令和4年度のひとりごと

令和5年3月29日号 

「明日は今日の続き」

 年度末が近づくと、何故だか毎年どのクラスも「良いなあ」という雰囲気になります。子どもたちが好きな遊びを好きなように遊び込み、友だちとのやり取りも(ほぼ)揉めることなく出来ています。表現が難しいのですが、木々の根っこが地面に根付いているように子どもたちがしっくりと園生活を送れている感じを受けるのです。このまま時が止まってしまえばいいのにとさえ感じます。


 WBCの決勝の日。ゆり組有志の子どもたちが私に「園のテレビで決勝戦を見たい!」とお願いに来ました。(開園以来テレビ視聴のお願いは初めてです。)保育時間中のテレビ観戦はいかがなものかと少し躊躇しましたが時間を限って観戦をOKしました。すぐさま、椅子を並べ、新聞紙を丸めて応援グッズを作り、黒く塗ったテープを目の下に貼り「にっぽん、チャチャチャ、にっぽん」と友だち同士で本当に楽しそうに観戦していました。翌日からは園庭に野球のグランドが描かれ、太めの木の枝をバットにして野球ごっこが展開されています。同じ空間の中で生活してきた子どもたちの阿吽の呼吸のような遊びの展開でした。


 新入園児が多かった小さいクラスでも、同じ環境、同じ友だち、同じ先生が居る事で、自分の居場所を認識し自分らしさを少しづつ出せるようになりました。それから友だちの癖も分かる様になります。Aちゃんはままごとのお玉は貸してくれるけど、三輪車は絶対に渡さない。だからAちゃんより先に三輪車に乗っておこうなど、子どもなりの処世術も学びます。年度初めの頃は絵本の読み聞かせをしてもクラスの半分ほどしか見に来なかったわかば組も、今や絵本の魅力に引き込まれ、後から割り込みする子や絵本に触りたくて前へ出る子が居ても座って見られるようになっています。

 

 こんな子ども達の様子をみていると本当にうれしくなります。子どもが安心して園で生き生きと過ごすためには、もちろん本人の慣れもありますが、今日やった遊びの続きが明日も出来る環境作りが大切だと考えています。それがあることで、今までの遊びが発展する創造性が生まれたり、新しい遊びにチャレンジする気持ちも湧いてくるのです。


 来週から過ごす新しい保育室には今までの遊びが継続できるように玩具も一緒に進級したり、クラスで流行している遊びを担任間でしっかりと引き継いでいます。保育中も「そんなんじゃ○○組になれないなあ」という声掛けではなく、「みんなが好きなこの絵本で○○組になったらお面を作ろうか」や「片付けが上手になったから○○組だね」と言う風に進級への期待を持

てるようにしています。「明日保育園へ行くのが楽しみ」と思えるよう、今日の続きが保障された保育をしていきたいと思います。


 就学するゆり組は大丈夫ですか?という心配な声も聞かれそうですが、ご安心ください。ゆり組の子ども達は園生活での多くの体験の中でしっかりと小学校での生活に臨む力がついています。B君は「おれ、学校で野球がんばるから!」と期待に輝く瞳で言いに来ました。(少し強がりかな。)でも、何かあればいつでも園に来てね。ずっと、応援しているよ。(園長 足立園恵)

令和5年2月28日号

「さくら広場」

 「せんせい、うちの子やんちゃ過ぎます。保育園にいれてもらえるでしょうか?」「うちの子ずっと泣いてて、いつ抱っこからおろせば良いのか分かりません。」「うちの子はじっとしてられないし、目が合わない。大丈夫でしょうか?」「離乳食を全然食べません。もう、作るのもイヤになりました。」「うちの子にはどんな保育園がいいの?入るまでに何を準備したらいいのでしょう?」「復帰はいつがいい?復帰後、仕事と育児を両立できる気がしません。」「パートナーが仕事優先で子どもをみてくれない。育休はちっとも休みじゃないのに。」「下の子が泣きだすと、いけないと思っても上の子にあたっちゃう。」等々、ママさんたちの悩みは尽きません。 

 「そうかあ。心配だよね。泣いてるのは元気な証拠。ママが疲れちゃうと赤ちゃんにも伝わるから、少しくらい泣いても降ろして大丈夫だよ。」「今は興味関心が色々ある時期だからね。じっとしているほうが不思議だよ。大人が目を合わせて関わると変わってくるんじゃない?心配なら専門機関もあるから、相談してみる?」「パパも初めての育児。昼間のママの生活はわからないから、わかってほしいことを文章にしてみたら?」「色々な保育園があるから聞きたいことも考えて、見学に行った方が良いよ。園の雰囲気もわかるしね。」丁寧に答えるのはさくら広場のスタッフたちです。

 

 さくら広場は当園の子育て支援室です。「子育て中の皆さんがいつでも立ち寄れる広場です。お家のような温かい雰囲気の中、親子で楽しく過ごしましょう。」とホームページで謳っているように子育て中の方はどなたでも来ていただきたいと考えています。開園以来、通常保育と同様に大事に営んできました。保育園に入った保護者は園の先生に相談したり、同じクラスの保護者と情報交換もできます。でも、家庭で子どもを育てているお母さんたちはそうもいきません。ネット情報に振り回され我が子が異常なのではないか、自分は親として失格なんじゃないか、様々な思いが行き交います。ちょっと聞くことができれば即解決することも、一人で悶々と悩んでいるお母さんが世の中にたくさんいます。そんなお母さんたちの助けに少しでもなりたいと思っています。

 先日は我が子が全く寝ないと悩んでいるお母さんがみえました。お母さん自身が疲れていて座ったまま寝てしまいそうなのでしばらくお子さんを預かり、お母さんは横になって休んでもらいました。少し休むと「自分の子を寝かせることも出来ない・・・。」とそのお母さんは打ち明けだしました。そして家庭の事や色々な不安を吐き出すと、肩の力が抜けたのか笑顔が見られるようになりました。隣で子供を遊ばせていたお母さんは「うちもー!」と共感し、「わたしは、こうしたよ」とヒントをくれました。解決はできなくても、愚痴ったり話すことでスッキリすることは私たちにもありますよね。


 時にはお父さんも訪れます。そして在園児や卒園児のママたちも「ちょっと、いいですか。」と顔を見せてくれます。子育ては保育園に入ったり、小学校に進学すれば終わりというわけではありません。「お兄ちゃんが登校渋りで大変です。」「お友達と上手くいかないみたい。」「仕事に疲れちゃった。」等々。実は私も「うちの次男が・・・」と胸の内をぼやきに行きます。

 子育て相談に限らず季節にあった制作や手遊び、身体機能の発達を促す遊びを一緒にしたり、美味しいカフェの場所、穴場の公園等々の情報も入手できます。


 現在行っている増築工事も4月には完了し、来年度は週5日開室になります。これからも子育て中の皆さんが温かな気持ちになる「地域のかかりつけ」のような「さくら広場」でありたいと思います。(園長 足立園恵)

令和5年2月1日号

「節分」

 園内には鬼のお面や豆、イワシの頭やヒイラギなど子どもの手で作られた節分にまつわる作品があちこちで見られます。今回はその作品にまつわるエピソードをご紹介したいと思います。


①まめ

誤飲防止の観点から園では本物の豆は撒いていません。そこで新聞紙を丸めたものを用意します。普段は禁止されている紙を破る行為ですが、この時は好きなだけ新聞紙を裂いたりちぎったりできるので夢中で取り組みます。また、この豆を掴み、投げるという行為は手先や腕の発達にも良い影響があるようです。


②鬼のお面

3歳位になると目や鼻、口と言った顔のパーツが分かり、1つ作って満足というより、何個も作りたくなります。そんな気持ちを心得た担任はちゃんと多めに画用紙を用意しています。クラスの人数以上に鬼がいるのはそんな理由です。

 また、鬼と言うとついつい怖い形相を思い浮かべますが、それは大人の思い込みなのかもしれません。中には朗らかな表情のピンクの鬼や優しい表情の鬼もいます。そんな優しい鬼を描いたクラスでは絵本棚に『ないたあかおに』(注1)や『おにたのぼうし』(注2)といった優しい鬼が出てくる絵本が置いてありました。鬼も人と同じように悪い鬼もいれば、優しくて良い鬼もいるということを学んだのでしょう。

 年長児になるとさすがに鬼を作る意味合いも考え、自分の言動を顧みて退治したい鬼を作ります。「いじわる鬼」「欲張り鬼」「寝坊助鬼」など、毎年代表入りしている鬼も挙がりますが、「時計を見ない鬼」「片付けしない鬼」など例年にはない鬼もみられました。大人に言われなくても、自分の直したい部分はよく分かっているのです。そんな姿を見て担任は、自分の良い部分を表す「福の神」も作ろうと考えました。悪い部分と同じだけ、いやそれ以上にそれぞれの良い部分も皆で認め合いたいと感じたそうです。


③ヒイラギ

鬼が入ってこないように部屋の入り口や窓辺に飾ります。子どもたちの希望で公園まで本物のヒイラギを探しに行きましたが、見つかりません。今年は職員の庭から拝借しましたが本物志向の子どもたちのために、今後園庭に植えてみようかと考案中です。


④イワシの頭

画用紙で作れたのですが、鬼が嫌がるくさい匂いは作ることが出来ず悩んでいた子ども達。A先生の薬用ハンドクリームはくさいからそれを使おうとも考えたようですが、先生の助言を受け給食室に相談しに行きました。ものが腐るという事を学ぶ機会になるかもしれません。


⑤音楽

節分の定番は「鬼のパンツ」です。特に乳児クラスでは子どもたちが体をリズムに合わせて歌っています。ご家庭で耳にした方もいるのではないでしょうか。


 節分に限らず、日本には沢山の伝統行事があります。毎年繰り返すことで、その行事の意味合いや季節感を覚えていきます。これからも様々な手だてで伝えていきたいと考えています。

今年の節分で私が退治したいのは、嫌な仕事に手を付けずにいる「後回し鬼」。手強い相手です。(園長 足立園恵)


注1『ないたあかおに』作:浜田廣介 絵:池田龍雄 偕成社

注2「おにたのぼうし」作:あまんきみこ 絵:岩崎ちひろ  ポプラ社

令和4年12月27日号

「触れ合うということ」

 「Aせんせい。つぎにトントンしにきてね。」年長のゆり組では午睡時にお気に入りの先生にトントンして欲しくて子どもたちからのリクエストが止みません。「○○ちゃんの次に行くから待っててね。」A先生は目配せしながら優しく返答します。丁度手が空いたB先生が代わりにトントンしようとすると、「A先生がくるから、だいじょうぶ」とやんわりと断られます。

すみれ組では担任に抱きかかえられて眠りにつくCちゃん。先生の肘を触りながら安心して入眠するすずらん組のD君。わかば組のEちゃんは、昼寝中にようやく給食をとる先生の横にお布団を持ってくることで入眠します。ふたば組では体をさすられたり、抱っこでスヤスヤと眠りにつきます。


保育園は身辺自立を支援する場所でもあります。園によっては午睡時に子どもに関わることなく同じ部屋にいて見守るというスタイルの保育をしているところもあります。午前中の活動で疲れた体は給食も食べ、横になれば自然と眠りにつくかもしれません。でもそこに、大好きな先生の手が入ればより安心して眠りにつき心も体も休めることが出来ると当園では考えています。


 子どもの成長には、抱っこされたり、手を繋いだり、一緒に食事をしたり遊んだりする、安定した特定の誰かが必要です。その人たちとの関わりを通して情緒的な結びつきも形成されます。その対象はお母さん、お父さんだけではありません。日本では昔から大勢の大人が関わって子育てをしてきました。両親だけが主に子育ての担い手となったのはここ数十年の話です。子どもは沢山の大人とのスキンシップの中で、この人には安心して身を任せられる、自分を受け入れてくれていると感じます。そして一緒にいて安心、自分は愛されていると言った感情が自己肯定感を芽生えさせます。さらにオキシトシンも分泌されます。オキシトシンは愛情ホルモンとも言われ、成長を促すだけでなくストレス耐性ができる、情緒を安定させるなどの効果をもたらします。そんな子どもとの関わりは私たち大人にも幸せな感情を抱かせ良い影響を与えます。産まれてまだ数年の子どもたちは沢山触れ合ってきたお父さんやお母さんが大好きな訳です。そして次の次の次位に先生が好きなのだと思います。


 年末年始は保育園はお休みです。普段は園の子どもたちに多くの手をかけている職員の手は、自分の家庭でその役目を果たします。娘の手となりお正月の準備を手伝い、父の肩を揉むかもしれません。母の手になると我が子と大掃除をしたり、手を繋いでお出かけするかもしれません。きっといつもより家族と触れ合う時間が増える事でしょう。そこで蓄えたオキシトシンをもって新年からの仕事に臨みます。どうぞ、お父さん、お母さんも我が子と触れ合うなかで沢山のオキシトシンを分泌してください。(美容や健康にも良いそうです。)


 さて、私も年末に向けちょっと高級なハンドクリームを用意しました。つやつやの母の手で嫌がるであろう息子たちと関わり、幸せ感情を享受したいと企んでいます。(園長 足立園恵)

*年末は中旬以降コロナウイルス感染が広がり、ご心配とご迷惑をおかけしています。来年は健康で元気に過ごせるよう祈っています。どうぞ良いお年をお迎え下さい。

令和4年12月5日号

「いってらっしゃい」

 「いってきます!」子ども達の元気な声が園庭に響きます。散歩に行く前は全クラス、目的地と参加人数を事務室に報告し、「いってきます」の声と共に出かけていきます。お手製のお散歩バックを肩にかけ、出かける楽しさで、瞳は輝きワクワク感が伝わってきます。

「いってらっしゃい。楽しんできてね。」と声を掛けて送り出します。

目的地に向かって全く振り返らない子、何度もこちらを見て手を振る子と様々です。中には、他児と違う色の帽子をかぶったり、そこまで寒くないのにジャージズボンを履いて出かける子も居ます。あまのじゃくなのか、こだわりなのか、出発時はその子の意思を大事にしています。何故なら園外に出かけることは子どもたちにとって冒険の様なものだと感じるからです。冒険は楽しみもあれば危険に巡り合うこともあります。行きたいけどちょっとコワイ、そんな気持ちで向かう子もいるのではないかと思うのです。

 ジャージズボンは、子どもなりの「お守り」なのかもしれません。登園時にはお家からのおもちゃの電車やぬいぐるみが「お守り」になる場合もあります。

大人から見れば「なんでそんなものを」と思うかもしれませんが、子どもにとっては、一歩踏み出す勇気をくれる大切な「お守り」なのです。

 

 ふたば組やわかば組はもっと顕著です。カートやベビーカーに乗るのを拒み、先生の抱っこじゃないと嫌がる子がいます。だから最初は抱っこで出かけます。楽しい体験を重ねると自分で降りて歩き出します。

「いってらっしゃい!」と送り出すときは、どうか楽しい時間を過ごせますようにといつも願っています。それは保護者が我が子を園に預けるときと同じような気持ちなのではと感じています。

 

 しばらくすると・・・「ただいまー!」と出発時以上の元気な声が返ってきます。散歩先で見つけた、どんぐりや紅葉した葉っぱ、変わった形の枝を宝物のように私に見せてくれます。その宝物を見る前に、園に戻ってきた安心感とちょっと誇らしげな表情の子供たちをまず眺めます。それから楽しんで無事に帰ってきてくれたことに安堵の気持ちを込めて「おかえりなさい!」の声を掛けます。そして宝物を物色させてもらいます。今後の製作に使えそうな素材が沢山あります。この毎回のやり取りが終わると、個々に好きな遊びに向かっていきます。


 「いってきます」と「いってらっしゃい」、「ただいま」と「おかえりなさい」。何気ない会話ではありますが、安心して当たり前に使える環境を今後も続けていきたいと思います。(園長 足立園恵)


令和4年11月4日号

「わたしの居場所」

 保護者に子どもたちの園での様子をありのままに見ていただく「保育園で過ごそう!」も今年度は2回目を終えました。11月からは3回目が始まります。毎回、参加保護者にアンケートをお願いしていますがその回答に変化が見られました。

 7月~8月にかけて実施した1回目では「我が子がちゃんと椅子に座っていた」「先生の話をきちんと聞いている姿に驚いた」など、自分の子が落ち着いて園の活動に参加している姿に感心する言葉でした。

 そして9月~10月に実施した2回目は、お友だちとの関わりについてのコメントが多くなっていました。「友だちの行動をどんどん真似して成長していることが分かりました。」「友だちが持ってきた図鑑をみんなで見たり、交換こしている姿に社会性が着いたのだなと思いました」「ちょっとしたけんかになった時、子どもたちだけでしっかり話し合い、解決に持って行ったところに感心しました」など我が子自身の様子というよりは、友だちとの関わりに成長を感じたようです。中には「一人で遊んでいる姿が気になりました。」「同じ子とばかり遊んでいました。他の友だちとは上手く遊んでいるのでしょうか?」というような、友だちとの関係でも成長面ばかりではなく気になったところもあったようです。


 4月に進級して半年もたつと、子ども達はすっかり慣れ、安心して好きな遊びに打ち込めるようになります。子どもによっては一人で黙々と遊びたいときもあります。私も幼少期は一人で好きな絵本を読みふけったり、お気に入りのぬいぐるみでままごとを自分の思うままに展開する時間が好きでした。

一人で遊ぶ事に寂しさは感じません。けれども傍から見ると「一人で遊ぶかわいそうな子」と見られていたのかもしれません。逆に寂しいのは遊びが見つからず転々としている子どもの様に思います。園では一人で遊びに没頭している時は好きな遊びが見つかりそれに集中する力が着いたと考え、なるべく見守るようにしています。

 

 また、園にいる間、ずっと同じお友だちと遊ぶ子はほぼいません。好きな遊びや興味関心ごとは成長するにつれ変わっていきます。それも個々のペースで変わるので、遊ぶ相手が変わるのはある意味とても自然な成長過程です。

でも、おうちで「今日は○○ちゃんが遊んでくれなかった」と言われると心配になりますよね。まずは子どもが親にそのように話してきてくれたことを大いに受け止めてあげましょう。自分が親に訴えることで○○ちゃんが嫌な思いをするかもしれない、先生に言われてしまうかもしれない、私の気持ちを分かってくれないかも知れない・・・子ども心に沢山の不安も想像しながら、でも安心できるお母さん(お父さん)に伝えてきたのです。「そおなんだ、今日は○○ちゃんと遊べなかったのね。ちゃんと言ってくれて嬉しいよ。じゃあ、どうしていったらいいかなあ。」等、結論を出す必要は無いと思います。聞いて受容してもらうだけで半分以上解決しています。それでも親心としてモヤモヤするときはいつでも園にご相談ください。


 園庭を見ると、さっきまでは一人で黙々と虫探しに興じていたAくん。いつの間にかしっぽ取りを楽しんでいる友だちの中に入っていました。子どもはたくましいです。自分なりのバランスを取りながら集団の中での居場所を見つけています。(園長 足立園恵)

令和4年10月3日号

「涙の理由」

不覚にも涙が出ました。ゆり組のリレーの最中です。走順は子ども達が考えて決め、赤組も白組も勝つ気満々でスタートしました。接戦で進むレースの中、白組のAちゃんがカーブで転倒しました。あっ、と思いましたが彼女はすぐに立ち上がり走り出します。すごいなあ、強くなったなあと感心。

ところが最後のカーブでまたもや転倒してしまいました。今度はなかなか立ち上がることが出来ません。あきらめてしまうのではないかと様子を見ていましたが、職員の手を少し借りレースを投げることなく次の子にバトンを繋ぎました。明らかに大差がついていました。それでもバトンを受け取ったB君は全速力で走り出しました。Aちゃんは転んだ傷の手当てを受けながら静かに泣いていました。

2回転んでもレースを諦めずにバトンを繋いだAちゃんの姿と大差がついていても、全力で走り続ける白組の子どもたちの姿を見て、冒頭の涙です。おそらく子供たちの成長に対するうれし涙なのだと思います。

結果はそのまま赤組の勝ち。Aちゃんを責める子は誰もいませんでした。Aちゃんはしばらく泣いた後、気持ちを切り替えたのか次の遊びに入っていきました。

5,6歳くらいになると「泣く」ことを我慢できるようになったり、泣く理由も話せるようになります。お友達や先生、親を気遣い涙を見せない時もあります。だからこそ、泣いている時にはその思いに寄り添い、気持ちに折り合いがつけられるよう側にいてあげたいと思っています。

  

保育園に居る間に子どもが泣くことは数え切れません。0歳児は眠い、お腹がすいた、オムツが濡れて気持ち悪い等の不快な時に生理的に泣きます。泣くことで声帯も鍛えられ、どのくらいの声で泣けば大好きな人が来てくれるかも学習しているそうです。

1、2歳児は魔のイヤイヤ期です。抱っこしてよ、かまってよ、何だか分からないけど思い通りに行かないよ、で泣きます。自分はこうしたかったのにできなかった、1人でやりたかったのにできなかったなどの理由で泣いてしまうこともあるようです。まだ言葉で泣いている理由を伝えることは出来ないので、大人は困惑してしまいます。抱っこをしたり、全く違うものを見せたりするとケロッと泣きやむときもあります。イヤイヤ期は必ず終わりが来ます。お母さんだけで請け負わずに、お父さんや祖父母の手も時には借りてみるのもいいかもしれません。園でもあまりに泣き続ける場合は違う職員にバトンタッチしています。

3、4歳児になると泣く理由の大半は友だち関係になります。「一緒に遊びたいのに入れてくれない」「私の方が先だったのに○○ちゃんはずるい」など。泣いている時は感情をセーブできないので、落ち着いてから先生と二人きりで話すと「××がイヤだった」などと理由を話してくれます。

そして、5、6歳になるとたいがい静かに涙するようになります。

園ではどんな涙にも共感し受け止めていますが、実際は涙することより笑うことの方が何百倍も多いです。大人になると感情をコントロールするスキルが上がり、笑ったり泣いたりすることが減っていきますが、子どもはたくさん笑って、時には涙することで育っていきます。どちらも大事にしていきたいです。


帰宅後、ゆり組のリレーで感動した事を話しました。中3の息子が一言。「歳のせいじゃない?」・・・もうっ! (園長 足立園恵)

令和4年9月5日号

「避難訓練」

「ピッー」という笛の音と、「地震!」の声。

それは突然始まりました。園長と担当職員で企画した無告知の避難訓練です。

館内放送が入ります。「ただいま、非常に大きな地震が発生しています。先生は頭上に落ちてくるものがない安全な場所で、子どもたちを待機させてください。」

騒がしかった園内は水を打ったように静かです。各クラスでは子どもたちを部屋の中央や机の下に集め人数確認が始まっています。年中・年長児はダンゴムシのポーズを取り頭を守る様子もあります。トイレや廊下に取り残されている子が居ないかも見て回ります。

続いて放送が入ります。「地震はいったん収まりました。大きな余震が来る可能性があるので第1次避難場所まで避難を始めて下さい。」


0、1歳児はおんぶされたり、避難カ-トに乗って第1次避難場所である園庭の「椋の木」まで移動します。2歳児以上は上履きのまま園庭に出て行きます。階段を降りたり、泣く子を抱っこするのにフリーの職員がヘルプに入ります。

第1次避難場所まで避難できたクラスから呼名して点呼を取ります。この点呼は命の数を数えるのと同じ意味を持ちます。災害発生から6クラス、100人ちょっとの園児の避難と安全確認が取れるまでに、だいたい4分ほど。年度初めの頃は7,8分かかっていたので随分短縮されています。子どもたちも最初は遊んでいた玩具を手放せなかったり、点呼中に地面に絵を描いていたり、パニックで泣く姿もありました。しかし訓練を重ねるうちに、いつもの楽しい雰囲気と違う緊張感を子どもなりに学んだのでしょう。1歳児でもすぐに先生のもとへ集まれるようになりました。


園では地震や火事、不審者侵入も想定して年に15回ほど避難訓練を行います。訓練時刻もクラス活動中はもちろん午睡中や給食中、散歩中や時間外と様々です。子ども達には普段から以下の3つの事を伝えています。①呼名時には大きな声で返事をすること。②黙って部屋から出ていったりしないこと。③災害時はどの先生でも良いので、必ず先生の所へ集まること。(だから、お帰りの会の時には遅番の職員の名前を伝え、災害が起きたらその先生の所へ集まること、降園時にはその先生に「さようなら」を言いに行くことを伝えています。)


9月はたまたま、広域避難訓練の翌日が職員の炊き出し訓練でした。幼児と職員分、100人ほどの給食を2人の職員で作り上げます。火起こしから始まり、非常食のご飯用のお湯を沸かし、カレーを作ります。お湯を入れる前のα米を見せるとカサカサ音がして「ご飯じゃない。」と意見する子ども達。それが給食時にお湯を入れホカホカのご飯になると「すご~い」と手品を見ているような表情。そして、実食。「ふくろごはん(笑)美味しいね!」とお代わりする子が続出でした。

保護者のみなさまにも「災害避難連絡」の訓練をしていただき、全世帯から返信を受け取れほっとしています。

 

これからも様々な事態を想定した避難訓練を緊張感をもって行っていきます。でも、この訓練の成果が活かされるときは来ないと良いな・・・と言うのが本音です。(園長 足立園恵)


令和4年8月1日号

「追悼 マロンちゃん」

「えんちょう先生、ウズラを飼いたいんですけど・・・。」

「うん、構わないけど、ジョイフルで買うの?」

「いえ、スーパーで売っているウズラの卵から孵(かえ)したいんです。」

「えっ?できるの?」

9年ほど前になるでしょうか。当時の栄養士から提案され半信半疑で始めてみました。スーパーで購入したウズラの卵はざっと200個ほど。お手製の孵卵器で3羽が孵りました。スーパーのウズラの卵から孵ったことに本当に驚きました。その3羽のうちの2羽からさらに子どもが産まれました。この子が、園に居た「マロンちゃん」です。9月の栗の実がなる頃に産まれたので「マロン」と命名されました。親鳥は暑い日にゲージを園庭に出してしまった事と子ども達の過剰な関わりのストレス?で急死してしまったので、「マロン」はゲージを事務室に置き、それこそ「箱入り」で飼育してきました。

「箱入り」ではありましたが、独特の大きな鳴き声とかわいらしい容貌で子ども達にはすぐに知れ渡りました。なんだかぐずって活動に乗れず、先生が手立てに困っている子でもマロンを見ると泣き止みます。給食中に眠くなりマロンの所へ散歩に来るとその子の眠気も吹き飛ばす名保育士でした。

成長してしっかりしてきたので「箱入り」を卒業して玄関ホールに引っ越しました。朝、園を開ける早番に挨拶するところから始まり、登園してくる子ども達、園見学に来園する親子にもよく鳴きます。みなさん関心を持って下さるのでその度に「実はスーパーの卵から・・・。」と少し自慢げに話しもしていました。子ども達も朝や夕方にじっくり観察し、子どもとマロンにだけ分かる会話を交わしている姿もありました。

動物を飼うことは、子供の知能や社会性の発達にもよい影響を与えると言われています。

言葉が話せない、そして自分より小さな動物と関わることで、他者への思いやりや優しさ、共感を育てることにつながります。また自分があげたエサを食べる様子や飼育ケースを掃除することで元気に動き回る様子に達成感も感じるようです。目の前にいる小動物は何が好きで、どんな場所に住むのか・・・幼児組になると図鑑を一生懸命調べたりもします。


さて、そのマロンですが、このところ元気がありませんでした。寝転がったり目をつむったままだったり・・・。猛暑の影響もあるのかと考え、再び事務室にゲージを移動しました。飼育下のうずらの寿命は7~8年。そろそろ寿命なのか夏バテなのか・・・。

心配をしていた矢先、今日、早番の職員が出勤した時にはその命が尽きていました。ゆり組の子ども達と埋葬しお線香をあげました。「まだ、うごくんじゃない?」「土がかかったら可哀そう・・・。」「マロンちゃんありがとう。」子どもなりにその死を感じていました。命あるものは必ず死んでしまうこと。だから今元気なみんなはイジワルやケンカをしないで仲良く遊ぼうねと伝えました。マロンの冥福を心から祈ります。(園長 足立園恵)

令和4年6月30日号

「7つめのやくそく」

 「ドンドンドン!ドドンがドン!」盆踊りの曲と共に太鼓の音が響きます。朝や夕方の涼しい時間に園庭で盆踊りが始まりました。幼児組の子ども達と職員が楽しそうに踊る姿を見て、1、2歳児の子ども達もリズムにのります。流行りのアニメのダンスにはついて行けませんが、盆踊りの節は日本人のDNAに組み込まれているのか小さい子にも入り易いようです。5歳児が叩く太鼓に惹かれて、自分も叩きたいと3、4歳の子も太鼓に並びます。「こーやるんだよ」と自然に5歳児が教える姿も頼もしいです。

 園では7月に「みたままつり」があります。今自分が居るのは両親やご先祖さまのおかげだということ。食としての生き物を戴いて生きているということ。この2つの事に心を静めて感謝するのが「みたままつり」の式典です。その後に太鼓に合わせ盆踊りを行います。式典には4、5歳児が参加して、ののさま(仏様)にお花やお線香を供えたり、元気で良い子でいられるように6つのおやくそくをします。

 先日、5歳児が6つのおやくそくを唱えている所に居合わせました。先生が6つのおやくそくを読み上げます。

「ひとつ いきものをたいせつにします。

 ふたつ ひとのものをぬすみません。

 みっつ うそをいいません。

 よっつ わるぐちをいいません。

 いつつ おこりません。

 むっつ よくばりになりません。」

園生活の中で体験してきたことが思い浮かぶのでしょう。子ども達も先生の後についてスラスラと唱和していきます。

 小さい頃は握りつぶしていたアリやダンゴムシも今では専用のお家を作りエサを考え関わっています。友だちが乗っていた三輪車を隙をねらって乗り込み逃走していたのは3歳児くらいまでです。うそを言うと目が泳ぐようになりました。悪口はまだ、少し聞こえます。おこっても気持ちの切り替えが自分で出来るようになりました。使う分以上に抱えていたスコップは1本で十分になりました。

唱和の後で子どもたちに聞いてみました。

「みんなは6つのお約束、覚えたよね。じゃあ、7つ目のおやくそくを自分で作るとしたら何にする?」

6つのお約束ばかり唱えていたので7つ目は考えられるのかな?とちょっと意地の悪い質問をしたつもりでした。ところが、次から次に手を挙げる子ども達。

「えほんをたいせつにする」

「つかったおもちゃをかたづける」

「おりがみをむだづかいしない」

「ちいさいこにやさしくする」

「たべものをのこさない」

7つめのおやくそくにふさわしい内容ばかりでした。長い時間をかけて園生活で学んだことを自分の言葉で伝える姿に成長を感じました。

 

 我が身を振り返ると、わるくちを言ったり、おこる自分の姿が思い起こされます。子育てや保育をしていく中で、子どもの姿から私たち大人が自分の姿を振り返ることが大切なのでしょう。私の7つ目のお約束は「6つのおやくそくを守る」ということでしょうか・・・。(園長 足立園恵)

令和4年5月30日号

「イノシシが跳び越えたら?」

 「イノシシが跳び越えちゃったらどうするの?」

ゆり組のAちゃんが心配そうに尋ねました。

その日はゆり組の子ども達と40分ほど歩き、サツマイモの苗植えに来ていました。畑の周りには、イノシシ除けの電気柵が設置されていました。そのため、電気柵が設置されている理由と触らないということを伝えたのです。そこに冒頭のAちゃんの疑問です。

 電気柵の高さは120cm程でしょうか。今まで何回も目にしていましたが、これをイノシシが跳び越えるという発想には至りませんでした。私の中ではイノシシは猪突猛進。柵は跳び越えるのではなく、突っ込むものだと思っていたのです。その時は「跳び越えられるのかなあ?大丈夫なんじゃない?」とお茶を濁してしまいました。

「でも・・・。」とAちゃんは植えたサツマイモが食べられてしまうのではないかと心配そうです。その姿が気になり、且つイノシシがどれだけ跳べるのかに興味をそそられ調べてみました。結果イノシシは100センチ程の柵は跳び越えられるという事が分かりました。Aちゃんの心配はもっともでした。(ただし雑草等が刈られ、視界の良い耕作地には出てこないようです。)

 早速Aちゃんに、イノシシが跳ぶ高さと、ゆり組の畑は視界が良いから大丈夫だろうと伝えに行きました。安心したような表情を浮かべるAちゃん。その横で私との会話を聞いていたB君が「知ってる?アメンボも飛べるんだよ。」と少し自慢げに言ってきました。「そうなんだ。どれくらい飛べるの?」と聞くと、周りに居た子どもたちも「豚も飛ぶの?」「サルは?」と様々な動物の名前を挙げてきます。飛ぶ距離と跳ぶ高さの意味合いの違いはありますがAちゃんの質問から子どもたちの発想が広がり、疑問に繋がります。興味が冷めないうちに子どもたちと調べてみたいと思います。

      

 言葉が出始め、一定の年齢になると子どもは「どうして?」「なに?」とその時自分が思った疑問を聞いてくるようになります。1~2歳頃は「これなぁに?」と物の名前を知りたがる、いわゆる「命名期」と呼ばれる時期で、自分の中の言葉を増やそうとします。「なぜなぜ期」はその次の段階です。つまり、言葉という表面的な情報だけではなく、物事が存在する意味や原因など、より深い本質的な部分を知ろうとする時期なのです。

「なぜなぜ期」は個人差もありますが、一般的には2歳〜6歳頃に起こることが多いようです。これは、成人の脳神経が100%だとすると、3〜4歳頃までには80%程度、5〜6歳頃までには約90%程度にまで発達することと関係しているためだといわれています。

そのため、この時期に質問することは、好奇心を育んだり、知ることの喜び、知的探求心に繋がると考えられています。そう思うと延々と続く「なんで?」「これは?」にも付き合いやすくなりますよね。(場合により応答困難な時は「どうしてかなあ?パパ(自分以外の第3者)に聞いてみようか?」とか「今、○○しているからもう少し待ってね。」と応答は丁寧にしておきましょう。子どもは自分の気持ちを受け止められた満足感が得られるからです。)

 

 帰宅後、夫と息子に「イノシシってどれ位跳べるか知ってる?」と聞いてみました。スマホを見入る2人は興味なしといった冷たい反応。私の脳神経は伸びそうもありません・・。(園長 足立園恵)

令和4年4月26日号 

「機嫌良く」

「最近、お父さんやお母さんはご機嫌ですか?」

今年の乳児の入園式でこんなことを聞いてみました。保護者のみなさんの反応はちょっと苦笑い・・・でした。

子育て先進国のフィンランドの研究では「親が機嫌良くいる事が子どもの成長に良い影響を与えている」とされています。とはいえ、決まった時間に保育園の支度をして家を出る、予定していた仕事をこなす、お迎えに行き帰宅したら座る間もなく夕飯やお風呂の準備・・。どんなスーパーお母さん(もしくはお父さん)だってずっと機嫌良くいるのは難しいですよね。

私は親が機嫌良くいるには、逆に子どもが機嫌がいいことも大切だと感じています。仕事を終え、保育園にお迎えに行ったら、我が子の口も眉毛もへの字。あきらかに不機嫌な様子だと、親の方が泣きたくなります。

家庭でも園でも子どもたちが機嫌良く過ごせるには、「安心感」が1つのポイントだと思っています。

特にこの時期、4月に入園・進級した子どもたちはみんな多かれ少なかれ不安を抱えています。それほど不安そうに見えない子でも、周囲のものをまずじっと観察します。そして近くのものや目についたものを触ることから始めます。どんどん触って、手の届くものを引っ張り出して、あちこちをのぞいてみる。そんなことをしばらく繰り返してから、ようやく園での生活を楽しむようになります。ここはどこだろう、これはなんだろうと確かめる時間がどの子にも必要なのです。だから園ではその子をまるごと受け止めることから始めます。

給食を食べなくても構いません。(いつかは必ず口にするようになります。)

お昼寝をしなくても大丈夫です。(沢山遊べば自然と休息を求めます。)

お友達と遊ばず一人で砂をいじっていても大丈夫。(好きな遊びに集中して没頭できる力があります。)

自分のクラスからの脱走も受け止めます。(クラスだけで収まらず、世界の広さを探りに行くのです。)

絵本を見られなくても問題ありません。(その子の興味関心を惹く絵本でなかっただけです。)

 受け止めてもらえることで、子どもたちは安心します。安心させることはとても大切なことです。この安心までにかかる時間には個人差があります。子どもたちがどんな場所で、どう反応をするのかは、予想しきれません。なのでなるべく多くの選択肢を園では用意しています。

保育園は子どものための環境・活動・生活の流れが考えられており、専門の先生が揃った場所です。だからお父さん・お母さんも預ける後ろめたさを感じるより、親として自分が選んだ「子どものために用意された子ども中心の場所」に安心感を持ってもらえたらと考えています。その安心感が、子どもの成長に良い影響を与えるのでしょう。

今年度も子どもも保護者も職員も「ご機嫌に」過ごせる宝保育園であるよう、全力で保育にあたりたいと思います。(園長 足立園恵)

「椋の木のひとりごと」は牧の原宝保育園長による保育エッセイです。(ほぼ)月に一度発行いたします!

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