朝倉軍の真柄十郎左衛門直隆は、身丈7尺(約210cm)もあったといわれます。
北国随一の剛腕で知られた武将です。ここ姉川の合戦血原にて朝倉軍が徳川軍より敗走を開始する中、あえて死地にとどまり、「俺は世に名高い鬼真柄だ。三州(三河)の勇姿ら我が手並みをとくと見よ」とよばわり、馬上からこの大太刀を振るうと瞬く間に徳川勢数十人が倒れたと伝わっています。
しかしながら、力尽きたか、この血原にて散り花となります。
当時、太刀が通常刃長71cm前後、重さ0.9kg程であるから、この太刀は通常の刀の長さで3倍、重さは5倍もあることになります。
白山比咩神社の説明書
1 大太刀 銘行光 1口
朝倉義景の家臣である真柄十郎左衛門直隆が、姉川合戦で振るったと言われる太刀である。白山比咩神社の社宝になった経緯は不明であるが、拵えは寛永5年(1628)に金沢藩主前田利常が、時の名工である後藤才次郎に命じて作成したものと、黒漆塗箱に記された金蒔絵の書によって判明する。太刀の作者は、加賀国藤島友重の流れをくむ行光で、永正年間(1504~21)頃に活躍した刀工である。
真柄の大太刀は谷も愛知県熱田神宮蔵のものが存在するが、刃長が7尺3寸もある。一説には本刀が次郎太刀、熱田神宮のものが太郎太刀とも言われるが伝承の域を出ない。ともかく、朝倉家の重臣が佩くにたる見事な太刀であることは間違いない。
【室町時代(後期)、刃長 187.0cm 反り 3.3cm 全長 282.0cm、石川県指定文化財】