石倉これくしょん
ーうなぎ伝統漁のアーカイブー
ーうなぎ伝統漁のアーカイブー
2018年1月1日作成 2025年8月16日更新
■はじめに
ここでことさらに述べるまでもなく、ニホンウナギは減少の一途をたどっています。その原因は諸説ありますが、ニホンウナギ資源の減少に際して、未だ有効な策を打ち出すことはできていません。他方、ニホンウナギの減少に伴って、ニホンウナギを直接・間接的に利用する「うなぎ文化」は急激に縮小しています。特にその影響を大きく受けているのが親ウナギの漁撈文化です。わが国では30種類を超える多様なうなぎ漁業が営まれてきましたが、その多くがすでに姿を消し、残っているものについても風前の灯火です。この中で、当ページではうなぎ石倉漁に焦点を当て、その分布、呼び名、形状、漁法についてのアーカイブ、石倉これくしょんを行っていきます。ニホンウナギがいなくなってしまったら、当然この多様な漁撈文化も姿を消してしまいます。これはとても悲しいことです。うなぎ石倉の盛衰を通して、ニホンウナギについて考えるきっかけとなれば幸いです。
○情報提供のおねがい
全国各地の石倉情報を集めています。これまでに九州だけで50以上の石倉の存在する河川、またはかつて存在した河川を確認していますが、他にも多くの石倉があるはずです。すでに石倉の存在が分かっている河川であっても、どのように漁を行っているのか、呼び名はどうかなど、分からない情報が沢山あります。もし、石倉をご存じの方がいらっしゃいましたら、yusukeelologyあっとgmail.comまでご一報をいただけますと幸いです。
■石倉これくしょんの記載について
石倉これくしょんでの石倉の記載は、石倉(形成時)の記載として、外形(俯瞰)、外形(側面)、石の構成、形を、次いで開封時にしか分からない特徴の記載、これは石倉プール形成(石倉を構成する石を外側に向かって取り除いた際にできるU字、C字ないし円形の構造のこと)の有無や形成時にはその形、掘り下げの有無とその形、石倉内部の筒、箱などの有無を記します。さらに河床の環境や、備考として入札制度の有無、現状での総個数、漁業形態(人数、うなぎばさみや囲い網、箱めがねなどの使用有無)、感想という順で記載します。河川の順序は基本的に調査日順で、調査日ごとの河川は順不同、気が向いた順に並んでいます。
■うなぎ石倉漁とは
石を積み上げた石倉を作り、そこに隠れ入ったニホンウナギを捕獲する積石漁です。形態はさまざまで、丸いものから四角いもの、内部に竹筒をもつものなどがあります。ニホンウナギ以外にもさまざまな生物が入ってくることが分かっています(原田ほか,2018)。石倉は地域によって、石積み、石ぐろ、あぐら、うなぎ塚などと呼ばれています。この漁法は大きな石を沢山動かすという重労働を伴うこと、ニホンウナギの個体数が減少し、労力に見合わなくなってきていることなどから、年々その数を減らしています。なおニホンウナギ以外を対象とし、うなぎ石倉と同様、隠れ入った魚を捕る積石漁として、他に鳥取県湖山池の石がま漁(主な対象魚種:フナ類)や、現在は行われなくなっている諏訪湖の屋塚漁(フナ類)、多摩川や渡良瀬川流域の石倉漁(ウグイなど)などがあります。
■千綿川(ちわたがわ)長崎県
記載 俯瞰形は概ね円形で,直径約1.7―2.2 m,稀に膨らみのある四角形のものもある(左上・右上図).高さは約70―90 cmで,基本的に平坦型だが,大石の存在で天井面はややいびつになることもある.石は角の丸まった河川石で構成され,外縁を囲むように長径40 cmから大きなものでは90 cmの大石が敷設され,その内部長径8―30 cmの中石が積み上げられる.開封時にはC字型の,概ね下流方向に開口部をもつ石倉プールが形成される(左下図).石倉プールの内径は約1.2ー1.5 m,外径は約2.2―2.6 mで,椀伏形をなす.プール内部は全体が最深30―50 cm程度で船底形に掘り下げられている.椀伏形以外に外縁石だけを残し,内部の中石を石倉プールの両脇に山積みする特殊型がみられる(右下図).
河床環境 やや粗い砂底に直径10 cm程度の小石が散在する.流れの速い箇所では直径3―15 cm程度の礫と小石底.
備考 千綿川の石倉は株主制で,まず株主が応募して数万円の株を買い,その後希望者に1箇所いくらかで分売する(中尾,2018).
感想 ごつごつとした巨石を含む野性味に溢れる巨大な石倉は,見る者を圧倒する.一方で石倉の開封に非常なこだわりを感じさせる特殊型が存在するなど,しかるべき多様性がこの川にはある(2017年12月9日訪問).
■彼杵川(そのぎがわ) 地方名 ウナギヅカ(うなぎ塚)長崎県
記載 俯瞰形は概ね円形で,直径約1.5―1.9 m,稀に膨らみのある四角形のものもある(左上図).高さは約60―80 cmで,基本的に平坦型だが,中央部の石が盛り上がるものもある.石は角の丸まった河川石で構成され,外縁を囲むように長径30―50 cmの大石が敷設され,その内部長径10―30 cmの中石が積み上げられる.開封時にはC字型の,概ね下流方向に開口部をもつ石倉プールが形成される(右上図).石倉プールの内径は約1.0―1.2 m,外径は約2.4 mで,お椀を伏せたような形をなす.石倉中央下部に設置される仕込み筒が露出する.仕込み筒は口径5―8 cm程度の塩ビパイプないしゴムパイプで,2から8本(通常4本)が流路と垂直に設置されている(左下・右下図).プール内部は全体が最深30―40 cm程度で船底形に掘り下げられている.
河床環境 概ね直径数cmの小礫に覆われる.
備考 なし
感想 側方の河川公園とともに独特の奇観を形成している.形の揃った多数のプールはあたかもそれ自身が河川工法の一部ではないかと錯覚してしまう(2017年12月9日訪問).
■川棚川(かわたながわ) 地方名 ウナギヅカ(うなぎ塚)長崎県
記載 俯瞰形はいびつな円形で,直径約1.4―1.7 m.高さは約50―70 cmで,小山形をなす(左上図).石は角の丸まった河川石で構成され,ランダムに長径5―60 cmの石が積み上げられる.開封時にはC型ないしU字型の,下流方向に広い開口部をもつ石倉プールが形成される(右上図).石倉プールの内径は約1.8―3.0 m,外径は約3.0―3.8 mで,椀伏形をなす.プール内部は中央部の直径100 cmほどが最深60―70 cm程度,急深形に掘り下げられている(左下図).
河床環境 概ね直径数cmの礫に覆われるが、砂泥の部分もある.
備考 石倉の運営は入札によって取り決められている.漁は4名程度で行い,ある程度石を取り除いたあとに石倉プール内にモジ網を四角形に設置し,さらに内部の石を除いてウナギをウナギバサミで捕獲する.使用する石が全体に小さく,すべての石をモジ網の外側に取り除く(外縁石を残さない)手法が採用されていることから石倉プールが他に比べ大きい.現在も操業されている石倉は10個に満たず,入札場所の目印棒のみになっている場所(右下図)もある.
感想 他の大村湾流入河川に比べ小石で構成され,素朴で愛らしい印象を受ける(2017年12月9日訪問).
■員弁川(いなべながわ)三重県
記載(非稼働石倉に基づく) 俯瞰形はいびつな円形で,直径約1.5―1.7 m.高さは約50―60 cmで,小山形をなす.石は角の丸まった河川石と割れて角張った河川石で構成され,ランダムに長径15―35 cmの石が積み上げられる.石は花崗岩と砂岩が大半を占める.開封時に石倉プールは形成されない.石倉底は平らかに均されるが,目立った掘り下げ跡はみられない.
河床環境 全体が直径1 cm未満の砂泥地表面に泥が薄く堆積した環境で,流れに洗われる箇所では直径10 cm以下の小石(主に花崗岩)が散在する.大石はなく,古い護岸の巨石(直径50 cm以上)が部分的に点在する.
備考 少なくとも2008年頃までは稼働を確認していたが,2017年時点で急速な風化が進んでいる.姿が確認できるものはほとんど風化したものも含めて20個に満たない.
感想 現存する石倉群としてはほぼ東限にあたり,かつて石倉が盛んであった木曽三川デルタの名残りを伝えるもの悲しさがある(2017年12月22日訪問).
■志登茂川(しともがわ)三重県
記載 俯瞰形はいびつな円形で,直径約1.5―1.8 m.高さは約70 cmで,小山形をなす.大潮満潮時には完全に水没する.石は角の丸まった河川石,割れて角張った河川石,コンクリート片,陶器片で構成され,ランダムに長径20―60 cmの石が積み上げられる.積み上げた小山の上に毛布を被せ,その上に数個から10個程度の石を重しとして乗せられている.石は花崗岩類と砂岩,泥岩と思われるもので,人工物の比率が高い.開封時に石倉プールは形成されない.石倉底は平らかであるが,特に整地されない.
河床環境 全体が泥深い干潟域で,鋼矢板の護岸部をマガキが覆う.岩石は石倉を除いて皆無.
備考 少なくとも2009年までは稼働を確認していたが,2017年時点で急速な風化が進んでおり,1ないし2基のみが稼働中と思われる.漁は4名で行い,まず袋網付きのモジ網で石倉を取り囲んでから内部の石を除いて,ウナギやその他の生物を袋網に誘導して捕獲する.ウナギバサミを使用しない.取り除いた石はそのまま側方に積み上げることで新たな石倉を形成する.
感想 初めて見た石倉漁(2008年9月28日)に興奮した.見た目は非常に悪いが,都市部の環境に奇しくも適応しており,高度経済成長の時代を生き抜いた石倉として見る者の同情を誘う(2017年12月22日再訪).
■安濃川(あのうがわ) 地方名 イシヅミ(石積み) 三重県
記載 俯瞰形はいびつな円形で,直径約1.4―1.6 m.高さは約70 cmで,小山形をなす.大潮満潮時にはほぼ完全に水没する.石は角の丸まった河川石,割れて角張った河川石,角のとがった石垣石,コンクリート片で構成され,ランダムに長径15―30 cmの石が積み上げられるが,稀に大きなコンクリート片を含む.積み上げたやや低い小山の上に毛布を被せ,その上に20個から50個程度の石が積み上げられている.石は花崗岩類と砂岩,礫岩などで,人工物すなわちコンクリート建材片や穴あきブロック等を頻繁に含む.開封時に石倉プールは形成されない.石倉底は平らかに均され,わずかに掘り下げられる.
河床環境 全体が直径1 cm未満の小礫混じりの砂地で,流れのある場所にわずかに礫が散在する.岩石は石倉と石倉崩れを除いて皆無.
備考 2017年時点で急速な風化が進んでおり,4ないし5基のみが稼働中と思われる.漁は10月に行われる.取り除いた石はそのまま側方に積み上げて新たな石倉を形成する.
感想 志登茂川のそれと同じく,都市部の環境に適応した石倉.シジミ漁師と石倉のコラボレーションを眺めることができる.一部で使われている整った石垣石はかつて石橋に使われていたものではないかという印象を受けるもので,今後写真資料等の検討が必要.
ウナギ石倉に関する記述のみられる文献(随時更新)
原田真実・久米 学・望岡典隆・田村勇司・神崎東子・橋口峻也・笠井亮秀・山下 洋(2018)大分県国東半島・宇佐地域の伊呂波川と桂川に設置したウナギ石倉かごにより採集されたニホンウナギと水生動物群集.日本水産学会誌,84:45-53.
(ウナギ石倉かごを用いた研究論文で、ウナギ石倉についての記述がある)雁屋哲(2003)美味しんぼ(87).ビックコミックス.227 pp. 小学館.
(四万十川でのウナギ漁(いしぐろ)に関する簡単な記述がある)水俣市(2011)広報みなまた.2011年(平成23年)10月1日号.28 pp. 水俣市総務課,水俣市.
(うなぎかぐらの漁の写真と簡単な解説がある)中尾勘悟(2018)有明海の現況とウナギの漁法.民族学,163:63-84.
(大村湾・有明海でのうなぎ塚漁の写真と解説がある)新庄俊郎・美輪敬之(2018)人吉市におけるヤマセミと人間の共創 第二報ヤマセミと川魚漁師の共創.共創学会第2回年次大会,講演プロシーディング,60-63.
(※本稿でウナギ塚とされるものは実際にはウナギ塚ではない)日比野友亮(2022)九州のウナギ漁1 有明海の漁.p19. ウナギの旅展実行委員会(編)もっと知りたい うなぎの旅展.青雲印刷,北九州市.
(有明海のウナギ塚の写真がある)日比野友亮(2022)九州のウナギ漁2 各地の漁.p20. ウナギの旅展実行委員会(編)もっと知りたい うなぎの旅展.青雲印刷,北九州市.
(福岡県室見川のウナギ石倉の写真がある)日比野友亮(2022)石倉漁.p21.ウナギの旅展実行委員会(編)もっと知りたい うなぎの旅展.青雲印刷,北九州市.
(ウナギ石倉の解説と福岡県佐井川、長崎県千綿川のウナギ石倉の写真がある)中尾勘悟(2023)有明海のウナギは語る 食と生態系の未来.河出書房新社,288 pp.
(有明海の石倉や、他地域の石倉の記述や写真あり)(日比野寄稿の「九州にある特殊なウナギ石倉」も掲載)深川元太郎(2005)5 水棲動物.新小長井町郷土誌.80-88.
(長里川では汽水域にウナギを捕獲するための「石積みの塚」がみられるとの記述と写真あり)高橋弘明・橋本健一(2004)高知県で採集されたオカメハゼEleotris melanosoma Bleekerの大型個体.南予生物,13: 31-33.
(物部川で「いしぐろ」の中からしか大型個体が採集されなかった趣旨の言及あり)SAP(2002)川は歌う~自然と人の多様性~ 「八坂川副読本」.119 pp.
大分県八坂川におけるウナギ漁について、「ウナ蔵」の写真や方法に関する記述がある)石倉カゴを用いた研究文献(内容を問わない)
原田真実・久米 学・望岡典隆・田村勇司・神崎東子・橋口峻也・笠井亮秀・山下 洋(2018)大分県国東半島・宇佐地域の伊呂波川と桂川に設置したウナギ石倉かごにより採集されたニホンウナギと水生動物群集.日本水産学会誌,84:45-53.
海部 健三・脇谷 量子郎(2019)ニホンウナギの成育場環境の保全と回復:石倉カゴの課題について. 応用生態工学,22:109-115.
Alisa Kutzer, Edouard Lavergne, Manabu Kume, Toshihiro Wada, Yuki Terashima and Yoh Yamashita (2020) Foraging behavior of yellow-phase Japanese eels between connected fresh- and brackish water habitats. Environmental Biology of Fishes, 103: 1061–1077.
Takuji Noda, Toshihiro Wada, Hiromichi Mitamura, Manabu Kume, Takuhei Komaki, Tsuneo Fujita, Tatsuma Sato, Kaoru Narita, Manabu Yamada, Akira Matsumoto, Tomoya Hori, Junichi Takagi, Alisa Kutzer, Nobuaki Arai and Yoh Yamashita (2020) Migration, residency and habitat utilisation by wild and cultured Japanese eels (Anguilla japonica) in a shallow brackish lagoon and inflowing rivers using acoustic telemetry. Journal of Fish Biology. https://doi.org/10.1111/jfb.14595
坂上 嶺・佐藤 駿・松重一輝・安武由矢・日比野友亮・眞鍋美幸・内田和男・望岡典隆(2021)河川生活期のニホンウナギにおける浮き石による被食回避効果の検証.日本水産学会誌.早期公開.PDF
大戸夢木・坂上 嶺・日比野友亮・松重一輝・内田和男・望岡典隆(2022)ニホンウナギの各生活史段階における石倉カゴの浮石間隙構造への選好性:汽水域のハビタットの効果的な復元に向けて.日本水産学会誌.PDF
Yumeki Oto, Rei Sakanoue, Kazuki Matsushige, Yusuke Hibino and Noritaka Mochioka (2023) Artificial shelters that promote settlement and improve nutritional condition of Japanese eels in a human-modified estuary. Estuaries and Coasts. https://doi.org/10.1007/s12237-022-01152-z プレスリリース