椋の木のおはなし

令和5年度のおはなし

令和6年4月1日

「成長を楽しみに待つ」

入園、進級おめでとうございます。

子ども達をお祝いするかのように、春の草花が生き生きと咲きほこり、本格的な春の訪れを感じます。境内や保育園にも、パンジーや菜の花など色とりどりの花が目を楽しませてくれています。チューリップや桜はまだのようですが、これから順番に咲き始めるでしょう。

ところで、花は種類によって咲く時期が違いますね。色だけでなく大きさや形も違い、それぞれ個性があり素敵だなと思います。

子どもも同じです。同じクラスの出来ている子を見ると、なぜか我が子が出来ていないことばかりに目がいきがちです。「なかなか保育園になれない」「言葉が出ない」「偏食が多い」「お友達と遊べない」「字が書けない」…。つい心配になり、「出来るようにさせよう」と焦ってしまうかもしれません。でも、大丈夫ですよ。子どもはそれぞれ自分のペースで育っています。乳幼児期に周りの大人がやることは、無理に何かをやらせることではなく、しっかりと心の根を張れるように、温かい言葉と笑顔で子どもに接し、スキンシップをたくさんとることです。そうすれば、ちょっとやそっとの嵐でも折れないしなやかで強い心が育ち、おのずと出来ることが増えていくでしょう。ぜひ、おおらかな気持ちでお子さんの成長を待ち、お子さんの好きなこと、やってみたいことを一緒に楽しんでください。


今日から新年度が始まりました。

新しいお友達10名を迎え、新しい職員も2名入りました。初めての保育園生活に緊張しながらお子さんと一緒に門を入った方もいるでしょう。進級してひとつ上のクラスになり、新しい環境に不安を感じる子もいるかもしれません。私たちは、どの子にとっても保育園が居心地のよい場所になるよう、一緒に楽しい遊びをたくさん探し、保護者の皆さんと共に、お子さんの成長を楽しみに待ちたいと思います。どうぞ安心してお子さんをお任せください。(園長 番場朋子)

令和6年3月1日

「あこがれの小学校」

年が明けた頃、ぞう組に4つの小学校の紹介ポスターが貼り出されました。

担任の先生がそれぞれの小学校のホームページを見ながら作ったものです。今年のぞう組さんは、我孫子市内の4つの小学校に分かれて入学する予定です。ポスターには、校舎や給食などの写真の切り抜きが貼られ、ひらがなで説明文が書かれています。公立の小学校でもそれぞれ特色があることがよく分かり、子ども達は興味津々で見ていました。

先日の朝のことです。いつもより早く出勤したところ、まだ子どもが少ない時間だったので、ポスターを廊下に移動してみることにしました。きりん組やうさぎ組の子ども達も興味があるだろうと思ったのです。2月に入り、卒園式の練習が始まりました。ぞう組の部屋から歌声が聞こえたり、卒園証書を受け取る練習をする様子がガラス越しに見られるようになりました。ぞう組さんが卒園することを、年下の子ども達も何となく感じ始めています。

廊下の壁に貼っていると、登園した子ども達が集まってきました。うさぎ組のMちゃんから「誰が行く学校なの?」と聞かれ、「名前が書いてあると分かるのだけど…」と困ったように言うと、ぞう組のNちゃんが「私が書いてあげる」と、紙とペンを持って来ました。Nちゃんが学校ごとに友達の名前を書く様子を、子ども達が取り囲んで見つめています。

そのうちに、きりん組の子ども達が自分も書きたいと言い始めました。「ぼくはこの学校だよ」、「お兄ちゃんと一緒の学校がいい」と、行きたい小学校を指さし、Nちゃんの真似をして自分の名前を書き始めました。うさぎ組の子も書いてほしいと頼んできます。

きりん組やうさぎ組の子ども達の名前も書き足されて賑やかになったポスターから、小学校にあこがれを抱く子ども達の喜びや期待の大きさを感じました。


我孫子市では、幼児教育・保育と小学校教育をなめらかにつなぐため、こども園・保育園・幼稚園、小学校の先生が地域ごとに集まり、年に数回の会議や合同の研修を行っています。小学校や幼稚園の先生達とこれほど交流があるのは、近隣の市町村ではあまり聞いたことがありません。私自身も、この連携のおかげで小学校や幼稚園の先生達と顔見知りになり、何かあれば相談し合えることを心強く思っています。

1月には「育ちと学びをつなぐ会」という市内合同の引継ぎ会が行われました。ぞう組の2人の担任が出向き、4校それぞれの先生に子ども達ひとりひとりの様子をお伝えしてきました。小学校でも子ども達が安心して楽しく通えるように様々な手立てを考えているようです。引継ぎを終えて帰園した担任の顔には安堵の表情が見られました。


8時30分をまわり、登園する子ども達が増えてきました。ぞう組の女の子達が、自分が行く学校の自慢をしています。「あー、早く小学校に行きたいな」「私も!」

子ども達の弾むような笑顔を微笑ましく見つめながら、ちょっぴり寂しさを感じた朝でした。(園長 番場朋子)

令和6年2月1日

「自然を感じる感性」

寒さが身に染みる朝でした。

園庭の水道の蛇口の下に、太い鉛筆のような氷柱が立っていました。栓がしっかり閉まっていなかったのでしょう。今朝の気温は氷点下だとニュースでも伝えていました。

「すごい!氷になってる」氷柱を見つけた子の声を聞きつけて、他の子ども達も集まってきました。誰かが水栓をひねり水が流れると、氷柱は上からゆっくり溶けていきました。その様子を子ども達は目を輝かせて見つめています。


ご報告が遅くなりました。

この度、当園は「千葉県自然環境保育認証制度(注)」の重点型の園として認証を受けました。9月に千葉県庁で行われた認証式では、熊谷知事の挨拶がありました。その中で印象に残った話があります。知事は、仕事柄たくさんの科学者と会う機会があります。その時に必ず「科学者になろうと思ったきっかけは何ですか?」と質問するそうです。すると、ほとんどの方から「幼少期に体験した自然科学」との答えが返ってくると話していました。

おそらく、幼い頃の昆虫探しや天体観測など身近な自然との触れ合いが研究者としての原点になったという事なのでしょう。知事の話を聞き、保育園での体験が将来の職業や生き方に影響するかもしれないと、身の引き締まる思いがしました。


当園では、生き物との触れ合い、野菜や花の栽培、水や泥んこ遊びなど多くの自然体験を取り入れています。その中で、子ども達は様々なことに興味関心を持ち、生態や仕組みなどを遊びを通して学んでいます。もちろん、全員が科学者になるわけではありませんが、誰にとっても、幼少期の自然科学との出会いは、その後の人生を豊かにしてくれることと思います。

とりわけ、私が大切にしたいのは自然を感じる感性です。風に流れる雲、はらはらと舞い落ちる葉、霜を踏みしめる音、柿の実をついばむ小鳥、カナヘビの産卵…、身近な自然は驚きに満ちあふれています。自然の不思議さに目を見張り、小さな命に心を寄せられる、子ども達の素直で瑞々しい感性を自然環境を取り入れた保育の中で大切に育んでいきたいと考えています。


先月は、ぞう組の子ども達と一緒に「川めぐり」を体験しました。木下駅近くから乗船し、六軒川、弁天川、手賀川を巡る1時間ほどの旅です。防寒用の毛布にくるまりながらの見学になりましたが、鴨や白鳥などたくさんの水鳥に出会いました。

いつか子ども達が大人になった時、頬に当たる川風の冷たさや川面いっぱいの白鳥の群れを、懐かしく思い出してくれる日が来るといいなと思っています。(園長 番場朋子)

(注)千葉県が今年度から開始した制度で、自然体験活動を通じて子どもの主体性や創造性等を育む「自然環境保育」に取り組む施設の活動を支援する制度です。当園は自然環境を重点的に保育に活用していると認められた県内28団体の1つに認証されました。

令和6年1月4日

「ピンチをチャンスに!」

保育室のエアコンを取り替えることになりました。

すでに15年以上が経ち、時々調子が悪くなるので、夏が来る前に取り替えることにしたのです。ところが、工期が早まり、2月末に行うことになりました。工事関係者から「工事期間中はエアコンが使えません」と伝えられ、一瞬、頭が真っ白になりました。寒い2月にエアコンが無いなんて…。

こんな時は発想を変えるのが一番です。そこで、「こんなピンチは滅多にないぞ」と思い直し、急きょ園内研修のテーマにすることにしました。みんなで知恵を出し合えば、きっと良い方法が見つかるはずです。


園内研修は月に1回、昼の時間帯に行っています。保育に支障が出ないように2日に分けて全職員が半数ずつ出席します。今年度は「不適切な保育」、「保育環境」など多岐に渡るテーマを話し合ってきました。

早速、12月の研修を「工事期間の寒さ対策」にしました。幸いなことに、1階の保育室は床暖房が入っているのでさほど影響がありません。対策しなければならないのは2階のうさぎ、きりん、ぞう組です。

先生達に事の経緯を説明すると、最初は戸惑う様子が見られましたが、元来、子どもに合わせて臨機応変に対応することが得意な人達です。すぐに、どのグループからも活発に意見が出てきました。「早めに保護者に周知し、ストーブやホットカーペットを使用する」といった建設的な意見のほか、子ども達にとって「学び」となる機会にしたいとの声も多くあがりました。「寒い時はどうしたら良いかを子ども達と考えて、それを実際にやってみる」、「鬼ごっこやおしくらまんじゅうなど身体が温かくなる遊びを取り入れる」、「昔のようにストーブの上でお湯を沸かしたり餅を焼いたりする」、「足湯で温まる」、「こたつを置いてみる」、「焚き火をする」など楽しそうなアイデアがたくさん出ました。「午前中に温かい飲み物を提供する」は栄養士ならではの視点です。ネットを使い、災害時の対策を検索するグループもありました。終了後、職員からは、「最初はどうしようと思ったが、みんなの意見を聞いているうちに何とかなると思えるようになった」、「子どもにとってもプラスの体験になるようにしたい」など前向きな感想が聞こえてきました。

工事まではもう少し時間があります。子ども達が体調を崩すことのないよう、保護者の皆さんが安心してお子さんを預けられるよう、万全の対策とさらに楽しい保育を準備します。


「ピンチをチャンスに変える」 私はこの言葉が好きです。同じ出来事でも、考え方次第で空気がガラリと変わることを何度も経験しました。ピンチをチャンスと捉えると必ず良い解決方法が見つかります。たぶん、今年も様々なピンチに遭遇するでしょう。そのたびに職員や子ども達と一緒に考えて、時には保護者の皆さんや地域の方々のお力を借りて、よりよい保育を創ってまいります。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。(園長 番場朋子)

令和5年12月1日

「濡れた靴」

「こんなの簡単さ!」と言って自信満々にジャンプしたぞう組のT君。

「ちょっと待って」と止めようとしましたが、時すでに遅し…。軽やかに跳んだT君の靴が水たまりの中に沈んでいく光景がスローモーションのように見えました。「やってしまった」と言いたげな目で私を見つめるT君に、「その気持ちわかるよ」と私は無言でうなずきました。


子ども達と一緒に宮の森公園へ遊びに行った時のことです。晩秋の暖かい日でした。

広場の両脇は側溝になっていて、雨が降ると水が溜まります。トンボやザリガニなど多様な生物が見つかるので、生き物が好きな子ども達には楽しい遊び場です。数日前の雨のせいで周りの地面もぬかるんでいました。安全を確認していると、森の中で遊んでいた子ども達がやってきました。広場に下りるには側溝を飛び越えなくてなりません。「いつもより水が多いから気を付けてね」と声を掛けていた矢先のことでした。

靴が濡れてしまい落ち込むT君に、「飛び越える前に周りもよく見るといいよ」と声を掛け、「でも、チャレンジしたT君はすごいよ。失敗は成功のもとだよ」と励ますと、「そうだね!」と笑顔が戻り、気持ちを切り替えてバッタを探し始めました。濡れたままの靴で遊ぶことになってしまいましたが、きっと次はもう少し慎重に飛び越えるでしょう。


思えば、私自身、不器用でそそっかしい子でした。何でもない所で転び、箪笥の角に足の指をぶつけるのは日常茶飯事。折り紙も泥だんごもうまく作れず、上手な友達をうらやましく思っていました。大人になった今も不器用なところは変わりませんが、たくさんの失敗を重ねた分、何とか人並に出来ることが増え、多少の慎重さが身に付いた気がします。そのようなわけで、私は失敗が多い子ほど親近感がわき、上手にできるようになると自分事のように嬉しくなります。

最近は失敗を恐れる子ども達が多いと聞きます。でも実は、失敗には成功以上の多くの学びがあります。保育園では、子ども達がたくさんの失敗を経験をし何度も挑戦できる「ゆるやかで自由な時間」をしっかり保障したいと考えています。


今日は、ことり組のW君がおやつのお皿を運んでいる姿を見かけました。お手伝いが好きなW君、重ねたお皿を抱えて意気揚々と部屋に向かっていましたが、あと1歩のところで、落としてしまいました。すかさず、先生の声が聞こえました。「W君、大丈夫、大丈夫。新しいお皿をもらってこようね」

子ども達が安心して失敗と挑戦を重ねられるよう、おおらかに温かく見守っていきたいと思います。(園長 番場朋子)

令和5年11月1日

「待つ楽しみ」

暑かった夏がようやく終わり、心地よい風を感じるようになった頃から、きりん組の子ども達に「遠足はいつ行くの?」とたびたび聞かれるようになりました。「秋になったら行こうね」と約束していました。待ちに待った遠足です。


「10月30日に、『く・さ』がつく所に行きますよ」

子ども達に伝えると、誰かが「えー!くさいところ?」とおどけて言い、周りの子ども達も鼻を押さえて大笑いです。「草がたくさんあるのかな?」「牛はくさいから、やっぱりゆめ牧場だよ」子ども達は頭を巡らせて考え始めました。

翌日出勤すると、鉄棒で遊んでいたSちゃんが待ってましたとばかりに駆け寄ってきました。「園長先生、わかったよ!くさがつくところって、草ぶえの丘でしょ!」期待に満ちた目で私を見つめます。「よくわかったね」と言うと、「やっぱりそうだ!落花生を掘りに行ったことあるよ」と嬉しそうに飛び上がりました。

さらに翌日。Sちゃんのおかげできりん組中に広まり、「草ぶえの丘ってどこにあるの?」「バスで行くんだよね?」「電車があるところでしょ?」と、子ども達からたくさんの質問がきました。

そこで、担任の先生が草ぶえの丘の地図や写真を部屋に掲示しました。あと何日か分かるようにとカレンダーも貼りました。子ども達は食い入るように見つめ、いつの間にか、やぎの名前や遊具の場所まですっかり覚えてしまいました。

ご家庭でも遠足が話題にのぼったようです。「お弁当は芝生の広場で食べるといいんじゃない?」Yちゃんが提案してくれました。家族みんなで考えたそうです。「遠足のおかげでカレンダーを読めるようになりました」と教えてくれたお母さんもいました。


「みな先生が遠足に行くと、うさぎ組さんはだれが面倒みるの?」、「電車のチケットを買うお金、先生持ってるかな?」

引率する先生や電車に乗ることを伝えると、喜びの声が上がる中、他者を気にかける声も聞かれました。大人顔負けの気遣いには本当に感心させられます。

グループでどこを見て回るかを話し合いで決めました。4月にグループ名を決めた時は、自分の意見を通そうとする子が多く、話し合いにならなかったそうです。今回は、友達の意見もよく聞いて折り合いをつけようとする姿が見られたと、担任からうれしい報告を受けました。


遠足を心待ちにしている子ども達の姿を見て、昔読んだ『赤毛のアン』(モンゴメリー作)の一節を思い出しました。

「あのね、マリラ、何かを楽しみにして待つということが、そのうれしいことの半分にあたるのよ」


「待つ時間」がこんなにも楽しく、多くの学びがあることをあらためて感じた遠足でした。当日の様子は園だよりでお知らせします。どうぞお楽しみに。(園長 番場朋子)

令和5年9月1日

「楽しい実験」

「どうして海の水はしょっぱいのかな?」O先生が子ども達に質問しました。

「塩が入っているから!」と真っ先に答えたのはぞう組のSちゃんでした。「すごいね~。君、天才だね!」O先生に褒められて、Sちゃんは嬉しそうに肩をすくめました。


O先生は光学が専門の博士です。4歳のお孫さんとよく実験をして遊んでいると聞いたので、「保育園の子ども達にも科学実験を見せてくれませんか」とお願いしました。7月から週に1回、保育園に遊びに来ていただいています。

「海の水がしょっぱかった!」と海水浴に行った子どもの声を聞いたO先生が、「じゃあ、本当に塩が入っているか、調べてみよう」と提案してくれたのです。そこで、海水を煮詰める実験を行うことにしました。先生が持って来た房総の海水を鍋に入れて温めると、ホールに磯の香りが漂い、間もなく沸騰して水蒸気が上がりました。「白い煙だ!」と驚く子ども達に、O先生は雲がどうやって出来るかを教えてくれました。10分程で水分が無くなり、鍋をのぞくと白い結晶が付いていました。子ども達は大興奮です。担任のH先生と私がなめて確かめると、それはまぎれもなく塩の味でした。

実験の合間には、O先生が子ども達にさまざまな質問をします。「骨がない海の生き物を知っている?」、「たこ!」「あんこう!」柔らかそうな生き物の名前があがりました。「残念、それは骨があるんだよ」と言われ、しばらく考える子ども達。「あ、分かった、クラゲだ!」誰かが声を上げました。指差す方を見ると、排水口ネットで作ったクラゲが、気持ちよさそうに泳いでいました。ホールには海の生き物達が飾られています。少し前にぞう組では水族館ごっこが盛り上がりました。

「よく知ってるね。君たち、天才じゃない?」O先生の定番の褒め言葉に、子ども達は大喜びです。遊びと知識が結びつく瞬間を目の当たりにし、私も大変嬉しく思いました。生活や遊びに科学的な視点が入ることで、子ども達の興味関心がさらに広がり、学びが深まることを実感します。


翌日、先生からメールが届きました。『昨日はどうも有り難うございました。素晴らしい子ども達ですね。子ども達が熱心に聞いてくれるので、国立大学の大学院で講義しているより遙かに充実感があります。』いたずらっ子のように笑うO先生の顔が目に浮かびました。

次回は水蒸気爆発の実験ということで、ポップコーンを作る予定です。(園長 番場朋子)

*ポップコーン作りは8月30日に行いました。詳しくは園だよりをご覧下さい。

令和5年8月1日

「さるもり」

「先生、聞いて下さいよ」

お迎えにきたAちゃんのお母さんの顔がいつもと違うので、気になって声を掛けると、堰を切ったように朝からの出来事を話してくれました。

お母さんの話によると、今朝は早く出勤する日なのに、Aちゃんがなかなか起きず、朝ごはんも食べてくれないので、結局、出勤時間に間に合わなくて遅刻してしまったそうです。「今日は仕事でも色々あって…。きっと向いていないんだわ、仕事も子育ても…」そう言うと、お母さんは大きなため息をつきました。 


昔からこんな言い伝えがあるのをご存じですか。

神様は、大切な赤ちゃんの子育てを手伝うために、十二支の動物を順番に派遣するそうです。それぞれの動物が特徴を生かしてお守りをするのですが、いたずら好きの猿は、寝ている赤ちゃんを起こしたり、余計なちょっかいを出すので、赤ちゃんが泣いたり、ぐずったりすることが多いそうです。「今日は何をしても泣いてしまう」、「なかなか寝てくれない」そんな日は、猿が子守り当番だといいます。それが転じて、物事が上手くいかない日を「猿守り(さるもり)」と言うようになったそうです。


実は少し前に、私も上手くいかない事ばかりの日がありました。「何だかついてないわ」と愚痴を言うと、事務のW先生が、「そういう日を猿守りって言うらしいですよ」と教えてくれたのです。上手な子育ての方法を見つけた先人の智恵に、私はすっかり感心し、落ち込んだ気分も吹き飛んでしまいました。

子育ては、思いどおりにいかないことの連続です。なかなか寝ない、起きない、食べない。せっかく片付けても、すぐに散らかす。この服がいやだ、こんな靴はかないと投げる。やっと車に乗せたところで「おしっこ!」。仕事が休めない日に限って熱を出す、なんてこともよくありますよね。

心の余裕がなくなって強く叱ってしまい、子育てに自信を無くしてしまうこともあるでしょう。でも、そんな時に「今日は猿が当番なのね」と思うと、ひと息いれるきっかけになるのではないでしょうか。


猿守りの話にAちゃんのお母さんもふふっと笑い、「猿のせいなんですね、もう迷惑だわ」そう言っていつもの笑顔に戻り、Aちゃんの待つ保育室に向かいました。


どうやっても上手くいかない日もありますよ。それは、子どものせいでも、お母さんのせいでもありません。誰のことも責めずに、「そんな日もあるよね」と笑って過ごせるといいですね。願わくば、お猿の当番が少なくなりますように。神様、どうかお願いします。(園長 番場朋子)

令和5年7月1日

「あこがれの遠足」

廊下の真ん中できりん組のF君が寝そべっていました。

「何してるの?」と聞いても返事がありません。目は開いているので眠いわけではないようです。不思議に思っていると、近くにいた先生が小声で教えてくれました。「遠足においていかれて怒っているんですよ」


6月の終わりに、ぞう組がバス遠足に行きました。遊びの中で馬や牛に興味を持つようになり、牛の乳しぼりをやってみたいと声があがったので、成田ゆめ牧場に出掛けました。(詳しくは園だよりをご覧ください)

子ども達を迎えに来たのは、緑色の大型バスです。向かいの旅館の駐車場にとまったバスは園庭からよく見えました。ぞう組が乗り込む様子を、きりん組、うさぎ組、りす組の子ども達が、目を皿のようにして見つめています。バスが出発すると、「いってらっしゃーい」「バイバーイ」と、子ども達は声を張り上げて盛大に見送りました。

無事にバスを送り出し、園舎に戻ったところで、冒頭のF君に出会ったのです。先生の話によると、ぞう組が出発前の話を聞いている時に、F君も一緒に話を聞いていたそうです。直前まで行く気満々だったF君は、遠足に連れて行ってもらえないことが余程悔しかったのでしょう。


ぞう組ときりん組は、普段から一緒に遊ぶことが多く、最近ではリレーや相撲ごっこなどを楽しんでいます。運動が得意で負けん気が強いF君は、リレーでもドッジボールでも、ぞう組の子と互角に戦います。相撲では、わざわざ強い子に挑戦を挑むほどです。

ちょうど幼児期後半にあたるこの時期は、社会性や協調性が育ち、自分で考える力もついてきます。そのため、この時期に同じ年齢の子だけで遊ぶよりも、異年齢の友達と関わって遊ぶ方がより豊かな体験ができると考え、今年度は、両方のクラスに関わる担任を配置しました。例年以上に遊びや生活を共にする姿がみられます。ですから、F君が「なぜ自分は行かれないのか?」と不満に思う気持ちもよくわかります。


翌日、事務室に「園長先生にお話があります」とF君と担任のN先生が神妙な顔でやってきました。手渡された紙には、「きりん組も、ゆめ牧場にいきたいです」と書いてあります。F君が言った言葉を先生がえんぴつで薄く書き、それを一生懸命なぞったのでしょう。ガタガタの象形文字のようなひらがなに、F君の熱い思いを感じます。

「きりん組さんも遠足に行きたいんだね」私が尋ねると、「そうだよ」とF君は口をとがらせて答えました。N先生が、「ゆめ牧場には動物がたくさんいるけど、大切にできるかな。それに、先生が「集まって」と言った時に集まれないと迷子になっちゃうかもしれないね。ぞう組さんみたいにできるかな」と諭すように言いました。好奇心旺盛なあまり触り過ぎて虫を弱らせてしまうことが多いF君に、生き物を大切にすること、先生の話をよく聞いて行動すること、それが遠足に行くためには必要だと教えています。

「じゃあ、それができるようになったら、遠足に行きましょう。きりん組のみんなにも伝えてね」私がそう言うと、F君は「やった!」と飛び上がり、それはそれは嬉しそうな笑顔を見せてくれました。

きりん組に「遠足に行く」という楽しい目標ができました。(園長 番場朋子)

令和5年6月1日

「保育園きらい同盟」

夏のような日差しの朝でした。

日除けをつけようと園庭に出たところ、事務室前の階段にY君が座り込んでいました。「おはよう」と声を掛けると、Y君は「ねえ、先生、なんで保育園に来なくちゃいけないの?」と不満な気持ちをぶつけてきました。「Y君は保育園が嫌いなのかな」と聞くと、「そうだよ。おうちの方がずっといい」と言うので、「それじゃあ、先生と同じだね」と答えました。すると、Y君はびっくりした顔で私を見上げました。そこで、私の保育園の思い出をY君に話すことにしました。


私は保育園が苦手な子どもでした。年の近い兄や妹とも遊びましたが、ブロックでお家を作ったり、絵を描きながら空想の世界を楽しむのが好きな子でした。保育園の騒がしさが苦手で、特に園庭でのダンスが嫌いでした。大音量で流される音楽や大勢の子どもに圧倒され、怖いとさえ感じていたのです。何度も家に逃げ帰り(一応、忘れたタオルを取りに行くと先生には伝えましたが)、とうとう私が脱走しないようにと保育室の鍵を掛けられてしまったこともよく覚えています。

Y君は、私の脱走した話をとても面白がり、何度も「どうやって脱走したの?」と聞いてきました。いつの間にか「脱走」が「脱獄」という言葉に変わり、「番場先生は脱獄したんだよね?」と確認してくるようになりました。私も声をひそめて、「先生が追いかけてきたけど、忍者みたいに木の影に隠れてうまく逃げたんだよ」と面白おかしく話すと、Y君は「へえ!」と感嘆の声をあげ、尊敬のまなざしで私をみつめました。こうして、Y君と私の間に「保育園きらい同盟」が結ばれたのです。

それから時々、ふたりで話をするようになりました。Y君は好きなゲームのこと、家族で海に出掛けたこと、お兄ちゃんのこと、色々なことを教えてくれます。Y君はこの時間を「ないしょの話」と名づけました。合言葉は、「先生は保育園好きだった?」「大嫌いだった!」です。いつかふたりで、ゲーム解説のYoutube動画を作ろうと計画を立てています。

「誰とも遊びたくないし、保育園なんかなくなればいいのに」と言っていたY君ですが、「ひとりでやるゲームよりも、3人でできるゲームの方が好き」、「いつか大きな家を建てて、みんなで住みたい」という言葉の中に、誰かとつながりたいという本心が見え隠れします。


「あっ、6になった!」図書室の時計を見てY君が立ち上がりました。「長い針が6になったら戻ってきてね」と担任の先生から言われた約束を思い出したようです。Y君の気持ちは担任の先生が一番よく知っています。「戻ってきたらY君の好きな遊びをしようね」と声を掛け、Y君が自分から戻ってくるのを待っています。振り向きもせず自分のクラスに帰るY君の後姿を見ながら、「保育園きらい同盟」を解消する日もそう遠くないだろうと感じています。


子どもによって、人とのコミュニケーションが上手な子もいれば、苦手な子もいます。大勢でワイワイ遊ぶのが好きな子もいれば、ひとり遊びを好む子もいます。色々な子がいて当たり前なのです。保育園では、どの子も自分のペースで心地よく過ごし、そのうちに、先生や友達と一緒に遊ぶ楽しさを感じられるようになるといいなと思っています。かつての私のように…。 (園長 番場朋子)

令和5年5月1日

「生き物との出会い」

春の陽気に誘われて、今年も色々な生き物が顔を見せ始めました。

保育園に入園して最初に出会う生き物は、おそらくアリとダンゴムシでしょう。「アリはマットの下」、「ダンゴムシは木の根っこの近く」と、子ども達は生息している場所もよく知っています。ことり組やりす組の子ども達は、まだ加減が難しく、指でつぶしてしまうことも多いようです。踏みつぶしてしまうと、「動かないねえ」と不思議そうに観察しています。虫には気の毒ですが、それも学びのひとつと捉えています。

カナヘビ、ヤモリなども保育園では定番の生き物です。主にきりん組、ぞう組の子ども達に人気があります。これらは生きた虫しか食べないので、飼育が始まるとエサにするハエやクモ探しに大忙しです。先日、大きなクモを見つけたので、「ほら、ごちそうだよ」と持っていったら、「先生、大きすぎるのは食べられないんだよ」とあきれ顔で断られてしまいました。大人顔負けの知識に本当に感心します。


生き物と触れ合う中で、様々な問題も発生します。

週末の夕方、階段の前で数人のぞう組さんと担任のN先生が話し合っていました。子ども達も先生も真剣な顔をしています。どうやら、捕まえた羽アリをどうするかで揉めているようです。「逃がすのは嫌だよ」「でも保育園がお休みの間、エサはどうするの?」「お腹がすいて死んじゃうかも…」葛藤している子ども達に、先生は根気よく付き合います。お迎えに来たお母さん達もその様子を見守ってくれていました。結局、今回は逃がして、また来週探して捕まえることになったようです。

今日は、アオムシでちょっとした論争が起きました。飼育したい派とヤモリのえさにしたい派で意見が分かれてしまったのです。「エサにするのはかわいそうだよ」「ヤモリだってエサがないと死んじゃうよ」

そうこうしているうちにアオムシは死んでしまいましたが、これからも似たような問題が起こりそうです。そのうちに、自分達もたくさんの生き物の命をいただいて生きていることに気付くでしょう。

ぞう組の子ども達は、のの様(仏様)と「6つのお約束」をしています。そのひとつに、「生き物を大切にします」という約束があります。大切にするとはどういうことなのかを、たくさんの生き物との出会いを通して、これから子ども達と一緒に考えていきたいと思っています。


ところで、私自身、ダンゴムシには少々苦い思い出があります。

息子が4歳頃のことです。洗濯機から洗い終わった体操ズボンを取り出したところ、ポケットから大量のダンゴムシがバラバラと落ちてきてたのです。本当に驚きました。それからは洗濯前に必ずポケットを確認するようになりました。皆さんも、お子さんのポケットにはくれぐれもご注意下さいね。(園長 番場朋子)

令和5年4月1日

「心が動くとき」

桜の花びらが園庭にふわりと舞い込んできました。

鉄棒では逆上がりの練習をするKちゃんの姿がありました。真剣な顔で何度も補助板を踏み込んでいます。

これまでのKちゃんは、逆上がりが怖くて鉄棒を触るのも嫌がっていました。体育遊びでは悔し涙を流す場面もありました。そんなKちゃんが、保育園最後の日に自ら逆上がりに挑戦していたのです。

「なんか急にやってみようと思ったんだよね」と、Kちゃんは担任に心境の変化を教えたそうです。

嬉しそうに報告する先生の話を聞きながら、「待つ」ことの大切さをあらためて感じました。子どもが自らやろうとするのを待つのは、子育ての中でも一番難しい事かもしれません。私自身も自分の子育てを振り返ると、余計な手出し、口出しが多かったなと反省することばかりです。


いよいよ新年度が始まりました。今月は9名の新しいお友達を迎えます。在園の子ども達も進級して部屋や先生が変わりました。

「お友達と仲良く遊べるかしら」、「野菜嫌いだけど給食は大丈夫かしら」…。気がかりなこともあるでしょう。私たち保育者は、お子さんが安心して園で過ごせるように好きな遊びを一緒に探し、お子さんが「やってみたい」と思うことを応援していきたいと思います。その中で、少しずつ出来ることが増えていくと思います。だから心配はいりません。安心して待っていてくださいね。


さて、冒頭のKちゃんですが、帰る間際に私にこっそり教えてくれました。「卒園式の歌がとってもよかったよってお父さんが褒めてくれたの。」歌の得意なKちゃんのいいところをお父さんは見逃さなかったのですね。お父さん、お母さんの言葉は何よりの自信となります。認められて自信がつくと、他のことにも「挑戦してみよう」と心が動くのです。

ぜひ、お子さんの良いところをおおいに褒めながら、心が動くその瞬間を楽しみに待ちましょう。私たちも、皆さんと一緒にお子さんの素敵なところをたくさん見つけていきたいと思います。


「逆上がりが出来るようになったら、見せに来るね。」そう言って保育園を巣立っていったKちゃん。入学式には桜もすっかり若葉に変わるでしょう。(園長 番場朋子)