はじめに
前回、第11回のエッセイ「新カリフォルニア共和国に見るアメリカの軍事と政治」においては主にNCR的な視点からアメリカ史を語った。
今回はその逆で、Fallout:New Vegasゲーム内においてNCRと対立を深めて行くこととなる「シーザー・リージョン」が、どうして国として古代ローマを模した服や様式を採用しているのか? という点について古代ローマ史・アメリカ建国史の双方から紐解いて行こうと思う。
そしてリージョンの皇帝シーザーことエドワード・サロウは、どのような情報を元にNCRへの対抗馬として古代ローマを模したシーザー・リージョンを「建国」したのだろうか。そんな彼自身の行動や心の内についても考察して行きたい。
アメリカはローマの後継国家である
まず初めに前提として押さえておきたい事柄のひとつに、「アメリカはローマの後継国家である」という歴史的な事実や認識が存在する、ということだろう。具体的にどの辺りが、と言うと日本ではその内容に触れられる情報が極端に少ないのが現状であるが、「アメリカの様々な制度がローマと似ている」ということはしばしば歴史的・世界史的な観点から指摘される事柄なのだそうだ。
この点については「現代ビジネス」の記事(の一部)が簡潔にまとまっていて分かり易く、事前情報として読んでおくとこの後のハンナ・アーレントの「革命について(革命論)」から連なる「アメリカ=古代ローマの後継国家」を下地とした論考も理解しやすいと思うので一読をおすすめする。
中国が世界の「覇権国家」にはなれそうもない単純な理由|アメリカはローマの後継者か
https://gendai.media/articles/-/70165?page=4
アメリカはイギリスから独立した際にキリスト教的・宗教的な面でもヨーロッパ大陸と決別したが(政治とカトリック教会の分離)、同時にそこで「アメリカ建国の父たち」は古代ローマの政治や法を起源とするより民主的な「共和制」の政治体制を敷いた。(ちなみにアメリカの上院=senateという呼称は古代ローマで言うところの元老院=senatusが語源であるが、後述するアーレントによればこれは誤用にも近いもので実際の役割はローマの元老院と同様ではない。)
そして首都ワシントンにて、古代ローマの復活を夢見て建てられた「新古典主義」建築の国会議事堂がある場所は「キャピトル・ヒル」と呼ばれている。これはイタリア・ローマで言うところの「カピトリーノ (Capitolino)の丘」の英語読みであり、そこは古代ローマの政治や経済の中心地を意味していた。それがFallout3では転じて「キャピタル・ウェイストランド」となるのだから、面白い変遷である。
ハンナ・アーレントによるアメリカ独立革命論
アメリカと古代ローマを結び付ける論考の助けになる資料として、ハンナ・アーレントのフランス革命とアメリカ独立革命を比較・考察した「革命について」という本がある。
アーレントは1950~1960年代にアメリカで活動していた政治哲学者・政治思想家であり、ドイツの同化ユダヤ人家庭に生まれた経歴から1933年にナチスの迫害を逃れてフランスへ、そして41年にはアメリカに亡命したという。「革命について」はそんな中、1963年にアメリカで初版が刊行された。
しかし志水速雄訳として同時期に日本で出版されたこの本は邦訳が大変読みづらいことでもよく話題となっており、近年(2022年)になってその補遺・新訳版とも言える、みすず書房出版の「革命論」の方が日本語としては読み易いそうなので興味があればページをめくってみるのも良いだろう。
なお今回は原著(の邦訳)が難解であること、また新訳版が入手困難であることを踏まえ、その解説本となる仲正 昌樹の著作「ハンナ・アーレント『革命について』入門講義」を片手に解説を進めて行こうと思う。
※政治哲学とは……政治に関する哲学的な考察のことで、科学としての政治学とは区別して用いられる。政治の本質や理念、価値、あるいは思想やイデオロギーなどを取り扱う学問。
「革命」と言えばアメリカ独立・建国(1787年)と重なる時期にフランス革命(1789年)があるが、アメリカ独立戦争時のリーダーたちはフランスの「高貴な人」や指導者たちを見て「フランスの人々にアメリカの考える『自由の創設』は期待できない」と考えていたようだ。
フランスはアメリカ独立戦争に対イギリス勢力としてアメリカ側について戦っていたが、この戦争で国は財政難に陥り、結果としてそれがフランス革命につながった――という流れがある。アメリカ独立戦争時にフランスの協力を取り付けるため奮闘したベンジャミン・フランクリンや、後に第2代大統領となるジョン・アダムズ等は、イギリス(イングランド)と歴史的に仲の悪いフランスを独立戦争のため政治的に利用しつつも、心の中では「フランスの人々では自分たちの考えるような自由は創設出来ないだろう」と考えていたようである。
「ハンナ・アーレント『革命について』入門講義」を読み進めると、p.139からアメリカ独立革命をフランス革命と対比・比較しながら解説されている。アーレントはアメリカの民主制について「古代ローマのポリス政治と似ている」と見て評価しており、フランス革命とは違って「本当の意味で成功した」のだと考えているようだ。
そして彼女は、「革命とは既存の政治的権威の失墜の「原因」ではなく、明らかに崩壊している旧制度=権力を革命派が最初は拾い上げるだけなので一見すると最初は簡単に『成功』する」としている。
革命とは原因ではなく、単なる旧制度崩壊に伴う「結果」に過ぎないと論じているのが興味深い。日本ではマンガやサブカルチャー等の影響もあり何かと美化・美談とされがちなフランス革命であるが、フランス革命はその直後に「絶対に腐敗しない男」ロベスピエールによって恐怖政治へと突き落とされた。
そう考えると「シーザー・リージョンもNCRの腐敗の結果のひとつに過ぎない」という視点ができ、単なる「明らかに崩壊している旧制度に対するカウンターとしてでしか存在し得ない」という事実が浮かび上がってくる。
シーザー自身もリージョンと己の行動について「NCRというテーゼに対するアンチテーゼ」と運び屋に語っているが、ヘーゲルの弁証法に強い影響を受けていると思われるシーザー=エドワード・サロウはそのセリフの中であまり合理的に「ジンテーゼ」へ触れようとしない。テーゼとアンチテーゼに関する言及は多いのだが、「その先」がなかなか出て来ないのだ(少なくとも筆者がリージョンルートでプレイした所感としては)。
本来、ヘーゲルの弁証法とは正(テーゼ)・反(アンチテーゼ)・合(ジンテーゼ)の段階を経ることによって矛盾を止揚して高次の認識に至る……という思考形式である。
しかしシーザーが考えているのは(現状においては)シーザー・リージョンが持つ武力と暴力によるNCR領域の打倒・もしくはフーバーダムを含めたモハビ・ウェイストランドの支配であるように見え、現在存在するその矛盾を解消するような「高次の認識」までには至っていない印象を受ける。
ゲーム中にコンパニオンであるアルケイドに話しかけると、シーザーの人となりについて「アポカリプスの使徒の中で色々学んだのだろうが、やっていることは結局お察しの通りであり、ただの阿呆だ」といった意味合いで鋭く批判することがあるが、あながちそれは誤りではないとも言える(恐らくアルケイドはその出自ゆえにアメリカ建国の経緯はもちろん、ヘーゲル哲学・弁証法もシーザーより深く理解している可能性が高い)。
またアメリカという国の考える「自由(liberties)」の概念が、日本語では同じく「自由」と表記されるfreedomではない点にも注意が必要である。そう、あのリバティ・プライムのリバティである。
アメリカ建国当時の18世紀、特に英語使用諸国では、財産と自由は依然として同じものであったという。財産と言えば自由のことであり、「財産権を取り戻す」であるとか「財産権を擁護する」というのは「自由のために闘う」ことと同義であった。
それゆえに建国当時のアメリカでは、「古代の自由=リバティ=財産と切り分けられた個人としての自由」を回復させようという動きが出て来た。当時は現代の法で言うところの「個人の自由」など無かった時代である。そんな中、アメリカ建国の父たちは古代ローマをお手本として奔走した訳である。(もっとも、その「自由」の恩恵を受ける「人民」とは一体誰なのか? 先住民や奴隷は別なのか? という原理的な問題も当時は存在していた。フランスの哲学者ジャック・デリダは論文「アメリカ独立宣言」によってアメリカ独立前夜の人民とは一体誰なのか、と疑問を投げ掛けている。)
そして後に、アメリカという国・政治の在り方として「財産とは直接関係のない、個人の人格の自由も守る」という方向へシフトして行った。
では何故アメリカではフランスと違いその試みが成功したのか? というと、大きな要因は「絶対者の不在」であるとアーレントは言う。これはアメリカにとってはイングランドであり、王政であり、そしてカトリック教会であったと思われる。この「絶対者の不在」についてはアメリカの宗教史にも絡む概念であるため、「09.アメリカの宗教観」もぜひ参考にしていただきたい。
古代ローマの大まかな歴史
さて、ではここからは実際に古代ローマの歴史や政治・軍事がどうシーザー・リージョンへ影響しているのか? という観点で情報を紐解いて行こうと思う。まず古代ローマには大まかに分けて3つの時代区分があり、それぞれ建国神話〜王政期、共和制期、そして帝政ローマへと長い時間を掛けて移行していく。
恐らく現代人の知る「古代ローマ」の印象・イメージとして一番強いのは史実のガイウス・ユリウス・カエサルが活躍した「共和制ローマ(の末期)」、そして版図を大きく広げた末に東西へ分裂した「ローマ帝国」の時代ではないだろうか。順を追ってその様子を探ってみよう。
①建国神話〜王政期
ローマという国の創始者はローマの建設・建国神話によるとロムルスであり、彼は伝説上では王政ローマを建国した初代王であるとされる。ロムルスには双子の兄弟レムスが居り、この双子は軍神マルスとイリア(レア・シルウィア)の子であったと神話は語る。
Fallout:New Vegasのゲーム内ではあまり語られることはないのだが、シーザーことエドワード・サロウは自身を「火星の子」であると称し、それを支配下においた部族たちへの宗教的な権威として、もしくはシーザー・リージョンの皇帝としての地位を担保するため、神権政治的に利用している。
火星は軍神マルスの象徴かつ語源でもあるため、シーザーはこの古代ローマの神話を元ネタに自身の権威付けをしようとしたのではないかと推測される。
②共和制ローマ
実は、史実においてガイウス・ユリウス・カエサルが活躍したのは共和制ローマの時代、その末期である。もっとも、彼は共和制とそれを執り仕切る元老院と対立、元老院派を武力で制圧し自身を終身独裁官に就任させたために暗殺されるのであるが。
しかしその先を見るとガイウス・ユリウス・カエサルの後継者として白羽の矢が立ったオクタウィアヌス(後のアウグストゥス)が初代ローマ皇帝となり帝政ローマの時代が幕を開けるため、ゲーム内における「リージョンの皇帝シーザー」はこのような様々なローマの要素をMIXした形となっているのではないかと思われる。
新カリフォルニア「共和国」に対するカウンターとしてエドワード・サロウが皇帝シーザーと名乗り、「リージョン」を対抗馬として短い期間で一気にアリゾナ周辺から版図を広げたという話は史実のローマやガイウス・ユリウス・カエサルの活躍に通じる部分がある。
史実と決定的に違う部分は、リージョンのシーザーにはオクタウィアヌスと呼べるような優秀な後継者が居なかったことである。順当に行けば最終的にリージョンを率いるようになるのはNo.2と名高いラニウスであるが、彼は根っからの武人であり皇帝の器ではない。
③帝政ローマ
恐らくローマ帝国に関しては、キリスト教(新約聖書)を経由してその内情を知ることになる人が多いのではないだろうか。
イエス・キリストが生まれたとされるのは先述のアウグストゥス時代の帝政ローマであるし、「マタイによる福音書」に記載された逸話は「誇張されたものではないか?」という話もあるものの、ベツレヘムで誕生したばかりのイエスが「新たにユダヤ人の王となる子=ローマ帝国やその恩恵を受ける自身を脅かす存在となる」として、ローマの下でユダヤ王国を支配していたヘロデ王が「ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた」という物語は有名である。
ちなみにアウグストゥスが初代皇帝となり始まった帝政ローマは「パクス・ロマーナ」と呼ばれる平和と繁栄を遂げた。そして後に、このような繁栄ぶりは第二次大戦〜1950年代に「パクス・アメリカーナ」というアメリカの歴史にも現れるようになる。
以上が大まかな区分に分けた古代ローマの歴史である。
シーザー・リージョンと古代ローマ、ユリウス・カエサル
ここからは、実際にゲームであるFallout:New Vegas内でのシーザーおよびシーザー・リージョンと実際の古代ローマについて比較しながら小ネタ等を紹介して行こう。
まずは特徴的なリージョン兵の出で立ちであるが、これは古代ローマにおいては「ロリカ」と呼ばれる形式の鎧で、「ロリカ・ハマタ」や「ロリカ・セグメンタタ」をモチーフにしていると思われる。ハマタは文字通りの鎖帷子であり、セグメンタタは鉄の板金を組み合わせて固定するタイプのよく知られた甲冑である。
Fallout:New Vegasにおける「リージョン」という軍団自体が、古代ローマの「レギオー(カエサルのローマ軍団)」を元ネタとしていると思われるため、装備デザインもそれに準じたものになったのではなかろうか。
足に装備するサンダルは「カリガ」といい、兜は「ガレア」と呼ばれる。ガレアについては装飾も可能だったようで、指揮官クラスになるとトサカのように馬の毛などで飾り付けていたそうだ。
ゲーム中ですぐ思い出すのはネルソンに立て篭っているリージョンの「デッド・シー」や幹部クラスである「不死鳥アウレリウス(不死鳥は恐らくゼニアジ側の誤訳で、アリゾナ州の地域名フェニックスが語源だと思うが……)」に代表されるような感じ、と言えば分かり易いだろうか。
そして残念ながら、バルプスをはじめとするフルメンタリーたちの特徴的な犬の被り物については古代ローマとの共通点は見つけられなかった。この辺りは、ゲームのオリジナル設定・デザインかもしれない。
古代ローマ軍の戦闘スタイルについても紹介しよう。その強さの秘密は厳格な規律と軍規にあるそうで、この辺りはシーザー・リージョンも同様であろう。そして百人隊を基本単位とし、ファランクス陣形=密集状態を三重に編成するのが特徴的である。もしゲーム内でもこのファランクス陣形を敷かれてサーミックランスでも構えられようものなら、高レベル強装備の運び屋でもだいぶ苦戦するのではなかろうか。
ちなみにこのファランクス陣形は戦列を入れ替えることで兵士を後ろで適宜休ませることができ、持久戦に強かったという。歴史上でファランクス兵と言えばマケドニアの方が有名かもしれないが、ローマ軍の方が機動性は高くそれを活かしてマケドニアに勝利したという経緯がある。
日本人としては、戦国時代に織田信長が用いた鉄砲隊を彷彿とさせる戦術である。
そしてリージョンの前哨基地であるフォートに存在する円形闘技場も、古代ローマのそれを模したものである。ルートによっては運び屋がベニーをフォートまで追いかけ、シーザーに掛け合った上でフォートの円形闘技場にて1対1の決闘をすることになったりもする。
古代ローマの円形闘技場は剣闘士たちが互いに戦い合ったり猛獣を相手にしたりして観衆を湧かせ楽しませる娯楽のひとつであったが、剣闘士のほとんどは戦争で捕えられた捕虜や犯罪者、奴隷であったという。そういう意味では、運び屋がベニーとそのような場で決闘を行うというのも合点の行く展開である。
リージョンの皇帝シーザーと史実のガイウス・ユリウス・カエサルの共通点にも触れておこう。
古代ローマ人にとって、豊かな毛髪は美丈夫の象徴だったという。しかし薄毛に悩まされていたカエサルは逆転の発想を用いて新しく「前髪を横に流したショートヘア」というヘアスタイルを考案・発明し薄毛を隠したという。
この髪型は後に「シーザーカット」と呼ばれるようになり、1950〜1990年代の欧米で人気のスタイルとなったそうだ。何でも「紳士的に見える」のが人気の理由だったとか。
皇帝シーザーの方はNew Vegas自体の髪型のプリセットが少ないのもあってか汎用タイプの禿頭と言ったところだが、若い頃はもしかしたらシーザー=エドワードも短い前髪を横に流したりしていたのかもしれない。
そして忘れてならないのが、リージョンの「特別な友情」についてである。史実のカエサルにも生涯に渡って男色の噂は付きまとっていた。若い頃に身を寄せていたビテュニア王ニコメデス4世なる人物との関係においてそのような「噂」が立つようになったそうだが、古代ローマにおいて同性愛は異性愛と同じく自然なことと考えられており、それを表現する言葉が存在しないほどだったそうだ。
ただし男性同性愛の場合、性交の相手は自分より身分の低いものである必要があったという。これがシーザー・リージョンにおける「特別な友情」や奴隷の扱いに関する元ネタになっている可能性は高い。
まとめ
最後に、話をもう一度ハンナ・アーレントの革命論に戻そう。彼女は著書の中でこう述べている。
「公的幸福と政治的自由という革命的観念はアメリカの共和制の政治体の構造そのものの枢要部分となった。この構造が、豊かさと消費に夢中になっている社会の空いたわむれによく耐えうるような強固な基礎持っているのか(中略)、富の圧力に屈服してしまうのか、未来だけが知っている。」と。
また同様に、「必然性(=貧窮)と暴力。暴力は必然性(=貧窮)のために行使されるゆえに正当化され賛美される。」とも。欠乏状態からの解放のために暴力が正当化されるというのは現代社会でも充分にあり得る話であり、理解が出来る内容である。
果たしてFallout世界の人々は、そして現実の混迷を極めつつある世界を生きる我々は、彼女のこのような問いへ堂々たる態度で答えることが出来るのだろうか。
そんな疑問を胸に、今回のエッセイを終えようと思う。
参考文献
古代ローマ解剖図鑑 建国から滅亡まで超巨大国家のすべて
エクスナレッジ 2024.4 本村 凌二/監修
ハンナ・アーレント「革命について」入門講義
作品社 2016.11 仲正 昌樹/著
放送大学 アメリカ史:世界史の中で考える(’24) テキスト
主任講師名:小野沢 透(京都大学教授)、肥後本 芳男(同志社大学教授)
世界史の窓(シーザーのローマ軍団)
https://www.y-history.net/appendix/wh0103-008.html
アメリカはローマの後継者か
https://gendai.media/articles/-/70165?page=4
2024.12.12 初版
2024.12.12 掲載
2024.12.16 加筆・修正