この場所は、元亀元年(1570)6月28日に起きた姉川合戦に際して、浅井長政の軍隊が陣を置いた野村集落の南に当たります。対岸の織田信長軍と戦った浅井軍は、最初優勢でしたが、西美濃三人衆や徳川軍の加勢を受けた信長軍の攻勢により、敗退したと伝えられています。
この案内板の下には、かつて姉川合戦に際して血に染まったと伝えられる血川が流れていました(その川幅は、この看板の幅と同じです)。おそらく、信長軍によって追い立てられた浅井軍の将兵の血が流れたと考えられますが、昭和60年に完成した野村町の圃場(ほじょう)整備により流路がなくなりました。なお、ここから約300メートル南東にある「塚町」は、合戦の戦死者を葬った場所とも言われ、血川との関連が想定されます。
血川(野村町)の案内看板
姉川合戦図
滋賀県長浜市野村町772−1 血川