胞子形成能の回復は醸造酵母の交雑育種の課題であった。1988年イスラエルのKassirらによって、胞子形成の鍵となる遺伝子、IME1(Inducer of meiosis)が見いだされた。IME1遺伝子を高発現させれば、胞子形成の回復できると考え、大阪大学の大嶋研究室で原島先生らとともに、清酒酵母協会7号(K7)を使って実験を試みたが若干の胞子形成を観察するにとどまった。1999年、秋田県立大学に着任してからもこの研究テーマを続けていたが、芳しい結果は得られなかった。2002年にCln3-Cdc28複合体がIME1遺伝子の転写を抑制しているとの報告(Purnapatre et al.)があり、直ぐにK7のCLN3遺伝子を破壊した。驚いたことに胞子形成の回復が観察され、顕微鏡を見ていて手が震えだしたことを記憶している。Cln3タンパク質の翻訳はTORC1によって正に制御されていることから、ラパマイシン処理によるTORC1の不活性化によって、胞子形成能が回復すると期待した。実験の結果、ラパマイシン処理によりK7の胞子形成能が回復し、一倍体の胞子クローンも取得することができた。この技術を応用して、上面発酵ビール酵母と吟醸用清酒酵母の交雑により、あきた吟醸麦酒酵母を造成し、(株)あくらと共同で「あきた吟醸ビール」の商品化に結び付けた。
cln3Δ/cln3Δ株の胞子形成
この研究テーマは約10年間全く結果が出ないという暗黒の時代にあったので、「なんでもええから、やってみよう」という気持ちになっていた。そんな時に、Prunapatreらの論文に出会った。清酒酵母教会7号から造成したcln3Δ/cln3Δ株の胞子形成を観察したときは、「ほんまかいな?」と二度見、三度見し、直ぐには信じられなかった。「諦めんで、よかった」と心底思った。今思うと、研究の醍醐味を味わった瞬間だったかもしれない。
あきた吟醸ビールの試飲会
本学には自主研究制度があり、2年生の女子学生が何かやりたいと研究室にやってきた。丁度、ラパマイシン処理で取得した清酒酵母と以前から保存していたビール酵母があったので、両株を交雑することにした。交雑体が取得され、隣の研究室の伊藤俊彦准教授が香り成分を調べたところ、吟醸香がたくさん造られていることを確認した。残念なことに、ここで自主研究が終わってしまったので、翌年から卒業研究テーマとして研究を続けた。あくらさんには、経緯を説明し麦汁の作り方を教えてもらった。麦汁を使った発酵力試験や香気成分の分析の結果をあくらさんに伝えたところ、トントン拍子に商品化となった。一連の研究で、基礎研究から応用までという、目指していた研究スタイルを実際に示せた例である。
中沢伸重 メールアドレス✉:nnakazawa(at)akita-pu.ac.jp
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秋田県立大学 生物資源科学部
応用生物科学科 醸造微生物学研究室