06.アメリカ的台所、アメリカ的朝食

 時代の流れや当時の生活を知る上で欠かせない要素のひとつに「台所事情」というものがある。食事のメニューはどんなものだったか、またその食事を作るための道具はどんなものを使っていたのか。ここでは、そんな生活の基盤とも言える1950年代アメリカのキッチンについて見てみよう。
 1950年代のアメリカの家庭と言えば、マイホームにマイカー、そして専業主婦に様々な家電といったものが挙げられる。日本の昭和時代の「理想の家庭」もこのようなアメリカ式に憧れた結果と言えるだろう。現在でも朝起きたら専業主婦な妻や母親が温かい朝食をキッチンで用意してくれている……そんな情景に憧れる人は多いのではないだろうか。
 今でこそそのような「理想的な家庭」は古いものと考えられているが、当時はこれが「理想」だったのである。そう考えると、Fallout4の主人公の一人・ノーラが弁護士として資格を取って仕事をしようとしていたり、Fallout3で主人公の母やマジソン・リーなどが研究員として腕を奮っていたりするのはそれらを基盤とした世界観の中ではある種珍しい存在と言える。アメリカという国は「自由」を象徴するが、実際はガチガチの価値観に縛られた「強者の国」でもある。だからこそ不平を謳う様々な人権活動が起き現在に至るわけだが、その背景にはなかなかに暗いものがある。
 さて、食事の話に戻ろう。アメリカ的な朝食と聞いてすぐに浮かぶものはなんだろうか。飛び出し式のトースターから軽快な音と共に焼きあがるパン、それからシリアル、そして温かいコーヒーやミルク……こんなところだろうか。
 この章では、そんな1950年代アメリカの食卓(主に朝食)について調べていきたい。



朝食の代名詞シリアル

 シリアルの歴史は19世紀にさかのぼる。それまで典型的な朝食とされていたパンと豚肉といったメニューが「不健康である」とされ、「科学に基づいた質素で健康的な朝食」を推進しようとする食品業界の運動・キャンペーンが起こったそうだ。その結果が、シリアルである。
 シリアルの代表的なメーカーとしてアメリカの「ケロッグ」がある(Fallout4のケロッグとは特に関連性はないと思われるが、彼は度々このシリアルとの関係性をネタにされるようだ)。ケロッグ社は今日でもシリアル・コーンフレークの有名メーカーとして知られているが、当初は医者であるジェームズ・ケイレブ・ジャクソンが考案した「グラノーラ」を作ろうとして失敗、手違いで小麦の生地をフレークにしてしまったという。
 この失敗を好機として、ケロッグはトウモロコシをフレークにするという実験を重ねシリアルの代表格とも言える「美味しく健康的なコーンフレーク」を開発したのだそうだ。しかし最初に開発されたコーンフレークは謳い文句に反して総じて味が悪く、「馬のエサ」などと揶揄された。そこで、「不味いよりはマシだ」とケロッグはシリアル食品に砂糖をかけることにしたのだという。
 ここで「ん?」と感じたあなた、その反応は正しい。シリアルとはそもそも「健康的な朝食」を目指して開発された食品だ。そこで一旦意識をゲームに移し、2077年の10月……Fallout4の主人公宅のキッチンにあったシュガーボムを思い出してみよう。
 シュガーボムにインタラクトすると、主人公がその説明をセリフでしてくれるのだがその内容は「一日の糖分摂取量100%を賄うことができる」というものだった。2023年現在のアメリカにおける「一日の糖分摂取量」は、アメリカ心臓協会の指標によると男性は1日あたりティースプーン(日本で言う小さじ1杯に相当する)9杯(=36gまたは150カロリー)以下、女性の場合は1日あたりティースプーン6杯(=25gまたは100カロリー)以下の摂取に留めるよう推奨されている。
 どれくらいの砂糖がシュガーボムにまぶされているかは確認のしようもないのだが、それこそ爆発的な量であることは安易に推測できる。現実世界のコーンフレーク自体がその開発過程において既に「健康」という目標を見失っていたのだから、これは何ら不思議なことではない。これもまた、Falloutシリーズによるアメリカ風刺のひとつなのだろう。



黄金期の台所を支えた家電たち

 さて、ここでアメリカの食卓を支えた家電について調べてみよう。1950年代のアメリカでは冷蔵庫などの大型家電が登場し、次いでキッチンでの労働軽減の役目を負う小型家電が普及した。
 ここでまずはFallout4の最序盤、主人公の自宅ダイニングにあるものから挙げてみよう。
 いくつものメモが貼られた大きな冷蔵庫・標準的なトースター・4つ口のコンロ・何やら大掛かりなミキサー……どうやらコーヒーメーカーは無く、毎朝のコーヒーはコズワースが「手で」淹れているようである。
 食卓の上にはシュガーボムと配達されたばかりの牛乳があり、これから食べる予定なのだろうというのがわかる。Fallout4序盤で訪れることになる主人公の台所は、なるほど「標準的かつ理想的なアメリカの台所」であるといえる。



冷蔵庫の歴史

 それでは、まずは「三種の神器」とも言われた家電のひとつ、冷蔵庫の歴史から紐解いてみよう。
 冷蔵庫の歴史は古い。冷蔵庫の歴史は食品の鮮度を保つ歴史だ。食品などを低温度で保管することを目的とした家電、冷蔵庫。大昔に「氷室」と呼ばれる雪や氷を用いた低温保存室があったことなどを知っている人も多いだろうと思う(ちなみに、「氷室」自体は日本だけでなく世界各地に存在している)。冷蔵庫はそれをもっと小型に、そして家庭用に普及させるために開発された。
 日本でも有名な家電メーカー・東芝の「未来科学館」サイト(http://toshiba-mirai-kagakukan.jp/learn/history/ichigoki/1930refrige/index_j.htm)によれば、気化圧縮式の冷凍方式を世界で初めて発明したのはアメリカのパーキンスであるという。1834年のことだ。そしてその後、1918年にやはりアメリカで家庭用電気冷蔵庫が初めて製造販売された。
 その後1950年代にはどうだったかというと、ケルビネーター社(社名が洒落ている。絶対零度概念のケルビン温度からとったそうだ)から初の「霜なし」「両開き」冷蔵庫が発売されている。今でこそ「霜取り機能」などが登場しすっかり御目に掛かる機会もなくなりつつある冷蔵庫の霜だが、やはりこれも古くから先人たちが悩み、改善してきた結果なのだろう。
 ちなみに現在あるような冷蔵庫と冷凍庫が分離した2ドア式の冷蔵庫が普及し始めたのは1960年代後半。電子レンジが普及し冷凍食品が盛んに開発されるようになってからだ。それと同時に、元々は戦場で弾薬や火薬などを湿気から守るために開発されたという、今では冷蔵庫とセットのような「ラップフィルム」が普及し始めるようになる。



トースターの歴史

 トースターで焼くもの、それは「食パン」である。食パンは18世紀頃、イギリスで誕生した。ブリキの金型を使って焼いたことから「ティンブレッド」とも呼ばれたそうだ。
 トースターの語源についても調べてみよう。「Toast(トースト)」とは「パンやチーズなどをきつね色にこんがりと焼く、あぶる」という意味の言葉だ。既に焼かれている食パンを、さらにこんがりと美味しく焼き上げ温めることを目的とした道具……といったところだろうか。
 外はカリカリ、中はふっくら。そんな食パンは美味しい。こんがり焼き上がったパンにバターやマーガリン、ジャムなどを塗り、目覚めの良い朝に食べることができたならなんと幸せなことだろう。トースターは、そんな幸せな朝食を運んでくれる家電なのである。
 昔のトースターと言って思い出すものは、やはりレトロで趣のあるポップアップトースターだ。スライスした食パンを入れ、スイッチを入れるとタイマーが働き1〜3分で「チン!」と飛び出してくるアレである。電気トースター自体はかのトーマス・エジソンが発明したが、このポップアップ式トースターは1921年にアメリカのチャールズ・ストライトが発明し、特許を取得した(1919年という話もある)。今からちょうど100年ほども前のことである。
 トースターが家庭に普及した理由はいくつかある。まずひとつは、電気それ自体の普及。先にも述べたトーマス・エジソンがアメリカに電気を普及させようと世界初の発電所と電力会社を作り、発電と送電系統の事業化に成功したという。19世紀の話だ。これにより一般家庭での電気使用が日常となり、以降、アメリカの家庭では様々な家電製品が使えるようになった。
 もうひとつは、トースターがタイマー式で「自動的に美味しいトーストを焼き上げてくれる」という手軽さだ。朝の忙しい時間帯に「スライスした食パンを入れてスイッチを押すだけ」という手軽さは、アメリカの朝食に大きな「時短」をもたらした。数分待てばあたたかな朝食が勝手に出来上がるという便利さには、現代でもお世話になっている人が多いと思われる。
 さて、最後にここで有名なポップアップ型トースターについて語ろう。1950年代アメリカで見掛けるようなトースターといえば、マグロウ・エレクトリック(現トーストマスター)社の「トーストマスター」がある。やはり当時の流行か、ぽってりとしたクロームメッキのボディで現在でも通用する完成されたデザインが特徴だ。
 トーストマスターは現代でも生産・販売されている。日本では7,000〜10,000円ほどの値段で購入できるようだ。デザインはそのままに、現代的となった「トーストマスター」はクロームメッキではなくステンレス素材となったり、食パンの他にベーグルを焼くこともできたりする。解凍やあたため直しなど、メニューボタンもいくつか追加されているようだ。
 興味があれば、個人でも十分手の届く値段なので「朝食はパン派」の方はぜひ手に入れてみてはどうだろう。きっとあなたの朝食を便利にし、彩りを添えてくれるはずだ。



コーヒーメーカーの歴史

 トースターと来れば、切っても切れない縁なのが朝のコーヒーだ。筆者も毎朝、電気式のコーヒーメーカーでコーヒーを淹れてはがぶがぶと飲んでいる(余談だが、このテキストも朝のコーヒーを飲みながら書いている)。ここではこの便利なコーヒーメーカーの歴史について調べてみよう。
 コーヒーの淹れ方のひとつに「ドリップ式」というものがあるが、このドリップ式の淹れ方が考案されたのは1800年、フランスでのことだったという。ふたつのポットを用意して上下に重ね、上のポット(小さな穴が沢山空いている)にコーヒー豆を入れ、上からお湯を注ぐというものだ。これはそのまま現代のドリップの仕方とそう変わらないもので、文章を読んだだけでもどんなものかはすぐ想像できると思う。
 もうひとつ、アメリカで流行したコーヒーの淹れ方に「パーコレーター」というものがある。これは1950年代アメリカからは少し外れるが、西部開拓時代に流行した淹れ方だそうだ。現代ではアウトドアやキャンプなどのシーンで、パーコレーターを使ったコーヒーを楽しむ人も多いらしい。
 さて、では電気式コーヒーメーカーの話に戻ろう。現代普及しているコーヒーメーカーは電気の力でお湯を沸かし、セットされたドリッパー内のコーヒー豆を濾過しながら作るというのが一般的である。この濾過に使うのがいわゆるコーヒーフィルターであるが、現在多く出回っているペーパーフィルター、およびペーパードリップが開発されたのは1908年のこと。考案したのは現在でも有名なドイツのコーヒー器具メーカー「メリタ」である。
 コーヒーメーカー(およびコーヒーマシン)が生まれた背景には、個々人によるハンドドリップの難しさがある。コーヒーの抽出には一定のコツが必要であり、淹れ方に慣れていないと美味しいコーヒーを淹れるのは難しい。一定量のお湯を、一定のタイミングで、少しずつ、しかしムラなく注がなくてはならない。筆者も一時期ハンドドリップを楽しんでいたのだが、これがなかなか難しいのだ。
 それを解消してくれるのが、自動でお湯を沸かし、自動で淹れてくれるコーヒーメーカーなのである。お湯の温度や量を一定に保ちつつ自動制御で淹れてくれるので、味にムラがなくいつでも美味しいコーヒーが飲める……といったところだろうか。
 Fallout4では、ゲーム序盤で主人公のためにコズワースがコーヒーを淹れてくれているが、これも一種のコーヒーマシンと言えるだろう。彼は言う、「ああ、おはようございます! コーヒーをどうぞ。摂氏78.6度。完璧です!」と。是非ともその「完璧」な朝のコーヒーを、飲んでみたいものである。




参考文献



2019.03.15 初版
2023.09.16 掲載