姉川の合戦は、1570年6月28日に近江国(現在の滋賀県長浜市)で行われた重要な戦闘で、織田信長と徳川家康の連合軍が、浅井長政と朝倉義景の連合軍と対峙したもので、戦国時代の激戦の一つとして知られています。
浅井長政は、信長の妹であるお市の方を妻に迎え、両者は同盟関係にありました。しかし、1570年4月、信長が朝倉義景を攻めたことが、浅井家との関係を悪化させました。浅井長政は、信長の行動に対して義理を重んじ、朝倉義景側に加勢することを決断しました。このことが、この合戦を引き起こすことになります。
戦闘は、姉川を挟んで両軍が対峙する形で始まりました。初めは浅井・朝倉連合軍が優勢でしたが、徳川軍の反撃により形勢が逆転しました。戦闘は非常に激しく、多くの死者を出し、姉川は血で染まったと伝えられています。最終的に、織田・徳川連合軍が勝利し、浅井家と朝倉家の滅亡をもたらしました。この戦いの後、信長はさらなる征服を進め、戦国時代の日本における彼の地位を確立しました。
この合戦は、戦国時代の戦闘の中でも特に記憶に残る出来事として、後世に語り継がれています。
姉川の合戦再見実行委員会は、姉川古戦場とそれを取り巻く関係史跡に焦点をあて、ゆかりの自治会および関係機関ならびに団体と連携して、地域の文化・観光資源の再発見により、市民主導による湖北地域の文化および観光の振興を図ることを目的として発足しました。
そのため、この姉川合戦の状況などを皆さんに伝承していくために15ヶ所に案内看板を姉川の両岸に設置しています。