魚の鮮時標本写真を撮る(淡水魚・小型魚について)

2018年1月1日作成 2023年5月25日更新


■はじめに

昆虫標本の世界に展足・展翅という技術があるように、魚にも展鰭(鰭立て)という標本技術があります。魚の場合、死亡後標本としてホルマリンやエタノールで固定を行うと著しい褪色を生じます。このため、色彩情報を残すための鮮時標本写真(固定を行う前のもの)はきわめて重要です。標本作製はプロからアマチュア、分類学者から生態学者、生理学者まで広く行われています。しかしその作製については指針となる文献がいくつか公表されているものの、写真撮影を前提とした標本作製についての文献は本村編(2009)があるだけで、なおかつ多岐にわたる作製のコツ、いわゆるtipsはあまり共有されていません。本稿ではこれまで筆者が身に付けてきた細かなコツを広く共有することで、せっかく作るのであれば、特徴のきちんと把握できる、美しい魚類標本を作製してもらいたい、という思いから、特に小型の淡水魚に焦点を絞って、その作製から撮影までのすべてについてをまとめています。中には入手の困難な薬品や機材もあるかもしれません。そのあたりは読者のみなさまの創意工夫にお任せしたいと思います。今後も標本作製技術を洗練させるべく精進していくつもりですので、その都度内容の改訂もあり得ますこと、どうぞご了承のうえでコンテンツをお読みください。

(※)ここに書かれている内容はあくまで「基本形」です。この通りにする必要もありませんし、よりよい方法を実践されることをおすすめします。


■謝辞

筆者のこれまでの標本作製、撮影技術向上にあたっては、さまざまな魚類研究者のみなさまのお知恵をお借りしております。特に木村清志氏(三重大学)、本村浩之氏(鹿児島大学)、松沼瑞樹氏(近畿大学)(当時)、藍澤正宏氏(宮内庁)(当時)、瀬能宏氏(神奈川県立生命の星・地球博物館)、田城文人氏(北海道大学)には種々ご教示をいただきました。この場を借りて御礼申し上げます。


■標本作製に至る過程

標本の作製は当然、魚を入手することから始まります。自分で採集した魚は、できるだけ生きた状態で持ち帰ります(本稿は基本的に魚が生きている前提で書かれています)。持ち帰ったら、魚が死なないうちに標本作製を始めます。


■魚を殺す

展鰭を行う前に、魚を殺す必要があります。生きた魚をそのままハリツケにしても、暴れて鰭がボロボロになるだけです。魚を殺す方法・使用する薬品には色々なものがありますが、ここでは私が実際に試してみたものについて、それぞれの特徴とメリット・デメリットをまとめます。


◇魚を殺す薬品・非薬品


・ホルムアルデヒド(ホルマリン):ホルマリンは5~10%程度に氷水で薄めて使用します。それ以上濃いと、鰭が即座に固定され展鰭ができなくなる、体表粘膜が白くなるなどの問題が生じます。魚を入れるとすぐに口を半開きにして絶命することが多いので、すぐさま取り出して水洗いします。体色はわずかに薄まるものの、ほとんど変化せず、なおかつ安価なことがメリットですが、魚を浸しすぎると鰭が開かなくなる、DNA利用に支障を来す、ハゼ科やドジョウ科では効果が薄く、死ぬのを待っているうちにやはり体が固まってしまうという問題点があります。ほかにも、苦悶死して一気に死後硬直し、体が変形する場合もあります。小型海水魚にはきわめて効果的な場合があります。


・エチルアルコール(エタノール):エタノールはどのように薄めても必ず溶色を生じ、体や鰭が褪色します。鰭は強く脱水を生じて展鰭が困難になります。したがって、エタノールによる殺生は全く不向きです。


・アミノ安息香酸エチル(ベンゾカイン):人間にも局所麻酔に使われる薬品で、10 gから20 gを99%エタノール100mlに溶かし、それを原液として水500 mlに対して1ないし2 ml程度加えて使用します(藍澤、2009)。魚が動かなくなったら体表の薬液をさっと洗い流してから展鰭に移ります。ベンゾカインは水に非常に溶けづらく、よく攪拌、さらに使用後は水洗してから使用しないと再結晶化して鰭先などに付着する場合がありますので注意が必要です。コイ科の淡水魚では婚姻色が明瞭に顕われるために有用ですが、ハゼ科では体が黒化し、模様が視認しにくくなる難点があります。


・ジエチルエーテル(フェノキシエタノール):水に溶かして使用しますが難溶です。魚が動かなくなったら体表の薬液をよく洗い流してから展鰭に移ります。魚種や体サイズによる濃度の調整が非常に難しく、薄すぎても魚が死なず、濃すぎると体表粘膜に白変が生じます。これを取り除いていると体表の鱗や鰭まで傷つけてしまうことがあります。ベンゾカインと同様にコイ科の淡水魚では婚姻色が明瞭に顕われるために有用ですが、ハゼ科では体が黒化し、模様が視認しにくくなる難点があります。やや臭いというのもデメリットのひとつでしょう。


・FA100:オイゲノールを主成分とする、観賞魚の治療等にも使用される麻酔薬で、入手は容易ですが高価です。体色はベンゾカインやフェノキシエタノールと比較してよくも悪くも生時と変化しづらいですが、ハゼ科ではやや黒化する場合があります(濃度によるかもしれない)。麻酔としての機能が高いため体表粘膜の追分泌につながる場合があり、特にフナやカネヒラ、ナマズといった分類群で顕著です。展鰭の難しいウナギ目の幼魚に対しては緩やかな麻酔によって鰭を自然に広げられる利点もあります。魚が生き返らないよう、濃度をある程度濃くして魚を殺す必要がありますが、濃すぎると傷んだ鰭先が透明になることがあるため注意が必要です。良くも悪くも殺生過程であまり体色が変化しないため、殺す前には色の濃い容器や、暗い色の底砂を敷いた容器に入れて、やや強い光を当てておきます。婚姻色のあるものについては、雌や同種の雄と一緒に入れておくと色が維持されやすい傾向があります。ただし、麻酔薬としての性質から、タナゴ類などでは婚姻色が淡くなることもあります。


・クローブオイル:クローブの抽出物で、オイゲノールが主成分です。市販のクローブ・クローブパウダーを利用して手軽に作成でき、しかも安全です。成分は先のFA100とほぼ同様のため、魚の挙動も同様です。


・キナルジン(ジメチルキノリン):水に溶かして使用しますが不溶です。魚が動かなくなったら体表の薬液をよく洗い流してから展鰭に移ります。体色がやや薄くなる場合があり、長く浸すと時に著しく退色します。とても臭いこともあり、標本作製にはやや不向きです。ただし、非常に有効な分類群があることもたしかです(玄人向け)。


・ハッカ油:(試用中)


・炭酸水:薬品フリーでどこでもできる、入手も容易なことがメリットですが、体色はわずかに薄くなります。麻酔効果は液体中の二酸化炭素が薄まるにつれて急激に低くなるため、注意が必要です。フナなどの大型の魚には不向きですが、小型のハゼやタナゴ類には使用可能です。ただし、タナゴ類の婚姻色はある程度退色します。


・氷:薬品フリーでどこでもできることがメリットですが、体色は淡くなってしまいがちです。麻酔の過程がないため、特に夏場などは展鰭後の撮影中に死後硬直が始まる場合があり、この場合非常に残念なことになります。氷殺は低温への耐性が魚種や体サイズによって大きく異なるために、十分な経験が必要になります。たとえばアユはすぐに死亡しますが、手のひらくらいのフナやコイ、ハゼ科はなかなか死にません。なお、氷殺は時に大型のコイ科やサケ科の標本作製において効果的に使用できることがあります。


・塩氷:薬品フリーでどこでもできることがメリットですが、入れた直後に目が白くなることがあります。実質酸欠死になると思われるので、口が開きます。ドジョウ科やウナギ科、ナマズ目では大量の粘液が出る場合があります。要するに選択肢として不適当です。


・水から出して殺す:魚ですので、袋に入れたまま水から出しておけばいずれ死亡します。特に冷温下でこれを行うと時に良い状態で殺すことができますが、ヨシノボリ類では時間がかかるうえに色みが安定せず、経験が必要です。また、ドジョウ類では困難です。ごく少量の水中で酸欠死させる方法もありますが、一般に口が大きく開いてしまい戻すことが難しくなるため、こちらは小型魚類には不向きの方法でしょう。


結論:基本的にFA100/クローブオイルかベンゾカインを利用し、状況に応じて(入手性)その他の方法を利用。エタノール、塩水は全く不向きなので利用しない。


■殺したあとの処理

いずれの薬品を使った場合でも、普通の真水を張ったバットなどに入れて薬品をすすぎ落とします。この際、水の温度が高すぎても、逆に冷たすぎても死後硬直を早めてしまいますので、理想を言えば8度から18度程度のものを使った方が良いでしょう。(展鰭前には必要に応じてDNA解析用の鰭あるいは肉片の採取を行います。)

■展鰭(鰭立て)

◇道具類


・展鰭桶:魚の展鰭は発砲スチロール板などの板上で行われることが多いのですが(板上展鰭)、板上展鰭では軟条が高濃度のホルマリンによって脱水・退縮されがちで、なおかつ乾燥しやすいという難点があります(特に柔らかい棘と軟条、鰭膜をもつコイ科やドジョウ科、ハゼ科)。したがって、ここでの対象魚種では水中展鰭が基本になります。展鰭桶は適度に底の浅い発砲スチロール(実山椒などが入っているもの)がよいです。白背景の発砲スチロールではハゼなどで鰭条の視認が難しい場合があるため、浅いタッパー容器に黒色・灰色・青色の底張りをしてもよいものができます。いずれにせよ、あまり深くないものが利用しやすいです。


・針:針は志賀昆虫社の微針、00号、0号の3種を使い分けています。鰭膜に穴を開けるのは微針か00で、棘を引っかけて立てたり、体を固定するのは00か0号です(詳細は後述)。鰭膜に開ける穴は微針等で最小限に、ただし大きい魚の場合細い針ばかりでは針が弱くて役不足になりがちです。


・ピンセット:小型魚の展鰭、特に微針を伴う展鰭によって、それを掴むピンセットは重要です。実際には微針を掴むピンセットと、鰭を掴むピンセットがあるとよいです。微針を掴むピンセットは、柔らかくコシのあるものが使いやすいです。硬いと手の馴染みが悪く、重要なところで妙な動きをして失敗につながります。私は100円ショップで購入したものも使っています。


・耐水紙:小さく切って、鰭が乾かないように貼り付けるのに使用します(詳細は後述)。工夫すればほかの紙類でも代用できます。


・その他:魚が小さい繊細な作業になりますので、スタンドライト等の手元を照らす照明器具を使うことを推奨します。スマホのライトで十分です。

実際に使用している道具類。白いものは実山椒用の発泡スチロール。

タッパーに底張りをした展鰭桶。

◇展鰭する(鰭立て)

展鰭の順序の基本は、①魚をすすぐ>②桶に水を張る>③魚を固定(頭部)>④魚を固定(尾鰭(必要に応じて尾柄も))>⑤背鰭>⑥臀鰭>⑦腹鰭>⑧尾鰭のゆがみを直す(完成)>⑨ホルマリンの滴下です。ここでは順を追って説明します。


①  魚をすすぐ。麻酔液がついていると色変・結晶付着などの原因になることがある(FA100やクローブオイルではよく薄めた麻酔液中で展鰭することも可能)。


② 桶に水を張る。水を張る量は魚のサイズに応じて変える。背鰭・臀鰭の基部が、水に浸かるか浸からないかくらいが望ましい。ホルマリンで眼が白くなるので絶対に眼を液中に浸さないこと。

③ 魚を桶に入れ、まずは体軸をまっすぐにしてから、頭部側を固定する。魚の展鰭は基本的に、尾方向に向かって寝ている鰭を頭側に無理矢理起こす作業になるので、頭側がずれがち(魚体がどんどん頭方向に逃げて行ってしまう)。これを防ぐために頭の固定は重要。上(背側)+下(腹側)、または上(背側)+中(吻端の前)+下(腹側)の3本でしっかり固定する。固定時の針の向きに注意(針痕が付くのを防止する)。

体の歪みを整えて置き、魚の前後を固定する。写真のように背鰭の前方や、腹鰭の前方にも体を固定するための針を置くことがある。

このような形がのぞましい。

これは悪い例。

④ 次に尾部を固定する。尾部は尾鰭だけでよい場合と、尾柄も固定すべき場合がある。尾柄が長くしなやかであれば(アユやボウズハゼなど)両方の固定が必要。一方で尾鰭下葉に1本だけ針を打てば十分というようなものもある。鰭膜を貫通する針は、通常主鰭条の最上・最下のものに沿って打つが、臨機応変にもう少し内側に打つこともある。魚種によってはより根元側に針を打たないと、尾鰭が変な形に歪んでしまうものある。

⑤ 背鰭。図鑑等を参照し、形を把握してからピンセットで開く。先に鰭の後端から支えるように補助の添え針を打っておくと鰭がきれいに広がる(添え針は最後に取り去る)。慎重にピンセットで背鰭を持ち上げ、鰭膜に針を打つ。針は各鰭、基本的に鰭膜の軟条または棘寄りの、かつ中央付近を狙って打つ。末端に近い部分ではそこから鰭が裂けることにつながる。基部に近すぎてもうまく立たない。コイ科の場合、第1軟条と第2軟条をそれぞれきちんと立てた方が美しい。棘が著しく伸長する種では、鰭膜に穴を一切開けず、棘に針を引っかけるだけで展鰭できる場合もある。

⑥ 次に臀鰭。背鰭と同じ要領で。基底が短いことが多いので背鰭に比べて容易。背鰭や臀鰭は、その形によっては頭部方向だけでなく、尾部にも引っ張って頭尾双方によく開いたほうが美しい場合がある。ただし、最後の鰭膜が、尾柄にくっついていないか注意する。

⑦ 腹鰭。まずは針を打たずに開いてみて、どれが第1軟条(あるいは棘)か確認したほうがよい。ある程度しっかり開くがオイカワなどでは全開にすると反り返ってしまうのでほどほどがよい。他の鰭とは異なり、腹鰭のみが完全に液体から出て、なおかつ単体で空気に曝されることが多いので、鰭先が乾かないように耐水紙(あるいはトレーシングペーパーなどでもよい)を切って、水で濡らして貼り付けておく。ハゼの場合、腹鰭が吸盤状になっているので、適当に形良く立てる。

⑧ 尾鰭。ここまでのプロセスで大抵体軸が少しゆがむので、それを修正しつつ尾鰭を正しい位置に据え直す。尾鰭はオイカワの幼魚などでは全く開く必要がないが、通常上下方向にいくらか開ける。目安はしわがなくなる程度で、開きすぎても不格好になる。針を打つ位置は、コイ科なら一番外側の鰭条ではなく、主鰭条1本内側あたりが形良く広がる。ハゼ科についてはケースバイケース。特にヨシノボリ類では主鰭条の前方で鰭膜が大きく発達することがあるため、この部分がしわになったり、不自然に閉じたりしないように注意を払う。これにて完成。なお胸鰭については少々開く程度で良い。

⑨ 最後に、ここまでの過程で体軸のゆがみや、鰭のたわみが生じていないことを確認したのち、ホルマリン滴下を行う。ホルマリンは魚体サイズと展鰭桶の水の量に合わせて、各鰭の基部付近に10~50%ホルマリン(一般には20%程度が使いやすい)を2~10滴程度ずつ、鰭の付近のホルマリンの濃度が15%を越えないような程度を感覚的な目安としてスポイド等で滴下する。これ以上濃いと鰭が退縮する、あるいは、体表に残っている粘膜が白く固まりやすくなることがある。滴下が終わったら全体に少しだけ霧吹きをかけてホルマリンをわずかに薄める。この状態で数分から30分程度待つ。長く待つ場合には時々霧吹きをかけ、体の水から出ている部分が完全に乾かないように注意する(特に銀色の体表の魚は乾いた部分が青変する)。この際、サランラップ等を活用しても良いが、ティッシュペーパーなどを掛けると展鰭桶の液体がティッシュペーパーに染み入り、魚体の体表や眼に付着、白化する原因になるため避ける。ここまで終わったら、③で魚体を固定するために打った針は取り除いてもよい(魚体の余計な凹みを防ぐため)。

◇例外的な展鰭方法の魚

・ナマズ:ナマズは長い臀鰭基底とごく小さい背鰭が特徴で、しかも頭が縦扁、体は側扁しているやっかいな魚です。固定時に頭の背側に小さな発砲スチロールを置いてやると、体が安定します。尾鰭を固定したあと、背鰭より先に臀鰭、次いで腹鰭を開きます。シワなく臀鰭を広げた上で、体もまっすぐになっていることを確認しましょう。最後に背鰭を立てます。上顎のヒゲは寝かせた状態で根元にわずかにホルマリンを塗布し、下顎のヒゲは自然に広げておきます。ワラスボやチワラスボのような種についても臀鰭基底が長いため、同様な方法を採用します。後ろ側から順に根気よく立てていきましょう。

・ナマズやギギの仲間:ナマズやギギの仲間は死後めまぐるしく体色が変化し、場合によっては特徴的な模様が消えてしまうこともあります。すぐに処置を始めることが肝要ですが、あえて左側を下にして展鰭すると、左側の体色変化を低減できることがあります。ただし、この際のホルマリン濃度はきわめて薄く保ちます。濃度条件は水温によって変わります。

・ハゼ科(ヨシノボリやマハゼなど):ハゼは背鰭が2枚あります。第1背鰭の鰭膜は案外弱く切れやすいので、先に第2背鰭を広げておいて、次いで臀鰭、その後に第1背鰭を広げるとよいです。ただし、第2背鰭を広げる際に第1背鰭が邪魔になることがあるため、そういう場合にはまず第1背鰭を邪魔にならない程度に仮立てしておくとよいでしょう。


◇その他の注意点

・夏季の展鰭:夏季には水温が高くなり、死後硬直が早まります。展鰭桶の端に氷を置いて、低い水温を保ちつつ展鰭を行うとよいでしょう。

■魚を撮影する


きれいな鮮時標本写真は、すでに撮れたも同然です。美しく展鰭された状態の良い標本は、はっきり言ってどう撮ってもうまく撮影できます。撮影の基本は本村編(2009)にもしっかりと書かれていますし、改めて私から説明すべき順序大筋はありません。ここでは、私が撮影時に注意していることと、その理由を列記しました。


◇撮影時の注意(水槽底に静置し、上から撮影する場合)


・天井方向からの光を十分に遮る


普段の生活ではほとんど気が付きませんが、透明なガラスやアクリル、水面は光のやってきた方向を反射します。すなわち、水槽に水を溜めて上から写真を撮ってみると、カメラや自分の手、天井が写り込むことになってしまうわけです。これでは美しい写真が撮れませんので、その光を遮ります。完全な箱形の遮蔽装置を作って、上から被せてしまうのが一番よいのですが(天井だけでなく横方向からの余計な光も遮ることができる)、それではカメラや照明器具の操作、魚の入れ替えに不便です。それで、私は黒あるいは暗い色の板を覆いに利用しています。カメラもろとも天井からの光を遮る算段です。白い板を使うと、特にカメラと水槽水面の距離が近い場合に照明器具の光が天板自体に反射し、結局水槽に写り込んでしまう(水槽全体が白被りする)ので、黒い色の板を使います。ただし、天井の非常に高い部屋ではこのような配慮はほとんど必要ありません。

・黒背景にはハイミロン一択


黒背景にはさまざまなものが利用できますが、最良はやはりハイミロンです。きわめて低反射で、全く写真加工を施さなくても十分な黒抜け写真を撮影することが可能です。照明の位置や角度を変えても、ほとんど反射しません。布で濡れにも強く、楽です。洗濯には向いていません。


・水槽は直置きせず、段を上げて撮影する


撮影水槽は四隅にプラ瓶やガラス瓶を置いて、段を上げて使用します。特に白背景では、魚の影の映り込みを防ぐ意味がありますし、魚の輪郭が明確になる、黒/白背景の入れ替えが容易という利点もあります。

・水槽に入れた魚のケア


上記の展鰭方法では魚体の表面に粘膜がしっかり残っていますので、水槽に入れると魚に気泡が必ず付着します。これは撮影の邪魔になりますので、まず黒っぽい桶やバットに水を張り、そこに展鰭の終わった魚を入れて、付着した気泡を柔らかい~中程度の堅さの筆を使って優しくつつくようにして取り除きます(私は絵筆や眉毛描きを使っています)。その後、撮影水槽に移します。

粘膜については、基本的に残すという手法を採用しています。死魚の場合は体の粘膜をきれいに取り除いてから作業しますが、生きた魚を使う場合にはこれを残しています。ただ、鰭の固定に固定長い時間をかけると、どうしても鰭膜上の粘膜が白化し、剥がれてきます。見た目にも美しくありませんので、これは筆を使ってやさしくむらが出ないよう丁寧に除去します。

もうひとつ、やっかいなのが腹に空気が溜まって魚が浮いてしまう場合が(けっこう)あることです。このような場合には小型~中型魚なら右体側の鰾にメスや解剖バサミを使い穴を開けて空気を刺抜きます。この際余計な傷を付けたり、鱗を剥がさないよう注意します。慣れないうちは腸や心臓などを刺して水を汚してしまいがちなので、この作業も他の容器に水を張って行うのがよいと思います。だいたい浮くのはフナやコイ、タナゴです。とても小さい魚では、鰾に穴を開けることが難しいこともあります。このような場合には体の右腹側の、絶妙な位置に針を刺し、針をおもりに利用しするなどで調整します。

・水槽の色に注意


アクリル水槽の場合にはさほど問題になりませんが、現在販売されているフルガラス水槽の多くは、ガラス自体がわずかに青緑がかった色になっています。これをそのまま使用すると、カメラのホワイトバランスが自動で調整され、魚体の特に緑や青系色が抑制された撮影画像になることがあります。イメージでは写っていませんが、カラーチャートを写し込み、後から色彩の調整を行うと、実物そのものの発色を実現することができます。ただし、水槽サイズにたいしてかなり大きい魚については影響を低減しきれないことがあります。

理想的には全く透明なガラス(白板)やアクリスケースの方が良いのかもしれませんが、前者は高額で、後者の場合傷が付きやすいという難点があります。

ホワイトバランスの調整については福家悠介さんのウェブサイトに詳しく解説されています。http://yufuke.main.jp/specimenphoto.html

・水槽に入れてから、魚の角度を調整する


うまく水槽に沈んだところで、魚体は必ずしも正しく静置しません。魚の体は、側扁したり、縦扁したりさまざまで、時に胸鰭や頭部の形が特殊で、正しく側面方向を向かないことがあるのです。このような場合には魚体の下に“枕”を入れて、魚の向きを整えます。枕には消しゴム(大きさや形を調整しやすいがやや軽い)、ガン玉(内側にゴムパッドの付いているものを完全に開いて使用する)、釘などを利用しています。

実際に使用している枕の一部。

魚の下に潜り込ませ、うまく体の向きを調整する(イメージ)。泡は取る。

・照明は高さ/角度を自由に変えられるものを利用する


魚の撮影には光の角度、入射の高さが重要です。これは魚の大きさ・厚み・模様の有無等によって最良の状態が異なるためそれぞれ調整が必要になります。場合によっては同一個体でも白背景と黒背景間で個別に調整が必要なことがあります。ですので、照明の高さや角度が自由に変えられるよう、スタンドを工夫すべきです。私は普段、写真のようなスタンドを利用していますが、出張時には会議室のパイプ椅子などをスタンドとして利用することもあります。照明は棒状でも球状でも構いません。小型の魚であればほとんど違いはありません。また、かつては写真用レフランプを使用していましたが、現在のデジタルカメラであれば普通の蛍光灯で十分でしょう。その後の適切なホワイトバランス調整が可能かつ容易だからです。複数のライトを使用する場合には色温度の同じものに揃えましょう。

与那国島調査での撮影状況(2015年)。カメラは雲台を付けた三脚に固定し、電球形蛍光灯(パナソニック  パルックボールスパイラル レフ形 電球100W形相当 EFR25EN22SPF)のクリップライトをパイプ椅子に挟んで撮影。だいたいの小型魚はこれで撮れる。

しばらく使用していた撮影台(2017年4月~)。コピースタンドを横長蛍光灯(LPLコピーライトFL-2152)で照らしている。

現在使用している撮影台(2019年1月〜)。コピースタンドを横長蛍光灯(LPLコピーライトFL-427)に、簡易なディフューザーを取り付け照らしている。

・ここには書けない工夫もある


ここには書けない(書かない)工夫も色々あります。いろいろと試行錯誤してみてください。

美しく撮影した写真は九州の川魚に連載しています。その作成の基本形はここに書かれているものですが、さまざまな応用を含みます。

文献

藍澤正宏(2009)標本用麻酔薬.8 p.In: 本村浩之(編)魚類標本の作製と管理マニュアル.鹿児島大学総合研究博物館.

本村浩之編(2009)魚類標本の作製と管理マニュアル.鹿児島大学総合研究博物館.70 pp.PDF