安に満ちていた社会に漂っていた空気、その正体がこれである。
 Fallout世界は「1950年代のアメリカがそのまま続いた未来」として描かれているが、1950年代といえばまさに冷戦真っ只中だ。ゲームで〈大戦争〉以前の社会が描かれるケースは非常に少なく、ゲーム世界において第二次大戦後の冷戦がどの程度続いたのかという明確な情報は見つけられなかった。しかし、その代わりとでも言えるような状況・世界情勢は2060年代にあったようである。
 Falloutの世界は2060年代、2052年に勃発し中東の油田が枯渇する形で終結した(初期のヨーロッパにおける)資源戦争の影響を受け国際情勢が不安定であった。何しろ、今までアテにし続けていた石油が枯渇したのである。戦争の終結は平和ではなく、さらなる資源問題を世界にもたらしたとされている。
 ではその時のアメリカはというと、核融合の技術を実現・活用しエネルギー危機を辛くも脱出したものの、2050年代から続く「新型ペスト」の流行とそれを抑えようと実施された隔離政策の失敗や経済状況の悪化などから、やはり荒れていたようである。そしてそんなアメリカで暮らす市民のパニックを回避するために政府が行ったのが、反共産主義感情を煽って不穏分子の報告を奨励することであった。
 このような状況を経て2066年に中国が石油とその支配権を狙ってアラスカに侵攻し、後に〈大戦争〉として知られるようになる米中戦争へと発展する訳だが、こんな具合にFallout世界の年表・タイムラインを眺めてみると1950年代の栄華を極めたきらびやかな時代の影で人々が恐れていたもの、それが理解できることだろう。
 ゲームではその相手がロシア(ソ連)ではなく中国であったが、基本的な構図に変わりはない。第二次大戦後に世界を二分したイデオロギー、即ち自由主義体制か共産主義体制かという問いにアメリカは答えることとなる。そう、「自由」を貫くという姿勢だ。そしてそんな「自由」の旗印を掲げ、領土的野心をほのめかすようになった共産主義圏とアメリカは水面下で(もしくは明らかに目に見える形で)激突していくこととなる。



マッカーシズムと赤狩り

 1950年代、冷戦下のアメリカ、そして台頭し始めた当時の共産主義を語る上で外せないのが「マッカーシズム」そして「赤狩り」だ。
 マッカーシズムとは、1950年代アメリカで吹き荒れた反共産主義的な社会運動、または政治活動のことだ。当時アメリカ合衆国の上院議員(共和党)であったジョセフ・マッカーシーを中心に行われたことから、共産主義者、およびそのシンパ(と思われる人物)を社会的・政治的に追い出す、摘発するといった運動を「マッカーシズム」と呼んでいる。 そしてその排斥運動こそが、いわゆる「赤狩り」なのである。
 赤は共産主義を象徴する色であり(旧ソ連や中国、ベトナムの国旗が赤いのもそのため。ちなみに星のマークは共産主義の勝利を意味し、旧ソ連の国旗にある槌と鎌は労働者階級と農民の団結を意味している)、こうして行われた赤狩りは政治家の公職追放にとどまらずマスコミやハリウッドにまで及んだ。どこか集団ヒステリーめいた旋風が、マッカーシズムの出現をピークとしてアメリカ中に吹き荒れたのである。
 そのため映画界などでは赤狩りによって自由な活動をすることが出来ず、アメリカを去った映画人も多く居たという。喜劇王として名高いチャールズ・チャップリンもその中の一人である。彼は作風が「容共的である」として1940年代から非難されていたそうで、1952年、映画「ライムライト」の製作を最後に事実上の国外追放を受けた。
 他にも「共産党と関連がある」とされた映画監督・脚本家・俳優を赤狩りの中心機関、下院非米活動委員会が取り調べのために召還するなどしてハリウッドは揺れに揺れた。それらは「ハリウッド・ブラックリスト」および「ハリウッド・テン」といった言葉でインターネット検索を掛ければすぐに事情がわかることだろう。どうやら政府はハリウッドを標的にし、徹底的に共産主義者を洗い出し、取り締まろうとしていたようだ。
 赤狩りの語原は、「魔女狩り」であるといわれる。冷戦の最中、不安と疑心暗鬼に憑りつかれた人々が目指したものは、自由の名の下に行われる「自由の剥奪」であったとも考えられる。戦後アメリカの、共産主義に対する恐怖がいかに大きかったのか。赤狩りの様子を見るに、それは相当なものだと思われる。
 そんな人々の心が、かの「リバティ・プライム」の台詞に反映されているかと思うと……やはりいかにアメリカにとって共産主義が脅威であったのか理解できるような気もしてくる、というものである。



参考文献



2019.07.28 初版
2023.09.19 掲載