行きつ戻りつ

(平成30年2月)

今日はまだ来ないなあと思っていたら…来たようです。事務室の前の廊下を行きつ戻りつしています。ガラス戸をのぞきこむ顔と目が合いました。

「あのお、えんちょう先生、じいじに電話してください」

きりん組のB君でした。少し恥ずかしそうに、わたしの目を見て訴えています。早くお迎えに来るよう、おじいちゃんに伝えてくれというのです

「よし、まかせとけ」

わたしは受話器をとると、フックを押したまま、電話を掛けるふりをします。いつものお約束です。

「もしもし、こちら園長です。はいはい…おやつがすんだら早くお迎えに来てください。はい、よろしくお願いしますね」

わたしの猿芝居は、もうばれているのかもしれません。それでもB君はニコッと笑うと、満足げな顔をして自分のクラスに帰っていきました。

彼の「行きつ戻りつ」が始まったのは最近のことです。日中ふとしたきっかけで、寂しさを感じるようになってしまいました。なにが原因か、本当のところは誰にも分かりません。肝心なのは、事務室でひとしきりわたしの猿芝居に付き合えば、そのあとは落ち着いてお部屋に戻れるということ。

担任の先生も、事務室の先生も、そのことをよく分かっています。時には、わたしの代わりに一芝居打つこともあります。おおらかにB君の「行きつ戻りつ」を見守っています。

子供の成長は決して一直線ではありません。自分でやっていた朝の身支度が、ある日突然できなくなったり。親離れが進んできたなと思っていたら、急にだっこをせがむことが多くなったり…。

順調に階段をのぼっていたのに、急に座り込んだり、時には下がってみたりもします。そもそも人というのは、行きつ戻りつしながら、ゆっくりと成長していくものなのでしょう。(わたしもそうでした。あなたも、そうだったでしょう?)

B君のおうちの方もそれをよく理解しているようです。先日バレンタインのチョコに添えていただいた手紙からも、あたたかくB君を見守っている様子がうかがえました。

そういえば最近は、B君が事務室にくることはめっきり減りました。園庭でばったり会ったので聞いてみました。

「どうして来なくなっちゃったの?」するとB君はきっぱりと、「用がなくなったからだよ!」あっけらかんとした返答に、思わずズッコケてしまいました。

用済みになった園長だけど、もしまた「行きつ戻りつ」したくなったらおいで、いつでも事務室で待っているよ。