プロアマを問わず、フィールドから、あるいは飼育から得られる生きものの知見は数知れない。その中には、これは世の中に広く公表した方がよいのではないか、と思うものもあるかもしれない。そんな時、どうすればいいのだろうか。中には、自分で報文、論文を書いてみたい、そんな気持ちがふつふつと燃え上がることもあるだろう。本稿ではそんな人々のために、気軽に報文を書くということについて、ポイントとなる点をまとめてみることにした。
(※本稿の内容はニッチェ・ライフ第7号で加筆修正を加えて公開)
もはや書きたくなっている読者にとっては不要な項目だろうが、なぜ報文を書きたくなるのか?その原動となる動機はさまざまであっていい。たとえば、生き物に関するすごいことがあった、という、発見された事態のすごさを広く知らしめたい人もあれば、逆にその発見した自分自身のすごさをアピールすべく、書きたい気持ちを滾らせることもあるだろう。趣味の延長戦上にあることの多い報文執筆にとって、このような動機はむしろ歓迎されるべきだ。学生を含む若い研究者の卵であれば、立身出世のために業績を積みたい(または積まなければいけない)とか、奨学金の減免を狙って業績を上げたいという動機もあって然りだろう。もっと純粋な動機として、科学に貢献したい、その生きものの保全に貢献したいという貢献心も当然ありうる。とにかく動機はどうあれ、出てしまった報文には動機は一切関係がない。報文には人格はなく、ただただ記載された科学的事実のみがそこにあるということを念頭に置くべきだ。
①何を書けばいいか分からない
これはちょっと論外のように思われるかもしれないが、こういうケースも想定される。何を書けばいいか分からない場合は、報告すべき情報(新知見)が定まっていないという可能性が高いので、まだ書くべき段階ではないのかもしれない。ただし、本当の意味で「どんな情報が価値をもつのか分からない」という何を書けばいいか分からない、というケースが本当に世の中に沢山ある、ありすぎている。新知見というと、たとえば新種の発見だとか、大それたもの、新聞記事になるような類いのものを想像するかもしれないが、これは数多ある新知見の一種にすぎない。ライトな新知見の種類には、思いつく限り下記のようなものがあると思う。私は魚の研究者なので、視点が限られてしまうが、
・分布初記録(日本初、○○列島初、○○県初、○○川水系初)
・古い分布種の最近の分布再確認
・仔魚しか知られていない種の親魚の記録(逆もあり)
・産卵、摂餌、遊泳などの行動記録
・ある特定の水域での魚類全体の目録(魚類相という)
分布や生活史に関する記録は書きやすいし、このようなものはなんでも記録、新知見としての価値をもつ可能性を秘めている。誰でもわかりやすいのは珍しい魚の分布・採集・撮影記録で、偶然やってきたものや、大きく数を減らしている、いわゆる絶滅危惧種などがある。しかし、50年後には今の普通種が希少種に変わっているかもしれないし、その逆もあるだろう。あるいは地域ごとに見ていくとどうか?地域ごとの点と点を時代内、時代間で結べば、さらに新しいことが分かるかもしれない。そうやって考えていくと、真の意味で価値のない報文などありえないのだ。いわゆる普通種の出現を、10年間観察するような仕事はプロでもなかなかできない。ただし、そのためには正確な種同定が求められることは言うまでもない。少なくとも、のちの世の人が正しい種同定かどうか、検証できるような同定プロセスや、写真などの証拠の提示が求められる(後述)。
②書き方が分からない
書きたい内容は決まっているけれど、書き方が分からないという方は沢山いるだろう。私もかつて高校生の時はそうであったし、今も新しいことに挑戦して文章を書くときは、書き方が分からないところから出発している。分からなければどうするか?手っ取り早いのがすでに出ている報文をよく読んで、そのスタイルをまねることから始めることだ。一字一句をそのまま模倣してしまうのは盗用、剽窃などという不正行為につながるため、あくまでスタイルをまねる。具体的には、文章の構成はどうなっているか、どういう結果をどのようにまとめているか、報告する内容の根拠をどのように提示しているかをよく見る。また、いろいろな著者の類似した事例を読みつづけていくと、実はルールではない著者ごとの“癖”があることもなんとなく分かってくる。そうした癖の部分を抜いた骨組みこそ我々がまねるべき“お作法”となる。
③どこまで書いていいか・書くべきか分からない
おそらくこれがもっとも難しい悩みではないだろうか。特に日本の淡水魚については、分布などの情報をオープンソースたる紙媒体に公表していくことに対して抵抗感のある方は多いと思われる。もしかすると、生息地を公開したことによって業者による乱獲を招くかもしれない。一方で、誰も報告を行わないことが続けば、その種が生息しているという事実が知られぬまま、開発、河川改修などによって生息地ごと失われてしまうリスクがある。最も悲劇的なのは非公開で保全活動の行われている場所がこのような憂き目に遭ってしまうことで、これには本当に目も当てられないから、何かの学術誌に出しておくと一種の保険にはなるだろう。こうした情報の公開条件[公開するかどうか、どこまで(例:都道府県、市町村、水系名、緯度経度)公開するか]は公開による危険性と、非公開による危険性とを天秤にかけて吟味すべきだ。報文を書く場合にあまりに情報をぼかしすぎると、将来何の役にも立たないこともありうる。このさじ加減や、公表の可否が分からない場合は、身近な研究者に相談する手もある。今はツイッターなどで気軽に連絡を取れる研究者も増えているので、畏れ多いなどと考えることなく相談した方がいい。もしかしたら公表の可否だけではなく、報告しようとしている内容が、記録報文に耐えうるかということや、投稿先(後述)のアドバイスももらえるかもしれない。もちろん、最低限のマナーは忘れずに。後述するように標本をとって、それを博物館などに寄贈・登録しておけば、そこにアクセスできる限られた場合(具体的には研究者や行政の担当者)にのみ詳細な情報が明かされるので、これも有効な方法だと言える。
投稿先を選ぶことは非常に重要だ。なぜなら、雑誌によって受け付ける内容が異なっていて、読者の層も異なるからだ。突飛な話で例えるならば、昆虫学の雑誌に魚の記録を投稿しても、ごく例外的な事例(虫にも魚にも関係あるような内容)を除いて掲載は不可能だろう。これはもう少し狭い分野の中でも同じである。報文の内容によっては、雑誌の“手に余る”ということもあるし、逆に新知見の重み次第では、掲載できないということもあるだろう。元来、新知見に重みなどというものはないはずだが、それでも頑健な査読プロセスにかけるべきか、そうでないかなどで、一定程度の重み付けは必要になる。でないと、雑誌によっては受け付ける範囲が広すぎて、冊子の安定した発刊に差し障りを生じてしまう(平たく言えば、冊子が厚くなりすぎると印刷費が超高額になり、継続刊行に差し障りが生じる。編集上の負担も大きい)。
魚類関係の日本語の雑誌で言えば、やはり魚類学雑誌がもっとも高品質な雑誌である。この雑誌は多くの魚類学者や、場合によっては環境コンサルタントの業者なども読んでいるので、魚類学界隈での情報拡散性が高い。現在の魚類学雑誌には「原著論文」と「記録・調査報告」という2つのカテゴリがある。前者は報文というよりはむしろ学術論文(論文)の体をなすもので、内容的にも充実したものが歓迎されている。分布の記録であっても、日本初記録のような、標準和名の提唱を伴う影響の大きな仕事はこの原著論文になる。もう一方のカテゴリは、原著論文として投稿するほど大きくはないが、報告に足るようなデータが得られている研究を埋もれさせない、という目的から設置されたものだ。世の中には沢山の新知見があるが、すべてを原著でまとめるほどの時間は残念ながらないし、あるいは分野への貢献性はあっても、研究としての枠組みは決して大きくはないものも実際にある。例えば統計的な解析を伴わないちょっとした行動の記録や、日本に分布記録がある種ではあるものの長い間記録がない、あるいは成熟個体が初めて捕れた、などはこのカテゴリに投稿するものに該当してくるだろう。魚類学雑誌には、査読がある。査読は匿名の第三者が、通常2名以上で論文の内容を審査し、掲載の可否を決定するシステムで、現代の学術雑誌では広く採用されている。魚類学雑誌に投稿されるような原稿は論文という体裁上、背景となる先行研究(引用文献)の調査が必要となることも押さえておきたい(詳しくは魚類学雑誌のバックナンバーや投稿規定を参照されたい)。なお魚類学雑誌は出版後2年を経過すると非会員であってもオンライン上で閲覧することができる。
他にも、魚類の報文を投稿できる雑誌(学会誌)はいくつかあるが、雑誌によってターゲットとなる分野は違うので、よく吟味されたい。このような学会誌、つまりは学会が主体となって出版している学術雑誌の多くは、投稿著者に各学会の会員を含むことを投稿の条件としている。投稿するためだけに学会に入会するのは、毎年の会費数千円~1万円がかかることを考えると利益が少なすぎる。しかも、雑誌によってはページ超過料や印刷費、投稿料がかかる場合もある。学会の開催する大会に参加する、会誌を毎号読むなどの追加のメリットがなければ、投稿は現実的ではないかもしれない。なお査読はあるが投稿料などの不要な雑誌として、伊豆沼・内沼研究報告(公益財団法人 宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団)がある。この雑誌では伊豆沼・内沼のみに限らない、平野部の湿地の調査研究に関する論文を広く受け付けているうえ、すべての掲載論文がオンライン上で閲覧できる。学会誌では日本動物分類学会の英文・和文誌が非会員による投稿を許可しているが、質の高い原稿が要求される。
査読のない雑誌(通常、最低限の体裁チェックはある)というものも、実は色々ある。昆虫の同好会誌に比べれば口は少ないが、地域の自然保護会などが主宰する自然史研究の雑誌があり、少なくとも西日本では多くの県に地域誌がある。地域誌は広くその地域での自然史の発見、つまり新知見を受け付けていて、魚もその守備範囲にある。各都道府県のレッドデータブックの担当者も通常これをチェックしているので、地域の情報を出版していくという観点では限られた地域(都道府県や市町村、または小水系)の初記録などにちょうど良い投稿先と考えていいだろう。多くの地域誌は会員による投稿に限ってるので、入会が投稿の条件になる。会費は学会に比べれば安いし、地域のネットワークに関わるという意味では、こちらの方がメリットが大きいのではないかと思う。
ほかにも、自然史系博物館を抱える地域では博物館の発行する研究紀要や、友の会という組織で発行される雑誌をもっていることがある。このような雑誌には地域の自然史情報が集積されやすく、埋もれがちな小さな発見をより広く拾い集めることが目指されている。
ここまでお読みになった方は、全然気軽じゃないじゃないか!と思われているかもしれない。しかし、背景を短文で説明するのはやっぱり無理だったので、ここまで長くかかってしまった。ようやく押さえるべきポイントまできた。どんな報告であっても、もっとも押さえるべき重要な点はただひとつ、「種同定の正確性、確認可能性」である。報告された種が実際には違うものであったら、その情報は全く価値を持たないし、逆に混乱を招くこともある。人間は間違える生きものなので、万全を期したつもりでも間違えてしまうかもしれない。そんなときのために、証拠となる情報を含めた報文づくりを薦めたい。証拠になりうるもっとも良いものは標本で、個体を採集、標本を残して(再度アクセスできるようにして)おけば、将来その報文の参照者が疑問を持ったときに種同定を確認することができる。先の情報公開性とも関係するが、標本には博物館への登録情報として詳細な産地情報を残しておき、報文ではよりマクロな公開度にしておくという方法も可能である。実際に確認が必要な研究者は博物館にアクセスして情報を得ればよい。
標本作製のハードルが高い、標本を作ってもらう、あるいは管理してもらえる身近な博物館などがないという場合(その方が多いだろう)には、その種の特徴の分かる写真を撮って、これを一緒に掲載するのも、あるいは、掲載はできなくとも、少なくともその写真をきちんと保存しておくのがいいだろう。写真は個人で持っておくだけではなくて、公的なオンラインのデータベース[たとえば魚類であればFishPix(魚類写真資料データベース)]に登録することが望ましい。登録自体は管理者に写真とともにメールするか、または郵送するだけなので簡単だ。写真を残すことが難しい場合や、たとえば行動の記録の報文で、行動写真を載せるつもりだが、その写真だけでは特徴が判断できないということもあると思う。そんなときは、文章の中に種同定の根拠として、種の特徴を書いておくといいだろう。これをするだけで、情報の質はぐっと上がる。幸いにして、特に淡水魚については各種の特徴を記載した一般良書がいくつかあるので、これらを参照するのが手近である。もう少し詳しいことを考えるなら、高価だが中坊徹次氏の「日本産魚類検索 全種の同定」(中坊,2013)を読んで、その種の特徴(模様、鱗の位置や数、鰭条の数など)を確認した方がいい。この本は高価だが各都道府県のどこかの図書館(大学図書館が多い)には置いてあるが、あまり多くはないのでアクセスの難度は高い。本書には魚の測定方法や、各部位の名称といった、観察に必要な情報も含まれている。このような測定・観察方法については、より簡潔に書かれた「はじめての魚類学」(宮崎,2018)がある。こちらは安価であるし、ほかにも魚類学の初心者に向けたさまざまな指南が含まれているから、おすすめである。自分で調べただけでは同定結果に自信が持てなければ、専門家に(調べてみた結果とともに)訊ねてみるのもいいだろう。ともかく、種同定が担保できれば、あとは書きたいことを書くだけだ。
・分布初記録
では、それぞれの報文について、具体的に見ていこう。まずは分布初記録から。ある県で初記録の魚(ヤリタナゴ)が捕れたことを報告すると仮定する。最低限としては、以下の情報があればよい。
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【①】もっともライトな報告タイトル:○○県でヤリタナゴを採集
○○県××市の河川で,ヤリタナゴを採集した.本種は本県における初の確認であるので,ここに報告する.
記録 ヤリタナゴ(図1) 2018年12月1日採集.
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必要なのは、種名と、採集場所、採集日時の情報だ。情報の質の問題として、差し支えがなければ河川名や水系名の情報も書き加えられることが望ましいが、種の希少性等(前述)によって判断されたい。不可能なのであれば、その種や地域が置かれている状況に照らして、必要最低限の情報(今回の場合、市町村まで)を入れればいいだろう。ほかにも、性別、同定の根拠や、採集方法、採集環境などの情報、標本の有無も有益だ。それらを加えるとこのようになる。
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【②】同定形質を加えた報告タイトル:○○県でヤリタナゴを採集
○○県××市の河川で,ヤリタナゴを採集した.本種は本県における初の確認であるので,ここに報告する.
記録 ヤリタナゴ(図1)雄 2018年12月1日採集,採集方法タモ網.
1対の口髭をもつこと,背鰭の軟条数がiii+8,有孔側線鱗数が36であること,背鰭と臀鰭の縁辺に赤色域をもつことから本種に同定された.本種の得られた場所は両岸がコンクリートで護岸されたところで,川底は概ね砂に小さな石が混じる環境であった.なお本採集個体については現在(2019年1月10日)も飼育中である.
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あるいは、少し書き方を変えて、さらに引用も加えると、こんな形になる。
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【③】同定形質の根拠となる引用文献を加えた報告タイトル:◯◯県でヤリタナゴを採集
ヤリタナゴはコイ科タナゴ亜科に属する小型の淡水魚で,青森県から熊本県に至る日本各地に自然分布する(魚住,2015).筆者はこれまでの記録のなかった◯◯県内の河川で本種を採集したため,ここに報告する.
記録 ヤリタナゴ(図1),雄,◯◯県××市の河川,2018年12月1日採集,採集方法タモ網.
1対の口髭をもつこと,背鰭の軟条数がiii+8,有孔側線鱗数が36であること,背鰭と臀鰭の縁辺に赤色域をもつことが魚住(2015)の記載と一致し,本種に同定された.本種の得られた場所は両岸がコンクリートで護岸されたところで,川底は概ね砂に小さな石が混じる環境であった.なお本採集個体については現在(2019年1月10日)も飼育中である.
引用文献
魚住こいたろう(2015)水辺の隣人 タナゴ.△△出版,東京.210 pp.
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ここには性別、種同定の根拠となった形質、採集場所の物理的な環境、報告個体が標本にはなっていないが、飼育中(自らの管理下にある)である旨が書かれている。
魚の形質(形や数、長さの比、色彩といった情報)の中で、種同定の根拠となる形質はある程度限られている。特に重要なのは、よく似た種、具体的には、同じ亜科や属の類似種との区別点を挙げるべきだ。ヤリタナゴには同じ属のミヤコタナゴやアブラボテがおり、互いによく似ている。またタナゴの仲間は、雄であっても非繁殖期では婚姻色が強く表れていなかったりして、全く別の属の魚とも似ていることがある。こういう点から、他の属のタナゴ類との違いである「口髭をもつこと」と「背鰭の軟条数」、同じ属のミヤコタナゴやアブラボテとの違いである「有孔側線鱗数」「背鰭と臀鰭の縁辺の色」を明記した。ここに写真も付いていれば、誰も間違うことはないだろう。なお同定にあたって参照した文献があれば、その文献名も明記して、「同定については中坊(2013)にしたがった」などと書いたらよい。採集場所の環境は、この報告ひとつではたいして役に立たなくても、さまざまな報文で報告がなされることによって傾向が分かってくることもあるので、書いておいて損はない。
先述したとおり、個体を持ち帰っているならば標本として、地域の博物館に登録することが望ましいが、無理強いはしない。また淡水魚の場合、その希少性から持ち帰りがためらわれることもあるだろう。このようなときには写真を残しておきたい。魚の場合、種同定のための形質を確認するため、真横(エイの仲間やカレイ目などでは真上)からのピントの合った写真や、頭部の拡大写真を押さえておくことが望ましい。鰭の形や鰭条の数も見えると理想的だが、現場で、しかも生きているものではなかなか難しいこともある。資料としての撮影方法については宮崎(2018)の「二次資料」(p118-120)に詳しい。ヤリタナゴのような普通種ではなく、そもそも確認例が少ない種や、類似種との区別が難しい種の場合には、頑健な形態記載を伴うことが望ましい。そうなると先行の研究にならって体の各部を測定したり、鱗や鰭条の数を数えたりと、さまざまな情報を加えていくことになる。ただし、頑健な記載にこだわりすぎて、報文が出なくなってしまうよりも、最低限の記載で、たくさんの報文が世の中に公表される方が生きものにとってはよいだろう。なお標本に基づく報文については、この特集号に筆者の報文を掲載しているので(日比野,2020)、こちらも参考になるかもしれない。
読者の中には、どうしても頑健なかっこいい記載を書いてみたい、という方もおられるかもしれない。頑健なよい報文を書くためには、標本の確保が必須になる。なぜなら、フィールドで撮った写真のみで、形態の観察をつぶさに行うことが困難だからだ。魚の記載は通常、頭から尻尾に至る順序で行う。基本的には概形→頭→歯→鱗→鰭の順に行い、最後に色彩の記載を別記することが多い。概形は頭から尻尾に向かって、頭の形質は吻、口、眼、顎、鰓蓋の順に、鰭は背鰭、臀鰭、尾鰭、胸鰭、腹鰭の順に記載されるのが普通だが、決まっているわけではない。魚の形と一口に言っても千差万別・多種多様であるので、なかなか一概にこれ!という形の提供が難しいのだが、例えばオープンアクセスとなっているNature of Kagoshimaには様々なグループの魚の記載が掲載されているので、読んでみてほしい。なお魚について言えば、(標本の確保ができている場合)同定の難しい種についてはきちんとした形質の記載を伴うことが望ましい。
ところで、魚の場合、必ずしも自分で採集したものではなく、水揚げ物に基づく記録もありうる。こういうものについては、その水揚げ物がどこで漁獲されたものなのかということに注意しておく必要がある。例えば、三重県の尾鷲漁港に水揚げされたものがすべて三重県で獲れたものかというと、必ずしもそうではなく、和歌山県沿岸や、遠いところでは八丈島近海であることもある。それでは、すべての水揚げ物を疑わなければならないのか、というとそうではなく、定置網や刺し網、たこつぼによる漁獲物は間違いなく地先で獲れたものだ。水揚げ物に基づく記録については、その魚がどこで獲れたものなのか、漁法によっては確認する必要があるだろう。採集地の表記については基本的に水揚げ港とすればよく、漁獲海域が大きく異なる場合にはその旨を明記しておきたい。水深や漁法についても、分かる範囲で書いておくとなにかと役に立つことがある。
・行動観察の記録
それでは、行動観察の記録はどうだろう。同じヤリタナゴという魚で、変わった行動を観察したとすると、その報告は以下のようになる。基本形は同じであるので、同定の根拠等は省略する。
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タイトル:ヤリタナゴの特異な行動を観察
○○県××市の河川で,ヤリタナゴの特異な行動を観察したので報告する.2018年12月10日の14時~15時にかけて潜水観察を行ったところ1個体のヤリタナゴの雌がカワニナ類に対して産卵管の挿入を試みていた(図1).この行動は数回にわたって続けられたのち,該当個体は別の場所に移動した.
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こんな事例はまず、ありえないと思うが、架空の一例として目をつぶってもらいたい(もし本当にこんな事例を観察・確認できたのならば、報文でなく学術論文としての出版を考えるべきだ!)。ここでは、潜水観察なのでどうしても詳しい形質を確認するのが難しい。それでも、行動の写真があるので、しかもヤリタナゴのような酷似種のいないものであるならこのように報告可能だろう。もう少し踏み込んだ書き方をするなら、文献の引用を含めて下記のようにする:
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タイトル:ヤリタナゴの特異な行動を観察
○○県○○市の河川で,ヤリタナゴの特異な行動を観察したので報告する.2018年12月10日の14時~15時にかけて潜水観察を行ったところ1個体のヤリタナゴの雌がカワニナ類に対して産卵管の挿入を試みていた(図1).この行動は数回にわたって続けられたのち,該当個体は別の場所に移動した.ヤリタナゴを含むコイ科タナゴ亜科魚類は全ての種が二枚貝に産卵することが知られている(魚住,2000).したがって,今回観察された行動はきわめて異例なものだと考えられる.
魚住こいたろう(2000)タナゴの産卵.△△雑誌,15: 4-10.
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引用文献については、もちろん架空のものである。既知の情報に触れる場合、その根拠が書かれている文献の引用を行うことが望ましい。これは個人の意見なのではなく、一般に公表された事実(あるいは意見、仮説)なのですよ、という意思表示になる。
魚の記載的研究というのはまだまだ遅れていて、生活史(産卵、生まれて、育って、死ぬ)の全容が明らかになっている種はほんの一握りである。どういうときに産卵したとか、産卵時に群れをなしてしたとか、そういう情報も新知見になる可能性を秘めている。このあたりはよく文献を読み込まないと新知見かどうか判断できないので、報文としてはハードルが高いのかもしれない。
書いたほうがいいということが分かっていても、なかなか書けない、どうしても書けないということもあると思う。こうした場合に、その分野や地域に精通した研究者(プロアマを問わない)と一緒に書く、あるいは、情報や写真、標本を提供して、書いてもらうという選択肢もある。一緒に書くという場合には、著者の順序など考えなければいけないことがいくつか出てくる。論文や報文の著者の順序は基本的には貢献度の順であると言われる。私もそうだと思うが、筆頭著者、第一番目の著者はやはり論文を書いた人がなるべきだと考えている。いくら連名で論文を出しているとは言っても、たいていの場合メインで論文を書いた人間がいるのであって、各自が等割で文章を書いているということは稀だ(特に自然史の記載的なものはそうだろうと思う)。文章を書くというのは創造的な行為で、当たり前だが誰かが書かなければ論文は世に送り出されることはない。その意味で、論文を書いた人は科学界、ひいては活字界にとって一番の功労者である。論文の著者は人数が多いと、筆頭を除いてet al.(ほか)で省略されてしまうこともある。このときに書いた人が省略されるのはあまりに残念ではないかと思う。論文の著者順については色々考え方があるので、よく考えて決めてほしい。一緒に書く=著者になる、または書いてもらう=著者にならない、という点も、大きな分かれ目になる。著者である以上は、報文作成に至るなんらかの重要な貢献がほしい。例えば何の仲間かすら分からない種の写真を撮影して、研究者に同定してもらったうえで、文章も全部書いてもらった。こんな場合に著者になるのは適当なのだろうか。著者というのは、科学的発見とその報文について責任を担う人間である。ただし、撮影写真でも類い希なる技術や忍耐がなければ撮れないものも沢山あるし、その発見はその人の撮影技術がなければなし得なかったという場合にはどうだろう。このように考えていくと、結局、一概に判断の基準を作ることは難しい。要するに難しいことを考えずに、自分で書いてみるのがいいと思う。そもそも文章を書く、まとめるという訓練に乏しい場合には、まずはそこから始めることになるのでハードルが上がるかもしれない。
もうひとつ、考えられるケースとして、自分が持っている生息地の情報をその種の保全に生かしたい、生かしてもらいたいが、色々考えた末にやっぱり自分で書くにしても、人に書いてもらうにしても報文にするのはいやだということもあると思う。こんなときは、各都道府県のレッドリストの執筆担当者にコンタクトを取ってみてはどうだろうか。レッドリストで検討されれば、その希少度によってメッシュあるいは県レベルでのみリストとして情報が公開され、少なくとも行政的にはその種の生息を把握している状況になる。残念ながらレッドリストが開発抑止や、保全のうえで完璧に機能しているとは言いがたいが、これもひとつの道として考えられるだろう。
■付記 写真による記録の是非
生物の同定は原則的には標本を確保し、その特徴が正確に把握できる状態にあることが望ましい。多くの生物は分類学的研究の進展に伴い、複数の形質を確認しなければ正確な種同定ができなくなっていく(例えば、5つの形質の組み合わせによってしか同定できないような種が存在する)。このすべてを確認するという行為において、標本の確保と観察はもっとも確実で頑健な方法だ。ただし、状況によっては必ずしも標本が確保できないが、写真による記録が効力を発揮するケースがある(例えば、鳥類は基本的に一般人による捕獲ができないし、市場価値の高い魚類の中には入手が困難なものがある)。できるだけ多くの形質が確認できるような写真を確保し、それに基づいて記録することは生物の理解を高める一助になる。一方で、そのような形質の確認できない不鮮明な写真による記録は、かえって混乱を来す場合もあるので注意されたい。加えて、写真からは種の同定に有効な形質がほとんど、または全く確認できないようなケースも存在し、その事情は分類群によっても大きく異なる、という理解が必要だ。このような分類群については、冒頭に述べたように標本を確保した上で、同定の根拠をきちんと提示することを強く勧めたい。もちろん、形質の基本的な確認方法を把握していることが前提となる。
日本語で投稿先として考えられる雑誌リスト(魚類)(2025年4月2日ver.)(雑誌名、投稿可能範囲、オープンアクセス、投稿資格について順に表記した)
査読なし
・ニッチェ・ライフ(全国)(オープンアクセス)(会員制なし)(J-STAGE移行中)
・わだつみ 海の生き物情報誌(全国、海のみ)(オープンアクセス)(非会員OK)
・たたらはま(三浦半島・東京湾集水域)(会員制なし)
・三河生物(愛知県西三河が中心)(会員のみ)
・南紀生物(紀伊半島)(会員のみ)
・淡海生物(琵琶湖とその集水域)(オープンアクセス)(会員制なし)
・Nature Study(大阪府が中心)(会員のみ)
・びんごの自然誌(備後地域)(会員のみ)
・香川生物(香川県)(一定期間後フリーアクセス)(会員のみ)
・四国自然史科学研究(四国)(一定期間後フリーアクセス)(会員のみ)※分布記録は(基本的に)査読なし
・南予生物(四国)(一定期間後フリーアクセス)(会員のみ)
・南予生物フィールドノート(オープンアクセス)(会員のみ)
・わたしたちの自然史(北九州とその周辺が中心)(会員のみ)
・ブンゴエンシス(大分県)(オープンアクセス)(非会員OK)※原著論文は査読あり
・佐賀自然史研究(佐賀県)(会員のみ)※査読する場合もある
・長崎県生物学会誌(長崎県)(会員のみ)
・宮崎の自然と環境(宮崎県)(会員のみ)
・Nature of Kagoshima(鹿児島県・全国)(オープンアクセス)(会員のみ)
査読あり
・魚類学雑誌(全国)(一定期間後フリーアクセス)(会員のみ)(J-STAGE)
・日本生物地理学会会報(全国)(会員のみ)
・タクサ(全国)(オープンアクセス)(会員のみ)(J-STAGE)
・Ichthy(全国)(オープンアクセス)(会員制なし)(J-STAGE)
・伊豆沼・内沼研究報告(全国)(オープンアクセス)(会員制なし)(J-STAGE)
・水生動物(全国)(オープンアクセス)(会員制なし)
・青森自然誌研究会(青森県)(会員のみ)
・茨城県立自然博物館研究報告(茨城県・全般)(オープンアクセス)(関係者のみ)
・千葉県立中央博物館自然誌研究報告(千葉県・全般)(部分的フリーアクセス)(投稿資格不明)
・神奈川県立博物館研究報告(自然科学)(神奈川・全般)(オープンアクセス)(投稿資格不明)(J-STAGE)
・神奈川自然誌資料(神奈川県)(オープンアクセス)(会員制なし)(J-STAGE)
・東海自然誌(静岡県・全般)(オープンアクセス)(関係者のみ)
・豊橋自然史博物館研究報告(郷土・全般)(2001年以降フリーアクセス)(会員制なし)
・三重県総合博物館研究紀要(全般)(オープンアクセス)(会員制なし)
・大阪市立自然史博物館研究報告(全般)(オープンアクセス)(会員制なし)
・きしわだ自然資料館 研究報告(泉州地方・全般)(オープンアクセス)(会員制なし)
・岡山県自然保護センター研究報告(岡山県)(オープンアクセス)(会員制なし)
・徳島県立博物館研究報告(不明)(オープンアクセス)(会員制なし)
・北九州市立自然史・歴史博物館研究報告A類(北九州域・全般)(部分的フリーアクセス)(会員制なし)(J-STAGE)
・熊本野生生物研究会誌(熊本県)(オープンアクセス)(会員のみ)
・Fauna Ryukyuana(琉球列島)(オープンアクセス)(会員制なし)
・沖縄生物学会誌(沖縄県)(非会員OK)
査読不明
・秋田自然史研究(秋田県)(会員のみ)
・宮崎県総合博物館研究紀要(宮崎県)(外部投稿は不可?)(オープンアクセス)(J-STAGE)
その他情報
※会員制なしとした雑誌のすべてが広く原稿を募集していることを確認したわけではありません。
末尾に、私が今までに関わった論文・報文の中で、この文の読者の参考になりそうなものをいくつか列挙しておく。リンクのあるものはフリーで閲覧可能だ。それ以外のものについては、直接日比野までコンタクトを取っていただければ、拙文をお送り差し上げる。
査読のないもの:
査読のあるもの: